選択と事実
静かな空気。
それに耐え兼ねたようにフィーラが口を開く。
「……ねぇ、ルカ。私は……この人たちには話してもいいと思う」
ルカが少し目を伏せる。
「俺にも色々あった。信じた相手に裏切られたことも……誰が味方で、誰が敵か……正直、分からなくなる。だから……今は慎重でいたい」
セレーヌがわずかに悲しげに頷く。
「……そうですか」
そのまま身を引こうとする素振りを見せた、その時。
「……だが」
ルカが口を開いた。
「フィーラのことは信じてる。だから……フィーラが“いい”と言うなら、話そう」
静かな言葉に、フィーラは小さく息を飲む。
ルカは、自分の知る限りの事実を静かに語った。
神託院という名の孤児院にいたこと。
レオナード家に引き取られたこと。
十五歳の誕生日に“祝福の儀”を受けたこと。
そして、魔力を奪われ、迷宮に"廃棄"されたこと――。
セレーヌは絶句し、リュミアも思わず顔をしかめた。
ルカはナカトとの契約には触れず、ただ「微かに残った魔力でどうにか這い出た」とだけ話した。
室内には重い沈黙が流れる。
やがて、セレーヌが問いかける。
神託院、そしてそれを運営する教会の関与について。
ルカは「神託院は十中八九、クロだ」と断じ、教会については「関係のない者も多いが、上層は分からない」とだけ答えた。
リュミアはその言葉に納得したように頷き、ふと何かを思い出す。
最近、一家まるごと惨殺された貴族――レオナード家の名を口にする。
それに対するルカの反応、フィーラの動揺から、彼が関わっていることを悟るリュミア。
ルカが「牢獄にぶち込むか」と冗談とも本気ともつかぬ声を漏らすと、フィーラが慌てて弁明しようとする。
だが、その言葉を遮るように、セレーヌが静かに言った。
「いえ。これ以上は、何も聞きません。……あなたを、信じます」
その言葉に、フィーラは目を見開き、ルカもわずかに肩の力を抜いた。
ふと、リュミアがつぶやく。
「でもよ、なぜすぐに魔力を奪わないんだ? 何年もかけて育てる意味はなんだ……? ただ魔力が未熟だからってんなら、大人から奪えば済むはずだろ?」
「なにか、“祝福の儀”を行うための条件があるのではないかしら……そう簡単には行えない……だとすると……!」
セレーヌがハッと何かを思い出す。
文書に記されていた、一つの言葉。
――技術の、応用。
一つの答えが浮かんだ。
呪具とは、祝福の儀を応用して作られた“奪った魔力を封じ込めた道具”。
本来の儀式的条件を省いて作ろうとしている。
だからこそ、人を使った“実験”が必要で、制御できず暴走する……未完成の呪具。
これが正しいとすれば、被害者の数は想像を絶する。
「ちっ……胸糞わりぃ話だな」
そうリュミアが毒づくと、ルカは静かに口を開いた。
「俺が知ってる“祝福の儀”は、それだけだ。ただ、貴族や教会上層が金や権力のためにやってるだけなのか、それ以上の目的があるのか……それは分からない」
しばしの静寂ののちセレーヌが言葉を発する。
「……本当に、ありがとうございます。あなたが話してくれなければ、ここまで辿り着けませんでした」
セレーヌは深く頭を下げた。
王国第一王女が、今日出会ったばかりの少年たちに対して。
そして、話は今後の行動へと移っていく。
教会本部への潜入は難しい。
リュミアは外堀から埋めていくべきだと考えた。
その一歩として、ルカが“廃棄”されたという迷宮の調査へ向かうと提案する。
場所は、レオナード家の領地だったレヴィナのさらに南。
深い森を抜けた誰も立ち寄らぬ土地
――そこが、迷宮のある場所だと地図を見ながらルカが説明する。
「……遠いな。到着まで、十日ってところか」
即答されたその早すぎる日数に、ルカとフィーラは驚く。
「騎士団の隊長をナメるなよ」
「そういえば、あんた隊長だったんだな。騎士団内で他の部隊に調整協力などは出さないのか?」
ルカは素朴な疑問を口にした。
「騎士団の連中は曲者揃いでね。誰がいつ、どんな形で裏切るか分からねぇんだよ。」
リュミアが悪戯っぽく笑う。
ふと、フィーラがセレーヌに尋ねる。
「セレナさん……セレーヌさんはどうするの?」
「そうですね……まずはお二人に、お礼をしなくてはなりませんね」
その答えにルカが少し眉を寄せると、セレーヌはフィーラを見て微笑む。
「フィーラさん、魔力鑑定士を探しているんですよね?」
「話したのか?」と尋ねるルカに、フィーラが頷く。
「うん。ルカが来るまで、セレーヌさんとお茶してたんだ」
「……お茶?」
微妙な表情のルカをよそに、セレーヌが明るく言い切る。
「私、いい鑑定士さんを知ってますよ! 案内しますね」
そう言ってセレーヌが立ち上がる。
新たな出会い、新たな一歩。
運命は今、大きく変わろうとしている。
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