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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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混沌のはじまり

王都中央大聖堂――

 その床が、轟音とともに爆ぜた。


 破壊の中心にいたのは、血塗れの枢機卿、イオルド。


 彼が右手に握っていたのは、瘴気を帯びた黒い魔結晶。

《完成品》

 ――“呪具”の皮を被った、魔力の暴発装置。


「がっ……な、んだ……これは……ぐっ、ごぉあああああッ」


 イオルドの肉体が何十倍にも膨張する。

 肉が裂け、骨が軋み、血が吹き出す。

 そして――


 禍々しい光を放ち、大聖堂を吹き飛ばすほどの大爆発を起こす。

 噴き出した魔力が天を裂き、空を染めた。

 信仰の象徴たる聖堂が、悪夢の中心と化す。


 ――“それ”は、波紋のように王都中へ広がっていった。



王都・東方聖堂。

 第七部隊隊長〈ゼクト・ラグニル〉は、突如として襲いかかった“それ”に、反射的に身を引いた。


「……ッ!? 何だッ!!」


 神官たちの呪具が、禍々しい輝きを放ち始める。

 次の瞬間――神官のひとりの体が膨張し、血管の浮かぶ腕から魔力が噴き出すように暴れ出す。


「があああああああッ……!!」


 その叫びと共に、窓ガラスが吹き飛び、柱が崩れ落ちる。

 神の名を掲げてきた聖域は、狂気の祭壇へと変貌を遂げた。

 ゼクトは怒号と共に叫ぶ。


「全隊員、戦闘態勢を取れッ!! 暴走が始まりやがった……!!」



王都・西方聖堂――

 第九部隊隊長〈グローデン・マクノダス〉は、異常な地響きに眉をひそめた。


「何事か……」


 目前の神官たちが一斉に咳き込み、嘔吐する。

 だがそれは病ではない。

 魔力の拒絶反応――いや、暴走。


 呪具の発光が赤黒く濁り、それに呼応するように神官の体内魔力が暴走を始めていた。


「ぐぅああああッ!!」


「全員下がれッ! こ奴ら……最早人間ではないッ!!」


 神官の肉体が異形化し、節くれだった腕が獣のように伸びる。

 まるで魔物の胎児のような、不完全な存在。

 グローデンは大槌を振り上げ、前衛に立った。



王都・南方聖堂――

 第五部隊副隊長〈フィノ・バッカス〉は、呪具の異変に気づく。


「セズッ! 呪具が……!」


 第五部隊隊長〈セズ・クローネ〉は眉をしかめ、神官たちの様子を注視する。

 直後、空気が爆ぜた。


「うおおおおおおおおお!!」


 神官の一人が、手にした呪具ごと膨張し、周囲を魔力の奔流で焼き払った。

 炎の柱が聖堂を貫き、天井が崩れ落ちる。

 瓦礫と共に爆音が響き渡った。


 ――そして始まった。

 王都各地の聖堂にて、“呪具を通した魔力暴走”が連鎖的に発生する。


 かつてない規模の混乱が、いま王都を飲み込もうとしていた。



王都を包む混乱の光景――

 燃え上がる聖堂、暴走する神官たち、瓦解する秩序。  人々の悲鳴と魔力の爆ぜる音が交錯し、街の空気は戦場そのものと化す。


 その様子を、遠く離れた高台から見下ろす二つの影があった。


 ネフェルティアと、血のように赤い髪の少女。


「……始まりましたね」


 少女がぽつりと呟いた。

 空には魔力の雷が奔り、地には聖堂の一部が崩れ落ちていく。

 騎士団と神官たちの戦いは、まさに地獄絵図の様相を呈していた。


「ふふ……。これで騎士団の戦力を少しでも削ってくれると嬉しいのだけど。あの無能どもに、どこまでやれるかしらね」


 ネフェルティアは口元を緩め、戦火の中でうごめく混乱を愉快そうに見下ろしていた。


「そういえば……あなたの復讐は、まだいいの?」


 そう問いかけたネフェルティアに、少女は少し微笑む。


「はい。彼には、もっと苦しんでもらいたいので。――色々と、楽しんでからにします」


「……そう。好きにしなさい」


 ネフェルティアは肩をすくめ、そして軽く囁くように続けた。


「でも彼は大事な"器"の候補……殺しちゃだめよ。 分かったわね、〈ミリア〉」


「もちろんです」


 風が吹き、赤髪がなびく。


 かつて少年を裏切り、そして殺されたはずの少女。


 その瞳には冷たい光が宿っていた。

 愛情と憎悪、その境界が曖昧な、壊れた執着の光だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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