暴走の終わり
――王都南方区、仮設避難所。
がらんとした倉庫を改修したその場所には、次々と運び込まれる負傷者の呻きが響いていた。
フィーラはその一角にいた。
「よし、次の人……!」
袖をまくり、青い魔力を両手に宿らせる。
未熟な術は震えながらも確かに発動し、血に濡れた傷口を塞いでいく。
倒れ込むように運び込まれたのは、ルカが抱えてきた男――セズ・クローネだった。
肩から血を流し、意識は朦朧としている。
それでもその顔には、何かを断ち切ったあとの静寂があった。
「大丈夫……すぐ良くなります……!」
フィーラは震える手で治癒を続けた。
青属性の癒しを、白属性の支援で拡張しながら、確実に命の火をつなぎとめていく。
第六部隊の指導を受けながらも、彼女の魔法は戦場という過酷な現実の中で、目を見張るほどの成長を遂げていた。
だが、治癒されたはずのセズの瞳は、まだどこか虚ろだった。
“親友を、この手で斬った”という現実が、彼の魂に重くのしかかっている。
◇
魔力暴走発生から約三時間が経過。
東西南方区では、暴走体はすでに殲滅され、各部隊が呪具の回収や避難誘導の後処理を開始していた。
民間人から死者は一人も出なかった。
魔術騎士団の迅速な働きは、国を守るにふさわしい名誉を示していた。
たが、それでも失うものは大きかった。
死者 八名。
軽傷者 五十二名。
重傷者 十七名。
全てが騎士団員だった。
――そして中央区。
ゲルマの指揮により、暴走神官たちの八割以上が討伐され、今は残党を狩る段階に移っていた。
シルヴィアも、すでに第六部隊の本隊に搬送されており、アネッサによる治療を受けている。
左目の失明という深い傷を負いながらも、命だけは繋がれた。
「……ようやく落ち着いてきたか、ええ?おい!」
ゲルマは汗を拭いながら、腰を下ろした。
見た目に似合わぬ素早さで現場を回し、混乱の拡大を見事に防ぎきった。
だが、彼の鋭い嗅覚は、空気の“違和感”を逃さなかった。
――ズルリ。
焦げた石畳の裂け目から、黒く濁った魔力が滲み出す。
すぐさま立ち上がり、戦闘体勢を取る。
「ちっ……まだいたかよ、クズが」
かつてイオルドだったそれは、ドロドロと黒い液体となって周囲の呪具の破片、倒れた神官たちを呑み込んでいった。
混ざり合い、巨大な異形の姿を成す。
気配は異常。尋常な魔物ではない。
"完成品"の最後の余波。
ゲルマの顔から笑みが消え、全身に魔力を漲らせた。
《冥拳―メルティナイン―》
――腐蝕効果を含んだ重い拳。
太い腕が地を打ち鳴らす。
空気を震わせるような拳撃が異形の躯に叩き込まれ、肉塊が吹き飛ぶ。
さらに体ごと踏み込み、膝蹴りを下顎へ。
爆音が響いた。
だが、異形は砕けぬ。
ドロリと形を変え、吸収を繰り返しながら、さらに巨大化していく。
「……っ、マズいぞこりゃ、ええ!?おい!」
その時だった。
――天が裂けた。
上空から隕石が落ちたかのような衝撃。
爆音と砂煙の中、異形は真っ二つに裂かれ、内側から黒い魔力を撒き散らしながら崩れ落ちていく。
一瞬の出来事。
そして粉塵の中心に、一人の男が立っていた。
「よぉ、ゲルマ!」
その声に、ゲルマの顔がこわばる。
「お前っ……!」
「説明してくれ!何がどうなってんだよ、こりゃ」
黒い外套を風に揺らし、鋭い目を輝かせる。
第十部隊隊長
〈レイヴン・バーンズ〉
"天すら斬る"と言われる王国最強の自由人が、姿を現すとともに最凶の暴走を斬り裂いた。
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