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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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暴走の終わり


 ――王都南方区、仮設避難所。


 がらんとした倉庫を改修したその場所には、次々と運び込まれる負傷者の呻きが響いていた。


 フィーラはその一角にいた。


「よし、次の人……!」


 袖をまくり、青い魔力を両手に宿らせる。

 未熟な術は震えながらも確かに発動し、血に濡れた傷口を塞いでいく。


 倒れ込むように運び込まれたのは、ルカが抱えてきた男――セズ・クローネだった。


 肩から血を流し、意識は朦朧としている。

 それでもその顔には、何かを断ち切ったあとの静寂があった。


「大丈夫……すぐ良くなります……!」


 フィーラは震える手で治癒を続けた。

 青属性の癒しを、白属性の支援で拡張しながら、確実に命の火をつなぎとめていく。


 第六部隊の指導を受けながらも、彼女の魔法は戦場という過酷な現実の中で、目を見張るほどの成長を遂げていた。


 だが、治癒されたはずのセズの瞳は、まだどこか虚ろだった。


 “親友を、この手で斬った”という現実が、彼の魂に重くのしかかっている。





 魔力暴走発生から約三時間が経過。


 東西南方区では、暴走体はすでに殲滅され、各部隊が呪具の回収や避難誘導の後処理を開始していた。


 民間人から死者は一人も出なかった。

 魔術騎士団の迅速な働きは、国を守るにふさわしい名誉を示していた。


 たが、それでも失うものは大きかった。


 死者 八名。

 軽傷者 五十二名。

 重傷者 十七名。


 全てが騎士団員だった。



――そして中央区。


 ゲルマの指揮により、暴走神官たちの八割以上が討伐され、今は残党を狩る段階に移っていた。


 シルヴィアも、すでに第六部隊の本隊に搬送されており、アネッサによる治療を受けている。


 左目の失明という深い傷を負いながらも、命だけは繋がれた。


「……ようやく落ち着いてきたか、ええ?おい!」


 ゲルマは汗を拭いながら、腰を下ろした。

 見た目に似合わぬ素早さで現場を回し、混乱の拡大を見事に防ぎきった。



 だが、彼の鋭い嗅覚は、空気の“違和感”を逃さなかった。


 ――ズルリ。


 焦げた石畳の裂け目から、黒く濁った魔力が滲み出す。


 すぐさま立ち上がり、戦闘体勢を取る。


「ちっ……まだいたかよ、クズが」


 かつてイオルドだったそれは、ドロドロと黒い液体となって周囲の呪具の破片、倒れた神官たちを呑み込んでいった。

 混ざり合い、巨大な異形の姿を成す。


 気配は異常。尋常な魔物ではない。

 "完成品"の最後の余波。


 ゲルマの顔から笑みが消え、全身に魔力を漲らせた。


《冥拳―メルティナイン―》

 ――腐蝕効果を含んだ重い拳。


 太い腕が地を打ち鳴らす。

 空気を震わせるような拳撃が異形の躯に叩き込まれ、肉塊が吹き飛ぶ。


 さらに体ごと踏み込み、膝蹴りを下顎へ。

 爆音が響いた。


 だが、異形は砕けぬ。


 ドロリと形を変え、吸収を繰り返しながら、さらに巨大化していく。


「……っ、マズいぞこりゃ、ええ!?おい!」



 その時だった。


 ――天が裂けた。


 上空から隕石が落ちたかのような衝撃。


 爆音と砂煙の中、異形は真っ二つに裂かれ、内側から黒い魔力を撒き散らしながら崩れ落ちていく。


 一瞬の出来事。

 そして粉塵の中心に、一人の男が立っていた。


「よぉ、ゲルマ!」


 その声に、ゲルマの顔がこわばる。


「お前っ……!」


「説明してくれ!何がどうなってんだよ、こりゃ」


 黒い外套を風に揺らし、鋭い目を輝かせる。


 第十部隊隊長

 〈レイヴン・バーンズ〉


 "天すら斬る"と言われる王国最強の自由人が、姿を現すとともに最凶の暴走を斬り裂いた。








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