垣間見える因縁
――東方区・第二聖堂。
蝋燭の揺らめく光が、聖堂の祭壇を妖しく照らしていた。
〈ダブル〉――歪な仮面を被ったその男は、レイヴンたち三人の前に立ちはだかっていた。
空間をねじ曲げるように現れたその異形は、まるでこの世の法則に従っていないかのようだ。
「騎士団か 『邪魔者だ』」
仮面の奥から重々しい声と軽薄な声が交互に響く。
ひとりで会話するかのような不気味な口調。だが、その圧だけで空気が張り詰めた。
レイヴンが刀を肩に担ぎ直し、口の端を吊り上げる。
その傍らでレダが魔道具を構え、カマキリが治癒用の結界陣を小さく準備していた。
ダブルは歪な剣の柄に手を添える。
その刃は、刃こぼれしたままの曲がった代物。それが不気味に軋みを立てた。
「……前も騎士団を斬ったな 『影使いの女を斬ったな』」
レイヴンの声が低くなる。
「まさか……てめぇ、それは……“リュミア”のことか?」
「名前があったか 『名前があったね』」
仮面の奥が、微かに笑った気がした。
その瞬間――レイヴンの眼が血走る。
「……下がれ。レダ、カマキリ」
「ダンナ……」
「手出すな。あいつは、俺がやる」
レイヴンの全身から、研ぎ澄まされた殺気が吹き出した。
刀を持つ腕が音を立てる。気配だけで、周囲の空気が硬直した。
ダブルも応えるように、片手を掲げて空間をひと裂き――
《「縮めて『伸ばして』斬り裂いて」》
空間が“ぎゅっ”と縮んだかと思えば、次の瞬間、爆ぜるようにその裂け目から剣が飛び出す!
距離を無視した間合いからの斬撃――まさに“空間の反則技”!
レイヴンは即座に反応し、刀の柄で受け流す。
重い衝撃が肩にのしかかるが、歯を食いしばってそのまま跳ね返す。
反撃は、瞬きほどの速さだった。
レイヴンの脚が床を抉り、空気を割って踏み込む。
――間合いが、消えた。
ダブルが咄嗟に空間を折り曲げ、背後へ逃れようとするが――
「遅ぇんだよッ!」
すでにそこにいたレイヴンが、刀を逆袈裟に振り抜いた。
衝撃音。爆風。
空間が裂け、聖堂の柱が吹き飛ぶ。
ダブルは横腹を浅く斬られ、苦悶に呻きながらも身をひねって後退する。
仮面に血が飛び散る。
「ははっ 『はははっ!』」
痛みに歪んだ笑みすら、どこか狂気に染まっていた。
「斬られたぞ 『斬られたね』」
「喋ってんなよ」
レイヴンは魔力を解放する。
赤い魔力がその身体を包み、刀の刃がうねるように熱を帯びた。
《紅牙一閃》
声と同時に一閃。
空間ごと裂けるその斬撃に、ダブルはまたしても翻弄され、転げるように距離を取る。
仮面が半分砕け、黒く焼け焦げたような皮膚が覗いた。
まさかここまで追い詰められるとは思っていなかったのだろう。
空間を操る者としての余裕が、ひび割れていく。
レイヴンはゆっくりと歩を進めながら、冷ややかに言い放つ。
「おい……まだ遊びたりねぇだろ?さっさと構えろや」
「今日は遊べない 『残念、遊べない』」
その瞬間、ダブルの背後に異空間がぽっかりと開く。
まるで逃げ道だけを“用意されていたかのよう”な逃走ルート。
レイヴンが即座に踏み込む――だが、遅い。
ダブルは半身を滑り込ませ、虚空の中に姿を消していく。
「逃げんじゃねぇッ!!」
レイヴンが斬撃を放つが、空間の口は閉じられ、剣は虚しく風を裂いた。
――静寂。
仮面の破片と血だけが、聖堂の床に残されていた。
「クソが……」
剣を下ろしたレイヴンの声は、低く、怒りを滲ませていた。
背後で、レダとカマキリがそっと息を吐く。
「ダンナ……すげぇのが来ちまったっすね……」
「次は……必ず、斬る」
レイヴンは、誰にともなく呟いた。
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