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OverDrivers  作者: jau


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36/36

36話 繋がる星々-2 共鳴してゆく混じり空

「とにかく、先に行かなきゃ!

 ジストさんが無事なうちに助けないと……!」


 精霊の撃発によって、ついでのように砕けた壁面。

だが内部侵入を目指すリリアにとっては好都合だ。

そこに歩み寄ろうとした彼女。

だがその後ろ手を、突如何かが強く引いた。


「っ!?」


 手の感覚に気づいて振り返るリリア。

その左手に、上方から伸びた鎖が巻き付いていた。

つまり、空から。その先へとリリアは目を向ける。


「やれやれ、ベリオンにすらカチコミかけるたぁ……

 何でもありだな、お姫様!」

「だが、ここまでだ」

「!」


 その先、空に浮かぶ2つの影。

態度でもう明らかだった。甲板上で狼狽え続ける三下たちとは違う、強敵。


「……ゲイルチームの人たち!?」

「ああ。覚えてるかい、お姫様? ゲイル6、ドルムと……」

「ゲイル8、バイソン。あまり話したことはなかったか、俺は」


 まだ暗い。やや遠いこの距離では、その標章は見えない。

だがリリアは、その正体を呼び名と口調で悟る。

そして本人らもまた、それを肯定した。


「離してッ! 私、絶対ジストさん助けるから!!」


 ブレシアの態度を思えば。

今の彼らが本意でないとわかって、リリアは言葉を投げかける。

彼らもまたジストへの情が消えたわけではない、そう確信して。

だが。


「だったら、俺等程度に止められちゃあ駄目だよな!?」


 ドルムはその姿勢を肯定こそすれ。

しかし直後。懐から取り出した拳銃でリリアを狙う。


「っ、わっ!?」


 それはリリアの説得への返答として、敵対の意志を示すものだった。

響く銃声。それと殆ど同時に、

リリアは鎖の許す範囲で跳び避けて躱す。


「そこだ」

「っ!?」


 しかし。

畳み掛けるようにそこへ、バイソンと名乗った男が機械剣を突き出して迫る。


「く、ううっ!!」


 同時に抜刀して、何とかそれを刃で受けるリリア。

だが逆に言えば、捉えた。

中空で踏ん張りの聞かない相手へ、現れる精霊たちと共に力を込めていく。


「……でやあっ!」

「ぐおっ!?」


 そしてその鍔迫り合いを、輝く一閃と共に押し切った。

大きく空へと吹き飛ばされるバイソン。

器用に推進機で受け身を取り、墜落は避けた彼だが、

その所作には同様が見て取れた。


「おいおい、情けねえな?」

「う、噂通りだ……とてもガキとは思えん」

「力押しは避けろ、ってのはこういうこったな……でもな!」


 滞空したまま、彼らは今度は銃器を手に取る。

それは先の戦いで、ブレシアが取った作戦と同じだった。

膂力でならば大人すら上回る。であれば、接近しないという策を。

 

「っ!」

「副隊長がどう言ったかは知らんが……

 まだ、勝ち馬はこっちだぜ。セコイ大人だって、悪く思うなよ!」


 自嘲するような言葉と共に、再び向けられる銃口。

先程と違い、今のリリアにはカタストの腕輪がある。

鋼鉄の壁や設備すら粉砕する烈撃も。


「……!」


 だが、今はそれを頼ることは出来ないと分かっていた。

リリアは、数刻前のカタストの言葉を脳内で反芻する。


――凄まじい威力を放つ"燦明"は瞬時に高度な演算を実行しておる!

  一度使えば、暫くは冷却が必要だ。

  冷却時間は腕輪側で自動計算するが、

  使い所には注意するのだ!!


 腕輪の機械部に映る、カウントダウンしていく時間。

それが、カタストが言ったそれなのだろう。

5分以上が刻まれているそれは、つまり。

今、眼の前のこの強敵たちには使えないという意味でもあった。


 だが。手が、尽きたわけではない。

 リリアには、目的を同じくする仲間たちがいるのだから。


「"『二刀天閃』"!」

「なっ!?」

「うおおっ!!」


 次の瞬間。

両手の小太刀を振り抜いたカゲツが、既に二人を跳び越していた。

遅れて彼らの銃器と背中の推進機、

そしてリリアを縛っていた鎖が、文字通り両断されていく。


「カゲツさんっ!!」


 落下していく二人。

リリアの側に着地したカゲツは、

続けてはその落下点との中心に向けて小包を投げる。

それは着弾と同時に、勢いよく白い煙を吹き出した。

視界を塞ぐ煙幕という訳だった。


 その向こうで、着地した二人がそれを見つめる。


「ああん、アサシン?

 ……いや、ニンジャって手合か?」

「珍しい。『止まり木』でもそうそう見ないが。

 ……だがあの煙幕、このバイザーにもある程度効果があるな。

 ただの煙ではない。こちらの装備に慣れているようだな、あの暗殺者は」


 一方。煙幕の反対側で。

鎖を解きながら、リリアもカゲツへ駆け寄る。


「ありがとう、カゲツさん!」

「リリア様、貴方は先へ!

