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OverDrivers  作者: jau
27/30

27話 燃える星々-7 大切だったはずのもの

 時は、少し巻き戻る。


 まだ開かない、闘技場の中心部へと続く扉。

ただ一人でそこに待つアカリは、正座で瞑想しその時を待っていた。

気持ちを、この先に待つ戦いに集中するために。


 この町を上げての闘技大会。ルールは至って単純だ。

相手の武器を吹き飛ばすこと。または審判による判断で、一定以上の傷を与えたと認められること。

真剣をそのまま使用するこの大会は、やや剣呑なきらいはあるものの。

先の出来事があって尚中止とされてないあたり、やはり人気であるのは間違いでないようだ。


短い時間ではない。どうやら、対戦相手の準備が送れているようだった。

いや。遅れる理由も知っている。何故ならば、対戦相手は。


「……」

 

 僅かに漏れ聞こえる歓声が、大きくなったのを感じる。

恐らく今回の対戦相手……最も人気のある、大会の王者がようやく、入場したのだろうと思った。

更に近いところから、音が鳴る。戦場までを遮っていた扉が上がっていく音だ。

立ち上がり、彼女も歩き出す。その最中、僅かに思考が揺らいだ。


(……きっと、リリアは大丈夫です)


 リリアが気を失った後について、彼女はまだ知らない。

試合のために、早くその場を離れていたからだ。

不安を押しつぶすように、そう祈って。やがて、闘技場の通路が終わる。

一斉に大きくなる、全方位からの大歓声。

その中央には、相手となる男……モースの姿があった。


(あの大きな騒ぎがあったというのに……

 それでもこれだけ、人を集められる人気があるんですね)


 この大盛況には、彼の存在の影響は大きいだろう。

近づいてくるアカリに、彼は先んじて声を掛ける。


「待たせちまったな、チャレンジャー。

 例のあれそれで、色々とやることがあってな」

「いえ。おかげで、心を落ち着けられました」

「はは、そうか」


 笑いかけるモースに対して、アカリの表情は固く、真剣だ。

試合の緊張感か、それとも。

それは、彼女の様子を気にかけたものだったかもしれない。


「……心配事を抱えて戦わせるのも悪いから、今伝えとくよ。

 リリアはさっき、目を覚ましてる。元気そうだったよ」

「っ! 本当ですかっ!?」

「ああ!」


 付け加えるように続けた言葉は、アカリの心の重荷を取り除くものであった。

見違えるように表情を明るくする彼女に、モースは改めて笑う。

そして踵を返す。試合の規定となる位置に移るためだ。

最後に背中越しに、モースは声を投げかけた。


「いい勝負にしようぜ。後腐れなくな!」

「はい!」


 彼の威勢のいい声に、アカリも同じように返して。同じように立ち位置を変えていく。

この少ないやり取りは、しかし確かに、彼女の心持ちを明確に明るくするものだった。

それを自覚して。言外にではあったが。感謝の気持ちを、その背中に送った。


「……出来たら、ここまでやらせてくれたらな」


 誰も。彼が隠した暗い思いを見抜けなかった事を、咎めることは出来ないだろう。


「始めーッッ!!!!」


 二人が振り返るとほぼ同時に、大声と共に大銅鑼が鳴る。戦いの始まりの合図だった。

ゆっくりとしていた足取りから一変、得物を抜き、重心をずっと深く下げて一気に距離を詰めていく。

先に仕掛けたのはモースからだった。前進の勢いのまま身体を回し、両手剣を薙ぎ払う。


「どりゃっ!」

「はっ!」


 力任せのような前兆だったが、その振りは無駄のないコンパクトなものだ。

彼の技量が伺えるその攻撃を、アカリは身を引いて回避する。

だが、いや。そうであるからこそ、モースは攻勢を緩めることなく、更に間合いを詰めていく。


「っ!」


 間髪入れずに放たれた振り下ろしを、アカリは今度は刃で受ける。

力の真っ向勝負ではなく、受け流すために合わせるものだ。

それは重い両手剣の刃を、自らの身体から受け流すことに成功する。

一瞬、それに驚きを見せるモース。だがすぐに、その表情に闘志が戻った。


「やるな! ここまで上がってきただけはある!

