時忘れの街
時の流れが緩やかに感じられる街、フロリエル。
南方より王都へと続く道の途中に位置するその地は、煌びやかな装飾も、華やかな催しもない。
けれど、瓦屋根の民家が並ぶ石畳の道と、どこか懐かしさを感じさせる木造の市場。そこに吹く風は心地よく、旅人たちに「ここにいたい」と思わせる何かがあった。
街の中心に建つ教会では、今日もまた人々の笑顔が咲いていた。
「ほら、ジュノちゃん。お祈りが終わったら手を合わせてからねっ」
明るい声が木の天井に響く。明るい瞳と薄オレンジの髪、清楚な修道服に身を包んだ少女――シスター・アイナだ。
幼い子どもたちに混じって祈りを捧げたり、お年寄りの手を取りながら市場に買い出しへ行ったり。
その姿は、まるでこの街そのものの温もりを体現したかのようだった。
「司祭さま、今日の朝食もありがとうございました」
「こちらこそ、みなさんが笑ってくれているのが、何よりのご馳走ですよ」
教会の主、司祭フラジオは穏やかな微笑みを絶やさない。
長身で整った顔立ちに、深い知性を感じさせる瞳。そして誰にでも優しく、偏見を持たないその人柄が、多くの人々の信頼を集めていた。
――フロリエルは、今日も変わらず、平和に包まれていた。
◇
「……ふぁ〜、なんか、落ち着くね」
旅の途中、フロリエルへと辿り着いたルカとフィーラは、木陰のベンチで小休止していた。
「うん。空気も澄んでるし、変な気配もないし……」
ルカは腰を落としながら、街を一望できる高台へと視線をやる。
多くの死と争いに晒された旅の果て。
ようやく辿り着いたこの街の空気は、二人の心をじんわりと解きほぐしていった。
「このお茶! 甘くておいしい!」
フィーラが飲んだのは街の露店で売られていたフローカ茶というものだった。
「それはこの街の名産品。美容にもいいのよ」
店頭に立つ女性がにこやかに教えてくれた。
「えっ、ほんと!? じゃあいっぱい飲もっかな〜♪」
フィーラが目を輝かせたその時、すれ違いざまに少女の声が響いた。
「旅のお方ですか?」
教会の前で子どもたちと手をつないでいたアイナが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。
「わたし、アイナ! この街の教会でシスターやってるの! あなたたちも南方の街から?」
「まぁ…そんなとこかな」
ルカが曖昧に答えると、アイナはにぱっと笑った。
「よかったらこの街を案内しようか? 旅人さんにはできるだけ親切にって、司祭さまの教えなの」
「ええと……じゃあ、お願いしよっかな」
フィーラが少し戸惑いながらも、アイナの無邪気な笑顔に引き込まれるように頷いた。
「ぜひお願いしたい。」
ルカも穏やかな声でそう言う。
アイナは軽やかに歩き出し、二人を手招きする。
――こうして、二人はアイナと出会い、フロリエルの温かな日常へと足を踏み入れていく。
まだ知らない。この街の裏に潜む闇を――。