 あの者らは、私が食い止めましょう」

「大丈夫なの!?」

「お任せあれ。

 とりわけ、グローリア由来の武具との戦いには一日の長がありましてな」

「でも……!」


 薄らいでいく煙幕の先に目を向けたまま、

カゲツはリリアへ先に進むことを促す。

片手間で、更に何かを投げ込んでいた。彼らへの牽制だろう。

決断に迷うリリアに、カゲツは更に言葉を重ねる。


「ジスト殿にどれだけ時間が残されているか分かりません。

 それにこの経路は敵も予想していないはず。裏をかけるはずです。

 一刻も早く救出を!」

「……うん! わかった!

 カゲツさんも無理しないで!」


 僅かな逡巡の後、リリアもそれに頷いて。

決心とともに、リリアは振り返って艦内へと駆け出した。

晴れていく煙幕。開いた壁の穴に立ちはだかるように、カゲツは再び構えた。


「ご武運を、リリア様。

 ……私が相手だ、防衛隊!」

「舐めんじゃねーぞ、じーさん! 俺たちゃ、他の三下共とは違うぜ!?」


 ぶつかり合う、威勢のよい発破。

それを背中に受けながらも、リリアは艦内を駆けていく。

忙しい状況だ。ジストの身柄も、強襲という立場も、

一瞬の間すら無駄にはできない。

だがその最中にも、リリアは胸元のバッジへ手を当てて、叫ぶ。


「ジェネ、ゼニアくん、聞こえる!? 今、要塞の中入ったの!」

『リリア! レオの爺さんは!?」

「ゲイルチームの人と二人会って、それを止めてくれてるの!

 今は私ひとりで中にいるよっ!」

『っ……!』


 仕方がないといえば、そうであるが。

それを聞いた通信機の先のジェネは、わかりやすく動揺していた。

リリアが危険を恐れないのも、恐れる余裕がない状況である事もわかっている。

だが。しかしそれでも、ジェネもまた進むことを選んだ。


『……分かった。無理すんなよっ、リリア!』

『リリア。近くの予測地点を送るよ。気をつけて』

「うん! ……来たっ!」


 ゼニアの言葉から少しして。リリアの左腕の腕輪が反応する。

それを眼の前に構えるリリアに反応して、

機械部の液晶から放たれる光が、少し先の空中へ立体的な映像を作りだしていく。

それは、このベリオンの地図と現在地を表すものだった。

それは先刻、ノインが投影したものと同じものである。

だが一つ、差異が加えられていた。

新たに表示された緑色のサインに、リリアは目をやる。


「ええと……近い()()は、こっちね!」


 それを認めてから、リリアは再び走り出す。

方位に間違いがないことを確かめた段階で、立体地図も消える。


 それは、次に向かうべき場所の標だった。

ジストが囚われていると思わしき、地図にない精霊機関の区画。

そこに至るための、入口の予想地点の一つだ。

それを見つけることが、この急襲作戦の第一の目標だった。


(この次の部屋よね、確か……でも結構、物音が聞こえる?)


 駆けていく中、リリアは早速その予想地点の手前まで迫る。

足を止める余裕はないが、耳でそれを捉えていた。

物音。つまりは人が、敵が居るという証だった。

それによってリリアの中に、選択が生まれる。突撃か、様子を見るか。

考えながらも、その一室までの距離は詰まっていく。


「くうっ……がああああああああああああッッッ!!!」


 『物音』も、ずっと鮮明になっていって、そして真っ先に飛び込んだのは。

おおよそそこからするとは思えなかった、

少女の悲鳴とも咆哮ともつかぬ、激しい叫び声だった。


(女の子の声っ!?)


 その驚きによって、思わず足を止めるリリア。

図らずしも後者を選ぶことになった。

その声もあって、集中は部屋の中に向いているのだろう。

リリアは誰にも見つかる事無く、入口のすぐ側まで近づくことができた。

そこで、その正体を覗き見る。


「でやあああッッ!」

「げぎゃアアアア!!?」


 まず。

大の大男たちが数人、吹き飛ばされているのが目に入った。


「っく、はぁッ……!!」

「いつまで暴れてんだ、このガキ! 

 ……だが、確かに効果はあるようだな!!」


 それ以外にも、数人の姿があって。

彼らの視線は、敵意と共に全て一点へと向いていた。

その先に、彼女は立っていた。


「……くそっ、三下どもがッ!! こんなもの着けた程度で!!

 お前らごときにッ、僕が負けると思うなああああッッ!!!」


 綺羅びやかな、可憐な装いに身を包んだ少女だった。

その敵意を一身に受けてなお、彼女は折れる事無く声を上げる。

身の丈にはとても見合わない、透き通った翡翠色に輝く大剣を振るって。


「はあッ……はあッ……! 負けて、られるかッッ……!」

(……っ!?)


