29話 燃える星々-9 繋ぐ光
「終わらせるわっ! 兄さんっ!」
「ああっ!!」
エリスの合図にモースも反応して、二人は手のひらを同時にリリア達へと向ける。
二人の手を纏めるように黒い霧が包んで。そして渦を巻くように、その一点へと圧縮されていく。
禍々しく、重く収束していくそれは、彼らの膨れ上がった敵意を表すかのようだった。
そして、それは間もなく臨界に達する。
『"エグスブレイザー"!』
重なった二人の号令が響くと同時に。
圧縮されていた黒い霧が、堰を切って弾けるように撃ち出された。
黒い霧が成すそれは、今までのような蔦や衝撃波という言葉では到底表せるものではない。
もはや奔流とも言える規模となったそれが、リリアに、ジェネに襲いかかる。
「させるかっ! "吹き荒べ"ッ!」
逆に一歩踏み出して、ジェネは精霊術を唱えて対抗する。
突き出した左腕の先から、その号令に応えて生成されていく竜巻。
それは今のジェネの身体のように、輝く精霊たちの混じる黄金の風の姿をしていた。
だが撃ち出されたそれは、黒い霧の奔流と比べれば余りにも弱小にも思える勢力だ。しかし。
「……なっ!?」
「うおおおおおおおおおおおおっっ!!」
ずっと小さな黄金の竜巻が、黒き奔流へと激突する。
しかしそれは飲み込まれる事無く、寧ろ濁流のようなそれを押し留めてさえいた。
風と化した精霊たちを、金色に輝く精霊たちが助力する。
それは、まるでリリアの姿であるかのようだった。
更に猛るジェネの咆哮に呼応して、竜巻は更に力を増していく。
そして黒い霧を裂いて、竜巻は兄妹の眼の前まで到達していた。
「きゃあッッ!? っ、兄さん!」
「うわあッッ!!」
それに反応してか、足元から立ち上った黒い霧がエリスを守る。
だがその庇護から外れたモースの身体は、竜巻に巻き込まれて打ち上げられていく。
離れた兄を案じるエリス、だが今、状況はそれを許さなかった。
視界にずっと眩い光が見えた時には、もう対応するには遅かった。
「"ステラドライブ"っっ!」
「ぐ、ううっ!!?」
リリアの重い剣撃、それを咄嗟に刃で受け止める。
だが、咄嗟の姿勢では受け切ることは出来なかった。
大きく弾かれる形で、エリスの身体が屋内側へと叩き込まれる。
なおもその方向へ構えるリリア。その目的は明らかだ。
壁面の上部に着地していたモースが、それを見逃すこともなかった。
「ぐっ、エリスっ!」
すぐにそこから跳び立つモース。
そのまま、リリアの立つ一点へと向けて剣を振り下ろす。
屋内へ集中していたリリアへ奇襲を掛ける形だ。
「させるかっ!」
しかしその刃も、リリアに届くことはなかった。
ジェネの持つ巨大な光剣が、彼の両手剣を受け止める。
先の鍔迫り合いを繰り返すような光景だ。
「ジェネっ! お前っ……!」
「おおおおっ!!」
「くっ!」
力の比べ合いでは先と同じ結果になると踏んで、モースは剣を弾くと共に飛び退き、身体を大きく翻す。
位置関係では屋内に飛ばされたエリス、屋外の更に外側に着地したモースと分断した形になった。
そして二人に挟まれる形となった、リリアとジェネ。それぞれの相手を見据えて、背中を合わせた。
「ジェネっ、ありがとっ!」
「お前のおかげだよっ! ずっとずっと、精霊たちが俺に力をくれてる……負ける気がしねえぜ!
モースは任せな、絶対に勝ってやる! それよりリリア、お前は……」
リリアに心配を向けた途端。彼の背後、リリアの正面から更に爆発のような音が響く。
誰が起こしたものであるかは、もはや言うまでもない。
リリアへの思いもあって振り向こうとした彼を、リリアの手が制した。
「大丈夫。エリスさんは任せて。
……信じてるよっ、ジェネっ!」
「……ああっ!!」
その手と言葉で、ジェネは振り向くのを止める。
彼女がそうしてくれるように、自分もリリアを信じると決心して。
激励と僅かな信頼を込めた手の甲を、リリアの小さな手に打ち付ける。
それを最後にして、意識を眼の前に、モースに向けた。
(ジェネ……ありがとう)
触れた手の甲の熱は、眼の前の彼女たちに向き合う勇気となって。
リリアは歩みだしつつ、眼の前に広がっていく闇を見つめていた。
「さっきから、ずっと、ずっと……!!」
砕けた壁の中心で、怨嗟の声を上げるエリス。
思えば彼女の様子は、ジェネが現れてから急変していた。
あるいは、リリアとジェネの関係を目の当たりにしたが故か。
その憎しみを表すように、その足元から止め処なく黒い霧が溢れ出ていた。
「もう、憎らしくてたまらない……っ!!」
リリアと再び視線の重なるエリス。彼女の目は今はもう、憎しみだけが埋め尽くしていた。
いや。もはや"鉄の悪魔"としての鎧さえもほとんど覆い隠すほどに、黒い霧が彼女を包んでいた。
屋内のこの一室、その天井まで埋め尽くすほどの深い闇。その所々に、赤黒く輝く精霊の姿が見える。
憎しみが、怒りがそれを増幅させていることは明らかだった。
「う、ぐおっ、ぐおおおおおおおッッ……!?」
「っ!? おいモース、大丈夫か……」
彼女の様子が影響を与えたか、真反対のモースが苦しみだす。
彼が纏う黒い霧も、エリスの能力が所以だと言うことを思えば当然でもあった。
かがみ込む彼を、思わず案じるジェネ、しかし。
「……うおらあっ!」
「ぐうっ!?」
僅かに警戒の解けた彼を急襲するように、モースが乱暴に剣を振るう。
騙しうちのつもりではない。本当の苦悶の中で振るった一撃だった。
間一髪でそれを躱したジェネを、更に敵意を込めて睨んで。そして叫ぶ。
「今更敵の心配なんかしてんじゃねえ、ジェネっ!