 だったら、これはどうだっ!」


 モースの戦い方は変わらない。前へ、前へと更に間合いを詰めて。

その勢いのままに、更なる攻撃を重ねようとする意志に満ちていた。


(まだっ!? 畳み掛けてくる!!)


 まさに力押しとも言えるスタイルではある。だが今、確かにアカリは防勢を強いられていた。

彼の実績、それが偽りのものでないことを証明するように。


「"闘技技巧(バトルアーツ)・『トライエッジ』ッ"!」

「くうっ……! でもっ、負けませんっ! "灯籠一刀流・『激流上り』"!!」


 斬り上げ、袈裟斬り、そして回転斬り。

大きな両手剣を自在に振り回す強力な連撃を繰り出すモースに、

アカリは引く事ではなく、その場に留まって迎え撃つことを選ぶ。

体格でも、剣の重さでも大きく劣る彼女を思えば、それは愚策にも思えた。だが。


「……ぜやああっ!!!」

「うおっ!?」


 彼女の技量の成せる技か。

その三連撃を刀で受けて尚、アカリの立ち位置は僅かにも変わっていなかった。

重い連撃による力、それを全て受け流したということだ。

振り切って尚、予想外に縮まったままの間合い。

有利不利が入れ替わったその瞬間を逃さず、アカリは素早い一閃を返す。

だがそれは、モースの身体を捉える事は無かった。一瞬の判断によって、既に彼は身を翻していた。


「っと、危ねえっ……!」

「逃がしません!」

「うわっ!?」


 だが、アカリもこの好機を逃しはしない。

先と逆になるように、今度は引くモースを猛追するアカリ。

一度刀を鞘に納めて。次のもう一歩は、更に強く踏み込んだ。


「"灯籠一刀流奥義、『乱れ桜』"ッッ!!」


 そして一瞬のうちに、刀は既に振り切られていて。

僅かに遅れて、無数の斬撃がモースを襲う。


「うっ、ぐうううっ!!」


 すんでの所で構えた両手剣を盾にして、モースはその直撃は避けていた。

だが溢れた刃閃が、彼の肌に浅い傷を重ねていく。

勝負を決めるような深い傷ではない。

それはわかっていて、アカリは尚も畳み掛けんと更に距離を詰める。


「まだまだっ……!」


 だが。攻撃を受けるモースの姿は、防御の姿勢でありながら。

同時に、撒き餌でもあった。攻撃を防ぐために構えていた剣、その位置は、そのままに。


「……"闘技技巧(バトルアーツ)・『パウンド』ッ"!」

「はっ、きゃあっ!?」


 彼は突如、その姿勢のまま逆にアカリへと突撃を繰り出す。

剣を盾にした体当たりといった風体だった。

不意の攻防一体の反撃。完全に裏をかかれたアカリの身体が、大きく吹き飛ばされる。


「くっ……」


 それでもなんとか受け身を取ったアカリ。だが、その表情は厳しい色が浮かぶ。

開いた間合い。有利だった状況は、五分へと戻ってしまった。

顔を上げ、身体を開くモース。その表情には、喜びが浮かんでいた。


「すげえ……! ()()で当たるのが勿体ないぐらいだ!」

「光栄です、モースさん。こちらこそ……これほどの使い手と手合わせできるとは!」


 いや。表情に喜びを浮かべているのは、アカリも同じだった。

激闘の中に、修練の果てに見つける強さという求道。

相手が強敵であるからこそ生まれる、強者と刃を交わす極限の戦い。

その真っ只中であるこの場で、二人ともその気持ちを共有していた。


(さあ、次はどうくる……!)


