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OverDrivers  作者: jau


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35/36

35話 繋がる星々-1 燦明

 科学的な光だけが照らす薄暗い部屋、そこに。

両手足と首を十字架のように束縛され、ジストは囚われていた。

もはや数え切れない程の枷が、彼を縛る。

だがその物々しさに反して、彼はただ静かに何も無い正面を見つめていた。


「!」


 その時。突如その正面の壁、いや扉が開く。

そこから、この部屋へと踏み入れていく一人の男。

言葉無く、ジストは彼を見つめる。

そして逆に彼は縛られたジストを一瞥すると、嘲るように語りかけた。


「随分大人しいな。もう少し抵抗するかと思ったが」


 ジストは、その男にも言葉にも大きな反応を見せなかった。

誰が現れるのか、理解していたように。

ただ静かに言葉を返す。


「……レクス。やはり、お前だったか」

「嗅ぎ付けていたか。

 アスタリトで馬鹿どもの足跡を見つけたか?

 間一髪のタイミングだった、という事だな」


 ジストがレクスと読んだ男の言葉は、既に勝ち誇っている口調だった。

ジストがその正体に迫っていた事。

それももはや、些事に過ぎないというように。


「最初からだ……だが」

「疑うに足る理由がまだ無かった、か。

 相変わらずの悠長で無能な誠実さに助けられた。

 まあ、いい」


 レクスは、そう言い捨てると振り返る。

残した視線には、言葉と同じく侮蔑と嘲りだけがあった。


「仲間であった事に免じて、

 最後に顔だけは見せてやろうと思ったまでだ。

 じき、バストールにでも始末させる。

 残された時間を惜しんで過ごすといい」

「意外だな……

 お前の手で、止めを刺しにくるものと思っていたが」

「貴様は爆弾のようなものだ。

 殺すとなれば、何をしてくるかわからん。

 ……バストールにも、そうやって脅したようだしな?」

「……!」


 敵対的だが静かに交わされていた言葉が、その瞬間揺らぐ。

他ならぬジストの、動揺によるものだった。

その真意が、この男には分かるのだろうか。

それを認めて嘲笑すると、レクスは遂に視線さえも彼から外した。

 

「私はそんなリスクは冒さん。

 グローリアからも離れたこの海で、朽ち果てるがいい。

 それが、()()()()()にもなる」


 そのまま彼は歩き出し、再び開く扉を跨いでいく。

別れの言葉まで、その嘲りが消えることはなかった。


「さらばだ、ジスト。

 貴様の時代も、この時代も。これで終わりだ」


「……お前の野望が叶うことはない。

 俺が、終わりだろうとな」


 閉じていく扉に残した言葉。

それが届いたかも、定かではなかった。

それでもジストは、この暗い部屋の中で光を見る。


――


「ジェネ、大丈夫か?」


 ノインにレオ。

友たる二人に肩を貸され、彼も船を降りていた。

体重全てを預けているわけでなく、自らの足で。


「無理をするな。知ってるだろうが、お前ぐらいなら担げる」

「大丈夫だ……歩けはする」


 気遣うノインに、それを言葉にして返すジェネ。

それは、その傍らで心配そうに覗き込むリリアへ向けたものでもあった。

その流れのまま、ジェネは彼女に笑う。


「ジェネ……」

「無理だったら、すぐ言うさ。もう無茶はしねえよ」

「ほんとだよ?」

「ああ」


 肩を借りるその姿に、心配するのも無理はない。

だからこそ、ジェネは柔らかく明るい声で返す。

そしてそれは、自らへの戒めでもあった。

無謀な虚勢が許される状況ではないというのもある。

だが何より、このリリアの顔をもう曇らせたくはなかった。


(……俺は、弱えな)


 悔しさをその胸の内に秘めて、

しかし思わず表まで上がって来ようとした瞬間。

レオの回した腕が、その肩を叩く。


「おっ……?」

「……」


 あるいは通じる感性が、それを知らせたか。

しかしレオは、それを言葉にすることはなかった。

だが確かな激励を、掌を通して彼に伝えていた。


「何だなんだ、お前らそんなに仲良かったのか?」


 その様子を文字通りに俯瞰して、そんな言葉を口にするニーコ。

所作の全てを読み取った訳ではないが、

思いの外親しげな所が意外だったのだろう。


「ジェネの様態は決して良好ではない。手を貸すのは当然だ。

 それに私の交友関係は私の自由だ」

「別に文句じゃないっつーの。トゲトゲしやがって、全く……

 誰のおかげでここに来られてると思ってんだよ」

「……それとこれとは、話が別だ」


 だがそれに答えるノインの口調は、やはりというべきか。

ニーコへの反発が見える、そんな色だった。

当然ながらニーコも、似たような色の言葉で返す。

しかしその言葉の中に、興味を引く内容のものがあって。


「ニーコのおかげ? どういう事?」


 それに反応して、二人へと訊ねるリリア。

刺々しい態度はともかく、ノインもそれを否定してはいない。

いつものニーコの軽口という訳でもなさそうだった。

そしてニーコ当人が、それに答える。


「こいつの仕事って公園の警備もだけどさ、

 私の見張りも仕事のうちらしいんだよ。

 だからどっか出る時は、出てった私の見張りって言い訳使ってんだ」

「へー? ニーコがそんなことを……」


 明かされたその理由に、今度はリリアが意外に思う。

こうした理屈じみた事を、ニーコがやる性分だとは思っていなかったからだ。

あるいはそれも自覚しているのだろうか。ニーコは笑いながら更に答えた。


「ま、悪戯みたいなもんだよ!

 それにこいつもその方がずっと動きやすいだろ?」

「特に今回は、早急な行動が必要だった。

 速やかに戦力を結集させ、この地へと出航するにあたって。

 ……この手法は、その成立に大きく貢献したと言える」


 ノインの肯定も続いて、その全貌は明らかとなる。

それは、犬猿の仲であった彼らの協働の証であった。


「なー? だから、ニーコ様のお陰だよな?

 ありがとうニーコ様、はー?」

「気を抜くな。ジスト隊長の救出はこれからだ」

「あー!? 話逸らすなーっこのおたんこなすっ!!」


 今も、その付き合い方に大きな変化はないようで。

しかしこの土壇場で、それを成立させたこと。


(……ニーコたちの方も、しっかり仲良くなってるじゃない)


 それは、リリアの目にも明確な変化として映っていた。

口に出せば即座に反論が飛び出るのは明らかで。

言葉にはしなかったものの、リリアは返した微笑みでそれをまとめた。

そしてそれを一区切りに、リリアも正面へと向き直る。

歓談だけに耽っている場合ではない。状況が、それを許さなかった。


「っと、リーンさんは……」

「……ぬあああああああああああああああ!!」

「わあっ!?」

 

 そして意識を整えて、リーンの行く先を目で辿ろうとした最中。

視界の外から突然響き渡った大声が、それを遮った。

雄叫びのような、あるいは怨嗟の声のような叫び声だった。


「釣れん! 釣れん!!!

