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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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動き出す色彩


 リュミアは腰に手を当て、少しだけ首を傾げながら、独りごとのように呟いた。


「鑑定士って……まさか、あいつか?」


 その問いに、隣に立つセレーヌは静かにうなずく。


「ええ。あの方なら、信用できますから」


 落ち着いた口調でそう言う彼女に、リュミアは苦笑を浮かべるように鼻を鳴らした。


「信用できるっていうか、変わってるっていうか……まあ、いいか」


 そして背中を軽く伸ばすと、ひと息つくようにして、言葉を続けた。


「俺は早速、例の迷宮に向かわせてもらうぜ。何か分かれば、すぐに"黒羽"を飛ばす」


 そう言い残し、彼はくるりと身を翻す。


 軽やかに背を向けると、そのまま足音を残して路地の奥へと消えていった。


 



 


 その後。


 セレーヌは、再び“セレナ”の姿へと着替えていた。


 ふわりとした町娘風の衣装に、あどけなさを装う表情を乗せ、髪をひとまとめにする。


 変装は慣れたもので、数分もしないうちに、あの“第一王女”の気配はきれいに消えていた。


 


 ルカたちが連れてこられたのは、王都の一角に位置する、静かな建物だった。


 ――魔術騎士団第四部隊・研究所。


 石造りの重厚な壁に囲まれたその空間は、他の騎士団施設と比べても明らかに異質な空気を漂わせていた。


 ひとつの扉が、軋む音を立ててゆっくりと開く。


 中から現れたのは、小柄な少女だった。


 黒いワンピースに身を包み、ツインテールの髪を揺らす無表情な少女――エリア。


 まさかの姿に、ルカとフィーラが目を丸くする。


「エリアちゃん!?」


 驚きの声を上げるフィーラに、エリアはまばたきを一つだけ返した。


 そして、抑揚のない声で口を開く。


「いらっしゃいませ」


 その言葉にすら、どこか機械的な印象を受ける。


 続けて、奥の部屋からもうひとりの人物が現れた。


 白衣を羽織り、髪はぼさぼさ、顔にはうっすらと無精髭。

 目の下には隈が浮かび、やや疲れたような雰囲気を纏った中年男性だった。


「おや、セレーヌ様……また来たんですか」


 だらけた口調とは裏腹に、その目は鋭い光を宿している。


 セレーヌが一歩前に出て、丁寧に紹介する。


「こちらが、第四部隊隊長のファルメルさん。そして、副隊長のエリアちゃんです」


「副隊長っ!?」


 思わず声を上げたのはフィーラだった。


 しかし当のファルメルは、気にする様子もなく、頬を指で掻きながら小さく笑った。


「……で、今日はなんのご用でしょう?」


「フィーラさんの魔力鑑定をお願いしたくて。魔力がうまく制御できないんです。その原因を探りたく……」


 セレーヌの言葉に、ファルメルはあくびを噛み殺しながらゆるく頷いた。


「なるほど。まあ、ちょうど研究も一段落ついたところだし……いいですよ」


 そう言って、彼は部屋の隅にある棚へと向かい、ひとつの小箱を取り出す。


「実は昔、一級鑑定士の資格も取ってるんだよね。研究のためにさ」


 言いながら、彼は蓋を開け、中から淡く光る水晶を取り出した。


 わずかに脈打つように揺らめくその水晶は、見る者に神秘的な印象を与える。


「じゃあまずは、簡易鑑定からいこうか」


 水晶を机に置き、ファルメルがフィーラに視線を向ける。


「これはね、色と濃度をざっくり可視化するだけなんだけど……まあ最初の判断には十分さ。とりあえず、手をかざしてみて」


 フィーラは少し緊張した面持ちで、水晶に手を近づける。


 すると、水晶が静かに光を帯び始めた。


 その色は――寒色でもなく、暖色でもなく。


 不明瞭で濁った、曖昧な色彩だった。


 それを見たファルメルは、軽く顎に手を添え、「ふむ……」と唸る。


「これは……複属性反応に近いかなぁ」


「複属性……?」


 ルカが小さく首を傾げる。


 ファルメルは頷きながら説明を続けた。


「要は、複数の魔力属性を持ってるってこと。多くはないけど、たまにいるんだ。制御が難しいのもそのせいかもしれないね」


 フィーラは不安そうにルカの方を見る。


 目が合ったルカは、静かにうなずいて彼女を安心させようとした。


 その様子に気づいたファルメルは、口元に柔らかな笑みを浮かべる。


「大丈夫。じゃあ次は、もう少し詳しく調べてみようか。どの属性が混ざってるか、はっきりさせたいしね」


「……何か、怖いことが起きたりは……?」


 フィーラが小さく尋ねる。


 ファルメルは軽く首を横に振った。


「ないない。万が一、嫌な感じがしたらすぐに教えて」


 そう言って、彼は机の上に簡素な術式図を広げ、詠唱を始める。


 


 《魔彩顕現―アルカ・スペクトル―》


 


 術式が静かに起動する。


 その瞬間、フィーラの周囲に柔らかな光が浮かび上がる。


 最初は、まったく色のない“無色”の光。


 だが、それがフィーラの身体に触れた瞬間――


 淡く、重なり合うようにして光の色彩が揺らぎ始めた。


 緊張で固まるフィーラの肩に、エリアがそっと手を置いた。


 ファルメルの目が細くなる。


「これは……」


 彼の声には、驚きと興味、そしてほんの僅かな戸惑いが混ざっていた。



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