 先ほどの激しい打ち合いから一転して、互いに間合いを図る最中。

その喜びを噛み締めつつ、モースは更に集中を高めていく。

この闘技大会の場は、彼の人生の中でも最も輝かしいと言える場所であった。

それは他人からも、自分としてもそうだった。たとえその裏に、大きな陰謀があったとしても。

戦いだけは、真剣だった。強者と打ち合い、更に自分を高めていく感覚が何よりも好きだった。

意味がないものであったとしても、その果てに握った栄冠は何よりも嬉しかった。

この思いだけは、本物なんだと。そう思っていた、最中。


「……えっ?」


……ああ、ここまでか。


 視線の端。観客席の上の青空に、黒い何か……いや、赤黒い精霊たちが集まっていくのが見えて。

モースは、この喜びの終わりを悟った。

相対するアカリも空を見上げている。自分の背後の席もそうなのだと気づいたが、もう振り返りもしなかった。

その代わりに、呟く。


「……大丈夫だ、エリス。兄ちゃんは、ちゃんとやる」


 自分たちの戦いに熱狂していた観客たちの声が、収まっていた。

それももう、気にならなかった。心は一瞬にして、熱中していた戦いの中から離れていた。

いや、離していた。過去の過ちと後悔、そして、誓いによって。


「もう、裏切ったりしないよ」


 直後。赤黒い精霊が成す無数の魔物たちが、この大闘技場に降り注いだ。


――――


 それは、考えとしてはあった。

牢屋に魔物が現れた以上、他の場所にも現れている可能性は十分にあると。

だが。その光景は、リリアの想像の何倍にも悍ましいものとして現実に現れていた。


「ゲギャアアアアアアアア!!」

「ガギャアアアアアアアア!!」

「う、うわあああああっ!!?」

「防げ、防げっ! 民間人を避難させろっ!」


 あらゆる場所から聞こえる魔物の方向、そして悲鳴の数々。

今まさに魔物に襲われる者たち。この大闘技場は、まるで地獄の様相と化していた。


「こ、これっ……!」

「ひ、ひええっ……! 地獄じゃねえかっ……!!」


 恐るべき状況に慄くバゼル。

寧ろ牢屋のほうが安全であったとさえ思える程に、魔物が跋扈している状況だ。

冷静さを保つのすら難しいのも、無理は無かった。


(エリスさんはどこっ……!? これっ、どうしたらっ……!)