 ええい、文字通りの雑魚どもめがああああ!!!」

「げ、元気なおじいさんだなぁ……って、あれ……!?」


 しゃがれたような、しかし威勢の塊のような老人の声。

思わず感心さえするリリアだったが、やがて。

その声が、記憶を呼び起こしていく。

そう。聞き覚えのある、覇気に満ちた声だった。


「今のは……?」

「なーんか、どっかで聞いたことあるような……」


 そんな声だ。この場の全員が音の方へと注目する。

聞き覚えがあるのも、また同じだった。

リーンが歩んで行った方向とは反対に伸びる埠頭の、その先。

港灯が照らす暗がりに紛れて、座る2つの人影が見える。


「博士、うるさい。まだ5分しか経ってないよ。

 それに、音を立てると警戒される」


 1つは。静かな様子の青い髪の少年。


「ぬうう、分かっておる、分かっておるが……!!」


 そしてもう1つは。

白い無精髭で輪郭を包んだ、『博士』と呼ばれる老人だった。

記憶が、完全に重なる。

そしてリリアは、その名を叫んだ。


「……カタストさーんっ、ゼニアくーんっ!!」

「むっ!? ……おお!?」


 逃げ延びたその立場が故か、一瞬、強い警戒を返して。

だが呼び声の先にいる人物を認めると、カタストは一気に声を上ずらせた。

全く捗っていなさそうな釣り竿を放り出すと、彼らもまたリリアへと歩みだす。


「しばらくぶりだな、少女よ!

 まさか斯様な地で再び合うことになるとはな!」

「カタストさんこそ! ここに隠れてたのね!」

「うむ。陸路で逃げたと思わせ海へ向かえば、

 首尾よく撒けると思ったのでな。

 いやはや、ワシの聡明な判断力には自分ながら感心するばかりよ!

 ワハハハハ!!!」

「あはは、でもよかった!」


 意外そのものではあるが、喜ばしい再開に違いはなかった。

相変わらずの自信に満ち溢れた佇まいに、またリリアも笑った。

そして遅れて、リリアにも追いつく人影。アカリだ。


「リリア! こちらの方は?」

「博士のカタストさん! グローリアで会ったの!」

「うむ。故有って追手に追われる身になっていてな。

 その時、この者らに助けられたのだ。お主は見なかった顔だが?」

「はい! リリアの友のアカリです!」

 

 そして遅れて、ジェネ達も会話の輪へと加わっていく。


「博士のじいさん!? 元気そうじゃねえか!」

「当然よ! 誰もワシの行く手を阻むことなど出来ぬ!

 ……なるほど。あの日見た顔が揃っているようだな。

 しかしどうやら、また仲間が増えたか!」

「ん……? ああ、あんときのじいさん!」


 ジェネに加えてそれを抱える二人、

そして覗き込んで来たニーコから、カタストはこの一行をそう表現した。


「無事に逃げ延びられたようで何よりだ、カタスト博士」

「……それに、ゼニアも!」 


 その最中。

レオの視線は、カタストの背後の小さな影……ゼニアの方へと向いた。

遅れて近づいてきたゼニアへ、カタストは目配せしながら促す。


「うむ。双方、なんとか無事にこの地へとたどり着いた。

 ……ゼニア。さあ、お前の姿を見せてやれ」


 『心』を奪われ、まるで人形のようになってしまっていた彼。

更に歩みだして姿を表した彼は、変わらず無表情のままだ。

思いの読み取れない顔で、リリア達をゆっくりと見回して。

そして、その口が開かれた。


「……気持ちを。思いを、感じる度に。

 あの日のことを、思い出してた」


 その声は。僅かに震えるその言葉は。

心を無くしたが故の、抑揚のないものではなかった。

僅かなこの言葉でも、それが十分に伝わるほどに。

広がっていく驚き、しかしその反応を待つまでもなかった。

張り付いていたその無表情が、控えめな笑顔に解けていく。


「みんな……会いたかった……!」


 強い感動を込められた、喜びの言葉。

それが何を意味するのかは、もはや疑いもなかった。


「ゼニアくん……感情が戻ったの!?」

「やったじゃねえか!!」


 リリアもジェネも、驚きながらもそれを大きく喜ぶ。

僅かな時間でも、関わった彼のことは心に留まっていた。

痛ましかったあの日の彼が、こうして笑っていること自体が喜ばしかった。

そんな二人に、ゼニアは頷く。


「うん。博士と……みんなのおかげで」

「私たちが?」

「うむ。この短期間でここまで戻せるとは、

 正直な所ワシも思っていなかった。

 ゼニアは度々、あの日の出来事に気を向けていた。

 僅かではあったがお前達との繋がりを持てたことが、

 大きく影響したと言ってよいだろう」


 あの自信家たるカタストが、そう語るということ。

それ自体が、大きな意味を持つと言えた。

自らを支えたというそれへ思いをやるように、ゼニアは目を閉じる。


「今も、忘れない……友の為にって、燃える姿」

「うむっっ!!」


 それを再び、大きく頷いて肯定するカタスト。そして。


「やはり滾る思いは! 燃えたぎる魂はッッ!!

 無粋にも抑えつけることなど、出来んということだああああッ!!!!」

「わっ!?」


 カタストは勝ち誇るように、高らかにそう叫び出した。

ゼニアの言葉に何か、琴線に触れるものがあったのだろうか。

ただあまりに唐突で、リリアも驚いてしまっていた。


「博士、うるさいよ。落ち着いて」

「む、スマンスマン。それはともかく……」


 ともかく周囲を圧倒するような様子をゼニアに咎められ、

一度息をつくカタスト。目を閉じて、そして開いた時。

瞳に映る感情は、違う色を宿していた。


「龍人よ、逆にお主はただならぬ様子だな。

 激戦の後と見えるが」

「……!」 


 それは、今度は逆にリリア達へと踏みこむ言葉だった。

ジェネも、そしてリリアも言葉に詰まる。

彼らを信じていないわけではない。

だが気安く話せる大きさの話でもないのだ。

それは、簡単には解けない迷いを生み出していた。

そんな彼らに、カタストは更に続ける。


「もう一つ。あの日の顔ぶれが揃って、

 その上で……ジスト隊長はおらんのか?」


 それは、もはや自ら答えに辿り着かんとするほどに。

鋭く、その切欠を掴んでいくカタスト。


「……」

「……ふむ」


 あるいはその迷う無言すらも、その材料として受け取ったか。

カタストは、何かを理解したように頷いて。

しかし、その次の句の前に。


「リリア、どうした?」

「リーンさん!」


 この場に、新たな声が割り込んだ。リーンのものだ。

遠目の様子から、こちらの状況に気づいたのだろう。

彼もまたカタストの近くまで歩みながら、続けて訊ねる。


「その老人は? 知り合いか?」

「うん。えっと……」


 そして。

今の自分達の目的、その筆頭とも言えるリーンの登場で、

リリアは尚更迷いを見せる。語るべきか、そうでないべきか。

つまりは、巻き込むべきか否か。


(……言っちゃって、いいのかな。

 みんなは全部知って、来てくれたけど。

 カタストさんたちは何も知らない無関係な人だし、

 相手だって、グローリアなんだし……)

「……」


 その様子さえも見つめて、そして。

先に口を開いたのは、カタストだった。


「ワシはカタストという者だ。かつて、グローリアで研究家をやっていた。

 今は故有ってグローリアと敵対し、この少女たちに助けられた恩がある。

 もし今、何かと戦っているのであれば。このワシにも協力させてほしい」


 彼らの、今の立ち位置に対しての。

自らの立ち位置、それをはっきりとさせるために。


「カタストさんっ!?」

「よい。何が相手であれ今更恐れるものなどないわ!

