出会いの灯
リンは、一言も喋らなかった。
ただ、ルカのあとを小さな足で追っていた。
森を抜け、荒れた道を越えた先──
ようやく、人の住む村の灯が見えた。
「……コルフト村」
ルカの記憶にはない地名だった。
けれど、それが重要とは思えなかった。
少女を届けたら、それで終わりだ。
村の入り口で、ルカは立ち止まった。
リンが袖を握っていたことに気づく。
が、振り払うことはしなかった。
その様子を見つけた老人が、目を丸くする。
「……リン!? 本当にリンなのかい!?」
駆け寄ってきたのは、村長のオスカーだった。
よぼよぼの老人ながら、目には力があった。
「どこに行ってたんだ、心配したんだぞ……!」
リンは何かを言おうとしたが、声が詰まって出なかった。
ただ、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、オスカーの胸に飛び込んだ。
その後すぐに、村の男たちも集まりはじめた。
「リン……!」
「よかった、よかった……!」
「君が助けてくれたのか?」
皆の視線がルカに向く。
だがルカは名も名乗らず、目を伏せたままだった。
「お礼も言わずにすまないな。わしは村長のオスカーだ。あんた、名前は?」
「……ルカ」
短く答え、ルカはその場を去ろうとする。
けれど──
「待って!」
ぱたぱたと駆けてきたのは、
ふわふわのピンク髪をした少女だった。
「リンちゃんを、見つけてくれたんですよね……!ありがとうございますっ!」
そう言って深く頭を下げたその少女。
──フィーラ・エスター
淡いピンクの髪に、小さな帽子。
頬に泥がついていて、どうやら畑仕事中に走ってきたらしい。
ルカは何も言わない。
けれど、フィーラはルカをじっと見つめていた。
「……あの」
フィーラは、ぽつりと呟く。
「すごく、悲しそうな目をしてる」
その一言に、ルカは微かに目を伏せた。
何も返さず、踵を返す──その背中に。
「お兄ちゃん!……ありがとう!」
もう一度、リンの声が届いた。
それだけで、ルカの足は少し遅くなった。
◇
森を抜けた先に、その村はあった。
小高い丘の斜面に沿うように広がった、素朴で静かな集落。
木造の家々からは煙が立ち上り、
道端では子どもたちが笑いながら追いかけっこをしている。
「……綺麗な村だ」
ルカはぽつりと呟いた。
隣では、フィーラが胸に手を当てながら、目を細めていた。
「ここが、コルフト村。リンの故郷です」
リンは今、村の中の一軒の家で家族に囲まれて休んでいる。
「ルカさん……ありがとうございました」
フィーラが小さく頭を下げた。
「……俺は、ただ…」
ルカはそれ以上、何も言わなかった。
村の人々は温かく、素朴だった。
村長のオスカーはルカたちを歓迎し、ジダンとアミルダ夫婦は食事と寝床を提供してくれた。
その夜。
囲炉裏を囲んでの夕食。
リンはルカの隣を誰にも譲ろうとしなかった。
最中、ジダンがふと話し出す。
「最近な、この辺りも少し物騒でな。隣村でも子供が何人か……消えてるんだ」
「……え?」
「いくら探しても、痕跡ひとつ見つからねぇ」
「奴隷商か……そんな話は出てるのか?」
ルカの問いに、ジダンは苦い顔をする。
「盗賊団がこの近くに根を張ってるって噂だ。
けどよ……裏で誰が糸を引いてるかまでは、誰も知らねぇ」
重く沈んだ空気の中で、フィーラは唇を噛み締めていた。
「また……リンみたいな子が出たら、私……」
その声は震えていた。
ルカは静かに立ち上がった。
「少し 夜風に当たってくる…」
その言葉に、ジダンもアミルダも深く頷いた。
ルカは一人、村の裏山に登った。
月明かりの下、思う。
“俺は何をしてる?”
自分の感情を、自分でも把握し切れずにいた。
草木が揺れた。
気配に振り返ると、そこにはフィーラが立っていた。
その手には、草の束。
「薬草、採りに来てたの」
「……一人か、不用心だな」
「ルカさんも一人じゃないですか」
互いに無表情のまま、けれどどこか穏やかに――
ふたりの静かな夜は、更けていった。