綻び
重苦しい沈黙が場を支配する。
フィーラが不安そうにルカを見上げた。
フラジオは微笑を崩さず、あくまで柔らかな声音で応じる。
「隠してなどいないよ……何もね」
だが、その笑みは――あまりにも温度がなかった。
「挨拶もなしに旅立つなんて、どう考えても不自然だ」
「別れを惜しみたくはなかったのだろう……そういう子だったよ」
口調は終始穏やかだったが、その滑らかさがかえって不自然だった。
「じゃあ、どこへ向かった? どの街だ?」
「……教会の規則でね。修行先は外部には明かせない決まりなんだ」
言葉には破綻がない。だが、語尾にかすかな揺らぎが混じっていた。
「……アイナさんの前にも、修行に出た子が何人もいたはずだ。なぜ誰一人戻ってこない? なぜ、手紙すら寄こさない?」
フラジオの口元が、わずかに引きつった。
「それは……彼女たちの意思だよ。戻らないことを選んだんだ。僕に聞かれても困る」
整えられた言葉とは裏腹に、彼の目は泳ぎ、落ち着きなく瞬いていた。
ルカがふと、視線をフィーラに向ける。
「フィーラ。その髪飾り……昨日、アイナさんからもらったんだったな?」
「うん……“お礼に”って」
「それを“探していた”って……言ってたな、フラジオさん」
沈黙。
フラジオは、喉の奥で小さく咳払いをした。
「……すまないが、今日はもう帰ってくれないか」
その声音には、微かに苛立ちが混ざっていた。
「僕も……色々とやることがあってね。また今度、ゆっくり話そうじゃないか」
その言葉と笑顔に滲んでいたのは、明らかな――“逃避”だった。
ルカが一歩、前に出る。
「……いい加減に吐いたらどうなんだ」
足元の影が蠢く。
闇の帯がフラジオの足を絡め取り、床に縫いとめた。
「なっ……!? なにを、するっ……!」
フラジオの目が無意識に、ちらりと“書斎の扉”をかすめる。
「……そこか」
ルカは即座に踏み出し、扉を開け放った。
「や、やめろ……っ! 勝手に入るなっ!」
制止の声を背に受けながら、ルカは書斎の中へ足を踏み入れる。
書棚はきっちりと整えられ、机の上も一片の乱れなく片付けられていた。
だが――その机の下。カーペットの端が、わずかにめくれ上がっていた。
几帳面な空間において、そこだけが妙に浮いている。
ルカは即座に机を払いのけ、カーペットをめくる。
現れたのは、鉄製の取っ手がついた扉。
沈黙が、場を支配した。
その先に口を開くのは――地下へと続く、闇の入口だった。




