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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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25/120

時忘れの街

 時の流れが緩やかに感じられる街、フロリエル。

 南方より王都へと続く道の途中に位置するその地は、煌びやかな装飾も、華やかな催しもない。

 けれど、瓦屋根の民家が並ぶ石畳の道と、どこか懐かしさを感じさせる木造の市場。そこに吹く風は心地よく、旅人たちに「ここにいたい」と思わせる何かがあった。


 街の中心に建つ教会では、今日もまた人々の笑顔が咲いていた。


「ほら、ジュノちゃん。お祈りが終わったら手を合わせてからねっ」

 明るい声が木の天井に響く。明るい瞳と薄オレンジの髪、清楚な修道服に身を包んだ少女――シスター・アイナだ。


 幼い子どもたちに混じって祈りを捧げたり、お年寄りの手を取りながら市場に買い出しへ行ったり。

 その姿は、まるでこの街そのものの温もりを体現したかのようだった。


「司祭さま、今日の朝食もありがとうございました」

「こちらこそ、みなさんが笑ってくれているのが、何よりのご馳走ですよ」


 教会の主、司祭フラジオは穏やかな微笑みを絶やさない。

 長身で整った顔立ちに、深い知性を感じさせる瞳。そして誰にでも優しく、偏見を持たないその人柄が、多くの人々の信頼を集めていた。


 ――フロリエルは、今日も変わらず、平和に包まれていた。


 


 ◇




「……ふぁ〜、なんか、落ち着くね」


 旅の途中、フロリエルへと辿り着いたルカとフィーラは、木陰のベンチで小休止していた。


「うん。空気も澄んでるし、変な気配もないし……」

 ルカは腰を落としながら、街を一望できる高台へと視線をやる。


 多くの死と争いに晒された旅の果て。

 ようやく辿り着いたこの街の空気は、二人の心をじんわりと解きほぐしていった。


「このお茶! 甘くておいしい!」


 フィーラが飲んだのは街の露店で売られていたフローカ茶というものだった。


「それはこの街の名産品。美容にもいいのよ」

 店頭に立つ女性がにこやかに教えてくれた。


「えっ、ほんと!? じゃあいっぱい飲もっかな〜♪」


 フィーラが目を輝かせたその時、すれ違いざまに少女の声が響いた。


「旅のお方ですか?」


 教会の前で子どもたちと手をつないでいたアイナが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。


「わたし、アイナ! この街の教会でシスターやってるの! あなたたちも南方の街から?」


「まぁ…そんなとこかな」

 ルカが曖昧に答えると、アイナはにぱっと笑った。


「よかったらこの街を案内しようか? 旅人さんにはできるだけ親切にって、司祭さまの教えなの」


「ええと……じゃあ、お願いしよっかな」

 フィーラが少し戸惑いながらも、アイナの無邪気な笑顔に引き込まれるように頷いた。


「ぜひお願いしたい。」

 ルカも穏やかな声でそう言う。


 アイナは軽やかに歩き出し、二人を手招きする。


 


 ――こうして、二人はアイナと出会い、フロリエルの温かな日常へと足を踏み入れていく。


 まだ知らない。この街の裏に潜む闇を――。



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