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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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息をする

 闇でできた水の中。

 天も地もない空間で、ただ揺らめく波紋。


 ルカの足元から、何かが浮かび上がる。

 波のように、魚のように、黒い影が揺れる。


 ナカト。


 水と同化しながら、楽しげにルカの周囲を回る。


「随分あっけなくやられてるじゃねぇか……復讐が済んで気が抜けたかぁ?」


 ルカは表情を変えずに応じた。


「……黙れ……わかってる。“契約”の話だろ」


「あぁ…まぁ、それもそうだがよぉ…ひとつ提案があってなぁ」


 影の尾が揺れ、ルカの背後を横切る。


「……提案?」


「長生きはするもんだよなぁ……こうも立て続けに面白ぇもんに出会うとはよぉ」


 ルカの視線が鋭くなる。


「……何の話だ」


「てめぇとの“契約”、終わってやってもいいぜ?」


 静かな沈黙。


「……なに?」


「その代わり、フィーラとか言ったか?………“あれ”を貰う」


 その瞬間、世界が震えた。


 ルカの中の全ての感情が、怒りに塗り潰される。  

 闇の水が激しく揺れ、空間にヒビが入ったように、波紋が四方八方へと広がる。


「おいおい、そう先走るな。お前が契約を継続するんなら話は別だ、手出しはしねぇ」


「……何が狙いだ」


 ナカトは小さく笑った。


「てめぇに死なれちゃ、俺も“お前も”困る、だろ?……もっと引き出せ…もっと俺を使え」


 その声は、押しつけでも怒りでもなかった。

 ただ、底知れぬ静かな圧があった。


 ルカは口を閉じたまま、思考を巡らせる。


 確かに、ナカトの力を完全に引き出したことはない。

 リミッターをかけていた。無意識に。

 ナカトの“侵食”を恐れていたのだ。


「……お前を、信じろと?」


「……あぁ」


「……“裏切りの神”を、か?」


 ナカトはにたりと笑った。


「……あぁ、そうだ!」


 ルカの中でいくつもの思いが巡った。


 復讐だけを見ていたあの頃。

 怒りと絶望だけで、死んだように"息をした"あの頃。


 けれど今は違う。


 フィーラと出会い、歩いてきた。

 そこにあったのは、確かに“光”だった。


 それを、守りたいと思った。


「……俺は、生きてる……」


 静かに呟いたその声に、ナカトは何も言わなかった。

 ルカが再び顔を上げる。


「“契約”は、守れよ」


 ナカトはひとつ、肩をすくめたように見えた。


「ふっ……お前が言うかよ」


 闇が、ゆっくりと引いていく。

 世界が、反転するように揺れる。


 ルカは、現実で"息をした"。





 少し前。


 闇マーケットの現場近くにいた第五部隊。


 爆発音と瘴気の上昇を確認したセズは、すぐさま部隊を分けて指示を飛ばす。


 「この魔力の揺れ……」


 「隊長、これは…」


 「俺が行く。追ってこい!」


 黒髪を靡かせ、セズは闇の中を駆けた。





 ――そして現在。



 地に倒れていたルカの身体が、微かに震えた。

 闇が、皮膚の下を走るように揺れ、呼吸が深くなる。


 目を開いた。


 その双眸は、漆黒の奥にうっすらと紅を宿していた。


 空気が変わる。

 まるで世界そのものが息を呑んだように、通りの騒音が消える。


 モーディが咆哮しながら駆ける。


 だがその瞬間。


《Shade Bind》


 影が爆ぜるように地面を覆い、モーディの足を絡め取った。

 その精度、速さ、密度――まるで別物だった。


 モーディが引きちぎろうと暴れるが、その間に、ルカは影から滑るように抜け出す。


《Dusk Lance》


 複数の影の槍が、次々と空間から展開。

 モーディの四肢に打ち込まれ、動きを封じていく。


 黒紫の瘴気が溢れ、モーディの体が異常に膨れ上がる。


 そしてモーディは、うわ言のように叫んだ。


「力……! もっと……もっと力を……俺に……っ!!」


「…それがお前の"祈り"か」


 ルカは静かに手を掲げる。

 その掌に、禍々しい魔力が収束していく。


 ルカの魔力が共鳴する。




《逆祈願―アンブレス―》




 声が重なる。

 ルカの声と、ナカトの声。


 その瞬間、モーディの魔力が狂った。


 外へ放出されるはずだった魔力が、すべて逆流する。  強さを求めた代償。


 魔力が内側へ暴走し、モーディの骨が軋む音が響いた。


 筋肉が音を立てて裂け、皮膚が内側から弾ける。

 異様に膨張した筋肉と肥大化した内臓は、自身の重みに耐えきれず悲鳴のような音を立てて崩れ落ちた。

 膨れ上がった腕は、血と膿を撒き散らして崩壊し、骨が砕けて飛び出す。

 噴き出す血と内臓の破片が路面を汚し、逆流した魔力が全神経を焼いた。


「がっ……がああ……ああああああ!!」


 もはやそれは人間の声ではなかった。

 モーディの肉体は縮み始め、痩せこけ、皮膚は乾いて剥がれ落ち、筋力も脂肪も削げ落ちていく。

 背は歪み、手足は震え、全身が痙攣しながら、“か弱いだけの男”へと変わっていった。


「ち……か……ら……」


 その言葉も、声帯が焼け崩れ、喉に血を滲ませて潰えた。


 最後に残ったのは、潰れた喉と血だまりの中で痙攣するただの肉塊だった。


"誰にも負けない力"を求めた者は、"自分すら留めておけない脆弱さ"を与えられた。


 ルカは、静かに佇んでいた。

 闇の中で、ただ、一歩も動かずに。


 風が吹いた。

 その髪を揺らす音だけが、戦いの終わりを告げていた。




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