 お主らへの恩は、いつか返さねばならぬと思ってもいた」


 その表明に驚くリリアを、

しかしカタストはいつもの自信溢れる調子で制する。

リリアの迷いとは対照的に、彼の様子には一欠片の迷いもなかった。


「カタスト殿。あなたは……」

「ワシは所謂、発明家というやつだ。

 幾つもの発明品がある。必ず役立てるはずだ。

 それに荒事にも慣れておる。ワシも、このゼニアもな」

「……うん!」


 カタストの自己紹介の流れに、ゼニアも頷く。

彼もまた同じ気持ちであり、そしてその言葉の肯定の意味もあった。


「でもゼニアくんまで!?」

「……いや、そうだ。ゼニアは確かに、強かった」

「え!? そうなの?」

「ああ」


 その言葉に、あの場に居たレオやジェネも想起する。

あの日。『天使』を、一撃の元に斬り伏せた彼の姿を。


「で、でも、いいの!?」

「……うん。友の為に猛り、燃える気持ち。

 それは、皆から教えてもらったものだから。

 皆が戦ってるなら、一緒に戦いたい」

「ゼニア……!」


 その所以を、口にして。

ゼニアもまた、その強い決心を顕にする。

蘇った感情を強く昂らせて。そこに、疑いようはなかった。


「……」


 さて。これで迷う立場になるのは、

この一行の取りまとめとなるリーンとなった。

その様子を眺めて。

彼らもまたこれまで合流した者達同様、

リリアの関係者であるのは分かっていた。

だが。


(……元グローリアの技術者だが、今は対立している、か。

 都合良くも悪くも考えられるが、どうするか)


 リーンはまたも、難しい決断を迫られる。

警戒か、戦力か。どちらかを選ばなければならない。

そして、迷う間も残されていないことも分かっている。

一度息を吐いて、そして。リーンは口を開いた。


「……分かった。我々は仲間が少ない。

 リリアの旧知の仲で協力してもらえるのであれば、ありがたい」


 そしてリーンは、今度もまたそれを迎え入れることに決めた。

どちらにしても半々の決断になる、そう思い切った面もあったが。

ちらりとだけ、リーンはリリアへ目を向けた。僅かに重なった視線。


(……お前の持った、繋がりだからな)


 それは、その決心を後押しした彼女への信頼に向けたものだった。

あるいは、自身すらもそうであるのだから。

リリアの意識が向ききる前に、彼は再びカタスト達へと向き直る。


「そうか! よろしく頼むぞ!!」

「うん……! みんな、よろしく」


 かくして。ベリオンへの攻撃を前に、

彼らはまた、新たな協力者を迎え入れることとなった。


――


「では、改めて――ジスト救出のための、

 グローリア海上機動要塞『ベリオン』への攻撃作戦を計画したい。

 メンバーは、この場の全員だ」


 目下、集合場所としていた詰所の屋内。

その筆頭として正面に立つリーンが、この場の全員へと目配せする。

リリア、ジェネ。アスタリトから同席しているアカリ、アーミィ、レオナ。

グローリアから合流したレオ、カゲツ、ノイン、ニーコ、ネル。

そして、今しがた加わったばかりのカタスト、ゼニア。そして。


『フェムトも聞こえています。お願いします』


 机に置かれたブレシアの通信機から発されるフェムト。

まさに全員が、この場に集まっていた。


「まさか、相手がグローリアの海上要塞とはな! 

 お礼参りには丁度良いわ!

 そこにジスト隊長も捕まっておるということか!」

「元気だなー、じいちゃん」


 そして敵対する相手を聞いたカタストが、強く戦意を滾らせる。

それは先に口にした言葉に違えない、一貫した強い意志だった。


「なんか楽しそうじゃない、カタストさん?」

「当然よっ!!

 巨大な要塞を攻め落とすのは浪漫に他ならんからな!!」


 あるいは、自らの嗜好にもよるものだろうか。

ともかく、強い戦意があるのは確かだった。

やや、血気盛んに過ぎるとも言えたが。


「やる気満々だな、じいさん」

「我々も負けてられんな!」

「だな!」


 だがそれは、難敵に挑む空気の重さを和らげるものではあった。

迷いも恐れも縁のないカタストの姿勢は、

あるいは若き彼らの道標になるものであるかもしれない。

だからか。リーンも息を吐くだけで、とりあえず話を進めることにした。


「……ともかく。ノイン、フェムト教授からの地図を」

「了解。投影する」


 リーンの合図を受けて、

ノインは瞳の光を一気に強め、正面の白い壁の方へと向ける。

広がった光は、そのまま白い壁に映る画面となった。


「へえ、すごい! こんな事も出来るんだ!」

「便利だよな、これ。こないだ皆で映画見たぜ」

「無駄口を叩くな。リーン殿。続きを」

「……ああ。これがベリオン船内の地図という事になる」


 ともかく。

ノインは光によって映された画面の方へと話を進める。

続けて、机の上の通信機が鳴った。

 

「フェムトです。幾つか補足します。

 この地図はベリオン内、全てを記載したものではありません。

 ベリオンの中枢部……いわば心臓となる精霊機関のあるセクションについては、

 極めて秘匿性の高い情報として扱われており、ここに記載はありません」

「隠されたセクションか……ジストもそこに拘束されている可能性はあるか?」

「可能性はあるかと。

 ジスト隊長が囚われている自体が、トップ・シークレットですから」


 その補足から真っ先に連想されたそれを、フェムトは続けて肯定する。

秘密裏に捕らえられたジスト、深部の重要区画。

関係を考えるのも、当然と言えた。自然と、目指すべき場所は重なっていく。


「その部分が一番怪しいってこと、だよね?」

「ええ。ですが機関部については、場所、アクセス方法についても不明です。

 実際に船内を捜索する他、無いでしょう」

「船内への侵入はどうすれば?」

「甲板からであれば、複数箇所に存在しています。

 また他には甲板下に非常用の脱出口が複数。

 こちらは普段は閉じているため、別途突破の手段が必要になりますが」


 フェムトの説明に合わせて、投影される地図の当該する箇所が光る。

皆それを眺め、あるいは睨みつける。難航することは、十分に予想が出来た。

その中で話を進めるために、真っ先にカタストが口を開いた。


「……作戦は大きく分けて2つか。

 密かに潜むか、正面から全てを破るか!