 そしてそれは、リリアも同じだった。

絶望的な光景に、行き先さえ判断できなくなるほどに思考が鈍る。

時間に余裕がある状況でもないというのに。

その最中。この室内で戦っていた衛兵が、体勢を崩される姿が見えた。


「ひいっ、う、うわあああああっ!!?」

「……"ステラストライク"ッッ!!!」

「ギャアアアッッ!?」

「えっ……? き、君はっ!!」


 それが、リリアの身体を動かしていた。

致命の一撃を加えようとしていた魔物を打ち抜いて、その窮地を救う。

その直感、半ば無意識の行動は。しかし戸惑っていたリリアに、その目的を決めさせた。


「勝手に出てごめんなさい。でも、私達も戦うから!」

「おいっ! 全部相手にしていく気かよ!!」

「だって見捨てられないじゃない! 助けなきゃっ!!」

「だあっ……くそっ!」


 その意図を悟って咎めようとしたバセルだが、リリアの意志は動じない。

彼が口を噤むのは、それが牢屋で垣間見た彼女の人間性から一貫したものであるからだろう。

それは、自分が決心した理由の一つでもあるのだから。

しかし。そんなリリアの決心は、結果的には自分たちへの追い風を生むことになった。


「き、君たちっ! 戦うなら、あれをっ!」

「あん?……俺様の武器じゃねえか!」


 切羽詰まった状況の中、先程リリアに救われた衛兵が指差しと共に叫ぶ。

恐らくこの看守達の荷物置きに当たる場所なのだろう、煩雑に物が置かれていた空間。

そこに、彼がかつて身に着けていた大剣、手斧などの武器の数々が並べられていた。

そして、その傍らには。


「私の剣もっ!」

「あの大立ち回りの後だ、君のことはそこそこに有名だったからな……

 医務室に置かれたままだった剣が君のものであるとわかって、ここに運んでいたんだ。

 こんな状況だ、戦ってくれるのならば返そう!」

「うんっ! ありがとうございますっ!」


 感謝とともに、直ぐ様剣を手に取るリリア。

いくら怪力の徒手空拳があるとはいえ、先の戦いでエリスに敗れた事もある。

戦うと決めた今、使い慣れた得物を手にすることが出来たことは僥倖としか言いようが無かった。

身体を翻して抜刀すると、既に魔物の新手が入口まで迫っていた。


「ゲギャアアア!!」

「ガギャアアアアアアッッ!」

「うわあッ、またっ……!」


 迷う間もない。だから迷いもしなかった。

リリアの全身を、精霊たちが包んでいく。そして、輝く剣閃が奔った。


「"ステラスラスト"ッッ!!」


 部屋の中が眩い程に輝いた、その直後。

既にリリアの身体は魔物たちの向こうにあり、精霊によって輝く剣閃だけがその通り道を示す。

それは、二体の魔物の首元を通る形で伸びていて。


「ゲ……」

「ガ……」


 首を両断されるという致命傷に耐えきれず、魔物たちはそのまま輝く精霊へと分解されていく。

この僅かな一瞬で、現れた魔物の制圧に成功したということだった。


「な、なんてすごい……!」

「や、やっぱとんでもねえ奴だ……こっちを選んでよかったぜ……」


 その実力はやはり、その小さな見た目からはとても想像のつかないほどのものだ。

称賛、あるいは畏怖さえその背中にぶつけられる中。

リリアはただ一人、今振るった剣の感覚を反芻する。

感じたのは。あるいは、違和感とも呼べるものでもあった。


(今の、って……)


 彼女の技は、銘の数が示すように豊富な型を持つように見えて、実はそうではない。

半ば直感とそれから来る自分の身体の動かし方から作り上げた戦い方。その決め技となる一部に思いつきで技名を付けているだけだ。

得意技の回転斬り、"ステラドライブ"もそうだった。

エレナの伝記の一枚絵を元に、自分の直感と思いつきで生まれたものだ。

外部からのインスピレーションはあるにせよ、そこには自分の動きの結果、という所が最初にあった。


(こんな動き、初めてしたかも……?)


 だが。今の動きは、自分の中にないものであったような気がした。

それはこの激戦が続く中での成長であるのか、あるいは。

だが感覚自体がまだ曖昧な彼女には、わかる由もなかった。


「おいっ、ボーッとすんなっ!! 次はどうすんだ!?」

「あっ、ごめんなさいっ!」


 結局。遅れて飛び出してきたバゼルからの声で、この場の思索は中断されることになった。

とはいえ彼の言うことは最もだ。この危険な状況の真っ只中で、長々と考え事をする余裕などない。

リリアも頭を切り替えて、まずはこの状況に向けて考えることにした。


(エリスさんが着てたのも、村で出会った()()()の鎧と似てた……

 きっと魔物を出してるのも、あの鎧の力だよね……確か、あの時は……)


 思索を走らせる中、この戦いに身を投じることになった最初の日を思い出す。

あの日、"鉄の悪魔"が現れてから彼女の運命は大きく変わった。が、今見るべきはそこではない。

どういう流れで、"鉄の悪魔"を見つけたのか。店を飛び出して行ったのか。

思い起こして行って、そして、その鍵を見つけ出す。

それは、更にその前に遡るものだった。ジェネから教わった、最初の事。


「バゼルさんごめんなさい、ちょっと集中させて! エリスさんの居場所、分かるかも!」

「ああっ!? こんなやべーとこでかよ!」 


 バゼルにそう要請して、リリアは片膝で屈んで瞳を閉じる。

この悲鳴と咆哮に包まれた場所ではそう精神の集中などできるものではない、それでも。

かつてジェネから教わった事を思い出して、あの日のように精神を整えていく。

対するバゼルはそれを了承したわけではない。

だが既にその体勢に入ったリリアを見て、諦めるように覚悟を決めていた。


「だーっちくしょーっ!! こうなりゃヤケだ、やってやる!!

