欲望の輪廻
三角帽亭前の一件より数日後。
リネール中央詰所。
第5部隊の作戦室には緊張が満ちていた。
セズ=クローネは、地図の上に情報票を並べていた。
「今夜、旧港区の倉庫街で“闇マーケット”が開かれる。規模は中程度。呪具の取引がある可能性が高い」
副隊長のフィノが頷きながら補足する。
「買い手の中には貴族の名もあります。ただし証拠が足りない。正規の調査として踏み込むには、現場での押収が必須です」
「傭兵崩れの護衛も雇っている可能性が高い。乱戦になる覚悟で行くぞ」
セズは目を細めた。
「“呪具”の流通が組織的なものだとすれば、どこかに供給源がある。それを洗い出す」
この街には、まだ見えていない“仕組まれた何か”がある。
それを暴くことが、騎士団の役目だ。
作戦は、今夜決行される。
◆
一方、ルカとフィーラは別の通りを歩いていた。
彼らが集めていたのは、近ごろ急に噂が立ちはじめた“貴族たちの奇行”に関する情報だった。
「最近、上の連中がやけに妙な買い物をしてるって話、聞いたよ」
とある露天商が言う。
「武具屋でも魔具屋でもねぇような品を高額で買ってんのさ。黒い箱とか、妙な形の宝石とか……わけがわからん」
ルカは無言でその言葉を受け止めた。
それは暴走した男が身につけていた"何か"と同じ性質のものだと、直感的に理解できた。
「ルカ……これって」
「繋がっている可能性は高い。調べよう」
その調査の中で、“ファレル家”の名が浮かび上がる。
最近になって、没落したはずのモーディ=ファレルが街中に姿を見せる機会が増えている、と。
ルカの中に、違和感が湧く。
◆
夜。リネール旧市街の小さな酒場。
その隅に座るのは、黒装束に身を包んだモーディ=ファレル。
グラスを傾けるその目は、微かに血走っていた。
「……足りない。これじゃ、まだ足りないんだ」
酒の味はしない。ただ内側から湧き上がる渇望だけが、喉を焦がしていく。
そこに、静かに現れる女の影。
黒と紫の装束。細く整った指先で、再び小さな箱を机に置いた。
「使ってみたのですね」
「おお、やはり来たか!…使った……そして確信した。俺にはもっと、強い力が必要だ」
モーディは目を見開いたまま、女を睨みつけた。
「もっとだ……! 俺はまだ、何も壊せていない。あいつらの目を、言葉を、笑い声を……何一つ止められてない!」
女は笑みを崩さず、そっと問い返す。
「ならば、覚悟はおありですか? 今度の力は、代償もまた“相応”に大きい」
「構わない……!」
即答。 その声に、一切の迷いはなかった。
「欲しいのは力だ。代償だろうが何だろうが、笑われるよりはマシだ」
女は満足げに目を細め、小さな黒革の袋を取り出す。 その中には、より大きく、濃密な呪紋を刻まれた球体が脈動していた。
「では、次を始めましょうか……モーディ=ファレル様」
名を呼ばれたその瞬間。
彼の背筋を走ったのは、寒気ではなく陶酔だった。




