崩れゆく境界
旧港区・倉庫街では、第五部隊の突入作戦が始まっていた。
「突入開始!」
セズの号令と同時に、騎士たちが倉庫の扉を蹴破る。
内部には、闇の商人たちと、その護衛に雇われた傭兵たち。
「くそっ、騎士団だ!」
叫ぶ傭兵が剣を抜く。次の瞬間、空気が裂けた。
フィノが地を滑るように前進、双剣が風のように閃いた。
斬撃とともに敵の武器を弾き飛ばす。
「生け捕り優先! 殺すな、無力化しろ!」
セズが風を纏った大剣で敵陣に突撃する。
大剣の一薙ぎで、数人の傭兵が吹き飛ばされる。
「くそ、バケモンかよ……っ!」
傭兵たちが呪具を取り出し始める。
「呪具を使わせるな!!」
騎士団員が叫ぶが、その直後、紫光が爆ぜる。
瞬間的に放たれた炎の塊が壁を焼き、周囲の木箱が炎上する。
セズが風の盾を展開し、周囲の仲間を守る。
「悪人どもが!」
叫ぶと同時に、セズの大剣が旋風を纏い、呪具を持った傭兵を吹き飛ばした。
◆
ファレル家の屋敷、地下室。
モーディ=ファレルは黒革の袋から、それを取り出した。
“特別製の呪具”。
それは脈動していた。
心臓のように、呼吸するように、意思すら感じさせる不気味な球体。
魔術的封印を解除し、ゆっくりと胸元へ押し当てる。
「これが……俺のすべてになる」
皮膚が焼ける音。呪具が肉体に沈み込んでいく。
激痛のはずなのに、モーディは笑っていた。
「力が……入ってくる……俺を、笑ったやつらを……すべて、跪かせてやる……」
その瞳には、もう理性はなかった。
自ら抉った胸の中心。
そこに、黒く脈打つ球体が、じわり、じわりと沈んでいく。
「……っ……が……ぁ……っ……」
吐く息は濁り、目は見開かれ、震える手が虚空を掴もうとしている。
肉が焼ける臭いと、血の味。感覚はすでに、自分のものであるか怪しい。
それでも、彼は拒まなかった。
これは“力”だ。代償など、問題ではなかった。
過去の言葉が脳裏に浮かぶ――
「没落貴族め」
「犬にしてはよく喋る」
「ファレル家? もう終わった名だろう」
唇が吊り上がる。
「……笑え……好きなだけ……その顔を……今度は俺が、踏みにじってやる……」
心臓と同調するように、呪具が脈打った。
黒紫の魔力が地下を満たし、上昇。
次の瞬間――
ズドン。
地上の空気が弾けたような衝撃。
屋敷の一角が吹き飛び、黒紫の瘴気が空へと立ち昇る。
――
情報を元にルカたちは、ファレル家の外壁近くまで来ていた。
路地を歩いていたルカとフィーラが、その爆音に足を止めた。
「……なに……今の……?」
フィーラの声が震えていた。
ルカも言葉を返さない。
吹き上がる黒煙の中心、空気がねじれ、光が歪んでいる。
視界の端が妙に重い。
心臓の鼓動が、一瞬だけ乱れる。
「……っ……っ……」
何かが“いる”。
そう感じさせるには、十分だった。
フィーラが一歩引く。
「ルカ……」
声が小さくて、頼りなかった。
ルカは一歩、前に出た。
魔力が少しだけ、足元の影に反応する。
何が起きているのかは、まだ分からない。
だが、あの瘴気の中心に“危険”があることだけは、間違いなかった。




