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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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22/120

沈む水の中

 崩れた屋敷から、それは現れた。


 モーディ=ファレル。


 膨れ上がった右腕。  皮膚の下で蠢く黒い筋。

 両目は見開かれ、片方には呪痕がびっしりと刻まれている。


 人間の形をしていながら、明らかに“何か”が違っていた。


「オアアアアアアアア!!!」


 咆哮と共に、瘴気の塊が飛ぶ。

 通りにいた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、ルカは静かに前へ出た。


「フィーラ、下がっていろ」


「えっ、でも……っ」


「頼む」


 短く言い残し、足元の影を踏みしめる。


《Shade Bind》


 ルカの足元から黒い影が広がり、モーディの両足を絡め取る。


 だが、モーディは力任せに跳ね上がり、それを断ち切った。


「……くそっ」


 すぐに詠唱に入る。

《Crush Vein》


 呪詠と共に、魔力が流れを乱す。だが、モーディは一瞬頭を揺らしただけで、なおも突進してくる。


 突き出された拳が、壁ごと通りの建物を破壊し、瓦礫と砂塵が宙を舞った。


 ルカは影の中に滑り込むように避け、反転して距離を取る。


「っ、速い……力も、桁違いか」


 地面に手をかざす。

 影が槍の形に伸び、ねじれるように鋭く尖った。


《Dusk Lance》


 放たれた黒槍が唸りを上げて一直線に走り、モーディの左肩を貫く。


 だが、反応は異様だった。

 肉が抉れても、筋が裂けても、モーディは微動だにせず、にたりと口元を歪めていた。


 肩口から吹き出した黒紫の魔力が、波打つように傷口を覆い、粘性のある瘴気が補填するかのように巻き込んで塞がっていく。


「回復……? 違う。抑え込んでる……自分の肉体を」


 分析するより早く、モーディが突進。


 獣じみた踏み込みとともに、地面がひび割れる。

 右腕を振り上げ、石壁すら砕く打撃が迫る。


《Black Echo》


 ルカがとっさに低く詠唱すると、影から闇音が解き放たれ、幻聴の波がモーディの脳を襲う。


 が、しかし――


 モーディはそれすらも力でねじ伏せるように、呻きながら拳を振り下ろしてきた。


 防ぎきれない。


 ルカは影を使って後方へ飛びのくが、掠めた衝撃だけで空気を裂かれ、バランスを崩す。


 その隙を逃さず、モーディの拳が真っ直ぐに突き出された。


「っ……!」


 避けきれず、ルカの身体が宙を舞う。

 背中から石畳に叩きつけられ、呼吸が止まる。


 視界が、ぐにゃりと歪んだ。

 黒と赤のノイズが、網膜の隅を覆う。


 ――そのときだった。


 意識が、一瞬だけ、深く落ちた。




 ――精神世界――




 ルカの体が“水に沈む感覚”を得る。

 だが、濡れているわけではない。


 辺り一面、闇でできた水中のような空間。

 上下も左右もない。

 音もないが、息苦しくもない。


 ゆらゆらと、波のような影が流れている。


「……よぉ、マイフレンド」


 声が染み込むように響く。


 闇の向こうから、にじむように現れる影。


 ルカはその気配に顔を向けた。


「……ナカト」


 波紋のように沈黙が広がる。


 言葉はまだ続かなかった。

 ただ、その存在が、深く静かに近づいてくる。


 そのまま、ナカトの影が闇に満ちていく。


  沈黙と圧だけが水中に漂い、ルカの意識は、まだそこにあった。




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