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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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定例会議

騎士団本部・会議室。

 重厚な扉が閉まり、十ある席のうち九席が埋まる。

 魔術騎士団の定例会議が、静謐にして緊張を孕みながら、始まった。




 最奥中央。

 白と金の制服に身を包んだ男が静かに腰掛け、全体を見渡す。

 〈第一部隊隊長 兼 団長/ザイラン・ヴァレント〉

 彼の容姿は知性と威圧感を併せ持ち、議場の空気を引き締めていた。




 右手側、やや緊張した面持ちで背筋を伸ばす若い男。

 黒と青の制服。

 〈第五部隊隊長/セズ・クローネ〉

 整った顔立ちに冷静さが滲み、まだ若いながらも真摯な姿勢が印象的だった。




「……第十部隊はまたもや欠席か。規律を乱す行い、看過できん」


 低く響いたのは、端正な姿勢を崩さぬ男の声。

 黒と緑の制服。

 〈第九部隊隊長/グローデン・マクノダス〉

 鋭い眼差しと武人気質を漂わせ、無骨な表情からは不満がにじんでいた。




「いつものことじゃん。あのオッサンらしくて、俺は嫌いじゃないけどね」


 赤髪を逆立てた若者が、ひょいと肘をつきながら応じた。

 白と赤の制服。

 〈第七部隊隊長/ゼクト・ラグニル〉

 会議という場に似合わぬ軽快さで、最年少らしい奔放さを見せる。




「リネールで発見された呪具について、解析の進捗はいかがですか?」


 整った姿勢を崩さず、静かに尋ねたのは落ち着いた女性の声。

 白と青の制服。

 〈第六部隊隊長/アネッサ・ノアハンド〉

 聖女のような穏やかさを纏いながらも、冷静に本題へと切り込む。




「ん……あぁ、あれね……損傷がひどくてさ……もうちょっと時間、欲しいかなぁ」


 だるそうに頭をかく男が答える。

 白と紫の制服。

 〈第四部隊隊長/ファルメル・エルペイン〉

 整えられていない髪にずれた眼鏡、覇気のない声が妙に場に馴染んでいた。




「ファルメル……たまにはまともな仕事をしたらどうなんだ、ええ?おい!」


 嘲るように鼻を鳴らしたのは、派手な装飾を身に纏う大柄な男。

 黒と金の制服。

 〈第八部隊隊長/ゲルマ・ピサーロ〉

 肥満体の笑顔には愛嬌よりも腹黒さがにじみ、皮肉交じりの言葉が室内に響く。




「あらあら……まるで、ご自身はちゃんとお仕事なさってるみたいな言いぶりですねぇ。ゲルマさん」


 ふわりとした笑みを浮かべた女性が、何気なく毒を差し込む。

 白と橙の制服。

 〈第二部隊隊長/シルヴィア・カロリア〉

 柔和な表情と天然な口調が、かえって鋭く人を突き刺す。



「話を戻すぞ、セズ」


「はい」


 ザイランの言葉にセズが即座に立ち上がり、リネール遠征での調査結果を淡々と述べる。



 呪具の出処と、魔力暴走。

 それらに関する考察や推測、時に嫌味や皮肉が飛び交う中。

 左側、入り口に一番近い席に座る女性の一言に、場の空気が一変した。


「……隠蔽。しかも――内部だろうな」


「ああ?どういうことだ?」

 ゲルマが真っ先に声を上げる。


「何も分からなかったんじゃなくて、何も分からないようにされてんのさ。しかもここまで完璧となると…」


「騎士団内に隠蔽した者がいる、と。」

 アネッサが呟く。


「……ま、あくまで可能性の話だけどね」


 口調は軽く装っているが、探るような視線と、僅かな重さが混じっていた。

 黒と赤の制服。

 〈第三部隊隊長/リュミア・セトー〉

 褐色の肌に、後ろで結ばれた銀髪。

 静かな目元は、心の奥まで見透かすようだった。




 場は、不気味な静けさに包まれる。


「……この件は慎重に進める必要があるな」


 ザイランが静かに総括し、議題を進める




 リュミアは卓上の書類に記された"祝福の儀"という言葉に視線を落とし、小さく口元を歪めた。







教会本部の最深部。

 その空間は祈りのためでなく、隠すために築かれた場所だった。


 銀の燭台がかすかに揺れ、重厚な石壁には、五つの影が映っていた。


 


「――貴様、ふざけるな! これだけの呪具を流しておきながら、対価がこれっぽっちだと!?」



 声を荒らげたのは、四人の枢機卿の中でも特に貪欲な男――〈セルマン卿〉。

 その目は金貨を見つめる時と同じ熱で、目の前の女を睨んでいる。



「……報酬とは、“貢献”に応じて与えられるものですわ。ですが――」



 声を上げたネフェルティアは、まるで水面のように揺らがぬ微笑みを浮かべる。


 艶やかな長い黒髪を揺らし、黒く深いローブに身を包んだ妖艶な美女。

 長い前髪が片目を覆い、口元には慈愛にも似た残酷さが漂っていた。


 

「あなた方が“私たちの期待”に届いていないとしたら、それは……貴方の努力が足りないだけ」


「む、むぅ……!」



 セルマン卿は怒鳴りかけるが、隣の枢機卿がそっと肘で制する。



「ネフェルティア殿。ご指摘は理解しています。ですが……このところ、騎士団の目が少々……」



 ネフェルティアはくす、と笑う。



「……騎士団にできることなど限られている。彼らの動きは、私がすべて把握しています」


 

 そして一歩、祭壇の奥に進む。


 その身を乗り出し、低い声で囁いた。



「……それに。あなた方はもう、戻れないところにいます。そうでしょう?」



 甘く、毒を含んだ声が、枢機卿たちの背筋を撫でていく。



「……貴女は恐ろしい女性だ」



 一人がそう呟くと、ネフェルティアは笑みだけを返した。


 


「そうそう……」



 ネフェルティアは唐突に顔を上げた。



「最近、南部の教区にて立て続けに問題が起きてるみたいですけど。……責任者は、どなたかしら?」



 沈黙が落ちる。


 誰かがゴクリと唾を飲む。



 次の瞬間――


 ゴシュッ。


 血しぶきとともに、セルマン卿の首が地に転がった。


 誰一人、動けなかった。



 黒装束に髑髏の仮面、沈黙を貫いていた男――〈ダブル〉が、無言のまま歪な剣についた血を払う。


 その目に感情はなく、冷徹な意志だけが浮かび上がっていた。

 


「……これは忠告です」



 ネフェルティアが振り返る。

 ゆっくりと、残った三人の枢機卿の顔を順に見つめる。



「……次は、慈悲もありませんわ。どうぞ、ご注意を」



 そのまま退場していくその背に、誰一人声をかける者はいなかった。


 血だまりの中で、銀の蝋燭だけが、まるで“何か”を讃えるように、静かに揺れていた。



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