 ワシなら後者を選ぶがな!!」

「簡単な話じゃない。

 こちらの戦力は不足している。力押しで突破できる確証はない。

 まず取り付くまでの問題もある」


 相変わらず威勢のいい提言に、まず口を出したのはリーンだった。

それに、フェムトの言葉も続いた。


『ベリオンには精霊機関を由来とする兵器が満載されています。

 生半可な船では、射程内に入った瞬間にしてしまうでしょう』


 海上要塞たるベリオン。

フェムトの言葉によって、その脅威が次々と明らかになっていく。

ただの力押しが無謀であることも。

だがそれは、逆の答えを肯定するものでもなかった。

それを、レオが言葉にしていく。


「だが、潜入の場合でもそれは同じじゃないか?

 いずれにせよ、接近は必要だろう?

 確かに我々の潜水艇はあるが……恐らく、海中に対する装備もあるのでは」

『お察しの通りです。対潜、対空共に隙はありません」

「対空……ブラスターズの時みたく、空から行くのも難しいか……

 教授、ミラゲンドと同様に妨害はできませんか?」

『ミラゲンドのように後発で搭載されたシステムと違い、

 火器管制システムについては外部から干渉する経路が発見できませんでした。

 直接対応する他ありません』

「何だよ! ダメダメダメダメばっかじゃんか!」


 会話が進むごとに、考えられる手段が否定されていく。

溜まった鬱憤に、ニーコが叫ぶ。


「簡単に搦手が通じる相手ではない。致し方ないだろう」

「じゃーどーしろってんだよ!

 あれもダメこれもダメってさ!

 やんなきゃダメならやってやろうぜ!!」

「また単純なことを……」

「いや。実のところ、一理ある」

「何?」


 その思いのままに口にしていくニーコ。

だが重なるのは否定ではなく、リーンからの肯定だった。

それもまた、理由はあった。


「我々には盤石な作戦を立てられる時間も、戦力もない。

 どう足掻いても分の悪い賭けにはなる。

 その中でもマシな作戦を選ぶのが、この場の目的だ」


 しかし、その言葉もまた重い。

突破口を探しているのはきっと彼も同じだ。

だがこの状況の悪さが、リーンにその言葉を選ばせる。

空気は、重い。だからこそ、誰もが光明を探していた。

それはリリアも、例外ではない。


「……直接対応ってさ、要するに壊せばいいの?

 私なら壊せないかな? そしたら船で近づけないかな」

「また無茶言って……! 兵器も鋼鉄製よ。

 それに敵のど真ん中、そんな余裕があるとは思えないわ」

 

 出た案は、先々のものと同じようにすぐに阻まれてしまうものではあった。

そうなるのは、リリアだってなんとなく分かっていた。


だから。


「……余裕なんてどこにもないよ、ネル姉!

 それでジストさんを助けられるなら、私、やってみせる!!」

「リリアっ!?」


 リリアは、ここで引かないことを選んだ。

皆が意見を出しては立ち止まる理由も分かっていた。

どこを選んでも危険な橋に他ならない。

そしてそれは、この場の全員を巻き込むものになるのだから。

だからこそ、リリアはこの場で一歩踏み込む役割へと進んだ。


「リリア。俺は無茶を通せと言ったわけじゃない。

 お前にばかり負担を……」

「皆が私を信じて、ここまで来てくれたんだもの!

 私も、私を信じるよ!!」


 皆の選択が間違いじゃないと、自分こそが証明するために。


「……フッ」


 その姿に、ふとにやりと笑みを零したカタスト。

まるで、何かにすごく満足したように。

そして、掛けていた椅子から立ち上がりながらリリアに言葉を向けた。


「この逆境において尚、

 陰ることのないその闘志があるのであれば。

 丁度よいものがあるぞ、少女よ」

「え?」

「お主に再び相まみえることがあれば渡そうと、作っていたものがあるのだ。

 これならば……お主一人で道を阻む兵器を打ち砕けるやもしれぬ!!」


 そう言うと、カタストは持ち込んでいた大きな荷物袋に手を入れて。

すこし探って、取り出して。

それを、机の上へと力強く置いた。


「腕輪?」


 机の上に置かれたのは、真鍮色の腕輪だった。

円と垂直に伸びる棒状の液晶以外には、とりわけ特別な印象もない風貌の。

しかしカタストは自身満々に、その説明を始めていく。

 

「我が発明品、6500号。"星光調律装置ステライト・ハーモナイザー『レギン』"。

 お主の従える精霊達は、お主の意志に沿い力を貸す形で支援すると見ておる。

 これはより具体的なイメージによって、

 明確な形と指向性を持って収束、形成させる装置だ!

 所謂、精霊術のようにな!!」


――


 一方。その巨大な海上要塞の一室にて。


「戻ったぞ。状況はどうだ?」

「レクス隊長」


 ジストとの邂逅を終えたレクスに歩み寄る人影。バストールだ。

隣に立つとそのままレクスと歩調を合わせながら、彼は続ける。


「ゲイルチームが戻りました。

 やはり、あの小娘やリーンなどが迫っているようです。

 ジストの処刑を急ぐべきかと」

「待て。まだ()()()()からの許可が降りていない。

 奴の存在に興味があるのだろう。全く、熱心な方々だ」

「しかし……」


 バストールからの提言に、しかしレクスは首を横に振る。

不服そうな彼を、レクスは更に制す。


「言うな。()()が無ければ、我々も動けん。

 今はあの方々を頼る他ないのだ」

「……」


 そして沈黙の了承を、彼から引き出して。

それを持って、この話題を締めていた。

そして示すように、レクスは別の話題を切り出す。


「……しかし。

 あの片田舎の娘が、ここまで邪魔をしてくるとはな」

「ええ。全く忌々しいことです」


 片田舎の娘。誰を指すのかは、もはや言うまでもなかった。

バストールの言葉には、本心からの恨みが滲む。

アスタリトの地でリリアに直接向けた、あの憎しみが。

だが、レクスはそれを受け入れるように笑う。

そしてそのまま、関係のある話として問うた。


()()はどうした?

 あの小娘には特別な効果が見込めると聞いている」

「前衛のマリアンに渡してあります。

 ……あの気性だ、真っ先に来るはず。必ず、陥れてみせましょう」

「うむ……」


 何某かの、リリアへ対する策。

それを聞いて、しかしレクスは納得、

あるいは満足しないような様子を見せる。


「だが。この場で退けても、また追ってくるとなれば面倒だ。

 ……あの小娘の故郷は押さえていたな?