 だが、劣勢であるのは言うまでもなかった。

愛らしい衣装の所々についた傷や血、その生傷の具合も。

肩で息をする、消耗した様子も。

可憐さからの反発もあって直視すらも痛々しいその姿は、リリアの心を揺さぶった。

だが、それ以上に。


(あの子、どこかで……?)


 青い可憐な衣装に青い髪と顔。

そしてそれと相反するような、機械的な義手の右腕。

リリアは、それをどこかで見たものであることを直感する。

そして記憶を辿っていくが、しかし状況はそれを待たない。


「もういいっ、殺せっ! さっさと片付けるぞっ!」

「っ!」


 もはや一刻の猶予もない状況。

リリアは、またも選択を迫られる。

理由も、経緯も全くわからない。そして彼女の正体も。

敵であるかも、味方であるかもわからない。

だが。


「っ、危ないっ!!」


 もはや考える時間もないが故に、もうリリアは、考えもしないまま。

扉の裏から、一気に室内へと飛び込んでいく。

現れる精霊たちに包まれながら、一点を目指して跳んだ。

彼女に、刃を振り上げる男の背中へ向けて。


「"ステラシュート"っ!!」

「ぎゃああああああああッッ!!?」


 そのまま輝く飛び蹴りが、男の背中に直撃した。

その巨大な体躯は、少女を跳び越して反対側の壁へと叩きつけられ、

そして力なく崩れていく。


「なっ!? 何でガキが()()いるんだ!?」

「ちょっと! 貴方達、いったいどういう……!」


 鮮烈なリリアの登場に、この場に一気に動揺が広がっていく。

だがそれは、どうやら特殊な意味を孕んでいるような言い回しだった。

そんなことは知らぬまま彼らを糾弾しつつ、

リリアは少女を庇うように身を寄せる。


「……あっ!?」


 そして。

その距離の関係が、()()()と近づいたことで。

遂にリリアの脳内に映る光景と、眼の前の少女の姿が重なった。


「あなた、あの時の!?」 


 それは。

リーブルの闘技場で一撃の下にバルドを葬った、冷気を操る夜の妖魔(ナイトベール)

彼が姿を消す寸前の、ほんの僅かな時間の光景だ。

かの夜の妖魔(ナイトベール)の背後に現れた、あの少女だった。


「……混じり空(ヘスペリデス)!?」


 あの場ではほんの僅かに、視線が重なっただけだった二人。

そして今、彼女たちは初めて言葉を交わすことになった。


――

『成功だ! 少女がレーダーの破壊に成功したようだ!

 お前達も行動を開始せよ!』


 所変わって、ここはレオの持つ潜水艇の中。

狭い船内に、威勢のよいカタストの声が響く。


「了解! 行くぞ、ノイン!」


 それに、レオも力強く返した。

振り返った先のノインも頷く。

彼の身体には今、内壁から伸びる複数のケーブルが繋がっていた。


「了解。精霊機関、再始動」

「よし、前進する!」


 彼らの合図に合わせて、ノイン、そして船体が高まる音を鳴らす。

この船を動かす力、それを生み出している音だった。

レオの操作に合わせて、海中に潜む潜水艇が進み始める。

向かう先は言うまでもなく、海上要塞だった。


「……」


 速度を上げていく潜水艇の中。

同乗していたリーンは、掌に握った小さな機器を見つめる。

これもまた、この戦いのために用意された機械だった。


 その中で。

リーンは、一つ思い悩む。


(……何か、適当な話でもするべきだろうか。彼らと)


 今はまさに、戦いの寸前だ。

だがそれは、ひとえに場違いと言える悩みではなかった。

今日知り合ったばかりの彼らは今、命すらも預け合う仲間になるのだ。

打ち解ける意味は十二分にある。

そしてそれは、この部隊の長となる自分の役目だ。


(……リリアなら、苦労しないだろうに)


