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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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まともな仕事


 ――呪具の一斉暴走から、二時間半。


 王都全体を包んだ混乱は、少しずつ、しかし確実に終息へと向かっていた。


 各区には応急の避難所が設けられ、第六部隊の治癒士たちが交代すら許されず、ひたすら民の手当てに奔走している。


 南区では第五部隊と第四部隊の迅速な連携により、民間人への被害は奇跡的にほぼ皆無。


 西区・東区も同様だ。第七部隊の圧倒的な攻撃力と第九部隊の重厚な守りにより、暴走体は制圧されていた。


 王都北方にそびえる王宮。そこだけは、第一部隊が鉄壁の防衛を敷き、まるで何事もなかったかのように、完璧に守り抜かれていた。


 ……だが――


 最も深刻な被害を出していたのは、やはり中央区だった。


 王国最大の礼拝堂――中央大聖堂。


 “完成品”と呼ばれる呪具による魔力爆発。それは凶悪で、圧倒的で、無慈悲だった。


 第二部隊は壊滅。生き残ったのは、たった一人。


 崩れた白亜の柱の間。瓦礫と焦土の中、かろうじて立っている女がいた。


 


 第二部隊隊長

 〈シルヴィア・カロリア〉


 


 その姿は、もはや“聖女”ではなかった。


 清楚な制服は裂け、肌には火傷と裂傷。

 顔面には煤と血が混ざり、左目からは血が止めどなく滴っていた。


 にもかかわらず、その両脚は震えながらも立ち続けていた。


 彼女の前には、歪な集団がいた。


 歪んだ祈りを口にしながら迫る、暴走した神官たち――その数、およそ二十。


 中でも一際異様な存在があった。


 上半身だけが異常に肥大化した神官の亡骸。その肉体を覆うように呪具が幾重にも絡みつき、魔力の泡を吐きながら呻いている。


 それは、複数の呪具暴走体が“融合”した怪物――融合体。


 シルヴィアの両手は震え、斧を持つ指にも力が入らない。

 だが彼女の目は、真っ直ぐ前を見据えていた。


「ここは……通しませんよぉ……」


 掠れた声。だがその言葉に、決して折れぬ意志があった。


 次の瞬間、暴走体の一体が突進してくる。


 だが――


 その顔面に巨大な拳が突き刺さり、骨ごとめり込み、ぐしゃりと潰れて吹き飛んだ。


 突如、瘴気をまとった影が戦場に現れる。


「派手にやってくれたじゃねぇかぁ……クソ共がよぉ」


 その男の体型は異様だった。

 肥満と筋肉の極限を合成したような、異形の質量。

 きらびやかな金細工が施された隊服は、血と埃で汚れ、無造作に羽織られている。


 


 第八部隊隊長

 〈ゲルマ・ピサーロ〉


 


「てめぇらゴミ共が……誰の同僚に手ぇ出してんだよ、えぇ!?おいッ!」


 次の瞬間、風が鳴った。


 ゲルマの拳が振るわれるたび、暴走体の骨が砕け、呪具がねじれ、魔力の膜が空気ごと吹き飛ばされる。


 二体目の胸部を肘で粉砕し、三体目は膝で跳ね上げ、追撃の回し蹴りで瓦礫へ叩きつけた。


 まさに肉弾の嵐。


 シルヴィアの視界が揺れる。

 流れる血が視界を曇らせながらも、その姿を捉えて呟いた。


「……ゲルマ、さん……?」


 返事はない。だがゲルマは、背を向けたまま吐き捨てるように言った。


「……バカが。後ろで寝とけ」


 その言葉は荒々しくも、間違いなく――彼女を守るためのものだった。


 融合体が叫びを上げ、呪具から大量の魔力を放つ。


 他の暴走体も一斉に魔力弾を展開し、空気が震える。


 ゲルマは構えることもなく、ニヤリと笑い、右拳を握った。


「させると思うかよ、ええ!?おい!!」


 その腕に、黒い瘴気が集束していく。


 


 《殴呪―ペルカストルム―》


 


 爆ぜた。


 魔力の衝撃が拳から放たれ、融合体の胸元へ直撃。


 呪具の魔力装甲ごと内側から破裂するように吹き飛ばされ、肉と金属の混合体が空中で引き裂かれる。


 その爆裂は連鎖し、後続の暴走体たちまでを巻き込み――


 十数体が、一斉に崩れ落ちた。


 残されたのは、砕けた瓦礫と、沈黙だけ。


 ゲルマは吐き捨てるように呟いた。


「……ふざけやがって。騎士団舐めんのも大概にしとけよ、カス共が」


 そう言って、ボロ布のようになったシルヴィアに背を向けたまま、無言で歩き出す。


「……ありがとうございました」


 か細くも、確かな声が背に届いた。


 ゲルマは立ち止まり、肩をひとつだけ動かすと、わずかに顎をしゃくって言った。


「……ふん。俺様は、俺様の“仕事”をしたまでだ」


 その背に宿ったのは、たしかに“騎士”の矜持だった。



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