狂徒との対峙
鉄の香りが、鼻腔を満たす。
礼拝堂跡地の奥、黒きステンドグラスの残骸の向こう――
“異形”は、月明かりを背に佇んでいた。
〈クラーク〉
狂信的な語り部。
その禍々しさは、ただそこに立つだけで空気を歪ませる。
「……二人とも、先に行ってくれ」
ルカの声に、ハイドラとオーフェンが顔を向ける。
「でも、ルカくん――」
「フィーラを頼む。早く見つけないと……時間がない」
静かだが、切迫した声。
オーフェンが渋い表情をしながらも頷く。
「……分かったっす。行こう、ハイドラ」
「う、うん……!」
二人が脇道へと駆け出すのを見届けると、ルカは改めてクラークを睨んだ。
狂信者は、楽しげに笑う。
「勇ましいですねえ……ああ、勇気……その勇気が、虚しく散る……とても、素晴らしい」
「……何が目的だ」
「理解、ですよ」
クラークの背後に浮かぶ、影の腕のような魔力。
空間がねじれ、精神がぞわりと軋む。
「“神は偉大である”……この一文を、あなたの精神に刻み込んで差し上げましょう」
「……来いよ」
ルカの両掌が、光と闇を纏う。
クラークの口元が、にぃ、と裂けた。
次の瞬間――
視界が、歪んだ。
空間が揺らぐ。
音が引き裂かれ、ルカの足元がぐにゃりと沈む。
白い空間に、光の柱。そこに立つのは――
「……フィーラ?」
視線を向けると、そこにいたのは――
淡い桃色の髪の少女が、血を流しながら倒れていた。
「ルカ……どうして、助けてくれなかったの……?」
それは記憶ではない。
けれど確かに、“本物”に見えた。
「やめろ……これは――!」
ルカは胸を押さえ、膝をつく。
耳元で、クラークの声が響いた。
「精神を抉るのです。嫉妬、後悔、恐怖、執着……それらを糧に、“神”への依存を植え付ける。あぁ……これぞ、教化の極意……!」
「くだらねぇ……!」
《Black Echo―ブラックエコー―》
空間全体に、幻聴・錯乱の波動を放つ。
だが、影の腕がそれを吸収する。
「無駄です、少年」
声が、次第に増える。
「これは、あなたの心の底。あなたが想像した“現実”――あなたが見たくない、"真実"」
クラークは追い詰めるように続ける。
「フィーラは言ってましたよ……“ルカは、きっと裏切る”って。“誰も救えないくせに、救世主のフリをする”って」
「……黙れぇぇっ!!」
ルカの魔力が爆発する。
《Divine Purge―ディヴァイン・パージ―》
ルカを中心として光の聖域が展開される。
精神支配が解除、無効化されていく。
そして、幻が砕けた。
ルカは、汗だくのまま荒い息を吐きながら膝を突く。
クラークは少し距離を取って佇んでいた。
「ほう……耐えるとは、なかなか」
「……ずっと……人の心を……こんな風に……」
「ええ。信仰とは、痛みと共にあるものですから。自我が砕け、崩れ、空になった時――神はそこに降りて来られるのです」
その目は、酔いしれた狂信の光で満ちていた。
ルカは歯を食いしばる。
「だったら……その神とやらごと……ぶち壊すまでだ」
右手に光、左手に闇。
《Lumen Spear―ルーメン・スピア―》
《Dusk Lance―ダスク・ランス―》
交錯する双極魔法が、クラークを襲う。
だがその瞬間――
「……今は、ここまでにしておきましょう」
クラークの背後が開き、禍々しい魔法陣が発動する。
「ふふふ、導きの時は近い。いずれまた……お会いしましょう。救いを、忘れずに――」
その言葉を残し、影の中に溶けて消えた。
残されたのは、禍々しい残響と、ねっとりとした恐怖だけだった。
ルカは膝をつきながらも、拳を握りしめる。
「……フィーラ……待ってろ……絶対に、助ける……!」
静かな誓いが、闇夜に響いた。
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