 彼も分かっているからこそ、それは悩みとなっていた。

自覚している口下手、そして純粋な不慣れ。

その上相手は自分よりも年下の怪盗に、自ら考え動く人型兵器と来た。

何を話せばいいか、全く思いつかなかった。


「リーン殿。設置予定地点の再確認は必要か?」


 故に。その声は、あるいは助け舟でもあった。

その様子を見ていたのか、背後からノインの声が掛かる。

どうやら、彼の握る謎の機器に関わるものであるようだ。

そのノインからの提案を、リーンは遠慮する。


「大丈夫だ、もう覚えてる。起動の方は任せたぞ。

 ……しかし。グローリアの人型兵器と轡を並べることになるとはな。

 これから戦う相手を思えば、敵対こそ覚悟していたが」


 続けてリーンは、心に浮かんだ思いを口にする。

あるいは大一番を眼の前にした、雑談のつもりだろうか。


「驚くべき邂逅なのはこちらも同じだ、リーン殿。

 アスタリトの将として名高い貴方と共に戦う事になるとは」

「そういえば……知っているようだったな、ノイン?」


 それに付き合ったノインの言い回しから、

レオは自己紹介の前に、ノインがリーンの名を呼んでいたことを思い出していた。


「リーン殿はアスタリトの高名な軍人だ。グローリアにも情報はあった」

「まあ、それはそうだろうな。

 ジストも俺の事は知ってるようだった。

 ……君たちも、ジストと何か縁があったのか?」


 そういえば、まだ聞いていなかったと。

ジストの名を出した話の流れで、リーンは改めて彼らへと尋ねる。

この強敵に立ち向かう立場を取る、その理由を。

僅かな沈黙。先に声を出したのは、ノインからだった。


「……私は本来、失敗作として処分される予定だった。

 だがそれに反対し、今の私の立場を作ったのがジスト隊長だ」

「……君が、失敗作?」


 信じがたい言葉に、リーンは思わず聞き返す。

出会ってからというもの、ノインの持つ能力や機能には驚くばかりだ。

そんな彼が、失敗作として扱われていたと言う。とても信じられなかった。


「客観的に見て、そう下される()()自体はあった」


 だがそれは、確かなものだ。

生まれた直後に直面した存在の否定も、そこに現れたジストも。

だからこそ、ノインはここに来ていた。


「逆にジスト隊長が私を助けた理由は、今も分からない。

 だが結果として、私はこうしてここに在ることができた

 故に。立場としても、恩義としても。

 そして何より、助けたいと()()()()()。それが、私の戦う理由だ」


 彼を苦しめ、そして今突き動かす『心』。

今、彼はそれに直接触れることなく、しかし戦う理由をそう総括した。

それを、リーンも静かに受け取る。


「……」


 ノインの語った彼に、違和感は無かった。

リーンが先日見たジストの姿と、綺麗に重なるものだから。

きっと彼は、どこでもその英雄性と共に生きていたのだろうと思った。


「……そんな関係があったのか」

「君は?」


 呟くような相槌に合わせて。

続けてリーンは、レオにも話を促した。

彼は、僅かにためらうような様子を見せる。

 それは、先に語られたノインのそれと比べてが故だった。


「……ノインと比べるとあまり深い関係じゃないが、2つある。

 1つ目は。ジスト隊長とは、一度だけ一緒に戦った。

 僅かな時間だが、それだけで信頼できる人だと分かった。その精神も、強さも」


 かつてのギャング・ブラスターズとの戦い。

それは、今のこの繋がりの始まりとなっていた。

リリアとのだけでなく、彼らそれぞれもまたそうだった。

それを確かめるように口にして、レオは一つ呼吸を入れて。


「そして2つ目は……

 友が皆、ジスト隊長のために戦うと言っている!

