呪いの化身
「どこぞのバカ商人から奪って手に入れた力さ。肉、骨、魔力の流れ……全部が再生すんだわ。最強だろ?」
ルカは表情を変えない。
左手を少し上げ、影が地面から這い出した。
《Hex Blade》
――闇の剣が形成される。
「おう、まだやんのか? 懲りないねぇ」
「……」
言葉はない。
刃が走る。斬撃が、確かに肉を断つ。
だが、次の瞬間には元通りだ。
「なっ……」
フィーラが、思わず声を漏らす。
斬っても、貫いても、潰しても――戻る。
「おいおい、何度やってもムダだっつーの。」
ルカの呼吸は乱れていない。
それどころか、その瞳はさらに深く、暗く静まっていく。
──脳裏に、微かな声が囁く。
《……使え》
それは、ナカトの“気配”だった。
視線を逸らさず、剣を握り直す。
「……うるせぇ……“潰れるまで”やるまでだ」
口調は、あまりにも静かだった。
風が止む。
空気が凝縮する。
ルカの一歩が、闇を引きずるように地を穿つ。
斬った。貫いた。吹き飛ばした。
風を纏った剣撃は幾度もバックベルの体を刻んだ。
確かに、優勢だった。
だが。
「……しぶといな」
肉が裂けても、骨が砕けても。
次の瞬間には、再び音を立てて“戻っている”。
バックベルの身体が、どろりと蠢きながら再生していく。
「ひひっ、すげぇすげぇ。」
ルカが一歩退くと、バックベルは笑いながら踏み込んできた。
「貴族どもが言ってたぜ。“貧民のガキなんて、魔力を手に入れるための養分だ”ってなぁ!」
肩が、僅かに震えた。
「同感だぜ……力のねぇ奴は、ただ搾られて捨てられる。
それで終わりなんだよ!」
——静かに、空気が凍る。
(……使え)
耳元に染み込むような声がひとつ、残酷な静けさの中に沈んだ。
ルカの目が伏せられる。
視線の奥で、深く静かな闇が膨らんでいく。
「……力を貸せ」
一瞬の静けさの後、空気が捻じれた。
ルカの身体を、黒紫の影が包み込む。
髪が揺れ、足元の影が蠢き、目に深い闇が差す。
──逆祈願―アンブレス―
「おい……なんだよ……何しやがった……!?」
次の瞬間、バックベルの“再生”が異変を起こす。
裂けた肩が閉じず、代わりに皮膚が溶けるように崩れ落ちた。
骨の軋む音が止まらず、関節が逆方向に捻じ曲がる。
「ちょ、ま、待て! 動け! ……再生しろよ!」
――それは“祈り”の裏返し。
「癒えたい」「生きたい」という願いが、呪いに変わる。
――そして、再生は“破壊”に書き換えられた。
胸の奥から再生しようと膨らんだ肉塊が、
皮膚を突き破り、破裂音と共に飛び出す。
指が一本ずつ膨張し、**パチンッ!**と破裂。
血と骨の破片が、霧のように吹き飛んだ。
瞳が崩れた。
黒目と白目の境界が溶け、濁流となって頬を伝い落ちる。
「う……あああああああああっ!!!」
再生するはずの細胞たちは、逆に“自壊”の命令を受けていた。
筋肉が勝手に収縮し、骨を圧迫し、内臓が破裂。
皮膚はただれて剥がれ落ち、
最期に残った心臓すら、脈打つことなく――“蒸発”した。
肉の塊だったものが、血と煙だけを残して崩れ落ちた。
最後に黒光りする宝石だけが残り、砕けて散った。
──
静寂が、訪れる。
遠く、フィーラがその姿を見ていた。
闇に包まれたその姿は、もはや祝福の少年ではなかった。
祈りを喰らう、呪いの化身――その眼が、ただ一点を見据えていた。