この痛みが、オレとエリスの繋がりなんだッッ! 誰にも邪魔はさせねえ、誰にも、誰にもなッッ!
オラアアアッッ!!」
「ぐ、うおっ!!」
苦痛に震える彼の身体に、黒い霧が侵食するように入り込んでいく。
その苦痛を乗り越えんとする叫びでもあった。その様子は、痛々しささえ感じさせるもので。
語る言葉はどこか、ジェネには悲痛なようにさえ聞こえていた。
だがその猛りのままに繰り出された一撃は、先程のものよりもずっと重くて。
しかしジェネは光剣でそれを受け止めて、それに反論するように叫ぶ。
「それが、『兄貴』のやり方かよっ!!」
「なんとでも言いやがれッ! オレはもう、エリスを裏切らねえッッ!!!」
語気と共に、更に剣に掛ける力も増していくモース。
先は簡単に弾けた剣は今、完全に拮抗した鍔迫り合いとなっていた。
その中でジェネは、先のリリアの言葉を思い出していく。
(……そういう事なんだな、リリア。『止める』ってのは)
悲痛にさえ思える彼の様子。ジェネもまた、それを切り捨てることを良しと思わなかった。
彼らの身の上話については、ジェネは聞いていない。推察の材料はモースの言葉だけだ。
だが、そんな難しい理屈と経緯の話ではなかった。
兄としてこの破滅的な姿を受け入れる彼を、見過ごすことができなかった。
「ジェネッ! お前たちの世直しごっこもッ、お前との縁も!! これで終わりだッッ!!」
「終わらせねえよ、お前たちも! リリアの未来もっっ!!」
燃える命と、魂と。そのぶつかり合う声と剣戟を背後に。
リリアは真っ直ぐに、闇の中心部であるエリスを見つめる。
畏れも、怒りもない。輝く金色の、真っ直ぐな瞳で。
「……エリスさん」
「兄さんは負けないわ。貴方の大事なお兄さん代わりだって、すぐに殺しちゃう。
こんなに、こんなにあなた達が憎いんだもの。腹が立つんだもの。
……どうして、そんなに笑いあっていられるのッッ!!?」
エリスの猛る言葉と共に、黒い霧の触手が数本リリアへと伸びていく。
これまで違い、赤黒い精霊の混じったもの。
それがリリアの身体に与える効果を思えば、その全てが致命的な一撃であると言える。
跳ね上がる緊張感。リリアの瞳が鋭くなると同時に、握る直剣が精霊たちによって輝いた。
「はあっ!!」
一瞬のうちに、振り返しまで行われた剣閃。
それは迫る黒い触手を、一瞬のうちに全て切り払っていた。
繋がった金色の剣の軌跡が、その動作を後から物語る。
一呼吸の後。今度は逆に、リリアが叫ぶ。
「……そう思うのなら。わかってるじゃない、今が間違いだってっ!」
「うるさいうるさいうるさいッッ!! もう黙って、死んでッッ!!」
なおも今の在り方に異議を唱えられ、エリスは更なる激昂を重ねて。
部屋を埋め始めていた黒い霧が、その怒りを表すように脈動する。
「これで終わりよッ!! "エグスゲイト"ッッ!!!」
そして、爆発するように広がった。
精霊に纏われ輝くリリア、それ以外の全ての光を奪い去るように。
「はっ……!?」
一瞬にして、彼女の力に飲み込まれた形になったリリア。
周囲を包む闇は、一瞬にして身体を蝕む赤黒い精霊を含むものだ。
精霊が照らす自分の身体以外、何も見えないこの状況。視界を奪われたにも等しい。
まさに、絶体絶命と言える状況に一瞬で追い込まれていた。
それが、わからない訳ではなかった。揺れそうになる心を、強く脚を踏みしめて堪える。
「……負けないっ!!」
その心を自分で鼓舞して、リリアは剣を構えて走り出す。
向かう先にこの闇の終わりがあるかすらわからない、それでも。
『……死ねッッ!!』
「わっ……あぐっ!?」
幻聴かも実際の音かも分からない、ただ敵意だけが込められた声を聴いて。
直後。頭上から黒い霧の大棘が伸びる。