 適当な傭兵を差し向けろ」

「!」


 それは。かつてジストの仲間として、

人々を守る職として就いていたとは思えぬほどの提言だった。

遂に彼女の足を止める、余りに重い枷を嵌める為の。


「所詮は尻の青いガキだ。親兄弟を抑えれば大人しくもなるだろう。

 人質として使える程度だけ残っていれば構わん。

 我々に歯向かった代償を思い知らせてやれ。手配しておけ」

「……了解しました」


 だが。

レクス同様、バストールももはや躊躇う様子は見せなかった。

倫理にもとる蛮行さえも。

それはその恨みと、あるいは野望の深さを表すかのようであった。


――

 暁の、その直前。

あと僅かで月が落ちるその時間に、

リリアは波打ち際から何も無い海を見つめる。

だが。その先にこそ、大敵が潜むことを知っていた。

この場にいる、全員が。


「いよいよね、リリア」


 そのすぐ近くで。浮かぶ小船の上からネルが声を掛ける。

向けた視線は、どこかもの哀しさを纏うものだった。


「うん、ネル姉」

「……ずっと、貴方はそうね。

 力が強いからって、ずっと危ないとこばっかりで。

 ……でも。今回も、頼るしかない」


 それは、彼女の強さと勇敢さ。あるいは、並ぶ自分の弱さ。

悔いる彼女に、しかしリリアは首を横に振った。


「ううん。頼られっぱなしなんて思ってないよ。

 だってそんな時、いつも一緒に居てくれるじゃない。

 ……さっきだって! だから、私も頑張れるんだもの!」

「……リリア」


 反論。というよりは、彼女の存在の肯定。

それを受け取るネルには、反論からくる驚きとは違う感情が浮かぶ。


「……そうね。あなたが、そう思ってくれるもの」


 まるでその言葉が帰ってくるのが、わかっていたかのように。

微笑みを返すネル。

それは安心、あるいは信頼という色に近く。

だが僅かに違うものでもある。

それを、今は。


「だから、私も私のやる事を全うするわ。

 あなたが、あなたのやる事を成し遂げられるように!」


 それをネルは、彼女を支えるものとした。

意志を示すように、力強く答えるネル。リリアも、深く頷いた。

 

「どうか無事にね、リリア」

「ネル姉も気をつけて!

 ひょっとしたら、私より危ない所なんだし!

 ()()()のチームって……」


 その、ネルの脇から。


「ななな、なによ、リ、りりりりあが一番あぶな……」

「お嬢様! 『リ』が多すぎますわ」


 震えきったアーミィの声が、リリアへと掛けられた。

レオナによるややずれた突っ込みも含めて、リリアは一度苦笑して。

しかしすぐにその色は消える。震えの理由は、聞くまでもなかったからだ。


「レオナさん、アーミィ。

 ごめんね、こんな怖いことに巻き込んじゃって」

「ここ、怖くなんか……っては、い、言えないけど……!

 ……でも、リリアっ!」


 詫びるリリアに、その恐怖を認めながらも。

今の心を表すように、アーミィの語気がぐっと強まる。


「貴方のこと、本当にすごいとずっと思ってるから!

 どんなに怖い相手にも逃げなくて、立ち向かって! 

 そして……絶対に勝つの。ヒーローみたいに!

 私も、貴方みたいになりたいから!!」


 アーミィは語っていく。ここに残った、その理由を。

強く憧憬を抱いた、闇の中で見た一番星への思いを。

それを真っ直ぐに貰って、リリアの顔に再び微笑みが浮かぶ。


「えへへ、ヒーローかぁ……うん」


 同じように、あるいは連なるように。

リリアもまた憧憬を浮かべて、

小船の近くまで歩み寄っていく。


「でも私だって、きっとまだまだだよ。

 だから、一緒に目指そう!」

「……ええ! だから、どうか無事にね、リリア!」

「うんっ!」


 そして。アーミィと共に、ぎゅっと手を握り合った。


「……本当にすごい人ですね、リリアは」

「アカリさんっ!」


 その背中から、またリリアに掛けられる声。

アカリのものだ。振り向いて、微笑む彼女と目が合った。


「遅れました。私もこの組ですね。

 ……本当なら、すぐ近くで貴方の背中を守りたかった。

 でも、それは皆思っていることなのでしょうね」

「私だってそうだよ。

 危ないのは、みんな一緒だもの。

 守れる力があったらいいなって、ずっと思うから」


 アカリの、あるいは皆の思いに、むしろ共感を返すリリア。

その答えにまた、アカリはふっと笑う。あるいは、確かめたように。

そして船に飛び乗ると、刀を抜いて眼の前に構えた。


「……リリア。貴方に敬意を。

 そしてこの刃に誓いましょう。必ず勝利を!

 どうか、皆無事に帰りましょう! ジスト殿も含めて!」

「うん!」


 同じ気持ちであることを表すように、リリアもまた剣を抜いて。

返事とともに、軽く刃を打ち合わせる。

そして言葉を交わした4人、加えてその奥に居るカタストへ再び頷いて。

リリアは大きく振り返る。

その先にはレオ達の潜水艇、そしてノイン、レオ、リーンが立っていた。

歩み寄ってきたリリアへ、まずノインが反応を返した。


「リリア。こちらの準備は整った。いつでも作戦開始可能だ」

「ノイン! あ、そうだっ! 

 ここまで助けに来てくれたの、ノインがきっかけだったよね?

 お礼、言えてなかったや。本当にありがとうっ!」

「礼には及ばない。

 『そう思った』。それを、無視できなかった」


 リリアからの感謝に、ノインはまたその言葉で心をまとめる。

そして、さらに続けた。その『心』をより揺り動かして。


「想起すれば。

 ニーコ共々、お前に連れられたことが全ての始まりだった。

 『心』こそが棄てられた理由でありながら、

 『心』がそれを否定するばかりの、私の。

 ……礼を言うべきは、私かもしれない」

「え、そう? でもどっちかって言うと、それはニーコ……」

「断じて礼など言うものか、奴に。

 どれだけ恩に着せられるか分かったものではない」

「あはは!」


 その心を一番動かす名前に、分かりやすい反応を返す彼に。

リリアはまた笑った。その胸の奥で、尚更思った。


(もっと、自分も皆も好きになってほしいな)


 感情を受け入れて、変わっていく彼に。

もっと、更なる祝福をと。

だからこそ、リリアは更に戦意を高めていた。

勝利によって、そのための時間を彼にあげられるように。

そして。彼らを運ぶことになるであろう潜水艇に目が向く。


「今度はレオ君が運転するんだよね、この潜水艇」

「ああ。しかし私もようやく、君に恩が返せる。

 マイ先生とミーアのこと、そしてカゲツとの仲違いのこと。

 君には、助けられてばっかりだったな」

「そうかな? さっきだって、ジェネの事助けてくれたじゃない!

