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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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偽導者

廊下の先、屋敷の奥に向かって歩く。

 心は冷えているのに、どこか体が火照っていた。


 ――ミリア。


 この旅の始まりにして、復讐の核心。

 すぐそこに、その気配があった。


 だが、次の角を曲がろうとした瞬間。

 空気が変わった。重い。熱い。


 魔力による――殺気を含んだ熱。


 ルカは足を止め、目を細めた。


 闇の中に現れたのは、ブラハム・オールデン。

 かつて魔法を教わった、老魔術師。


「…!」


 一瞬だけ、彼の瞳が見開かれた。

 すぐにその顔から驚きの色が消える。


「まさか侵入者が僕だとは思いませんでしたか、師匠」


「……ルカ。貴様、悪魔にでも魂を売ったか」


「いいや――神と契約した」


「神だと? ふん……くだらん」


 ブラハムの掌に赤熱が集まる。

 熱波が廊下の空気を揺らした。


「やはり、わしが直接"処分"すべきだったか…」


「じゃあ…今、やってみろよ」




 戦闘が始まった。


 


 ルカは影を走らせる。


 《Shade Bind》


 床を這う黒が蛇のように巻きつく。


 ブラハムはそれを見切り、熱気を放出して影を焼き払う。

 火と闇が廊下でぶつかり合い、壁が焦げ、天井が割れる。


 《Crush Vein》


 詠唱と共に、ブラハムの腕が鈍る。

 反応速度を奪う魔法――だが、その一瞬で敵は対処していた。


《火喰槍》《熱球衝》


 ブラハムが両手を広げた瞬間、空気が爆ぜた。

 片手には鋭い火槍、もう片方には衝撃波を伴う高熱球。

 異なる魔法を、同時に、詠唱と制御を分けて放つ――

 それがこの老魔術師の真骨頂――《二重詠唱》


 ルカは知っていた。だからこそ、脅威だった。

 “片方を囮に、もう片方で殺す”――

 それを自在に操る、極めて危険な術者。


 魔術師である以上、先手を取られれば死ぬ。


 今のルカは、ただ防ぐしかなかった。


 ルカは後方へ跳び、影で着地を制御する。

 が、その直後にはもう次の魔法の構築が始まっていた。


「…今度こそ"処分"する!」


 廊下が崩れ始める。

 空間が焼かれ、影が逃げ場を失っていく。


 だが――その時、ルカはわずかに口元を歪めた。


 目指していた場所には、すでに踏み入っていた。


 暗い扉の先――

 そこは中庭。明かりが少なく、木々と塀に囲まれた閉じた空間。


 すでに“闇”が満ちていた。

 そこはルカが“意図して選んだ”戦場。

 全てが、彼の“領域”だった。


 踏み込んだ瞬間、ブラハムの足がわずかに止まる。


「……これは……」


 気づいた時には遅い。

 影が足元から這い上がり、腰と膝を締め付ける。


《Shade Bind》


 地面に張られていたのは、単なる罠ではない。

 中庭全体を陣とし、闇の制圧空間として構築していたのだ。


「貴様……最初から、ここを……!」


 ブラハムが咆哮し、力を振り絞る。

 紅蓮の魔力が爆発的に噴き上がり、影を焼き払おうとする。


 だが――その一瞬の硬直こそが、狙いだった。


 ルカはすでに距離を詰めていた。

 迷いのない刃が、黒い線となって走る。


《Hex Blade》

 ――狙うは、喉だ


 刃が斜めに振るわれた。


 ブラハムの喉から血が噴き出す。

 声を奪われた。二重詠唱は、もう使えない。

 

 ルカは構えを解かず、次の刃を生成する。

 ブラハムは後退しながらも、片手を上げて魔力を練ろうとする。


 だが遅い。


《Crush Vein》


 肉体の反応がさらに鈍り、足がもつれる。


「っ……ル……カ……!」


「“教えてやったのに”、“育ててやったのに”…か?」


 ルカの声音は冷え切っていた。


「そんなものが、裏切りの言い訳になると思ってるなら――

 やはり、俺が"処分"するしかないな。」


 最後の一撃。

 闇の刃が、心臓を狙って貫かれる。


 骨が砕け、肉を裂き、命を断つ音。


 ブラハム・オールデンは、膝をつき、崩れ落ちた。



 静寂。


 戦いが終わったことを告げるように、庭の木々が風に揺れた。


 ルカは一度、深く息を吐いた。



 そのとき。


「……ル、カ?」


 背後から響く声。


 聞き覚えのある。

 決して忘れることのない。

 懐かしく、優しく――そして、怒りを掻き立てる声。


 ルカの目が細く揺れる。


 ミリアが、そこに立っていた。




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