身体に纏う精霊がその盾になった時間で、間一髪その直撃を避けるリリア。
だがそれを受けた精霊達が赤黒く変色、あるいは侵食されていく様子が見えて。
更なる危機感を抑え込んで、リリアは更に走る、が。
『死ねッ! 死ねッッ!! 何もかもっ、無くなれッッ!!』
「うッ、ぐううッッ!!」
何度も何度も不可視の中から伸びていく大棘が、リリアを、そして纏う精霊たちを苛んでいく。
棘が伸びる度に精霊たちは目減りしていき、抑えきれなかった棘がリリアの肌を裂いた。
精霊たちの決死の挺身もあってその傷は深くはない。
だが、棘が含む赤黒い精霊はリリアを苛む力がある。広がっていく苦痛は、リリアの脚を鈍らせていく。
そして赤黒い精霊の作る世界であるからだろうか。リリアの纏う精霊は減る一方で、再び現れることがなかった。
「あうッッ、がッうッッ!? う、ぐっ……」
そして更に深くなる闇の世界の中、何かに脚を引っ掛けてしまうリリア。
地面の場所すら分からないこの世界では、受け身を取ることも出来ずに身を打ってしまう。
そして何より。普段彼女を守る精霊たちは、もはや悲しいほどに僅かにしか残っていなかった。
全身を守ることなど、到底叶いはしなかった。
「い、たっ……た、立たなッ、きゃ……!」
言語化は、少しでも心を奮い立たせるためのものだ。
次の黒い棘は間違いなく、自分を貫くだろう。痛みに震える時間などない。
それはわかっていても、苦痛に苛まれる身体では軽快な動きなど出来なかった。
助力を行う精霊さえ、もうごく僅かしか居ないのだから。
ともかく、いつ次の黒い棘が現れるかも分からない。尊き思いを塗りつぶす、死の恐怖が心に浮かび上がって。
震えそうになる口を噛み締めて。無理に閉じたら、次は瞳が揺れた。
(だめっ、負けちゃだめっ、だめっ……!)
その心持ちを否定しても、もう収まらなかった。
何も見えない世界。視界が潤んでも、もはや分かりもしない。
乱れていく心の中。
――涙なんて流してんじゃない、自分から目を潰してどうする!
その心を、脳裏に走った言葉が叱責した。
「はっ!?」
まるで走馬灯のように、思い出した。少し前のギルダの言葉だ。
走馬灯と言ってもその一瞬だけ切り取ったような、しかしやけにはっきりした不思議な回想だった。
何故今になって、何故彼女の声なのかは、全くわからない。
それが特異なものであるからだろうか。それは、更なる想起を呼び起こす。
(何か、聞こえる……?)
続くのは、自分の中から響く何かの音だった。
意識を向けてわかる。それは言葉だった。
初めて聞く声ではない。何度か心に現れた、あの女性の声だった。
――受け取って。
「――っ!?」
言葉を意識すると共に、リリアの脳内にまた不思議な感覚が走る。
それは、追体験というには朧げな光景だった。
この地の戦いで何度か体験したものとも、ずっと違う感覚。
その時リリアの頭に突然、記憶の形をして現れたというのが正しかった。
そして走馬灯のように、その光景は現実を置きざりにする速さで再生され始める。
――
(……ここは?)
それは穏やかな空気の、晴れた日の下。
なにかの修練場だろうか。傷ついたかかしが中心に立てられた小さな広場だ。
そこを歩く誰かの視線に、リリアは今重なっていた。
その最中、視界が傾く。その脇で佇む少女へ、この視界の持ち主が声を掛けた。
「お疲れ様。どうだった? 先生との手合わせは?」
「……全く相手になりませんでした。学長が、あんなに強いだなんて」
返された声は、言葉自体が表すように沈んだものだ。
話からして視線の先のこの少女が誰かに仕合を挑み、そして敗れたということは分かった。
だがリリアの意識はそこには無かった。それ以上に、この少女の顔がその意識の全てを引いていた。
(……エレナ!?)