 だから()も戦うと決めた!」


 力強く、その決心を言葉にした。 

普段被っている、意味があるか怪しい仮面の下。

自分を突き動かしているものはこれであると、自分の心を顕にするように。


「……軽く、見えるだろうか」


 続いて、漏れた言葉。

それは、彼らを友と思っているからこその、

それでも生まれる自らの思いの確かさに向ける不安だった。


「……いいや。そうは思わない」


 しかしリーンは、彼の思いを肯定する。

僅かな間の付き合いだ。

それでもジストに絆されて、リリアと共に戦うと決心して。

それは、自分の思いと重なるものだったから。


「俺も、同じ理由だ」


 短い言葉によって、リーンはそれを伝える。

それは共感であり、そして意思表明でもあった。

自分もまた、同じ思いで戦っているのだと。


 そして丁度その時、事態は動き始める。


「……見えたっ! 艦底部だ!」


 覗いている潜望鏡から見えた情報に、レオが叫ぶ。

この場の空気が、一気に引き締まる。

戦いまで、もう眼前まで迫っていた。


「了解。現在位置を確認……予定地点、到着」

「よし、浮上するぞ!」


 返されたノインの言葉に応じて、レオが操縦桿を動かす。

潜んでいた海中深くから、海面へと向かうための動作だ。

身体に掛かる慣性の変化を感じながら、

機器を懐にしまってリーンは立ち上がる。


「海面に出ると同時に飛び出す。準備してくれ」

「リーンさん、俺も援護に……!」

「いや、いい。操舵と突入に集中を」


 間近に迫った役目、矢面に立つ役割。

それを案じたレオを制しながら、リーン上部のハッチへと手を掛ける。

その時。彼の無表情が、僅かにほころんだ。


「いい奴だな、君たちは」

「え?」


 その立場を一瞬忘れさせるような、可憐な微笑み。

誰より心を打ち解けたのは、彼の方だったのかもしれない。

そしてそれが、リーンの闘志と決意をより確かなものにしていく。


「ジストも、リリアもそうだ。

 ……誰も、落とさない」


 それと共に、身体にかかる慣性を感じて。

その時までを、ノインがカウントしていく。


「浮上まで、3、2、1――」


 そして。

船体に響く音が大きく変わった、それと同時に。

リーンは勢いよく出入り口を開くと、そこから一気に飛び出した。


「!!」


 一気に開ける視界。まだ暗い、夜明けの直前の空と海。

更にそれを埋める海上要塞を見据えて、しかし。

同時に、その身に数多くの敵意が突き刺さった。


「こっちに来たかよ、『閃き星』!!」

「悪いが、お見通しだぜ! やりな!!」


 彼らを出迎えたのは、狙っていた不意の静寂ではなかった。

ジストと同じ標章に、空を舞う装備。

ゲイルチームの二人は、待ち構えていたかのように彼らの姿を照らしていた。

向けられた銃口と共に、直ぐ様下された号令。暗がりの中、見えた。

ジストを捕らえたものと同じ、鉤爪の付いた鋼鉄質の太い縄が迫っていた。


 一瞬で窮地に追い込まれて、尚。

リーンの瞳は揺らいでいない。むしろ落ち着きさえあった。

やけにゆっくりに流れる光景。それは、走馬灯ではない。


(もう、負けるものか!)


 全てを追い越して、彼は分かたれた双剣を抜く。

先の戦いで。完全に動きを制されていたことを思い出す。

5人がかりではあった。だがそれ自体が不本意だった。

その悔しさは、彼に強い決心をさせていた。


 次があれば、征してみせると。


「"エクスレア・ライズ"!!」

「っ!!?」


 刹那。彼の姿がその場から消える。

その踏み込みも、跳躍も。

残像すらも置き去りにして、誰もそれを捉える事はできなかった。


 そして、その剣閃も。


「何いっ!?」


 自分に向けられていた敵意と銃口、全てを文字通り追い越して。

既にその背後で、剣を振り抜いていたリーン。

自分に迫っていた鉤縄、銃器、そして彼らを浮かす推進器。

全てを、その瞬間に切り裂いていた。


「うおおッッ!?」


 海に堕ちていく二人を尻目に、

彼はその勢いのまま海上要塞の一点へと取り付く。

その手には、剣の代わりにあの機械が握られていた。

それを壁面に叩きつけるように押し付けて、

そして壁を蹴って再び空へと舞う。その最中に、胸のバッジを叩いて叫んだ。


「設置した! 起動を!」

『了解。起爆まで3、2、1――』


 返答したノインの、早刻みのカウント。

それはリーンの着地を待たずに起動する。

直後、設置した機械が煌めいた。具現化される精霊の光だ。

だがすぐに赤い炎の球へと変わって、そして一瞬の収縮の後。


「っ!!」


 炎と化した精霊たちは、破裂するように大きな爆発を引き起こした。

身体が自由落下へと移る最中、リーンはその一点を見つめる。

強い爆風は、視線を塞ぐ炎をすぐに吹き飛ばして。

その先にある光景を確認すると、再びリーンは叫んだ。


「成功だ! 隔壁は破った! 突入を――」


 その最中。

落ちていくその身体が不意に受け止められる。

それは、硬い機械の腕だった。

最大限に衝撃を抑えた、ノインの腕だった。


「了解した」

「さあ、突入だ!」


 逆の腕にレオも抱えて、

直ぐ様ノインは背中の推進機を轟かせて速度を上げる。

その行き先は、爆弾により破られた隔壁の先――

非常用の、脱出口。そこが、内部への突入路だった。


――


 司令塔となる艦橋の一室。

敵襲により騒然とする屋内に、更に叩きつけられた拳の音が響く。


「……おのれ! 易々と侵入されおって!」


 二人の少女の映る画面を見ていたバストールのものだった。

憤りと憎しみが抑えられず、言葉として口から吐き出されていく。


「あの小娘め……! 何故まだ力が使えている!?

 『制御輪(クリーナー)』は嵌めたのではなかったのか!?

