最初の祈り
空は黒く染まり、街は焼け、国は沈んだ。
人々は嘘をつき、裏切り、騙し、見捨てあった。
だから世界は、祈りによって滅びた。
ただ一人の、自分勝手な祈りによって。
そして今──
静寂の中、少女は目を覚ました。
柔らかな陽が差し込む白い部屋。
荒廃した世界に、奇跡のように残された医療棟の一室。
そこに、フィーラはいた。
彼女は、すべてを知らない。
過去も、名前さえも。
ただ一つだけ、心の奥に残っているものがあった。
(あたたかくて、悲しい……誰かの……声?)
誰かが、何かを背負っていた。
誰かが、自分に何かを託していた。
それが誰かも、何を託されたかも、わからない。
けれど胸の奥が、やさしく、痛んでいた。
カーテンを開ける。
かつて繁栄した王都は、瓦礫の影に沈んでいた。
けれど。
「……生きてるんだ」
そう、呟いた。
どこかで聞いたことがある。
──まだ、生きてるんだよ。
誰かが、そう言っていた気がした。
誰かが、自分にそう言ってくれたような──。
フィーラは歩き出した。
焼け焦げた通路を、崩れた石畳を、靴の裏で確かめながら。
滅びの街の広場に、たった一人の男が倒れていた。
血に塗れ、体は損壊し、息も微かだった。
彼は、かつて人々を守っていた騎士だった。
名も、身分も、もう何の意味もない。
それでも、誰かを守ろうとした。
その身体に、手が触れた。
あたたかな手だった。
「……助かる、のか……」
男の呟きに、フィーラは何も言わなかった。
ただ、祈った。
《傲祈願―ソルスブレス―》
──叶えて。
──この人の命を。
──この人の“誰かを守りたい”って祈りを、叶えてあげて。
祈りが、応えた。
男の身体に溶け込んでいた死の痕が、光に溶けた。
血が止まり、皮膚が戻り、呼吸が深くなる。
男は、涙を流した。
それを見たフィーラも、泣いた。
理由はわからなかった。ただ、涙が溢れた。
世界が、少しだけ静かに震えた。
枯れた木に、小さな芽が宿った。
空はまだ黒い。
風はまだ冷たい。
けれど、わずかに“祈り”が混じり始めていた。
生き残った人々が、恐れの中に差し込む光を感じていた。
フィーラはただ祈る。
誰かのために、困っている人のために。
それだけを願い、歩き続ける。
崩れかけた橋の上で、夜空を仰ぐ。
星が、一つだけ、流れた。
フィーラは目を閉じて、そっと呼んだ。
「……ルカ」
誰なのかは、思い出せなかった。
けれど、きっとその人がいた。
自分に何かをくれて、何かを託してくれた。
忘れてしまっても、もう会えなくても。
それは、たしかに自分の中にいる。
「……私、生きてるよ」
風が吹いた。
どこまでも優しく、どこまでも静かに。
それは、ルカの残響だったのかもしれない。
彼が遺した祈り。
彼が託した未来。
世界は、ゆっくりと歩き出す。
もう元には戻らない。
でも、進むことはできる。
滅びの果てに、誰かが差し出した手。
それに応えるように、少女は祈る。
「もう、誰も……一人になりませんように」
その祈りが、世界に届くと信じて。
そして──
物語は、終わりではなく、“始まり”へと続いていく。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