古い英雄であるエレナだ。詳細な肖像までは残っていない。
だから、リリアが重ねたのは史書に残る肖像ではない。
かつて夢現に見た、紡ぐ剣閃を操る少女の顔だった。僅かに幼く見えるが、確かにあのエレナと確信した少女と同じ顔だった。
「あはは、そりゃそうだよね」
「せっかく先生の一番弟子として紹介してもらったのに……ボク、情けなくて。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。相手が先生じゃ、誰だってそうなるもの。
それに……先生があの技まで見せるなんて、手合わせじゃそうそうないわ。認められた証よ」
(先生……この人が、エレナの先生? って、この声……! それに……)
驚きに包まれる中、会話の内容にも耳を傾けて。
慰め、あるいは称賛となる言葉の中。先生という同じ言葉が、二人を指していることを悟る。
一人はこの視点の持ち主である、エレナの師と思われる女性。もう一つは学長と呼ばれた、この女性の更なる師であろう存在。
ここでリリアの意識が止まったのは、この女性の声だった。この声は、先程闇の中で響いたあの声と同じだった。
驚きに、困惑も加わって。理解をする時間もなく、会話は進んでいく。
「ボク、先生に剣を教わって、とても強くなって。
きっとこれなら、どんな相手にも負けないって思ってて……でも、まだこんなに遠いなんて」
視線の先のエレナは、どうやらその敗北がかなり堪えたようで。
その語気、様子、全てが意気消沈と言える状態だった。
そんな彼女に、この視線の持ち主は笑う。自分の笑顔は見えはしないが、何かがリリアにそれを伝えていた。
「……烈日」
「え?」
「太陽のこと。私は、先生のことをそう思ってるんだ。
何より強くて大きい、全てを燃やし尽くす苛烈な紅き烈日。
でも、どんなに深い闇すらも照らす、何よりも明るい光を放つ太陽。それが先生」
語っていく、この女性のものだろうか。
諦め、哀しみ。そしてそれらを包み込む憧れ、そして愛情。とても複雑な思いが、リリアの胸に去来する。
だが言葉としては、突飛もないもので。ぽかんとしたエレナに、この女性は続ける。
「……でもね。知ってる? 太陽って、ずっと遠くにあるんだって。
本当は、見えているよりもずっとずっと、大きなものなの。
空に見える太陽や月、星はみんなそうなんだって。
そしてね。小さな星は、もしかしたら太陽よりも大きいかもしないって」
「……それって……」
抽象的な、天体の話。
だがそれが励ましの意図であることに、話が進むごとに気づいていくエレナ。
そして、視界を重ねているリリア。
その持ち主が、すこし顔が明るくなったエレナを優しく撫でる。
「見えてる距離だけが、全てじゃないよ。
私達は、本当はその烈日にすら届くかもしれない。
私は、太陽と並ぶ小さな月でいいって思ってしまったけれど。
あなたは小さく見えても、ずっと強く輝く星になるかもしれないから」
(この人……エレナのこと、大好きなんだね)
彼女のことを肯定的に口にする度に、心が温まるのを感じる。
どうやらこの師はエレナの事をとても愛し、そしてその力を信じているようだった。
その立ち位置は真逆であるが、リリアはそれに親近感のようなものを覚える。
「星……」
呆然とその言葉を受けていたエレナ。だが突然、その瞳が揺れる。
それを切っ掛けに、彼女の様子が様変わりする。
失意に沈んでいた瞳は、一瞬で輝きを取り戻して。続く言葉の声色も、ずっと明るかった。
「星と言えば。夜空を埋める星座は、太陽よりも大きいですね」
「うん?」
「小さく遠い輝きでも……ずっと紡げば、太陽だって超えられるかもしれない。ボクだって」
この女性の言葉から、何かを得たのだろうか。
彼女はこの修練場の中心、かかしの方へと歩みだす。
後腰に下げていた木剣も抜刀して、そして一度振り向いて笑った。
「先生。見ててください」
その剣先が、光を反射しない木剣の切っ先が、青く輝く。
輝きは点々と、振るわれる剣先に続く。その光のそれぞれが、星座を表すように細い光で繋がっていて。
そして。彼女の剣技が始まった。
「……っ!?」
視線の持ち主の驚きが、胸に広がる。
それは、長い長い剣戟の流れだった。だが、異質であるのもひと目でわかった。
彼女が攻撃を重ねるごとに。紡ぐ輝きを、星座のように繋げるほどに。
小さな彼女の一撃は、どんどんと力を増していく。
そして何より。一撃の重さは増えていくばかりで、どこまで行っても衰えることがなかった。
振るう剣閃全てが前触れで、同時に全てが真打の一撃であるかのように。
(この技っ……!!)
そしてリリアは思わず、言葉を失っていた。
この流麗で貴い剣閃は、それだけでも目を奪うものであるが、それ以上に。
リリアは、この技を知っていた。そして勿論、自らの目でそれを見るのはこれが初めてだった。
「せやっ!!!」
そして目を見開いたその先で、紡いだ剣閃によって、かかしがその足元の地面ごと剣圧によって爆散する。
そこで、彼女はその剣を止めた。紡ぐ星の剣閃。終わってみれば、心に浮かぶのは感動ばかりだった。
「すごい! ちょっと話しただけで、こんな技を編み出すなんて!」
「えへへ、先生のおかげですっ。さっきの話だってそうだし……
それに学長の一番の得意技を見て、思いついたものですから」
「え?」
「誰にも阻むことのできない、強く明るい烈日。確かにそれが、学長の剣でした。
それは今は遠くて、届かないとしても……剣閃を紡いでいけば。
太陽よりも大きな、星座を結ぶことができれば、って。
だからこれはボクなりに、学長の技を沿ったものなんです」
「先生を、超える……」
彼女の言葉は、先の話に準えたような天体の、しかしこれも抽象的な話だった。
だが、リリアは感じる。それが、胸の中に強く熱いものを生んでいた。
その理屈ではない。その心が、この女性の心を打っていた。
突然、視界の中でぐっとエレナとの距離が縮まる。この女性がエレナを抱きしめていたのだ。
「わっ、先生っ!?」
「すごいよ、エレナ!
