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裏切りの少女

「その子、うちで引き取ります」


それが、少年の運命を変えた一言だった。


埃と涙の染みついた孤児院の奥、

ただ息をしていただけの一人の少年の前に、

艶やかな赤髪の少女が立っていた。


ミリア・レオナード――

エルステリア王国の南方に位置する街レヴィナ。

その街を統治する貴族の令嬢。

その瞳は真っ直ぐで、

ほんの少し照れたように笑みを浮かべていた。

 

「ねえ、きみ……白い魔力なんでしょ…?

 すごいね、わたし、ちょっと感動しちゃった」


それは“買われる”という意味だった。

だが、少年にはそんな知識などなかった。


「これからね、ふたりでいっぱい練習するんだよ?

 わたし、きみのこと……ちゃんと見てるから」


その言葉に、少年は心を奪われた。

初めて誰かに価値を認められたような気がして――


彼は、ミリアに手を引かれるまま、

レオナード家という名の檻の中へと足を踏み入れた。


それは、少年にとって初めての“救い”だった。


 

レオナード家での暮らしは、少年にとって夢のようだった。


広く、清潔で、陽の光が差し込む館。

三度の食事が与えられ、柔らかなベッドが用意されていた。


何より、ミリアはいつも優しかった。


「ルカ、ちゃんと集中して。そうそう……いい感じ!」


笑って褒めてくれるその声に、少年の胸は何度も熱くなった。

もっと頑張りたい、もっと役に立ちたい――

そんな気持ちが自然と芽生えるほどに、日々は穏やかで充実していた。


師である老魔術師ブラハムは厳しかったが、

魔法に向き合う姿勢を正してくれる誠実な人物だった。


世話係のエヴァはまるで祖母のようで、

ルカの手を握って「ちゃんと寝るんだよ」と微笑んでくれた。


屋敷の主であるダリオンも、時折声をかけてくれた。

「頑張っているかい、ルカ」

――その言葉に、少年は誇らしさすら感じていた。


ミリアと並んで魔法の訓練をして、

時にはお茶を淹れてもらい、笑い合う時間もあった。


「ルカって、ほんと真面目で努力家さんよね。

 ……わたし、そういうとこ、すごく好き」


彼女の笑顔は、少年の胸の奥に静かに灯をともした。


それが“本当の光”だと、少年は疑っていなかった。



十五歳の誕生日。

それは、魔力を授かった者が成長を示す“祝福の儀”の日でもあった。


ルカは、ずっとこの日を夢見てきた。

自分の力が、誰かの役に立つ。

そう信じて、ただひたむきに修行を積んできた。


「ルカ、すごく似合ってるよ。その礼服」


ミリアが微笑む。

その笑顔は、いつもと同じ――いや、

どこか、ほんの少しだけ、硬かった。


「今日が楽しみだわ。ずっと、待ってたの」


言葉の“間”に、わずかな冷たさがあったことに、

少年は気づけなかった。



教会の地下礼拝堂。

燭台の火が淡く揺れる中、儀式の準備が整えられていた。


ミリアがルカの手を取り、円陣の中央へ導く。


「少しだけ……我慢してね」


その声は、いつもより優しく、いつもより残酷だった。


次の瞬間、

地面の魔法陣が輝きを放ち、光がルカの身体を貫いた。


全身を蝕むような痛み。

皮膚の下から何かが削られ、

骨の髄から“何か”が引き抜かれる感覚。


「がっ……あ゛ああ……っ、うぁあああああああ!!!」


喉が裂けるほどの悲鳴が漏れた。

口の中から血が溢れる。


皮膚が泡立ち、

筋が引き攣れ、

両目から光が迸った。


それでも、

誰も、止めなかった。


ミリアは、

祈るように手を組みながら、

ほんの僅かに――

笑っていた。


その唇の端には、

確かに冷たい満足感が宿っていた。


「……さよなら、ルカ」


彼女はそう呟いた。


そして、少年の身体から

“光”が抜け落ちた。




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