天使と悪魔(2)
イヴィルの放った最初の矢は、まるで稲妻のように風を切って飛んでいった。
その弓の先端から放たれる矢は、ただの矢ではない。破壊をもたらす力そのものだった。
矢がゲルマに迫ると、彼は巨体を捻り、必死でその矢をかわすべく、腹部を庇い、肩を突き出す。
しかし、広がる土煙の中で、その矢が左肩にかすめると、想像を絶するほどの衝撃が走った。
「──がッ!? んな、バカな……!?」
そのかすめた矢が、爆ぜるようにゲルマの左肩を貫き、血と肉が飛び散り、肩ごと左腕が吹き飛んだ。
左肩は無残に裂け、骨が飛び出し、服も一瞬で切り裂かれてしまう。
「な……何だ、この矢……呪か? いや、これ……質量が……ッ」
ゲルマは立ち上がることもできず、混乱しながらも理解しようと必死に考える。
しかし、彼の頭は一時的に動かなくなる。
矢を放つ少女の冷徹な眼差し、そしてその矢の力に圧倒された。
「も、もたねぇ……ッ」
ゲルマは自分の脚を支えられず、後退しながら地面に膝をつく。
身体は、意識に反して、もはや動かすことすらできない。
だが、ゲルマの目に宿る執念は、あまりにも異常だ。
血の海の中でも、彼はなおも戦い続けようとする。
「まだ、まだだ……まだ倒れねぇ……俺は……俺はッ……」
呻きながら立ち上がろうとするが、すでに身体はその限界を超えていた。
その時、再び放たれる矢が彼を捉える。
それは、まさに死を意味する矢だった。
「グァアアッ!!」
ゲルマの右足が弾け飛び、膝から下が一瞬で吹き飛んだ。
肉と骨が飛び散り、ゲルマは倒れ込む。
「グゥ……ウウウアアアアア……ッ!!」
肉と骨が砕ける音が響く中、ゲルマは叫んだ。
だが、目の前の少女の眼差しは変わらない。
冷たく、怒りに満ちて、何もかもを捨てたような視線が、ゲルマに注がれていた。
「……お姉ちゃんを、痛い目に遭わせた……ッ!!」
震える声でそう言うと、イヴィルは一瞬だけ、矢を番えた。
その矢が放たれた瞬間、ゲルマは抵抗もできず、再び地面に倒れ込む。
左足が弾け飛ぶ音と共に、彼の意識が遠ざかっていく。
「グァアアッ……!!」
次の矢が放たれ、今度は左腕が切断される。
これで四肢を失った。
ゲルマはもう、何もすることができなかった。
「……ッ……ッ」
最後に顔を上げ、力なくイヴィルを睨みつけた。
その目は、怒りと執念が込められていた。
「殺せよ……やるなら……トドメまで……打ってみろよ……ガキが……ッ」
イヴィルは、しばしの間、矢を番えることなく見つめていた。
そして、彼女の唇が小さく動く。
「さよなら」
その言葉と共に、イヴィルは矢を引き絞る。
──破裂音。
ゲルマの頭部は、一瞬で吹き飛び、肉片が周囲に飛び散った。
血の雨が降り注ぎ、その地面は一瞬で真っ赤に染まった。
その瞬間、すべてが止まる。
数秒間の静寂。
血の臭いだけが立ち込める中、イヴィルはゆっくりとその場に膝をついた。
「お姉ちゃん……起きてる?」
「…………ああ……胸糞わりぃがな」
すでに倒れたかと思われた彼女の体には不思議な力が宿っていた。
焼けただれた体、砕けた筈の頭部は、いつの間にか完全に修復されていた。
アンジュはむくっと上半身を起こし、血まみれの手で後頭部を掻きながら、「はぁ……」と溜め息をついた。
「約束覚えてる? お姉ちゃんが一回死んだら、今回は、もう終わり。……だよね?」
アンジュはその言葉を耳にするや否や、笑いながら立ち上がった。
「……まあ、しゃーねぇか。もうちょい楽しみたかったけど……また百年後にでも遊びに来っか」
イヴィルも釣られて立ち上がる。
瓦礫と血の海の中で、二人はまるで絵画のように幻想的なシルエットを描いた。
天使と悪魔。
その姿は、決して「善」か「悪」かを示すものではなかった。
そして、ふたりはそのまま何処へともなく去っていく。その背に漂うのは、血と絶望の香りだけだった。
――その後に残されたものは、ただの虚無。
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