……私には、思うことすら出来なかったもの。
あの烈日を超えるほどの光になろう、なんて」
彼女を褒め称える言葉に混じる、仄かな自嘲。
熱い胸の中だからこそやけに目立って、リリアにもその存在を気づかせていた。
(悲しいのかな。いや……なんだろう……?)
胸に押し込まれるその感情は、少女であるリリアが理解するにはあまりに複雑で。
この女性の気持ちを完全に推し量れないことに、少し寂しさも感じていた。
思いのほうが気を引いて、眼の前の少女がエレナと呼ばれていたことに気が向かないほどに。
とはいえ、半ば確信はしていたことではあった。
先の剣閃こそが、彼女がエレナ本人である何よりの証なのだから。
その最中。強く抱いていた腕が解ける。少し照れているエレナに、女性はまた笑って言った。
「……それじゃあ、私が名付けてもいい?」
「え?」
「先生のあの技もね、私が名付けたんだよ。
……まあ、先生は技に銘を付けたがらなかったってだけなんだけど。
付けたほうがかっこいいのに」
すこし悪戯っぽく、しかし確かな愛情と共にかの『学長』のことを語って。
ともかく突飛な確認の意図を知って、エレナは笑顔と共に返した。
「それじゃあ、お願いします! それに恥じないぐらい、ボクもこの技を磨き上げますから!」
「えへへ、ありがとう。それじゃあ……先生の技と、私の技。
それに連なる系譜としての、貴方の輝く星を紡ぐ剣技。
そうね……」
女性が口にする前に、リリアはわかっていた。
この技にどんな銘が付けられるのか。どんな銘で、この技が伝わっているのか。
今もまだ素性の分からないこの女性と、同じ単語が心の中で重なった。
『"アステリアドライブ"!』
――
それはリリアの道を照らした、導きの剣閃の銘だった。
「ーっ!」
どれぐらい経ったかもわからない。だが、急に意識がはっきりする。
アステリアドライブ。伝説に残る、彼女の紡ぐ剣技の銘。
リリアだって知らないわけがなかった。自分の得意技もこの技を由来としていた。
(剣は……まだ、握ってる!)
だが今。その実物を、夢現ながら確かな記憶として見て。
その解像度が、ずっと上がる。それは技術としての話ではない。
どういった気持ちが、その剣閃にあったのかを。
その銘を名付けた者が、その剣閃に何を見たのかを。だから。
――真似するだけじゃ、終わっちゃいけない!
足元もうまく見えない中。痛みが全身を苛む中。リリアは再び立ち上がる。
エレナはその技に誓いを立てた。烈日さえも超えてみせると。
だから今僅かな希望に縋るように、ただ見えた剣閃を真似すること。
それは違っていると思った。その誓いこそが、この技の正体だと思った。
リリアは再び、剣を構える。
もう僅かしか居ない精霊たちが、立ち上がった彼女の周囲へと浮かぶ。悲しいほどに疎らな、小さな光だ。
もはや光源としての役割も果たせない中、黒い棘がそこへ迫っていた。
残った僅かな精霊、そしてリリアの命を貫くために。
その中でリリアは、その残った精霊たちに語りかける。
(みんな、ごめんね。こんなにバラバラになるまで、ずっと守ってくれたのに)
もうどれほどまで残されているか分からない、生の時間。
リリアは、続く言葉だけを口にした。
「今度は、私の番。……繋ぐよ、みんなをっっ!!」
浮かぶ精霊、そのひと粒へ。リリアはその切っ先を突き出す。
剣先は、精霊をかき消すことは無かった。寧ろ力を与えるかのように、その光がずっと大きくなる。
間髪入れずにリリアは剣を振り抜く。その先には、また小さな精霊があった。
その精霊もまた輝きを増して、その瞬間。
「せやあっ!!!」
闇の世界を切り裂くように、その2つを結ぶ軌跡が激しく輝いた。
現れる黄金の輝き。精霊たちがリリアを助けんと、その軌跡から溢れ出していく。
それは向かい来る黒い棘を、粉々になるほどに打ち砕いた。
「まだっ……!」
そしてそれは、真打の一撃であり、前触れでもあった。
リリアは剣を止めることなく、周囲の精霊たちをなぞるように剣閃を繋いでいく。
その軌跡も、また強く強く輝いて。闇の世界を照らし返すように、無数の精霊たちが姿を現した。
その中で目立つ、砕けた棘から現れた赤黒い精霊。リリアはそこにも剣閃を走らせる。
それは、その精霊を切り裂くものではなかった。
