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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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31/120

綻び

重苦しい沈黙が場を支配する。

 フィーラが不安そうにルカを見上げた。


 フラジオは微笑を崩さず、あくまで柔らかな声音で応じる。



「隠してなどいないよ……何もね」



 だが、その笑みは――あまりにも温度がなかった。



「挨拶もなしに旅立つなんて、どう考えても不自然だ」


「別れを惜しみたくはなかったのだろう……そういう子だったよ」



 口調は終始穏やかだったが、その滑らかさがかえって不自然だった。



「じゃあ、どこへ向かった? どの街だ?」


「……教会の規則でね。修行先は外部には明かせない決まりなんだ」



 言葉には破綻がない。だが、語尾にかすかな揺らぎが混じっていた。



「……アイナさんの前にも、修行に出た子が何人もいたはずだ。なぜ誰一人戻ってこない? なぜ、手紙すら寄こさない?」



 フラジオの口元が、わずかに引きつった。



「それは……彼女たちの意思だよ。戻らないことを選んだんだ。僕に聞かれても困る」



 整えられた言葉とは裏腹に、彼の目は泳ぎ、落ち着きなく瞬いていた。


 ルカがふと、視線をフィーラに向ける。



「フィーラ。その髪飾り……昨日、アイナさんからもらったんだったな?」


「うん……“お礼に”って」


「それを“探していた”って……言ってたな、フラジオさん」



 沈黙。


 フラジオは、喉の奥で小さく咳払いをした。



「……すまないが、今日はもう帰ってくれないか」



 その声音には、微かに苛立ちが混ざっていた。



「僕も……色々とやることがあってね。また今度、ゆっくり話そうじゃないか」



 その言葉と笑顔に滲んでいたのは、明らかな――“逃避”だった。


 ルカが一歩、前に出る。



「……いい加減に吐いたらどうなんだ」



 足元の影が蠢く。

 闇の帯がフラジオの足を絡め取り、床に縫いとめた。



「なっ……!? なにを、するっ……!」



 フラジオの目が無意識に、ちらりと“書斎の扉”をかすめる。



「……そこか」



 ルカは即座に踏み出し、扉を開け放った。



「や、やめろ……っ! 勝手に入るなっ!」



 制止の声を背に受けながら、ルカは書斎の中へ足を踏み入れる。


 書棚はきっちりと整えられ、机の上も一片の乱れなく片付けられていた。

 だが――その机の下。カーペットの端が、わずかにめくれ上がっていた。


 几帳面な空間において、そこだけが妙に浮いている。


 ルカは即座に机を払いのけ、カーペットをめくる。


 現れたのは、鉄製の取っ手がついた扉。


 沈黙が、場を支配した。


 その先に口を開くのは――地下へと続く、闇の入口だった。



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