 おらおら、来やがれ魔物どもっ!」


 リリアより更に一歩前に立って。

バゼルは一番の得物であるのだろう、身の丈ほどにもなる大剣を構える。

かつてリリアと対峙した時にも握っていたものだ。

だが今の意思を表すように、纏う闘気はかつての比ではなかった。


「ガアアアアアアアッッ!!」


 通路から、更に向かい来る魔物たち。

彼らを見据えて、バゼルは不意に、誰にも聞こえない程度の声で呟いた。


「……"我らが信じるべき真実の正義、その象徴"、だったっけな」 


 その言葉に答えるものは、この場には居ない。彼もそれは分かっていた。

今対峙するのは、襲い来る魔物だけ。

雄叫びと共に距離を詰めてくる狼のような魔物へ、彼は一歩踏み出して。


「……おらぁッ!!」

「ガギャっ!?」


 一瞬で、その勝負は決する。

大上段から力強く打ち下ろされた大剣が俊敏な魔物の体を正確に捉え、両断していた。

絶命により、精霊の姿に分解されていく魔物。その体を踏み越えて、彼は更に戦意を高ぶらせた。


「上等だ。……久々にらしい仕事を見せてもらうぜ、『ヘクトール』!」


――

 この状況の中、切羽詰まっていない者は存在しないと言っていい。

町から離れた場所に居るジェネもまた、同様だった。森林の中を、全力で疾走していく。

まだ一度通っただけの道だ。だがそれでも彼が迷う様子はない。

だがそれこそが彼が感じる悪い予感、あるいは気配に直結するものだった。


(くそっ、何だっ……!? 暴走してる精霊たちの……魔物の気配!?)


 道標になっているその気配は、皮肉にもこの先の町の危機的状況を彼に伝えるものでもあった。

それが尚更、彼の足を急がせる。しかし。


「がっ!?」


 だが尚、その足取りはリリアよりも劣るものであると言わざるを得なかった。

アーミィを背負って尚、精霊達の助力によって凄まじい脚取りで駆けたリリア。

今こうして木の根に躓く彼とは、雲泥の差があると言えた。


「……くそっ!」


 それでもジェネはすぐに立ち上がって、一瞬も呻くことなく再び走り出す。

彼女がこの森を走り抜ける姿を直接見たわけではない。

だが今の様子ですら、リリアと比べて自分はずっと無様であるとは感じて。

しかし、そこで後ろ向きなままではもう終わらなかった。


(リリア、お前は本当にすげえ奴だ。

 ずっと強くて、何にもビビらなくて、大切なことを、何が何でも大事にして……

 辛くて悲しいことがあっても、ずっと前を向いてた。俺には、できなかったことばっかりだ!

 

 ……だから、ずっと……) 


 駆ける脚に、燃える魂に更に力が込められていく。

脳内はずっと、リリアのことで埋まっていた。それはこの地に渡ってきての、いや。

更にその前。リリアの弱さを垣間見たあの夜から続く、不安な心持ちへの総括でもあった。


(俺は、怖かったんだ。リリアを知っていくことが。強いところも、弱いところも。

 俺が情けないことが突きつけられるような気がして。

 だから、頼れる兄貴分にはなろうとして……結局、何もできねえままだった)