剣閃に触れた赤黒い精霊は、まるで浄化されるように黄金の輝きを取り戻していく。
「……っ!!」
その光景に、リリアは強く熱い思いを覚える。
エレナの思いを理解したその先に、暴走させられる精霊を逆に繋ぎ止める術を見つけたことに。
剣閃を繋ぐ中、リリアは思いのままを叫ぶ。
「エレナっっ!! 貴方のこと、好きになってよかったっ!!!」
繰り返される、繋いでいく光の剣閃。
伸びる黒き棘はいずれもその光に阻まれ、砕かれ。
そして輝く精霊として、更に彼女の光へと加わって。やがて、闇の世界を逆に光で埋め尽くしていく。
それは、繋ぐ光の剣。
繋いだ光の軌跡すらも輝いて、闇の世界を照らし出す、巨大な輝きを作り出す剣。
いつか見た烈日さえも超える。その誓いを継いだ少女の剣だった。
「"ルクスドライブ"っっっ!!!」
更なる一閃。
その一撃で遂に限界に達した光が、精霊達が。
破裂させるように、闇の世界を打ち破る。
「そんなっ!? あの中で、まだっ……!?」
再び現実の世界に現れる、無数の精霊を纏うリリア。
内部の彼女の状態を、どこまで知っていただろうか。再会したエリスの顔は、驚愕で染まっていた。
「なんだとっ!? っ、うおっ!?」
「信じてたぜ、リリアっ! 負けないってな!」
彼女の技が破られたのを悟った、モースも。
確かな動揺が見えた彼に、逆に威勢を増したジェネが畳み掛けていく。
視界の端に見えた光景に、心配していないと言えば嘘だった。
だが信じたままの結果を、リリアはまたも現実のものにしていた。
「……零さない」
もう一度、エリスを見据えるリリア。
彼女の姿に何を思ったか、ゆっくりと目を閉じて。そして見開いた。
「エリスさんも、モースさんも。零さないよっ、絶対にっっ!」
――
視点は、屋外の高台へと移る。ジェネとモースもまた渡り合っていた。
その旗色は、少し変わりつつあって。
「もう、ほっといてくれ! オレ達に、救いなんかありゃしないんだっ!
オレが、オレが間違えたからっ……!
"闘技技巧・『パウンド』"ッッ!」
「うおおっ!?」
エリスと似たように、自棄的な言葉ばかりを口にするモース。
だがそれとは裏腹に、使う技の圧力は増していく一方だった。
それは彼の底力か、それとも身体を冒していく黒い霧がそうさせているのか。
いずれにせよ一度は大きく押していたジェネの身体が、大きく後退する。
「……そんなに眩しいかよっ!? そうだろうよっ!
リリアの前で、大事な事から目が反らせるもんかっ! どんなに苦しいことでもな!」
「うるせえ! ほっとけって言ってるだろうがっ!!」
怒りと共に更に迫るモースの振り下ろしを、精霊の光剣で受け止める。
人よりも体格で大きく勝る龍人、そのアドバンテージを帳消しにするほどに込められた力。
今この場でジェネを支えるのは、燃える魂、あるいは根性といったものだった。
「本当にないのか!? もう向き合えねえって思ってるだけじゃねえのか!
自分から破滅に向かってく妹に従うのが、ほんとに兄貴でいいのか!?」
「それしかねえんだっ!! オレが兄貴でいられるのはッ!」
ジェネの言葉は、むしろ妹と共に破滅に身を投げ出していく彼を諌めるようなもので。
しかしそれを、あえて耳を塞ぐようにモースは切り捨てていく。
そのまま打ち込んだ剣を支えに再び高跳びして、再び黒い霧を纏わせた剣を振り上げる。
「終わりだ、ジェネ! "闘技技巧・『ブレイクバーン』"ッッ!」
そして黒く、巨大な刀身となったそれを、落下の勢いのままに振り下ろすモース。
ジェネの言葉への拒絶を示すような、黒い感情。この戦いを終わらせるための敵意の塊だ。
だがジェネももう、一歩も引かなかった。
彼を苛むその感情こそ。自分が、向き合うべきものだと分かったから。
「本当にそうかよ! 本当に怖いのは、お前で……俺たちなんじゃないかっ!?」
「何っ!?」
握った光剣がその輝きを増して。
それは黒い大剣の一撃を、潰されること無く受け止める。
逆に逃げることも出来なくなったモースに、ジェネは続ける。魂、その強度の比べ合いのように。
「信頼されなくなること、疑われることっ!
大事で、大切なやつにそう思われるのは……耐えられないほど、苦しいだろ!?
でも……そうなった方が、ずっと辛いんだろうがっ!
