再生の怪物
朝靄に包まれた林の中、二つの足音が静かに地を叩く。
「このあたり、最近見つけた薬草の群生地です!」
フィーラが小声で振り返る。
ルカは無言で頷き、彼女の後を追った。
「村で使ってる治癒薬、もう材料が少なくって…」
控えめに話すフィーラの背には、
小さくも確かな使命感が宿っていた。
黙々と採集を続けていたルカの意識に、違和感が差し込む。
(……妙だ)
風が止まっている。
鳥も、虫も鳴かない。
音が、消えている。
「……戻る」
唐突な言葉に、フィーラが驚いた顔で振り返る。
「えっ、でも、まだ――」
「……何か、ある」
言葉と同時に、空に黒煙が立ち昇った。
二人は、何も言わずに走り出した。
森を駆け抜ける。
突き刺す風を切り裂いて。
そして──村の入り口へ。
そこは、地獄だった。
家は燃え、地は赤く染まり、
倒れた村人たちの身体は、そのまま動かない。
「っ……そ、んな……」
フィーラの膝が崩れかける。
ルカは、その肩を支え、奥へと視線を向けた。
まだ、何かが聞こえる。
助けを求める声──いや、叫び。
二人は広場へと走る。
そして、見た。
小さな体の頭を、
黒髪の大男が鷲掴みにしていた。
「やめ……はなしてっ……!」
声を振り絞る少女
リンだった。
血だらけになりながらも、必死に抵抗していた。
だが、その瞬間。
「……チッ」
大男は舌打ちし、振り上げた足で思い切り少女の腹部を蹴り飛ばした。
ゴッッ!!
鈍く、肉が潰れる音が響く。
リンの身体が地面に叩きつけられ、痙攣した。
「おら……暴れんなって言ってんだろ、ガキがぁ……」
呻くように背を丸めたリンの頭を、男が無造作に掴む。
「……あーあ。あんまり暴れるから、つい力んじまったじゃねぇかよ」
その顔に、笑みすら浮かんでいる。
「こりゃ……ダメだなぁ」
ズブッ……!
刃が、リンの腹にゆっくりと沈んでいった。
「~~~~……っッ」
声にならない悲鳴が、焼け焦げた空に消える。
フィーラの顔が青ざめ、膝をつく。
ルカの表情は変わらないまま、しかし拳が震えていた。
「ま、いいや。どうせ他にもいる。ガキなら、何でもいいんだろ?」
男はズルッと刃を引き抜き、
ぐったりとしたリンの遺体を無造作に蹴り転がす。
無音。
風が、止まったようだった。
焼け焦げた空気の中で、ルカは無言で歩き出した。
その歩みには怒号も叫びもない。
ただ、静かに、芯から沸き上がるものを押し殺すような、冷たい“熱”があった。
フィーラはリンの亡骸に駆け寄り抱き締めた。
震える唇を噛みしめる。
ルカの前に立ちはだかる、大男。
黒髪を乱した筋肉の塊――
盗賊団頭領〈バックベル〉
「……おぉ? 何だ坊主。そこのガキの仇ってやつか?」
ゆるく笑いながら、血に濡れた刃を振るう男。
「ま、ちっこいの一人死んだくらいで――」
ズシュッ!!
闇から伸びた一本の槍が、背後からバックベルの腹を貫いた。
「――ッ!?」
男の身体が持ち上がり、咳き込むように血を吐いた。
一瞬で沈黙。
地面に倒れ込む巨体。
フィーラが目を見開く。
ルカは足を止めず、無言でその亡骸を見下ろした。
(……終わった)
「フィーラ、リンを……」
――!!?
「ゲホッ……ゲホハハッ……!」
ずるり。
腹に大穴が空いたはずの男が、のそのそと立ち上がった。
裂けた肉が、蠢くように再生していく。
「いってぇな……お前、何だ今の……?」
裂けた腹が、ズルズルと繋がっていく光景に、フィーラは息を呑んだ。
「でもまぁ…俺様にゃあ、通じねぇわな!」
バックベルは自慢げに胸を叩いた。
その様はまさに、再生の怪物だった。