交錯する戦線
――王都に、禍が降る。
各聖堂への突入から、わずか一時間足らず。
突如として神官たちが苦悶の叫びを上げ、呪具に宿っていた魔力が制御不能の暴走を始めた。
呪具を媒介とし、瘴気のような魔力が伝染する。
――狂気の連鎖が、王都を包み込んでいく。
◇
西方区。
五人の神官の身体が呪具と共に溶け合い、巨大な肉塊のような異形と化していた。
膨張した血肉に浮き出る呪符の文様。
無数の腕がのたうち、絶え間なく呻きと断末魔を響かせながら、街路を這い進む。
その前に、黒い影が立ちはだかる。
第九部隊隊長
〈グローデン・マクノダス〉
「ここより先は、進ませぬぞ」
屈強な肉体に、黒鉄の大槌を携えた武人。
漆黒の制服が、夜風にひるがえる。
その巨躯が一歩踏み出すたび、地面が鈍く揺れる。
異形が吠えた。空気を裂くような咆哮。
蠢く腕が一斉に襲いかかる――
グローデンは一言も発せず、足を開き、両手で大槌を構える。
《大地震踏―グラウンド・クレバス―》
激震。
大地が爆ぜ、複雑な石畳が縦横に割れて跳ね上がる。
隆起した地脈が、荒れ狂う腕の群れを粉砕し、異形の巨体を弾き飛ばす。
十数メートル先まで吹き飛んだそれは、建物の壁に激突しながら、断末魔のような悲鳴を上げる。
「武の化け物は、武で砕くまでよ……来いッ!」
その声には、怒りでも恐怖でもない。
ただ、静かな信念だけが宿っていた。
異形は再び立ち上がり、膨れ上がる肉体から新たな腕を生み出す。
まるで無尽蔵に湧く憎悪と呪いそのもの――
グローデンは大槌を肩に担ぎ、前へ出る。
《剛壁陣―フォートライン―》
周囲に次々と土の壁と杭が形成され、即席の要塞が築かれていく。
後方に避難する民と騎士たちを庇うように、彼は自らを“門”とした。
異形が猛突進してくる。
グローデンは低く構え、拳よりも太い腕を振り上げる。
「砕けろッ!!」
黒鉄の大槌がうなりを上げて振り下ろされる。
ぶつかった瞬間、肉と骨、さらに呪具ごと異形の巨体を砕きつぶした。
「……次。」
グローデンは一歩も退かない。
――それが、彼の“武”だった。
砕いて、砕いて、砕き続ける。
大地を背に、街を護る“土の守り手”として。
◇
東方区。
そこに現れたのは、異なる性質を持つ暴走体だった。
全身に呪具を無数に貼り付けた神官。
四肢は異様に肥大化し、まるで肉の塊が暴走するような獣と化している。
その動きは異常なまでに素早く、まるで地を這う焔のごとく街を駆け回り、灼熱の軌跡を残す。
「ちっ、こいつ……ッ!」
火焔を纏った跳躍に、騎士たちの防御陣形は次々と崩壊していく。
呪具を通じて放たれる業火は、鎧ごと人を焼き切る凶悪な熱量を持っていた。
だが――
その中心に、燃え盛る影が歩み出た。
第七部隊隊長
〈ゼクト・ラグニル〉
逆立った赤髪が風に揺れる。
拳に宿るのは、灼熱の魔力。
その体は、闘争の本能に従う獣そのもの。
「火か……じゃあどっちが熱いか、勝負だな!」
その声と共に、拳が高く掲げられる。
《紅蓮拳―クリムゾン・インパクト―》
地を踏み砕き、闘気が爆ぜた。
拳が閃光となって飛び出し、暴走体の胸部を撃ち抜く。
同時に、衝撃波が周囲の空気を焼き裂き、暴走体の上半身が爆散するように吹き飛ぶ。
しかし――
「うっひょー!再生すんのかよ!」
異形の身体は、黒煙と共に再構築され始める。
むせ返るような焦げ臭さと、呪具から漏れ出す濁流のような魔力。
だが、ゼクトの目に迷いはない。
「ま、燃え尽きるまで、殴るだけなんだけどなっ!」
拳を構え、地を蹴る。
その動きは獣よりも速く、鋭く、獰猛だった。
炎の拳が次々と唸りを上げて炸裂する。
一撃ごとに肉が焼かれ、骨が砕かれ、再生の魔力すら炎に食われていく。
「喰らえ、喰らえ、喰らええぇぇッ!!」
ゼクトの咆哮と共に、最後の一撃が暴走体の頭部を粉砕した。
舞い散る火花と飛沫の中、立っていたのは、拳から煙を上げる“焔の獣”。
周囲の騎士たちが息を呑んで立ち尽くす中、
彼だけが静かに拳を下ろし、呟いた。
「へっ……遊びたりねぇな」
◇
南方区。
蛙のみぎあし亭付近。
異常事態は、すでにルカたちにも伝わっていた。
遠くに立ち上る黒煙。
風に混じる血と魔力の匂い。
「……これは」
ルカが静かに言う。
その表情に、戦士の気配が宿った。
「フィーラ、研究所でファルメルさん達と合流してくれ!」
「ルカは?」
「聖堂の方に何か感じる……そっちへ向かう!」
「わかった……気をつけてね!」
少女は走る。
少年もまた、地を蹴る。
王都各地では、避難誘導と同時に、各部隊が連携し火災の鎮圧や敵の殲滅に当たっていた。
それでも被害の拡大は止まらず、民衆の叫びと嘆きが夜の空へと響き渡る。
それはまるで、地獄が現世に開いたような光景だった。
ルカは、そんな混乱の中を突き進む。
ただの暴走ではない、“意志”を感じさせる不穏な気配。
闇の底でうごめく何かが、確かに彼を呼んでいた。
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