 ええい……忌々しい!!」 

「狼狽えるな、バストール」


 場の雰囲気ごと支配しそうだったその悪態を、

しかし諌める声が差し込まれる。その背後、レクスからのものだ。

流石に上司たる男からの言葉に、バストールも声の勢いを落として答える。


「レクス隊長……」

「丁度いい、G()-()0()を使え」


 しかしその声は、ただ諌めるだけに終わるものではなかった。

彼が口にした単語に、バストールは明確に反応する。


「! よいのですか?」

「ジストの処刑の代わりと言っては何だが、G-0の試用許可が降りている。

 『聖体』が見つからん場合、我々の主戦力となりうる存在だ。

 ここで試しておくのも悪くあるまい」


 結果的にそれは彼への助力、あるいは助け舟の提案となった。

迷う理由もなく、バストールはそれに頷く。


「了解しました。

 ……ガストチーム各位、聞こえるか!」


――


 その、バストールが睨みつけていた画面の先。

彼を苛つかせた黄金の光を纏って、リリアは尚も戦いを続けていた。


「でやああああああッッ!!!」

「グゲッッ!?」


 打ち込んだ拳が、眼の前の男の身体を吹き飛ばす。

リリアの身を遥かに上回る大男の身体をだ。

仲間達なら見知ったその力。

だがその光景は、数で勝るはずの傭兵たちに恐れを抱せていた。


「ひいいいッッ!? なんだこの化け物!?」

「よ、弱ったガキひとりだって話だったのに……!」


 しかしどうにも、そもそもの士気の低さも垣間見える。

その狙いは、今リリアの後ろで座り込む少女にあったのだろう。

リリアは更に威圧するように、もう一歩踏み出して叫ぶ。


「ジストさんはどこ!? 退いて!!」


「知らねえよおっ!!」

「に、逃げろッ!!」


 それは、もはやガタガタになっていた闘志を完全に打ち砕くものとなった。

先頭の譲り合いはすぐに逃げ出す順番へと変わり、

そして一目散に、彼らは通路の奥の方へと逃げ出していく。

リリアは、それを追うことはしなかった。


 「……リーブルの大闘技場で、会ったよね。大丈夫?」

 

ようやく落ち着いた状況で、二人は顔を合わせる。

リリアを見るその顔は、安堵とも感激とも違う複雑な表情だった。


「やはり動いていたか……混じり空(ヘスペリデス)

「へす……?」


 そして続いた言葉も、謎だらけの彼女の理解を進めるものではなかった。

使われた奇妙な呼称も、勿論リリアには心当たりのないものだった。


()の思い通りに事が進んでいるのは気に食わないが……

 ジストが、託すだけはあるようだな」

「! ジストさんのこと、知ってるの!?」


 続く言葉も、言葉のキャッチボールとは程遠い独白のようなものだったが。

しかし出てきたジストの名前に、リリアも反応する。

それは謎そのものであるこの少女との、唯一の繋がりとなり得るものだからだ。

彼女は俯いて、少し黙り込む。

その顔には、動揺のような複雑な思いが浮かんでいた。


「……ああ。よく知ってる」


 そして今度は明確に、リリアに返した言葉。


「……!」


 それを受けて今度は、逆にリリアが黙りこむ。

言葉自体はただの肯定だ。だがそれが、強く心を揺らしていた。

短いその言葉に、それを口にする彼女の様子に。

どこか、強く深い思いを感じて。


 それは、形容するならば。純然たる愛情、そのものだった。


(この子――ジストさんと、どういう関係なんだろう?

 子供……とかは居ないって言ってたし。

 そもそもジストさんのこと、呼び捨てしてなかったっけ……?)


 彼女が見せたその感情は、しかしその謎をより深めるものでもある。

伺い知れない、ジストと彼女の繋がり。

年齢にしても風体にしても遠くかけ離れた二人。

その上で呼び捨てにしている辺り、近い仲だろうというのはわかる。

だが今のリリアには、その所以を思いつくことはできなかった。

そのまま思考に沈みそうなリリア。しかしそれも、許されなかった。


「……何だ。じろじろ見て」


 沈黙で過ごすには、もう許されなくなる時間が経過していた。

明らかに不満そうな顔を向ける彼女に、リリアもようやく気づく。


「あ、ごめん……それじゃあ貴方も、ジストさんを助けに来たのね!」

「別にジストの仲間だと言ったつもりはないぞ、僕は」 


 そして話を進めようとしたリリア。

先の受け答えからの推察だったが、

しかし不機嫌を隠さないまま、彼女はそれを否定する。


「さっさと行け。ジストを助けるんだろうが。

 下らんことに構うな」


 続く言葉も含めて、会話自体を拒絶しているようだった。

雑に先に行くことを促しているのも、この会話を終わらせるためのものか、

あるいは関わり自体を避けようとしているのか。

その意思は、見えていたが。


「……ううん。だって、わかるもの」


 未だ、謎に包まれた彼女。

リリアは、その中で見えた思いを信じてみることにして、口を開く。


「何をっ」

「ジストさんのこと、大事なんでしょ?」

「なっ……!?」


 返すように、ジストの名前を出したリリア。

それによって、冷静な語り口だった彼女の様子が急変する。

大きく跳ねる体とともに、

落ち着いていた表情が急速に紅く染まっていく。

それは、図星であると答えているかのようだった。


「な、何も知らないくせに適当なこと言うなっ!

 僕はただ、知ってるってだけっ」 

「知らないのはそうだけど。

 でも流石にわかるよ。あんなに、大切そうに話してたんだから」

「!? ……っ」

「あはは、気づいてなかった?」


 その勢いのまま、誤魔化すように叫ぶ少女。

完全に動転しているその様子に、

先程までの冷静さは欠片も残っていない。

対するリリアは、その感情の真偽については確信さえしている。

それを真っ向から話されて、ついに彼女は黙り込んでしまった。


「……」


 羞恥心か、あるいは後悔か自責か。

それを抱えて俯く彼女に、リリアは一度改めて笑いかけて。

そしてまた、口を開いた。

もう一度、話を前に進めるために。


「あなたのことは知らないけど、そこはわかったから。

 だから……一緒に行こ。 ジストさんを助けよっ!」


 知らない、というのは正確ではなかった。

バルドの口封じを行った冷気を操る夜の妖魔(ナイトベール)

