混沌のはじまり
王都中央大聖堂――
その床が、轟音とともに爆ぜた。
破壊の中心にいたのは、血塗れの枢機卿、イオルド。
彼が右手に握っていたのは、瘴気を帯びた黒い魔結晶。
《完成品》
――“呪具”の皮を被った、魔力の暴発装置。
「がっ……な、んだ……これは……ぐっ、ごぉあああああッ」
イオルドの肉体が何十倍にも膨張する。
肉が裂け、骨が軋み、血が吹き出す。
そして――
禍々しい光を放ち、大聖堂を吹き飛ばすほどの大爆発を起こす。
噴き出した魔力が天を裂き、空を染めた。
信仰の象徴たる聖堂が、悪夢の中心と化す。
――“それ”は、波紋のように王都中へ広がっていった。
◇
王都・東方聖堂。
第七部隊隊長〈ゼクト・ラグニル〉は、突如として襲いかかった“それ”に、反射的に身を引いた。
「……ッ!? 何だッ!!」
神官たちの呪具が、禍々しい輝きを放ち始める。
次の瞬間――神官のひとりの体が膨張し、血管の浮かぶ腕から魔力が噴き出すように暴れ出す。
「があああああああッ……!!」
その叫びと共に、窓ガラスが吹き飛び、柱が崩れ落ちる。
神の名を掲げてきた聖域は、狂気の祭壇へと変貌を遂げた。
ゼクトは怒号と共に叫ぶ。
「全隊員、戦闘態勢を取れッ!! 暴走が始まりやがった……!!」
◇
王都・西方聖堂――
第九部隊隊長〈グローデン・マクノダス〉は、異常な地響きに眉をひそめた。
「何事か……」
目前の神官たちが一斉に咳き込み、嘔吐する。
だがそれは病ではない。
魔力の拒絶反応――いや、暴走。
呪具の発光が赤黒く濁り、それに呼応するように神官の体内魔力が暴走を始めていた。
「ぐぅああああッ!!」
「全員下がれッ! こ奴ら……最早人間ではないッ!!」
神官の肉体が異形化し、節くれだった腕が獣のように伸びる。
まるで魔物の胎児のような、不完全な存在。
グローデンは大槌を振り上げ、前衛に立った。
◇
王都・南方聖堂――
第五部隊副隊長〈フィノ・バッカス〉は、呪具の異変に気づく。
「セズッ! 呪具が……!」
第五部隊隊長〈セズ・クローネ〉は眉をしかめ、神官たちの様子を注視する。
直後、空気が爆ぜた。
「うおおおおおおおおお!!」
神官の一人が、手にした呪具ごと膨張し、周囲を魔力の奔流で焼き払った。
炎の柱が聖堂を貫き、天井が崩れ落ちる。
瓦礫と共に爆音が響き渡った。
――そして始まった。
王都各地の聖堂にて、“呪具を通した魔力暴走”が連鎖的に発生する。
かつてない規模の混乱が、いま王都を飲み込もうとしていた。
◆
王都を包む混乱の光景――
燃え上がる聖堂、暴走する神官たち、瓦解する秩序。 人々の悲鳴と魔力の爆ぜる音が交錯し、街の空気は戦場そのものと化す。
その様子を、遠く離れた高台から見下ろす二つの影があった。
ネフェルティアと、血のように赤い髪の少女。
「……始まりましたね」
少女がぽつりと呟いた。
空には魔力の雷が奔り、地には聖堂の一部が崩れ落ちていく。
騎士団と神官たちの戦いは、まさに地獄絵図の様相を呈していた。
「ふふ……。これで騎士団の戦力を少しでも削ってくれると嬉しいのだけど。あの無能どもに、どこまでやれるかしらね」
ネフェルティアは口元を緩め、戦火の中でうごめく混乱を愉快そうに見下ろしていた。
「そういえば……あなたの復讐は、まだいいの?」
そう問いかけたネフェルティアに、少女は少し微笑む。
「はい。彼には、もっと苦しんでもらいたいので。――色々と、楽しんでからにします」
「……そう。好きにしなさい」
ネフェルティアは肩をすくめ、そして軽く囁くように続けた。
「でも彼は大事な"器"の候補……殺しちゃだめよ。 分かったわね、〈ミリア〉」
「もちろんです」
風が吹き、赤髪がなびく。
かつて少年を裏切り、そして殺されたはずの少女。
その瞳には冷たい光が宿っていた。
愛情と憎悪、その境界が曖昧な、壊れた執着の光だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ《評価》や《ブックマーク》で応援していただけると嬉しいです!
皆さまの一押しが、次回作への大きな励みになります!




