復讐の地
レオナード家の支配する都市――レヴィナ。
その門をくぐった瞬間、世界が変わったような眩しさに包まれた。
街は祝福の装飾で彩られ、教会の鐘が高らかに鳴り響く。
表向きは「光」が導いたとされる繁栄の都市。
だが、ルカには分かっていた。
**この街は、魔力を喰らって膨らんだ“偽りの街”**にすぎないということを。
「すごい……! お祭りみたい!」
フィーラが目を輝かせ、あちこちを見回している。
飾られた街角。踊る子供たち。笑顔の露天商。
まるで絵本のような光景に、彼女は完全に心を奪われていた。
しかし――ルカの顔には、影が差していた。
(…ふざけるな)
この街の下層で、何が行われてきたか。
この“明るさ”は、“闇”を見せないための幕でしかない。
少し歩いた先、白い建物が目に入った。
《神託院レヴィナ支部》
孤児院。
門には「恵みの家」と優雅な文字が刻まれている。
覗き込んだ先の庭では、子どもたちが無邪気に遊んでいた。
その中に、ルカの目を奪う少年がいた。
栗色の髪。琥珀の瞳。
年の頃は五、六歳といったところ。
だが、その目には不自然なほどの冷静さと、どこか憂いが滲んでいた。
――まるで、自分を見ているようだった。
「おや、いらっしゃいませ」
建物から、ひとりの女性が姿を現す。
白髪の小柄な老女。品のある所作と、丁寧な言葉遣い。
だが、その目は――笑っていない。
「私はこの孤児院の院長、マールと申します。旅のお方でしょうか?」
営業スマイル。
善人を装う仮面の裏に、無慈悲な選別主義が透けて見える。
魔力濃度の高い子どもだけが貴族に引き取られ、
才能なき者は「事故死」「行方不明」と記録ごと抹消される場所――
それが、この“神託院レヴィナ支部”だった。
さきほどの少年が、マールの元に駆け寄る。
「……紹介しましょう。この子はジーク。とてもいい子でね、最近はレオナード家の方々にも大変気に入られておりまして」
ルカの表情が、わずかに動いた。
“第二の自分”が、またここで生み出されようとしている。
その構造そのものに、怒りと焦燥が湧き上がる。
(……まだ続けるのか)
ミリアへの復讐――その火はすでに灯っていた。
だが、この出会いが、さらにその炎を激しく揺らすことになるとは、まだルカ自身も気づいていなかった。
街の賑わいの奥で、誰にも見えぬ闇が蠢いていた。
◆
レヴィナは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
祭りの提灯が風に揺れ、街路を淡く照らす。
その陰を縫うように、ひとつの影が動いていた。
ルカだった。
宿で眠るフィーラに気づかれないよう、彼は身を滑らせるように外へ出た。
向かう先はひとつ――《神託院レヴィナ支部》。
昼間、ジークという少年が遊んでいた、あの孤児院だ。
あの少年の未来に、自分と同じものを見た。
構造が、また誰かを呑み込もうとしているかもしれないという“予感”だった。
孤児院の裏手。
窓のひとつが半端に閉まっている。
そこから静かに身を滑り込ませ、足音ひとつ立てずに廊下を進む。
木の床、静寂の空気、夜の冷気。
ルカの呼吸は限りなく浅く、体の存在感さえ消していた。
目指すは、事務室。
棚の奥――書類が整然と並ぶ中、一冊のファイルが目に留まる。
開けば、そこには機械的な評価表があった。
《ジーク=レーヴィス》
《年齢:五歳 魔力属性:緑(濃度6)》
《精神安定度高、反抗傾向なし。総合評価:A-》
《レオナード家から関心あり。面談候補として選出済》
ルカは、目を細めた。
レオナード家――自分が裏切られた場所。
ミリアが微笑みながら、全てを否定した場所。
そこに、また新たな“養分”が送られようとしている。
(何も変わっていない)
吐き気にも似た感情が、喉元にこみ上げる。
同時に、思った。
よかった。これで――心置きなく復讐ができる。
ルカは顔色ひとつ変えずに書類を元に戻し、静かに部屋を後にした。
外に出ると、風が頬を撫でた。
月の下で、ルカはひとり、空を見上げる。
「……始めよう」
誰にも聞こえない声で、そう告げた。
あの家に、戻る時が来た。
全てを壊すために。