だってのに、俺たちから逃げてどうすんだっ!!」
思いを口にするほどに、光剣の輝きは増していって。
遂には剣を振るい、叩きつけられた刀身を弾き返した。
「なあ、モースっ!」
振るった勢いのままに、ジェネは大きく身体を回す。
それは、見様見真似でしかないものではあった。
剣術を修めたわけでもない彼の動きは拙く、磨き上げられた技術は存在していない。
それでも。心に照らすその光こそが、光を纏うその少女こそが。彼の導きなのだから。
「ジェネっ……」
「目ぇ覚ませっ!! "ヴァールドライブ"ッッ!!!」
剣を弾かれ、致命の隙を見せていたモース。
その体に、ジェネは回転の勢いのまま光剣を叩きつけた。
思いが精霊たちに通じたのだろうか、それは切断ではなく圧力として、モースの身体を大きく吹き飛ばす。
「があああああああぁッッ……!!」
モースのの身体は、高台から落ちるその直前で止まる。
光剣の衝撃によってか。彼の相棒であった両手剣はその手を離れ、中心から2つに折れてしまっていた。
身体を纏う黒い霧が、引いていく。彼の体力が尽きたことを、表すのだろうか。
「はぁ、はぁ……生きてる、よなっ、モース!!」
渾身の攻撃に、ジェネも肩で息をしつつ倒れた彼へと歩み寄っていく。
激戦による消耗は、彼もまた同じだった。
そんな彼を、モースはなんとか顔を上げて見返す。
「……ジェネ……オレは……」
「安心したぜ。お前にはまだ、やらなきゃいけねえことがあるからな」
「……エリス……」
改めて向けられたジェネの笑顔と言葉に、彼はまた懺悔するように顔を伏せる。
それは、ジェネの言葉が心に届いた証だろうか。
剣戟の音が止み、静かになった世界で。ジェネは友の懺悔に付き合うように、ただ押し黙っていた。
だがその時間は、長く続かなかった。
「うおっ!?」
突如響いた爆音。
音の方に振り向けば、闘技場の内壁が弾け飛ぶ光景が目に映った。
リリア達の居た方の壁だ。そこに、二人して目を凝らして。
「な……あっっ!?」
そして。見えた光景が、その瞳から穏やかさを全て奪い取ってしまった。
――
ジェネとモースの決着。その少し前にだけ、時は巻き戻って。
繋ぐ光剣は、なおも続いて。
刀身から伸びる輝く光の軌跡と共に、リリアは再びエリスへと駆け出す。
彼女の様子についてはまだ理解が及んでいないエリスだが、その姿を見て戦闘を再開する。
「また偉そうにっ! 要らないわ、半端な希望なんて!! "ヘルド・スティグマ"ッッ!!」
そして即座に右腕の刃を振るい、刀身から黒い衝撃波を撃ち出す。
赤黒い精霊を纏う、先程までは致命の一撃となっていた技。
だがリリアはもう避ける様子すら見せなかった。繋いでいく剣閃、その最中で衝撃波を両断する。
その結果は、闇の世界で見た時と同じだった。赤黒い精霊が、輝く黄金の姿を取り戻していく。
「そんなっ!?」
「希望なんじゃない、やっぱり! 置いていかないよ、エリスさん!」
「うるさいっ! 偉そうにものばっかり言わないで!
明るい世界しか見たことないくせにっ! "ヘルド・スティグマ・レヴーニア"!!」
脚を止めること無く近づいたリリアに、今度は漆黒を纏う刃が襲いかかる。
それもまたリリアは流れを止める事なく、その勢いのままに剣で迎え撃つ。
触れた途端に分かった。もはや鍔迫り合いすら発生しないほどに、圧倒的な力でエリスの刃が弾かれる。
「うぐっ!?」
「……でも、エリスさんにもあるんでしょ!!
大事だって言ってたあの時間が、何よりも明るい世界だったんでしょ!?
もう戻れないって言ってっ、なんでもっと離れようとしちゃうの!!
エリスさんもモースさんも、まだずっと近くに居るじゃない!!」
「戻れるのなら戻りたいわっ! でも出来ないわよっ!! 兄さんはあの世界が大事じゃなかったもの!
……もう、こんなに何もかも怖いものっっ!!
"エグススカリア"ッッッ!!!」
この至近距離で、凄まじい規模の黒い霧が濁流のように現れる。
何もかもを拒絶して押し流そうとする、彼女の臆病な意志の表象だった。
(……エリスさん)
それを。目の前に迫る黒い霧の濁流と繋ぐ軌跡の隙間で、リリアは確かに見ていた。
段々と応答に怒りと憎しみ以外が現れたエリス。その瞳に、涙が浮かんでいた。
それを、静かに認めて。黒い霧の濁流が迫る中、リリアはずっと静かな声で尋ねる。
「ほんとに、モースさんがそう言ったの?」
「……え?」
直後、黒い霧の濁流がリリアを包む。
だが、目の間にかざした剣、そしてそれを包む精霊たちが壁となって。
リリアは、一歩も下がることはなかった。そして。
「立ち止まって。辛くて向き合うことが出来ない事に、二人で向き合う時間を作って!
