遅すぎた刃
――第六部隊・第二治癒院。
夜の冷気を裂き、扉が荒々しく叩き開けられた。
満身創痍のセズが、少女を抱えて血の匂いとともに転がり込む。
顔面蒼白、髪も服も返り血と煤で染まっていた。
その瞳には、今ただ焦燥だけが宿っている。
「セズさん!? その子は――」
「俺のことは後回しだッ! たのむッ!この子を……早く……!」
彼の絶叫に、治癒班の魔術師たちが駆け寄る。
フィーラの小さな身体はすでに崩れかけ、吐血と痙攣が止まらない。
「状態が不安定すぎる……すぐ処置に入ります!」
治癒魔術が展開され、聖光がフィーラを包み込む。
だが彼女の反応は鈍い。光が届かぬ深淵に落ちかけている。
「セズ様も、傷が深――」
「いいって言ってんだろ……!」
ふらりと膝をつきながら、それでも少女から目を離さぬ男に、隊員たちは小さく息を呑んだ。
◇
その頃。
ルカたち第十部隊は、フィーラの姿を求めて礼拝堂の周囲を駆けずり回っていた。
「いない……フィーラ!どこだッ!!」
焦りと苛立ちに、全員の表情が険しくなる。
「くそっ……!」
ルカが唇を噛み締めたその時、オーフェンが手を挙げて声をかける。
「一度、拠点に戻りましょう」
「でも……!」
「こんだけ探していないならこっちはハズレっす。焦ってもいいことねぇっすよ」
「そうですね、それに他の誰かが見つけてるかも!」
オーフェンとハイドラの言葉に、ルカは渋々頷いた。
そして騎士団の臨時拠点へ戻った。
そこにはレイヴンたちが既に戻っていた。
しかし、フィーラの姿はない。
――その時だった。
「失礼しますっ!」
扉を叩いて駆け込んできたのは、第六部隊の若い治癒士だった。
「セズ隊長が……っ! 第六部隊の治癒院にフィーラさんを連れてきました!」
「……っ!」
ルカの全身が跳ね上がる。
「どこだ……!?」
「西区!第二治癒院です!」
返答を待たず、ルカは走り出していた。
その場の全員がそれに続く。
風のように走り抜け、治癒院へ。
◇
「――フィーラは!?どうなってる!」
怒声が廊下に響き渡る。
駆けつけたのはルカと第十部隊の面々だった。
「落ち着いて下さい!今、処置中です」
第六部隊副隊長、メイロンが静かに告げる。
「状態は……?」
「魔力が限界まで吸い出され、肉体も神経も――危険です。だけど、隊長ならきっと助けてくれます!」
ルカは唇を噛み、拳を握りしめる。
震えていた。
怒りか、後悔か、それとも恐怖か。
そこへ、別室から怒声が響いた。
「おいっ!まだ安静にしてなきゃ駄目だってば!」
制止する治療班の声を振り切り、傷だらけの男が歩いてきた。
「セズ……!?」
ルカが振り向くと、もう手遅れだった。
セズは、足を引きずりながらも一直線に歩み寄り、ルカの胸ぐらを掴み上げた。
「今まで……どこで、何してやがった!!」
怒声。
血が混じる咆哮。
「貴様は、あの子の……“騎士”じゃないのかッ!!!」
言葉に、怨嗟と怒り、そして……哀しみが混ざっていた。
誰も、止められなかった。
しばしの沈黙ののち、セズは力なく手を放す。
「……遅かった……」
そう呟き、彼は崩れ落ちた。
慌てて支える治癒班の隊員。
ルカも無意識にその腕を取ろうとしたが、途中で止まった。
「ベッドへ……早く運んで!」
治療班が運び出す。
「……俺は、奴を……尾行していた……」
セズは最後の力を振り絞るように言った。
「彼女が拐われた直後……俺は、フィノを尋問した。 全て話すように問い詰めたら、白状したんだ……“まだ教団と繋がってる騎士がいる”ってな」
「じゃあ、お前は――」
「ああ。内情に疎い第十部隊は無関係。となれば、怪しいのは……彼女と接触していたあの男しかいなかった……第四部隊隊長、ファルメル・エルペイン!」
「……!!」
誰も言葉を発せなかった。
メイロンが指示を出し、静かにセズを病室へ運ばせる。
その背中を見送りながら、ルカの拳が震えていた。
震えが止まらない。
(俺が……俺が、もっと早く……)
「ルカさん……」
ハイドラが声をかけようとするが、止めた。
今は、何も言ってはいけないと感じたのだ。
◇
ザイラン・ヴァレントは、騎士団本部にてこの報告を受けていた。
ファルメルの裏切り。フィーラの昏睡。セズの重傷。
「……報告、感謝する」
声は低く、静かだった。
報告者が去ったあと――
ザイランは椅子から立ち上がった。
一言も発さぬまま、足音を響かせて歩き出す。
向かう先は、第六部隊の治療施設。
その眼差しには、意志が宿っていた。
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