 彼女の強さを、ずっと目の当たりにしてきて。

育ってしまったそれはそれは劣等感とも、嫉妬とも違う。

自分に向いた、臆病な畏れだった。

それを、言語化したことに連鎖して。この旅の中で何度かあった、それを諭された言葉たちが思い起こされていく。


――不安は、やがて距離を、壁を厚くしていく。

  そして、支えるとは呼べない距離にまで離れてしまうものだ。

  その果てに。強かったその心さえ脆くするのは、そうして生まれた孤独だ――


 弱くて情けない俺が、リリアの傷を支えられると思えなくて。

表面上の兄貴面で繕ろうこともできなくなって。


――知らない者が、ものを言うのも違うと思うが、助言を一つだけ。

 『だが強く貴き魂を、ただ恐れることなかれ』――


 強い信念のために、無茶をすることも顧みないリリアに、何も言ってやれなくなって。

心配だとか大切だって思いも、まるで邪魔をするように思えて、伝えられなくなって。


――例え弱くても、脆くても、許せぬ自分であっても。

 その者にとっては、大事な篝火であるのだと。それこそが、忘れてはならないものだ――


 それでも、隣りに立つに相応しい存在ではあろうとして。

到底勝てるはずもない相手に、自棄になって戦いを挑んで。

聞いてたはずなのに。この出来損ないの、大きいだけの翼でも。信じてる、って。


 それでも。目を逸らしていた悪意に、俺の弱さに直面させられたあの戦いで。

折れそうな心を奮い立たせてくれたのはやっぱり、リリアだったんだ。

色んなものが見えちまったせいで、迷っちまったけど。本当に、大事にしなきゃいけないのは――


「……うおおおおおおおおおっっ!!!!」


 雄叫びを上げて、ジェネは更に速度を上げていく。

無意識か、あるいは呼応してなのか。その体を、輝く精霊たちが追従していた。

彼本人には気づかれない程度の量で、リリアのそれのように彼の脚を軽くするものではない。

だがそれは、彼の立つ領域が変わりつつあることの表象だった。


――

 魔物の溢れるこの闘技場だ。

言語と違うもので聞こえる精霊達の声は、禍々しさで溢れていて。


(……知ってる)


 だがリリアの経験において一つ、功を奏したことがある。

それはこの技術をジェネから教わったその時こそ、"鉄の悪魔"が現れた瞬間であったこと。

つまり。リリアは知っていた。どの声が、元凶たる"鉄の悪魔"の位置を示すものであるのかを。

その瞳が、かっと開かれる。


「……見つけたっ……!」

「ぎょえええええええっっ!!?」

「何その声っ!?」


 それとほぼ同時に。間抜けなバゼルの悲鳴で、リリアは急速に現実に戻されていく。

振り向くと、彼は尻もちをついて倒れ込んでいた。その眼前には。


「……ゴバアアアアアアアアッッ……!」


 食虫植物を禍々しく仕上げたような、巨大な花の魔物の姿があった。

通路の横幅ほぼ全てを埋め尽くし、背丈も人間の数倍はある。

それがこの通路全てのものを喰らいつくさんと、口を開けてだんだんと迫っていた。


「ちょっと! さっきかっこいい事言ってたじゃない!」

「聞いてたのかよっ!? ってそれはどうでもいい!

 言ったろ、「その気になれば死なねえ」って!

 おっかねえ奴が相手だと傷の治りが遅くなったり、治らなかったりするんだよ!