前のめりすぎて、今は出来ないなら……受け止めるのは、私がやってあげるから!!」
リリアは、一気に剣を振り抜く。
その軌跡から放たれた剣閃の衝撃波が、その濁流の全てを掻き消して。
なおも繋いでいく軌跡は、遂にエレナの眼前まで到達した。リリアの剣が、より一層強く輝く。
それを遮るように翳された刃。それに、リリアは輝く軌跡を振り下ろす。
「はあっ!!」
「ぐ、ううっ!?」
何重にも重ねられた、繋げた光。その一撃に今度こそ耐えられず、エリスの刃が砕け散る。
もう、反撃の術も防御の術も残されていなかった。
更に一歩踏み込んで。"鉄の悪魔"の仮面から覗く瞳に、自らを映し出して。
強い願いと共にその剣が、振り抜かれる。
「はっ……!?」
それは、慈悲と言うには純粋で、罰と言うには優しい思い。その結晶だった。
どうか。二人の心をまた繋げますように。
「"ルクスドライブ・ノヴァ"ッッ!!!!」
繋がれた剣閃が、"鉄の悪魔"の鎧の胸下へと叩きつけられる。
これまで繋ぎ、集めてきた精霊たちもそれを穿ち、そして一斉に炸裂した。
いや、力を増すだけではなかった。リリアが心の中で下した号令に従うものもあった。
『彼女を守る』ようにと。
「あ、アっ……あっ……」
凄まじい剣撃により壁に叩きつけられ、砕けていく"鉄の悪魔"の鎧、そして仮面となる兜。
その号令によってか、内部のエリスに目立つ外傷はなかった。
だが。彼らが果たせたのはそれだけだった。
「……うそッッ!?」
壁は、その剛力を受け切るだけの強度を残してはいなかった。
勢いを殺しきれずに砕けていく壁面。それは、闘技場の内側へと続く壁で――
(……これが、報いね。リリアちゃん)
エリスの身体は、そのまま宙に投げ出されてしまう。
なおも消えることのない勢いが、彼女をより遠くへと押し出して。
衝撃を受ける鎧を失った状態では、到底助かりようのない高さ……ちょうど、闘技場の中心まで運んでしまった。
リリアがそれを認識した、その直後。闘技場全てに広がる叫びが響いた。
「……エリイイイイイイイイイイスっっっっ!!!!!」
「あっ、おい馬鹿っ! 無茶だっ!!」
敗北と黒い霧の侵食でボロボロになった、その体に鞭を打って。
モースが高台の上から、宙を舞うエリスの身体を目掛けて飛び立っていた。
彼の意地が、それを叶えたか。モースはその先でエリスの身体を抱きしめる。
だが続く自然現象は無情だ。二人の身体はそのまま重力に従って、頭から一気に落ちていく。
「兄さん、ごめんね、ごめんね……ずっと、ずっと巻き込んじゃった」
「いいんだ。オレだって、言えてりゃよかったんだ……!
お前と暮らすのが、一番大切だったって……でも、これでもう、ずっと一緒……」
言うまでもなく、生命の終わりを悟って。二人はようやく、穏やかに言葉を交わしていた。
溜め込んだ言葉を懺悔を言い合うには、残酷なまでに短い時間。でも、二人とも納得していた。
それを。
ただ一人の少女だけが、認めなかった。
「うおおおおあああああああッッ!!」
落ちていく二人に重なる、繋がっていく光。
リリアの繋ぐ光の剣だ。その剣を右手に、抱き合う二人を左手で更に抱いていた。
思わぬ人物の登場、それも無謀な行動に思わず声を荒げる。
「リリアっ!?」
「リリアちゃんっ!」
「ダメだよっ! こんな終わりなんて、絶対認めないからっ!!」
二人を抱いたまま、リリアは再び剣を構える。
狙う先は、地面だった。抱く二人ごと、無数の精霊たちがその体を包んでいく。
「ハッピーエンドは零さないっっ!! "ルクスドライブ・ノヴァ"ッッ!!」
そして地面への激突とほぼ同時に、それを相殺するためのリリアの剛撃が地面を穿つ。
激しく立ち上る土煙。それが、リリアの試みの正否確認を妨げて。
「リリアーっ!!」
高台から一連の流れを見て、ジェネが叫ぶ。
ただでさえ距離のあるこの場所から、土煙によって視界が阻まれている。
その内部は、僅かも見えはしない。いくら信じていると言っても、どうしてもジェネの心に焦燥感が生まれ始める。
晴れるまでなど、待てるはずもなかった。
そして、だがそれは。彼女も同じだった。
「ジェネーっっ!!」
土煙の中から上がる明るいリリアの声。直後、輝く光が土煙を裂いて。
尻もちを付きながらも、笑顔で手を振るリリアの姿が目に入る。
彼女を包む精霊たちも瞬いて、この結末を祝福しているようだった。
その傍らには、五体満足なままの兄妹の姿も。
「……兄さん」
「ああ。居たんだな。本物の、ヒーローって」
「うん」
寝転がったまま向き合う二人の目に、涙が浮かぶ。
感謝と感動と、あらゆる感情がその胸に生まれて。
滲む視界に、輝きに包まれた少女の姿を捉えていた。




