旅の始まり
街道を歩くふたりの間に、会話はなかった。
ルカは淡々と前を歩き、フィーラは少し後ろをついていく。
途中、休憩がてら小さな草原に腰を下ろしたとき。 ふとした拍子に、フィーラが問いかけた。
「ねえ、ルカさんっていくつなの?」
「……十五」
「えっ、一つ年下!? あ、じゃあ……」
フィーラは口元を押さえたまましばらく悩み、結局照れくさそうに笑って言った。
「……ルカ、って呼ぶね」
返事はなかったが、ルカも特に否定はしなかった。
その夜、ふたりは小さな宿に泊まった。
部屋は一つしか空いていなかった。少し気まずい。
窓の外に月が浮かぶ。
フィーラは質の悪いベッドの上、毛布を抱えながらぼそりと呟いた。
「ねえ、明日は……どこに行くの?」
ルカは、答えなかった。
ただ、廃れ気味のソファーに寝転び、目を閉じたまま天井を見つめていた。
その沈黙に、フィーラもそれ以上何も言わず、そっと毛布にくるまった。
眠れない夜。
誰にも届かない想い。
それでも、ふたりはまだ“隣にいた”。
旅の始まりには、それだけで十分だった。
◇
やがて二人はとある街に辿り着いた。
街道の先に、巨大な影がそびえていた。
砦のような外壁に囲まれた街。高く積まれた石壁には、光の紋章が刻まれている。
ルカの足が止まる。
そこは──レオナード家の領地。
自分が“捨てられた”家。
“復讐”が始まる場所だった。
「うわぁ……すごい街!」
隣で、フィーラが目を輝かせている。
「美味しいパン屋さんとか、あるかな……?」
無邪気な声。けれど、ルカの心は別の方向を向いていた。
「……ここから先は、ひとりで行く」
「……え?」
フィーラが小さく瞬きをした。
「私、何かしちゃった……?」
「そうじゃない」
視線を伏せたまま、ルカは続ける。
「俺がこれから向かう場所は、綺麗なものじゃない」
「ちょっと!!」
突然、鋭く強めの声が飛んだ。
驚いたルカが振り向くと、フィーラが仁王立ちしていた。
「こんなか弱い田舎娘が、あんな大都会にひとり放り出されて、生きていけると思ってるわけ!?」
顔はふくれていて、でも声はしっかりしていて――堂々としていた。
「…いや、えっとぉ……」
言葉に詰まる。
「だいたいねぇ!!」
「ッ!!」
ルカの体が反射的に少し硬直する。
少し息を吐いて、笑った。
その笑顔は、照れ隠しとほんの少しの強がりでできていた。
「確かにここまで…無口だし、無表情だし、何考えてるか分かんないし………ドキドキワクワクって感じの“大冒険”じゃなかったかもしれないけど」
静かに、でも強く、彼女は言った。
「……私は、ついていく。そう決めたの」
その言葉には、冗談も甘えもなかった。
ただ“覚悟”だけが、しっかりと込められていた。
ルカは、しばらく黙っていた。
それから、小さく目を伏せる。
「……わかった、好きにしろ」
それは、肯定だった。
街の灯が、夜空に浮かび上がっていた。
“終わらせるため”の一歩を踏み出した。