 あんなのの口に放り込まれたら一巻の終わりだろうがっ!?」


 すぐ様彼の隣に移動したリリアへ。

完全に腰の引けているバゼルが、言い訳のように自分の能力の説明を付け足す。

その情けなさは置いておくとしても。

確かに迫る魔物の巨大さ、そして悍ましさは彼の表現する通りではあった。


「それって……怖がってる、ってこと!?」

「ああそうだよ! ってこんな事行ってる場合じゃねえっ、すぐに逃げ……」


 最も。その恐怖は、この少女を止めるには到底足らないものだった。


「それじゃあ、私が!」

「は? っておいっ!?」


 輝く精霊たちに包まれたその足には、一分の震えさえも見えなかった。

いや、見る間すら無く。彼女は既に、巨大な花の魔物へと飛びかかっていた。


「バアアアアアアっ!!」


 植物のような風体だが、明確に意志はあるのだろう。

そのリリアを標的として、敵意を示す咆哮と共に蔦が伸びていく。

彼女を捕えんと、その触手として。

しかしリリアは、最早回避の姿勢すら見せなかった。

ただ勢いのままに、空気すら歪ませんとするほどの勢いでその剣を振るう。


「せやあっ!!」

「ベバッッ……!?」


 剣閃に乗り、纏われていた精霊たちが衝撃波として打ち出される。

それは彼女の盾となるように向かい来る触手を弾き、押し返し、そして千切っていく。

ただこの一閃が、魔物の蔦の全てを討ち滅ぼしていた。そのまま、彼女は身体を回して。

纏う精霊たちが、まるで直剣を大剣のように見せるほどに集い、そして。


「"ステラドライブ・インパルス"っ!!」


 その剛閃の勢いのまま、リリアは縦一文字に魔物を叩き切り、いや。叩き潰していた。

周囲に響く地響きが、その一撃の重さを辺りに知らしめる。


「ベギャアッッ!?」


 その一撃は、魔物の身体を崩壊させていた。

身体の大部分を潰され、既に精霊の姿へと分解されていく魔物の姿。

彼女の背後で、バゼルはまたも戦慄していた。


「……イカれてんのか、このガキ……」


 それは、巨大な魔物ですら一撃の下に下す凄まじい力を揶揄しただけではなかった。

朗らかな少女である人間性を持ちながら、それと敵対しても、恐れも怯えも全く見せない度胸に。

そしてこの状況で尚戦意を昂らせる、理解不能な精神性に。彼は、畏れさえも抱いていた。

その言葉は聞こえただろうか。リリアは、振り返りはしなかった。その代わりにただ、呟いた。


「"たとえ、終わりのない冷気の地獄の中だとしても。この剣閃の果てには、幸せな結末を紡いでみせる"」

「は?」

「私は……ハッピーエンドを、諦めたくないだけだよ!」


「……」


 それは彼への言葉への反論だったのか、それとも。

彼女の真っ直ぐな瞳に射抜かれて、バゼルは一瞬、呼吸を止める。

語った言葉が、英雄の言葉の引用であることは伝わらなかった。それでも。

バゼルは、瞳を一瞬閉じる。そして開いたときには、畏れることを辞めていた。


「……とんでもない馬鹿、ってこったな!」


 その罵倒のような、しかし前向きな言葉で総括をして。

再び彼女に駆け寄った、その時だった。


「うわあッッ!?」 

「お、おいっ!? 大丈夫か!?」


 突如、リリアの側の壁が爆ぜるように砕ける。

位置関係で言えば、闘技場の中央側に向く側の壁だった。

精霊たちの助力もあり、既のところで身体へのダメージは回避するリリア。

しかしそちらに振り向けば。更なる衝撃が、彼女を襲うことになった。


「う……ぐ、うっ……!」

「……アカリさんッッ!?」


 土埃の中から現れたのは、壁から吹き飛ばされ仰向けに倒れたアカリの姿で。

状況も全く理解できない中、ともかく彼女を案じてリリアは一直線に駆け寄る。

その身体を抱き上げようとして、そこに。

 

「――こんな事になっても。お前なら諦めずに戦うんだろうなって思ってたよ。オレも。エリスも」


 その奥から続いた、更なる言葉。聞いたことのある声で、リリアの思考が一瞬止まる。

理由が、すぐに繋がらなかったからだ。だがその言葉が、嫌でもその正体を彼女に悟らせていた。

そして彼もまた、すぐに土埃を抜けてこの場に姿を表す。

しかし、その姿は。記憶にあるその男の姿とは、大きく異なっていた。

黒い霧を、まるで不定形の鎧であるかのように全身に纏って。

これまで見たことのない、冷めきった瞳のモース。彼は意趣返しのように返した。


「でもな。もうオレたちには、ハッピーエンドは残っちゃいないんだ」


 何もかもがわからない彼の様子。

だが一つわかるのは、間違いなく彼が敵であるということだった。


「モースさん……!」

「……流石は辺境伯の騎士隊だな。

 この闘技場の全体に魔物をバラ撒いてるのに、拮抗ってぐらいで抑え込まれてやがる。

 フリーなのはオレとエリス、そしてちまちま動いてるオレ達の仲間ぐらいだ」

「……!」


 極めて緊迫した状況の最中。彼は不意に、現状についてを口にする。

その意図もまた、謎に包まれていた。余裕か、あるいは。


「裏を返せば。もうオレたちを止める力は残っちゃいない。

 そしてオレとエリスさえ居れば、この町をぶっ壊すには十分だ。

 ……この状況が、それだけ悪いか分かるよな?」

「そんなことさせないわっ! 魔物を出してるのはエリスさんでしょ!? 

