爆撃砲台
砂煙に霞む荒野の果て。
鉄と呪術で造られた門が、まるで巨獣の顎のように六人を迎えていた。
「監獄都市、インフェルノ……?」
ルカの呟きに、レイヴンが応える。
「そうだ。名前ぐらい知ってんだろ。」
「本当に、実在したのか……」
その存在は、まるでおとぎ話のように言い伝えられていた。
何かを悟り、振り返ったルカの目にオーフェンが映る。
「ん、まぁ……犯罪者のことは犯罪者に聞け、すね」
「……そういうことかよ」
レイヴンは無造作に手を振った。
「そういうことだ、行くぞ。……あー、っと、先に挨拶か」
監獄の門を守る数人の看守が姿を見せる。
彼らの眼差しはどこか常軌を逸しており、首元には鋼製の刻印が焼き付けられていた。
「あら、やだ……レイヴンちゃん、久しぶりじゃなぁい。今日は誰かを狩りに?それとも消しに?それとも潰しに?」
〈カボラ・ノッティ〉看守長
爬虫類のようにぬめついた笑みを浮かべた女性口調の男。
看守服と派手な化粧が不釣合だった。
「よぉ、カボラ!ちょいと野暮用でな。中、通してもらうぜ」
「もちろんよぉ。殺すも燃やすもご自由に。でも、全ては自己責任でねっ」
周りの看守たちは皮肉とも称賛ともつかぬ言葉を投げかけ、重い門を開いた。
◇
インフェルノ内部――
中央の石畳を境に、左右前方へ四つの道が伸びていた。
見上げると、朽ちた標識にそれぞれの名が刻まれていた。
左から順に――
《暴徒区》
《亜人区》
《狂信区》
《静寂区》
「おいルカ。好きなとこ選べ!あ、静寂区以外な」
「選べって、なんで俺が……」
レイヴンは笑った。
「どの区画にも必ず一人、"王"と呼ばれて付け上がったバカがふんぞり返ってる。そいつをぶっ飛ばして制圧して来い。それが"最初の修行"だ」
「はぁ!? ちょっと待て! いきなりそんな――」
「男がいちいち喚くな!安心しろ……ハイドラを同行させっから」
「えっ、わ、わたしですか!?」
ルカの隣で落ち着かない様子だった少女――〈ハイドラ・ジオヘイム〉が目を丸くする。
「お目付け役だ。気に入らなきゃ勝手に置いていけ」
乱暴な説明に、横暴な命令。
ルカはすぐに、何を言っても無駄だと悟る。
「……くそっ、わかったよ」
諦めたように一番左〈暴徒区〉への道を進み始めるルカ。
レイヴンたちは、それとは反対の〈静寂区〉へと姿を消していった。
◆
崩れた石壁、荒れ果てた地面、血の臭いが染みついた空気。
それが〈暴徒区〉だった。
進むほどに、瓦礫の陰から視線を感じる。
ひとつ、ふたつ……それは次第に数を増し――
「よぉ、ガキ……新入りってわけじゃなさそうだな」
「お、そこの女……たまんねぇなぁ」
「胸ぇ、尻ぇ、足ぇ、どこからしゃぶりつこぉかぁ……」
ならず者たちが姿を現した。
ボロを纏った筋骨隆々の男たち。
刃物や鈍器を手に、笑っている。
ルカは舌打ちした。
「……やるしかねぇか」
ルカが踏み出した瞬間、影が蠢いた。
《Shade Bind―シェイド・バインド―》
影が蔓のように伸び、敵の手足を絡め取る。
だが、相手もただの雑魚ではなかった。
「ぬるいんだよ!」
一人がそれを引きちぎり、迫ってくる。
《Crush Vein―クラッシュ・ヴェイン―》
魔力が収束し、拳から放たれる波動が相手の反応を鈍らせる。
更に、
《Dusk Lance―ダスク・ランス―》
闇の槍が放たれ、前方の一人を貫く。
「ぐあっ!」
だが、数が多い。
拘束を破る者、死角から迫る者、遠距離から斧を投げる者――
「くっ、数が……!」
ルカは必死に応戦した。
しかし少しずつ、押され始めた。
――その時。
「ルカさん……どいてくださいっ……!」
後方から声が響いた。
その声に、ルカが振り向く。
ハイドラが両手を前に突き出しており、そこには膨大な魔力が集束していた。
その魔力量は、ルカすら息を呑むほど――
「っ、わかった!」
身を引いた瞬間、ハイドラが叫んだ。
「撃ちまーすっ!!」
世界が、爆ぜた。
放たれた魔力の砲弾は、地面を抉り、瓦礫を吹き飛ばし、ならず者たちを悲鳴すら上げる間もなく一掃した。
衝撃が暴徒区を揺らす。
ハイドラはたった一撃で、半径数十メートルを焼き払ったのだった。
風が、焼けた匂いを運ぶ。
瓦礫の上、呆然と立ち尽くすルカ。
「……これが……爆撃砲台……」
彼女は、発射の反動で尻もちをついていた。
「ふぅ……」と大きく息をつきながら立ち上がり砂ぼこりを払う。
そして、これが当然かのようにルカに笑いかける。
「へへ……やりましたねっ!」
ルカは目を見開いたまま言葉を失っていた――。
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