その仲間であるのはわかっているのだから。

ともすれば、黒幕に近い相手である可能性もある。

リリアもそれを、忘れたわけではなかった。


「お前……!?」

「私、リリア! あなたは?」


 だが。

無数の謎を身に纏う彼女の中で、唯一確かに見えたジストへの思い。

だからこそそれを、信じてみたいと思った。

ぎゅっと顔を近づけて、その視線を交わすリリア。

彼女のその思いを、瞳に映すかのように。

しばしの、沈黙。わずかに、目を閉じて。

再び開いた目は、そのリリアの瞳に重なっていた。


「……僕は」


 その時。


「ギャアアアアアアアアアアッッ!!」

「ひいいいいッッ!!」


「っ!?」

「なっ、何!?」


 彼女の返事を遮るように、悲鳴が廊下の奥から響く。

先程逃げた者たちの、その行方の先からだった。

それは、この場の空気を一気に張り詰めさせる。

二人の視線がその先――廊下の突き当たりへと向いた時には、

既に新たな影が、そこに伸びていた。

そして間もなく、その持ち主が角から姿を現す。


「ふうん。なるほど、ガキが二匹と」


 それは、女性の声だった。

おそらくはその主である、防衛隊のスーツに身を包んだ人物。

胸の標章は、ジストやブレシアのそれとは異なるものだ。


 それは。リーブルにてモースが指さしたものであり。

そして、この戦いの始まり。故郷で見た、あの標章だった。


「ガストチームっ!!?」


 この戦いにおいて、最も警戒すべき敵。

それがついに、彼女に立ちはだかっていた。


「……ジストさんはどこっ!?」


強い緊張感と闘志を漲らせるリリアに、

しかしその人物は逆に冷めた視線を向ける。


「それで本命を取り違えた、そういうことか」


 そして次の言葉は、リリアに向けたものではなく。

傍らに連れ添う、屈み込んだ大男に向けたものだった。

いや。連れ添うというよりは、連れられたというのが正しい。

それが見るだけでわかるほどに、その男は萎縮しきっていた。


「は……はいい……ぶげぇッ!」


 恐れながら肯定したその男は、次の瞬間壁に叩きつけられていた。

当然、リリアの仕業ではない。この防衛隊の女性によるものだった。

その行為が何を表すのかは、言うまでもない。


「はいじゃないだろうが、この役立たずッ!

 その上ガキ相手に無様に逃げ惑いやがって!

 おかげで、あの人にも……ッッ!!」


 収まらないその怒りを罵詈雑言として吐き出す彼女。

とはいえ、男はもはや意識すらないようだった。

それすらも分からない程の憤怒か、あるいはその上でのものか。


「ひどい……!」

「見てられんな。癇癪持ちの発狂する様は」


 その惨さと痛々しさに戦慄する二人。

だが、そうしていられる時間も長くはなかった。

その狂気の瞳が、再び少女二人を捉える。


「……その顔……」


 そして。

彼女は不気味な声で、しかし明確にリリアに反応を返した。

それは、純然たる敵意だった。

思わず身構えたリリア、しかしすぐそれを上回る敵意が襲いかかった。


「っ!?」

「ああ……あの人の顔に泥を塗った、あの娘……!

 忌々しい、私なら間違えなかったというのに!

 あの鬱陶しい精霊共を封じてやったというのに!!」


 恐るべき敵意と悪意、そして怒り。

吐き出される呪詛のような言葉とともに、

彼女は更にそれらの負の感情を昂らせていく。

しかしそれも叫んでいるだけで、内容は独白のようなものだ。

困惑だけがリリアに広がっていく中。

隣の少女が、何が合点がいったように呟いた。


「……そうか、これが……

 図らずも、お前の盾となった訳か」

「えっ!?」


 彼女は自分の首に手を伸ばして、そこにある首輪に当てる。

機械的な見た目のそれは、華やかな少女の装いからしても浮いている。

口ぶりからして、彼女自身が由来のものではないようだった。

しかしその意図を聞くまでの余裕は、もうこの場には残されていなかった。


「もういい、殺してやる! そうすれば、それで片付く!!」


 増幅していく怒りが臨界に達したように、より強く叫んで。

開いていたヘルメットのバイザーが降ろされる。

しかしその怒りは、顔が見えずとも隠されるものではなかった。

そして彼女は、左腕手元の端末を乱暴に叩く。


「承認――システム起動『G-0』!!」


 そして、宣言するような言葉を告げて。

それに応じて、彼女の纏うスーツの様子が一変していく。

装甲の各部が開き、変形し。

そしてそこから、あの赤黒い精霊たちが姿を現した。


「これ、レオナさんとか、エリスさんのっ!?」


 その光景は、リリアの警戒を一瞬で最大まで引き上げた。

見間違えるはずもない。魔物を形成していく、あの精霊の姿だ。

そしてそれを操る鎧。いずれも先の戦いで激戦を繰り広げたものだ。

迷うことなく、リリアも剣を抜く。


「魔物を出すつもり!? させないっ……」

「チンケな精霊外装と一緒にするなッッ!!

