動き出す色彩
リュミアは腰に手を当て、少しだけ首を傾げながら、独りごとのように呟いた。
「鑑定士って……まさか、あいつか?」
その問いに、隣に立つセレーヌは静かにうなずく。
「ええ。あの方なら、信用できますから」
落ち着いた口調でそう言う彼女に、リュミアは苦笑を浮かべるように鼻を鳴らした。
「信用できるっていうか、変わってるっていうか……まあ、いいか」
そして背中を軽く伸ばすと、ひと息つくようにして、言葉を続けた。
「俺は早速、例の迷宮に向かわせてもらうぜ。何か分かれば、すぐに"黒羽"を飛ばす」
そう言い残し、彼はくるりと身を翻す。
軽やかに背を向けると、そのまま足音を残して路地の奥へと消えていった。
◇
その後。
セレーヌは、再び“セレナ”の姿へと着替えていた。
ふわりとした町娘風の衣装に、あどけなさを装う表情を乗せ、髪をひとまとめにする。
変装は慣れたもので、数分もしないうちに、あの“第一王女”の気配はきれいに消えていた。
ルカたちが連れてこられたのは、王都の一角に位置する、静かな建物だった。
――魔術騎士団第四部隊・研究所。
石造りの重厚な壁に囲まれたその空間は、他の騎士団施設と比べても明らかに異質な空気を漂わせていた。
ひとつの扉が、軋む音を立ててゆっくりと開く。
中から現れたのは、小柄な少女だった。
黒いワンピースに身を包み、ツインテールの髪を揺らす無表情な少女――エリア。
まさかの姿に、ルカとフィーラが目を丸くする。
「エリアちゃん!?」
驚きの声を上げるフィーラに、エリアはまばたきを一つだけ返した。
そして、抑揚のない声で口を開く。
「いらっしゃいませ」
その言葉にすら、どこか機械的な印象を受ける。
続けて、奥の部屋からもうひとりの人物が現れた。
白衣を羽織り、髪はぼさぼさ、顔にはうっすらと無精髭。
目の下には隈が浮かび、やや疲れたような雰囲気を纏った中年男性だった。
「おや、セレーヌ様……また来たんですか」
だらけた口調とは裏腹に、その目は鋭い光を宿している。
セレーヌが一歩前に出て、丁寧に紹介する。
「こちらが、第四部隊隊長のファルメルさん。そして、副隊長のエリアちゃんです」
「副隊長っ!?」
思わず声を上げたのはフィーラだった。
しかし当のファルメルは、気にする様子もなく、頬を指で掻きながら小さく笑った。
「……で、今日はなんのご用でしょう?」
「フィーラさんの魔力鑑定をお願いしたくて。魔力がうまく制御できないんです。その原因を探りたく……」
セレーヌの言葉に、ファルメルはあくびを噛み殺しながらゆるく頷いた。
「なるほど。まあ、ちょうど研究も一段落ついたところだし……いいですよ」
そう言って、彼は部屋の隅にある棚へと向かい、ひとつの小箱を取り出す。
「実は昔、一級鑑定士の資格も取ってるんだよね。研究のためにさ」
言いながら、彼は蓋を開け、中から淡く光る水晶を取り出した。
わずかに脈打つように揺らめくその水晶は、見る者に神秘的な印象を与える。
「じゃあまずは、簡易鑑定からいこうか」
水晶を机に置き、ファルメルがフィーラに視線を向ける。
「これはね、色と濃度をざっくり可視化するだけなんだけど……まあ最初の判断には十分さ。とりあえず、手をかざしてみて」
フィーラは少し緊張した面持ちで、水晶に手を近づける。
すると、水晶が静かに光を帯び始めた。
その色は――寒色でもなく、暖色でもなく。
不明瞭で濁った、曖昧な色彩だった。
それを見たファルメルは、軽く顎に手を添え、「ふむ……」と唸る。
「これは……複属性反応に近いかなぁ」
「複属性……?」
ルカが小さく首を傾げる。
ファルメルは頷きながら説明を続けた。
「要は、複数の魔力属性を持ってるってこと。多くはないけど、たまにいるんだ。制御が難しいのもそのせいかもしれないね」
フィーラは不安そうにルカの方を見る。
目が合ったルカは、静かにうなずいて彼女を安心させようとした。
その様子に気づいたファルメルは、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「大丈夫。じゃあ次は、もう少し詳しく調べてみようか。どの属性が混ざってるか、はっきりさせたいしね」
「……何か、怖いことが起きたりは……?」
フィーラが小さく尋ねる。
ファルメルは軽く首を横に振った。
「ないない。万が一、嫌な感じがしたらすぐに教えて」
そう言って、彼は机の上に簡素な術式図を広げ、詠唱を始める。
《魔彩顕現―アルカ・スペクトル―》
術式が静かに起動する。
その瞬間、フィーラの周囲に柔らかな光が浮かび上がる。
最初は、まったく色のない“無色”の光。
だが、それがフィーラの身体に触れた瞬間――
淡く、重なり合うようにして光の色彩が揺らぎ始めた。
緊張で固まるフィーラの肩に、エリアがそっと手を置いた。
ファルメルの目が細くなる。
「これは……」
彼の声には、驚きと興味、そしてほんの僅かな戸惑いが混ざっていた。
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