 だから、私にとっては貸しっぱなしって感じじゃないよ?」

「フフ……そうか。だからこそ、返す価値があるというものだ。

 怪盗シェイドの名に懸けて。救世の英雄、ジスト隊長を頂戴しに征こう!」

「うんっ!」


「……そうだな」


 形式的な決め台詞を持って、レオもまたその意志をリリアに示す。

その隣から、それに同調する言葉が出る。

複雑な感情の篭った目で、リーンが見つめていた。


「誇りに賭けて、ジストは必ず助け出す」

「リーンさんっ」

「……ここを任された理由は分かってる。

 最もジスト救出に近いのが、俺達だ」

「うん。だから、リーンさんにお願いしたの」

「ああ、分かってる」


 リーンは、静かに目を閉じる。

不安と信頼で揺れる瞳を、瞼で押し留めるように。

そして決心と共に、開いた。


「躊躇いになる。もう、役割に異議は言わない。

 一刻も早く、ジストを救出してみせる。

 ……信じるぞ、リリア」

「うんっ!」


 そして、残った信頼に頷いて。リリアはまた歩き出す。

今度は自分の持ち場、海を一望する断崖に向けてだ。

交わした仲間たちとの言葉を抱いて、その先で。


「リリア」


 その彼女に、優しく掛けられる声。

振り向いて、リリアは笑顔を向けて迎える。ジェネだ。

その隣には、ゼニアの姿も。


「ジェネ! 身体は大丈夫?」

「まあ、相変わらず、だな。

 万全だって言いたかったが……ま、足引っ張るよかマシだ。

 こっちでも、()()()()自体は出来たしよ。

 大人しくお留守番してるさ」

「うん。こっちは任せて。

 絶対ジストさんを助けてみせるから!」


 微笑むジェネの顔に浮かぶ、確かな悔しさ。

しかしそれを受け入れる選択を、彼は取ったようだ。

だからこそリリアも、真っ直ぐ頷く。そしてそれに、隣のゼニアも反応した。


「協力すると言っておいて……表に立てないのは、悔しいけど。

 ジェネと()()()のことは、任せておいて。

 誰が襲って来ても、絶対に守るから。

 ……僕たちを、君たちが助けてくれたように」

「……うん! ゼニアくん、ジェネをお願い!」


 彼もまた、自分の持てる役割への悔しさを滲ませていた。

ジェネと、その思いは重なる。だからこそ、強い思いが瞳に宿っていた。

かつての空虚なそれからすれば、見違えるほどに。

それにもリリアは頷いて。そしてまた、自分の道に振り返ろうとして。


「……リリアっ!」


「ジェネ?」


 それを、少し強くなったジェネの声が呼び止めた。

きょとんとして、再び振り返るリリア。

目の合ったジェネの表情は、先程よりもずっと切実になっていた。

言葉を、抑えようとして。

そして、それが叶わなかったように彼は口を開く。


「……もしもの時は。

 もう一回、()()をやろう。俺の身体がどうとか、躊躇うなよ。

 どこに居ても、すっ飛んでってやるから」


 それは。どうしても譲れなかった彼の意地であり、意志だった。

受けたリリアは、しばし無言と無表情で固まって。

その後。ゆっくりとジェネへと歩き出す。その、直ぐ側まで寄って。


「……ていっ」

「いでっ」


 そして。

彼の眉間へ、指を弾いてぶつけた。

そこでようやく、表情に気持ちを写すリリア。

不満というか、文句というか。そうした思いが浮かんでいた。


「みんなが、私に無茶するなって怒る気持ち。

 今、わかったかも」


 リリアは、その気持をそんな言葉で表現する。

つまりは。激しくはないが咎めているのだ。


「っ……」


 ジェネも、分かっていた回答ではあった。

だから、出てしまった分の言葉ごとそのまま飲み込もうとして。

しかし。意地は、それを許さなかった。反射的に、その言葉は出た。


「……じゃあ、俺の気持ちも分かるだろっ!」



 衝動に任せた言葉を自覚して、しまったと顔を上げるジェネ。

だが。対面のリリアが浮かべるのは、不満から続く感情ではなかった。


「……っ」

 

 驚くような、感じ入るような。

その言い回しだからこそ、リリアの心に思いが届いていた。

彼女の顔が、やがて。ゆっくりと笑顔に変わっていく。


「……うん。ありがとう、ジェネ」


 そして満面の笑みと共に、心からの感謝でその思いを受け取った。


「リリア……!」

「信じてるよ。行ってくるね、ジェネ!」

「……ああ!」


 その思いを胸に、リリアは今度こそ振り返る。

更に足を進める中で、胸に新しく着けられた、星を象った小さなバッジを叩く。

そして、バッジに向けて話しかけた。


「フェムトおじさん、聞こえる?

 これから、始めるよ!」


 それは、フェムトへの呼びかけだった。

バッジの機能を表すように、今度は逆にそこからフェムトの声が返ってくる。


『了解しました。

 ではこれより、ベリオンの欺瞞システム「ミラゲンド」の妨害を実行します。

 皆さん、ご武運を』

「うん! フェムトおじさんも、気をつけて!」


 それを通して、フェムトへと合図を送ったリリア。

その後、再びバッジから音がなる。今度は違う人物からの通信だった。


『フフ、どうだ? 

 ワシ特製の多機能小型通信機の具合は?』


 続いたのはカタストだ。ネル達の乗る船の上からの連絡だ。

このバッジは、彼が用意したものだった。

そしてこの場に居る全員が、同じ星を象ったそれを身に着けていた。


「カタストさん! うん、すごくいい!

 ……それに、形も! ごめんね、時間あんまり無かったのに」


 それを称賛するリリア。

どうやら、この星の造形は彼女の希望だったようだ。

しかし申し訳なさそうにするリリアに、カタストはやはり力強く返した。


『気にすることはない! ワシにとっては朝飯前だ!

 それに必要な手間だったというだけよ。

 何故ならば。ヒーローは……カッコよくなければな!!』

「ふふっ、うん!!」

『突入後も随時連絡し援護しよう! お主がこの戦いの鍵だからな!』

「うん! カタストさんも気をつけて!」 


 そんなカタストとの通信を終えると、

リリアはようやく断崖、岬の先端へと到着する。

頷くカゲツと、笑うニーコがそれを迎えていた。


「さて。此度はご一緒することになりましたな、リリア様」

「うん! よろしく、カゲツさん」

「このカゲツ、全霊を持って貴方を護り、そして送り届けましょう。

 怪盗シェイドの名に懸けて」


 レオとの強い繋がりを感じさせる言葉に、信頼を預けてリリアは頷く。

そして、ニーコとも目を合わせて。


「やる気満々だな、リリア! 私も負けねえぜ?」

「ニーコ! お願いね!」

「おう、任せとけ!! どこまでだって飛ばしてやるよ!!

 私だって後から行くからな!!」

「うん! 信じてるよっ!」


 もう、恐れは欠片もなかった。

岬の上から、リリアはまだ何も見えない海を見据える。

そして全員の通信機が鳴る。


『カウントします。

 妨害開始まで、3、2、1……ミラゲンド、ダウンします』


 フェムトからの、合図だ。


「っ、見えた!!」

「でっか! なんだあれ!?」


 彼の言葉に合わせて。

霧が晴れるように、海の真ん中にベリオンの姿が映った。

初めてみたことで、驚きの声も上がる。だが、誰もその威容に飲まれることはなかった。

戦いの始まりを告げるその光景に、一番にカタストが吠えた。


「さあ……開戦の狼煙と行くぞおおッッッ!!!!

 準備はいいか、小悪魔少女っっ!!」

「わわ、わかってるわよっ、そんな大きな声で言わなくてもっ!