 我々はグローリア防衛隊、ガストチームだッッ!!」


 しかし直ぐ様飛び出そうとしたリリアを、

牽制するかのように、彼女は再び叫ぶ。

一緒にするな。その言葉の意味を証明するように、

叫びに応じて精霊たちは突如、その輝度を強く上げていく。

闇を作るような赤黒い姿から、鮮烈な赤い光へと。


「な、何っ!?」

「馬鹿な……この光はっ!?」


 既知から外れた現象を前にした、リリアの困惑。

そして思い当たるものがあるのか、隣の少女の動揺。

それらに迎えられながら、赤い光と共に様子を一変させて、叫ぶ。


「ガスト3、マリアン! この名を、ガストチームの名を畏れて逝け!!」


 赤い光は、いつしかそのアーマースーツすべてを纏うようになっていた。

まるで、リリアに従う精霊たちのように。

その左腕が、二人へと向けられる。恐るべき敵意と、殺意と共に。


(攻撃――っ!?)


 何もわからない中。それが何を意味するのかだけはわかった。

危機感が限界まで達する中、先に動いたのはマリアンと名乗った彼女の方だった。


「"Gアーツ――『スカーライト』"ッッ!!」


 直後。赤い光の奔流が、その腕から先へと放たれた。

通路どころか部屋さえも埋め尽くさんほどの光。

小さな少女たちなど、簡単に飲み込んでしまうであろう、破壊の光だった。


「――ッッ!?」

「ちいいっ……!!」


 逃げ場は残されていなかった。

二人の体は、一瞬で光に飲み込まれてしまう。

恐ろしい勢いの光の濁流は、その背後の壁さえも打ち破り

そしてこの海上要塞の外に至るまで、貫き崩してしまっていた。


「……ハハ、アハハハハハハハハッッ!!!!」


 光に包まれた二人の姿は、もう室内にも、要塞の外にもなかった。

ただ発狂するようなマリアンの笑い声だけが、この場に響いた。


――


「あれ?」


 そう。先程までの室内にも、要塞の外にも二人は居なかった。

リリアの視界に映るのは、大量のリネン類や機材のある薄暗い部屋だった。

彼女自身も、布団の上に尻もちとをついていることを遅れて理解する。


「はぁッ、はあッ……!

 あのヒステリッククソ女……っっ!!」


 そのすぐ後ろで、かなり悪い口で罵る声が聞こえる。

あの少女も、この場に辿り着いていたようだ。

振り返って、ひとまずリリアはその無事を喜んだ。


「よかった! 貴方も無事だったのね!

 ……これって、貴方がやったの?」

「一か八かで()()()()()が……

 やつらに着けられた()()のせいで、まともに制御が効かなかった。

 壁に埋まらなかったことを幸運に思うんだな」


 荒れた呼吸の中、彼女は忌々しくその首輪を指差す。

いくつかの情報が、そこに混ざっていた。

彼女がやはり、空間を飛び越える力を持つこと。

そしてその力が、首輪状のこの機械によって妨げられていること。


「助けてくれたんだね、ありがとう。

 それ、私なら壊せないかな?」

「いや、いい。壊して、無事に戻る保証がない。

 後遺症が残るのは避けたいからな」


 感謝と共に出た提案を断って。

大きく呼吸して、彼女は息を整える。

ともかく、状況は落ち着いたと言えた。


「とりあえず、ここがどこか調べなきゃね」


 一旦の確認として、リリアは腕輪の三次元地図を起動する。


「ええと、ここは……」

「それは!?」


 その光景に、彼女は強い反応を見せた。

確かに卓越した技術、光景ではある。

だがその驚愕の色は、未知のものに対するそれとは僅かに違っていた。


「カタストさんっていうすごい博士から貰ったの。

 ほら、地図出せるんだよ。

 ここは……さっきの部屋のちょうど真上みたい」


 だが、それに気づかないままリリアはこの光景の説明を行う。

純粋に、驚くのも無理はないと思ってのものだった。

会話に齟齬を残しながらも、二人の言葉は続いていく。


「カタスト……?」

「知ってるの?」


 単純なリリアの問いにも、しばし彼女は黙り込む。

その齟齬が故に今、彼女の心を窺い知ることは出来なかった。

悩むとも疑うともとれるような様子の彼女が、

今何を知っていて、何を思っているのか。


「……いや。余計な詮索は、今は無しにしよう」


 だが、ともかく。

次に顔を上げた彼女の瞳には、歩みだす意思が固まっていた。

リリアと、同じ方へ。


「名乗りが遅れたな。僕はアイリス。

 僕もジストを救いたい。今は彼のため、力を合わせるとしよう」

「うん!」


 それは、先程リリアも信じると決めたただ一つの思いだった。

訝しむ要素は、今は置いて。

二人は小さく、手の甲を打ち合わせた。

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