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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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友の刃(後編)


 セズとフィノが剣を交える中、その戦場の片隅で、黒い風が静かに揺れていた。

 瓦礫の山を吹き抜けるような、だがそれとは異なる――意思を宿した風。


 そこにいたのは、一人の少年。黒衣に身を包み、影のように佇む者。


 ――ルカである。


 その瞳が一瞬だけ揺れた。

 だがすぐに表情を整え、ただ黙って、戦況を見つめる。

 憂いも怒りもない。ただあるのは、受け入れるような、厳粛な理解。


 ……だが、その背後で空気が震えた。


 瓦礫の陰から、にたりと笑う気配が現れる。


 血に濡れた異形の男――タダラン。


 腹から血をたらたらと流しながらも、その足取りは軽く、何より楽しげだった。


「おーおー、盛り上がってきたねぇ……俺も混ぜてくれよ、なぁ?」


 その瞬間、風が弾ける。


 ルカの姿が、ふっと掻き消えるように霧散した。


 次に視界に現れた時――

 タダランの巨体が、無様に地面へと叩き伏せられていた。


《Crush Vein―クラッシュ・ヴェイン―》

《Shade Bind―シェイド・バインド―》


 黒く伸びた鎖が四肢を絡め取り、その動きを完全に封じる。

 タダランは呻き声をあげたが、抵抗はできなかった。


 その上から、冷たい声が降りかかる。


「……邪魔をするな」


 ルカの声には、もはや情緒の揺らぎはなかった。

 鋼のように硬く、ただ一線を引く者の意志が宿っていた。




 視線の先――


 そこではなお、熾烈な戦いが続いていた。


 セズとフィノ。

 かつて第五部隊として背中を預け合い、共に死地を潜ってきた“仲間”。


 だが今、彼らの剣は互いを殺し合うために振るわれている。


 セズの大剣は、まだその本気を見せていなかった。


 ……振るえば、斬れる。

 だが、その一歩がどうしても踏み出せない。


 目の前にいるのは、ただの裏切り者ではない。

 幾多の戦場で共に命を賭け、苦楽を分かち合った――“親友”だった。


「まだ……間に合う。フィノ……!」


 だが、その願いは届かない。


 フィノの双剣が容赦なく閃き、セズの左腕をかすめる。

 触れた刃から、魔力が薄く染み出すように滲み、直後、じわじわと痺れが広がっていく。


《双蛇の毒牙―ツイン・ヴェノム―》


 斬られた筋肉を麻痺させ、動きを奪う毒の魔法。


「お前は俺を、最後まで疑わなかったな! おかげで全部、スムーズだったぜ!」


 怒鳴るフィノの声は、怒りと――哀しみが混ざっていた。


「やめろ……頼む、こんなこと……!」


「いつまで甘ったれてんだよッ!!」


 感情の爆発と共に連撃が繰り出される。

 セズはそれを受け止めながら、なおも言葉を探す。


「……いいよなぁ、才能ある奴は! 自分の行きたい道を、迷いなく進めるんだもんなぁ!」


「そんなこと、……くっ……!」


 否定しかけたが、左腕に走る痺れが言葉を飲み込ませた。


「俺はずっとお前の影だった。ずっと補佐役だった! 俺の道の前には、いつもてめぇの背中しか映ってねぇ! もう、うんざりなんだよ!! 俺は俺の道を行く!あの人のようにな!」


 フィノの猛攻に吹き飛ばされ、セズはよろめく――だが、地面に大剣を突き立て、踏みとどまった。


 息が乱れ、血が流れ、それでも前を向く。


「……お前の存在が、どれだけ支えだったか……!」


「ふざけんなッ! 俺はてめぇのために生きてんじゃねぇっ!!」


 その怒声に、セズは目を見開いた。


 そして――少しの沈黙の後、言葉を落とすように呟いた。


「そうか……そうだな。……わかった。 もう、何も聞かん……来い」


 フィノが吠え、双剣を高く振りかぶる。


 セズは深く息を吸い込み、静かに構える。

 その眼差しは、もはや迷いのない、騎士のそれだった。


 そして――


《嵐牙斬―テンペスト・ファング―》


 風を切るような一閃がフィノの双剣を弾き、体勢を崩させた。

 その懐へ、一瞬の隙を逃さず踏み込み、斬撃を叩き込む。


 鋭く、ただ鋭く――


「ぐ、ぁ……」


 フィノはそのまま前のめりに崩れかけたが、気力だけで右足を踏みしめ、倒れるのを拒んだ。


 血を流しながらも、なお言葉を吐く。


「……殺す、気で……斬れよ……」


 傷は致命には至っていない。

 それが、セズの最後の“情”だった。


 肩を震わせながら、セズは呟いた。


「何度罵られても……何度刃を向けられても……お前は、俺の相棒だ」


 その言葉に、フィノは鼻で笑う。


「……ったく……最後まで……甘ぇんだよ……」


 そして――静かに、崩れ落ちた。


 戦いは終わった。

 だが、胸に残る痛みは、誰にも癒せなかった。


 セズは肩で息をしながら、その場に立ち尽くす。


 そこへ、ルカが近づいてきた。


「……動けるか」


 その問いに、セズは力なく苦笑を漏らした。


「……惨めだな、俺は」


「……ああ。だが、それでも――あんたは、“騎士”なんだろ」


 その言葉に、セズの瞳がわずかに揺れ、微かに光を宿す。


 ルカは肩を貸しながら、沈みゆく夕日の中へと歩き出す。


 崩れた絆と、守れなかった想いを背に――


 それでも、騎士はなお、戦場に立ち続ける。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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