 "シェイプシフト"ッ!!」


 彼の大声に嫌味を零しながらも、アーミィがその身体を闇に溶かし変形させていく。

同時に、カタストの操る、ネル、アーミィ、アカリの乗る小船も発進した。

風でも波でもなく、ひとりでに動ける動力によって。

その中でも、彼はさらに叫ぶ。


「よーし、出発だっっ!!

 発明品5051号!!! 拡大幻影投影機マジェスティック・ミラージュ!!!」


 操舵の中で、傍らに設置されたレバーを引くカタスト。

合わせて、黒いもやのようなものが小船を包んでいく。

その結果を待つこと無く、更に彼は反対側のレバーも立て続けに引いた。


「さあ、こちらに釘付けにしてやるわっっ!!!!

 アーンドッッ、発明品5259号!!! 展開式爆裂砲エキスパンション・グレートキャノン!!!!」


 その黒いもやが、あるものを象ったとほぼ同時に。

それに隠された小船から飛び出した大砲が、轟音と共に火を吹いて。

直後。遠く離れたベリオンの艦橋に巨大な爆発を起こした。


――


 暁を迎える直前で。

ベリオン艦内に、大音量の警告が響く。

内部の管制室で、バストールは各部への連絡を取っていた。


「ガスト2だ。何があった……」

『うわああああああああ!!!!』

『こ、攻撃だ! 突然、爆発が……!』


 回線を開いた瞬間に飛び込んでくる悲鳴に、バストールは表情を苛つかせる。

防衛隊のメンバーはともかく、

それ以外の人員はグローリアの文明に馴染みのないものすら居る。

殆ど烏合の衆と言っても差し支えのない集団だ。

それは分かっていたものの、

いざ練度の低さから来る無様を見せつけられると苛つきを感じざるを得なかった。

ともかく。各部の状況と共に、彼は努めて落ち着いた声で返す。


「落ち着け。艦橋へのダメージは殆どない。

 今の一撃は虚仮威しのようなものだ、乗せられ……」

『うわああああああああああああ、何だあれ!!』

『化物だあああああ!! 海の魔物か!? でかすぎるぞ!!』


 しかし彼の意図とは裏腹に、悲鳴は更に混乱を増していく。

どうやら何かを見つけたようだ。

苛つきを押さえながら、バストールは一先ずそれを確認しようとして。


「映像をよこせ! 


 ……なんだ、これは?」

 

 そして。映ったその『化物』に、彼は言葉を失った。


『うわああああああああ!!!』


 恐らく、近い生物で言うと蛇なのだろうが。

気の抜けるような緩い顔をした、ほんわかとした蛇の顔。

そこから、蛇としては短く蜥蜴の首としては長い、

なんとも言えない長さの首、あるいは胴があるだけの生物。

しかし身体は並の商船を何倍も上回るかのような巨体を持って、海上を爆走していた。


(……悪い夢でも見ているのか?)


 この世が現かどうかすら疑ったバストールであるが。

まず一番に考えられるのは、やはりリリア達からの攻撃だ。

眼の前の理解不能な存在をいったんそこに定めて、

彼は冷静に指示を送る。


「……各部火器、ロック解除。

 砲撃を許可する。あの化物を沈めろ」

『了解!』


 火器を担当するのは、

先に悲鳴を上げていたような烏合の衆ではないようだ。

威勢のいい返事から少し経って。ベリオンの各部が唸り出す。

直後、無数の火砲が火を吹き、一斉にその『化物』へと放たれた。


(ふざけた真似を。何が目的だ……?)


 その最中でも。やはりそこに気が向くバストール。

映像の先で砲火の雨を受けながらも、『化物』は平然と動いている。

攻撃を受けた傷が、すぐに塞がっているように見えた。

そしてたまに謎の巨大な火炎弾を放ってくる攻撃性もある。

攻撃用の生物として用意されるのにも頷ける力ではある、が。


(……そうでない、としたら?)


 顔を上げるバストール。

余りに間抜けな姿に、視線を集中してしまっていた事に気づく。

奴が現れてから、どれほど経った?

意識するにつれ、解けかていた集中が急速に引き締まる。


「レーダーを確認しろ! 陽動の可能性がある!

 何か接近する反応は……!」


 それは、戦士としての経験が故の正しい判断と言えた。

だが、もう遅かった。


「……貴様あっ……!!」


 彼の目を留めた、外部を映すカメラの一台。

星というには余りにも近すぎるその距離で、憎きあの光が輝いていた。


――


 その、黒いもやに包まれた小船はというと。


「何じゃあああ!!! 

 こんな腑抜けたシードラゴンがおるかああああああああ!!!」

「悪かったわねっ! 苦手なのよ、形を大きく変えるの!!」


 気の抜ける蛇というか蜥蜴というか。

それは、首から上だけ姿を変えたアーミィのものだった。

大分言いたいところがあるのだろう、

大声で文句を叫ぶカタストにアーミィも反発していた。


「"39番、2式"っ! こんな時に言い合いしない!」

「お嬢様、態度が崩れると看破されてしまいますわ!!」


 二人を諌めるネルとレオナは、自らの術で船に迫る砲撃を防ぐ。

船よりも遥かに巨大な幻影。そして核たるこの船を守る術。

それが、『化物』の生命力の正体だった。


「ぐぬぬ……皆様任せとは……!」

「いずれ白兵戦もある!! 今は力を温存しておけい!!

 ……それに、そろそろ到達するはずだ!!」


 激しい操舵の中、燻るアカリを諌めながらも。

カタストは更に通信機を起動して、呼びかけた。


「聞こえるか、少女、執事よ!」


――


 アーミィのへんてこな海竜が、目の全てを奪ったその隙に。


「うん!

 もう、すぐ近くだよっ!!」


 それは、ニーコが生み出した突風に乗って。

飛行用具を広げたカゲツに抱えられて。

リリアは、既にベリオンのすぐ側まで迫っていた。


「さあ、本番ですぞ。リリア様」

「うんっ!」


 技術によるものだろうか。カゲツが作り出す滑空は、

かつてレオが、ゼニアを救う際に見せたそれを遥かに上回る速度だった。


「な、何だっ!?」


 甲板上の人員が気づく頃には、既に真上と言える距離に居るほどに。

完全に対空砲火の内側へと潜り込んだカゲツは、そのまま大きく旋回する。

狙いとなる、その場所へ向かうために。


『ブリーフィングは覚えているな!!

