平穏な日々
フロリエルの朝は、静かで穏やかだった。
教会の鐘の音が街にこだまする中、ルカとフィーラは今日も朝から教会の手伝いをしていた。
「お水はこの壺にお願いね。あ、ルカさんはこっちの棚の整理を……ありがとうっ!」
アイナの明るい声が教会の中に響く。
彼女の指示は的確で、誰に対しても笑顔を絶やさない。
フラジオの〈保存〉の魔法はルカ達を何度も驚かせた。
食料は腐らず、建物は老朽化しない。
生活魔法の頂点とも言える術だった。
──もう何日目だったろう。
気づけばルカとフィーラは、すっかりこの街と教会に馴染んでいた。
フィーラも子供たちに囲まれ、まるでここが故郷だったかのように楽しげに過ごしていた。
その日の午後、アイナはフィーラをそっと中庭に連れ出した。
「…フィーラちゃんに、渡したいものがあるの」
小さな箱を差し出す。
中には、白と淡い紫の花をかたどった髪飾り。
フローカの花を模した、優しい色合いの一品だった。
「わたしのおさがりで悪いんだけど、受け取ってくれる?」
アイナの瞳に揺れる感情は、言葉にしなくても伝わってくる。
「えっ、でも、これ……大事なものなんじゃ……」
「ううん、いいの。わたしも、もうすぐ旅立ちだし……。他の場所での修行はきっと大変になると思うけど、フィーラちゃんがこの街で笑ってくれてたこと、すごく励みになったから。お礼に。」
フィーラは一瞬、何も言えず、ただ見つめる。
やがて小さく笑って、髪飾りを手に取った。
「ありがとう……大切にする!」
その言葉に、アイナもまた微笑んだ。
──夜、教会の食堂。
いつものように、温かな料理と灯りに包まれた食卓。 ルカとフィーラ、アイナ、そして司祭フラジオも揃ってのひととき。
「フィーラちゃん、教会の仕事にもすっかり慣れたみたいだね」
食後、フラジオが冗談めかして言う。
「いっそのこと、アイナの後任にどう? 旅の修行も悪くないけど、この街も居心地いいと思うけどなぁ」
「えっ、わたしが……!? そ、そんな、無理ですよぉ!」
フィーラは目を丸くして慌てるが、アイナが笑って助け舟を出す。
「ふふ。でもフィーラちゃんなら、きっと誰からも好かれるシスターになれるよ」
ルカはその様子を黙って見ていた。
どこかくすぐったいような、だが確かな温かさが、胸の奥に残っていた。
そしてこの平穏は、あまりに脆く、残酷な終わりへと向かっていた──。