 左舷中央のレーダーを狙うのだ!!』

「うんっ! あ、あれだっ!」


 カタストが言葉にしたそれを、リリアは見据える。

カゲツも再び加速していく。その一点へ向けて。


『侵入者だ! 叩き落とせっ!』


 だが、不意打ちによる自由もいつまでもは続かない。

突入を防がんと、手持ちの銃器やより内側に設置された機銃から、

大量の対空射撃が二人へと襲いかかる。

それでも尚、カゲツはそれを避け続けていた。だが。


「っ! わっ!?」


 目標たるレーダーに迫る中、遂に彼の操るグライダーの羽が撃ち抜かれる。

安定した揚力を失った羽に、なおも次々と突き刺さる光弾。

その力を失うのは時間の問題だった。


「さあ、リリア嬢。ここから貴方の出番です

 ……道は私が整えましょう!!」

「うんっ!!」


 まだ、慣性で迫るにも遠いと言える距離。

しかしもはや飛ぶ力のないグライダーを、カゲツは手放す。

そのまま抱えていたリリアを、できる限りの慣性を着けて投げ出した。

そして。堕ちていく最中、カゲツは無数の糸を指に挟んで。


「"暗殺技術(アサシンスキル)『六道縛・散』"ッ!」


 次の瞬間。

彼の視界いっぱいに広がるように、無数の鉄糸が伸びていく。

それは、闇雲に放ったものではない。

その全てが、彼の狙い通りの場所へと伸びていた。


「なっ!?」

「なんだこれ、動けねえっ!!」


 それは、リリアの着地点へと迫る者達を縛り上げる縄だ。

迫っていた十数人、全て。彼によってその動きを制されていた。


「リリア様っ!!」

「うんっ、ありがとう!!」


 彼からの激励の声掛けに返しながら。

リリアは慣性と自由落下に身を任せ、目標たるレーダーへ距離を更に詰めていく。

とはいえ、届く距離ではない。

だがリリアの目には諦めも不安もなかった。

自然落下に完全に変わりゆく中、リリアはレーダーの側へと左手を伸ばす。

そこには、カタストが差し出したあの腕輪の姿があった。


 一瞬の呼吸の後。魂と喉を同調させて、リリアが叫ぶ。


「"ステラワイヤー"っ!!!」


 それは、号令だった。

一斉に姿を表した精霊たちが、

左手の腕輪からその先へ伸びるように集まっていく。

普段のそれよりも、ずっと統制の取れた動きで。

線状を成していくそれは、やがて一本の光の縄のように姿を成して。

腕を伸ばしていたその先、レーダーの近くの手すりへと巻き付いた。


「わっ!」


 残った慣性によって、伸び切った反動に揺られるリリア。

だが精霊たちの縄は切れる様子もなく、彼女を繋いでいた。

そして、リリアは光の縄を登り始める。目的地は、すぐそこだった。


――


 時は、少し巻き戻る。

カタストによって、腕輪の説明が成されたときだ。


「……よくわかんない!」


 カタストの説明を聞いて。

しかし、リリアの感想はその言葉が全てだった。

とはいえ彼女の性分から予想は出来ていたようで、

カタストは笑って受け入れる。


「ワハハハハ!!

 そう来ると思っておったわ。

 まあ、案ずるより産むが易し。この場で実演と行こうではないか」

「え、いいの? じゃあ……」


 彼に促されて、リリアは腕輪を手に取る。

カタストが作ったものらしく機械的な動作により開いたそれを、

リリアは左手へとはめ込んだ。

そして改めて、カタストに向き直る。

誇らしそうな顔が、それを迎えた。


「勿論サイズも自動調節機能付きだ!

 たとえ腕のサイズが変わろうと――と、それはよいか。

 この腕輪はあくまで、精霊への指示を仲介するものだ。

 お主のイメージ次第で無数の使い方が出来る!!

 ……だが、体感もしておらぬものを突然使えというのも難しかろう。

 そう思いワシの方で2種類、既に『型』を登録してある」

「型?」

「そうだ! 精霊に命ずる、具現化の形をな!」


 先の説明の後だ。

言葉で伝えることは、もう望んでもいなかった。

カタストはその勢いのまま、その「方法」をリリアに教える。


「『型』はお主の魂に呼応して起動する!!

 こう念じよ!! 1つ目は"ステラワイヤー"!!!」

「え!? えーと……"ステラワイヤー"!

 ……わあッ!?」


 カタストに倣ったリリアの念、あるいは声に呼応して腕輪が輝いて。

直後、精霊たちが腕輪にある棒状の装置へと一斉に集まっていく。

普段リリアに助力するときよりも、ずっと統制の取れた動きで。

それは一本の光の線、鞭とも呼べる姿を形成した。


精霊(みんな)っ……!?」

「うむ! お主の纏う精霊に、一本の光の束を作る号令を下す『型』だ!

 お主に与える力のように、この光は強靭な硬線そのもの!

 万能の鎖であり、鉤縄であり、そして鞭にもなるだろう!!」

「へえ……!」


 相変わらず威勢よく説明するカタスト。

だが今度は実際の事象を目にして、リリアは目を輝かせていた。

それは、常に精霊が側にありながら。

手の届かなかったそれを想起させるものであったからだ。


「ほんとに精霊術みたい!」

「リリアが纏う精霊を、外部から操るなんて……!?」

『映像が見えないが口惜しいですが、驚くべき事象が起きているようですね。

 このような状況で無ければ、是非教えを被りたいところです。カタスト博士』


 驚くのはリリアだけでは無い。

精霊の研究者たるネル、フェムトも大きな衝撃を受けているようだった。

特に幼日よりリリアの事を知っている、というのもあった。


「まあ、ワシのことはどうでもよい」


 しかし。カタストはその賞賛を珍しく切り捨てる。

それは、より重要な情報を話せていないからだった。


「だがそれより、もう一つ!

 それこそが鋼鉄の兵器さえも打ち破る轟撃となるものだ!

 故にこの場では使ってはならぬ!」

「……! うん!」

「よいか、念じる言葉は――」


――


 光の縄を登りきったリリアは、遂に目標であるレーダーを目前に捉える。

この海上要塞の探知を担う機器だけあって、その規模は小さくない。

大きさだけでも、並の一室以上はあるほどのものだ。

だが、リリアは恐れること無く左手を構える。


(ええと、確か……!!)


 心の中で、その言葉を浮かび上がらせるリリア。

それに呼応するように、周囲から急激に精霊たちが姿を表していく。

リリアを包むように渦巻いていた精霊たちだが、

やがて構えた左腕の先へと収束されていく。

集まった光は、まるでそこに星があるかのように光を増していき、そして。

その臨界に達したと同時に、リリアも叫んだ。


 同時に。精霊たちの猛る声も、聞こえた気がした。


「"燦明"っっっっ!!!!!!」


 それを合図に。

集まった光、精霊たちが、伸ばした腕へと爆発するように放たれた。

奔流であるかも、爆発であるかも定かではない。

ただただ強烈な、光の烈撃。その放つ光が、辺り一帯を眩く照らす。

そして、眩さが収まった時。


「……!」


 レーダーは、完全に粉々に砕け散ってしまっていた。

それどころか、リリアの反対側にあった壁まで打ち砕いてしまっていた。


(凄い……!!)


 リリア自身、

予想を超えた破壊力に驚きを禁じ得なかった。

これを自らが行ったということに、戦慄する思いもあった。


(……でも!!)


 だが。

間違いなくこの力は、強大な敵から彼を救う為の大きな武器になる。

何より、戦いはまだ始まったばかりだ。

この攻撃は、その最初の条件に過ぎないのだから。


「……ジストさんを、助けるよっ!!」


 自らを鼓舞するように、リリアはそれを叫んだ。


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