 あの鎧に、その力があるのよね!? 私が止めるわ、絶対に!」


 彼が続けた説明に、しかしリリアは尚も猛る。

劣勢なのは言われずとも分かっている。そして彼らが二人並んで、止めなければならない敵であることも。

だが、希望が無いわけではなかった。

あの日故郷を襲った悲劇、しかしそれは、彼女にこの状況の突破口を見出させていた。


(あの気配、村で見たあいつと同じだった……! エリスさんを止めれば、魔物だって止まるはず!)


「……ふーん、知ってたのか。どうやって……ま、それはいいか」


 一片も戦意を失わない彼女に、モースは見切りを付けたように話を区切る。

だがそれはリリアの言葉を、肯定する意味もあった。


「本当に見上げた精神だよ、リリア。

 その精神力で、今までもずっと理不尽を超えてきたんだろう。

 もっと早く出会えてれば、オレたちも違った道が選べたかもしれない。でも……」


 それは、余裕というだけではない。

このリリアという少女に、確かな敬意を持ったが故の言葉選びだった。

だがそれは彼の中から、その敵意を消すには至らなかった。


(……悪いな、ジェネ)


「……はうっ!?」


 直後。リリアの足元から、黒い霧の触手が素早く立ち上る。

砕けた破片に塗れて隠れ、彼女の足元まで迫っていたのだ。

それがリリアを制するように絡みつくのと同時に、モースは両手剣を構えて踏み込んでいた。

その握る得物にもまた、黒い霧が纏われている。故は不明であるが、彼にエリスの力が宿っているのは確かだった。


「もう、何もかも遅かったんだ」

「っー!?」


 一切の遠慮も躊躇いも無く、彼はその大剣をリリアへと振るう。

重くも鋭い剣戟。黒い霧に絡め取られた身体では、最早避けようもなかった。しかし。

 

「こ、んにゃろおおおおおおッッ!!」

「っ!? お、お前は……誰だ?」


 その一撃を、激しい音と共に受け止める大剣。

バゼルがすんでのところで、それを防ぐことに成功していた。

突然の登場人物、それも自分の記憶にない人物に戸惑いを見せるモース。


「くそったれっ! てめえらのせいで俺はブタ箱にぶち込まれたんだッ!

 この恨み、てめえのドタマにくれてやるぜ!!」


 だが対するバゼルはそうではなく、彼に怒りの炎を燃やしていた。

実のところ、完全に初対面というわけではない。

彼が連行される直前、一瞬だけであるが顔を合わせている。モースには印象が残っていないというだけだった。

だが彼にとっては自らを利用し、使い捨てた組織の一員というだけでも因縁をつけるに十分だ。

その怒りと共に大剣を振り回し、バゼルは二発、三発と打ち込んでいく。


「ああ、あの。

 こんな奴がリリアの仲間に……いや。ヒーローってのは、誰だって惹かれるもんだしな」


 切り結ぶ中で、どうやらモースも思い出したようだ。

だがそれは、彼の中で何の感傷も産まなかった。

寧ろその最中、受けるためだった体勢を急に切り換えて。


「でも、勿体ないぜ」

「げはあッッ!!」


 更なる一撃を続けようとしていたバゼル、それに割り込む形で。

モースが瞬きのうちに振り抜いた横薙ぎが、彼の胸を切り裂いていた。

その傷は浅くない。鮮血が、辺りに舞った。


「バゼルさんっ!!」


 斬った本人であるモースもまた、その手応えから理解していた。

ともすれば致命傷とも言える傷に、リリアが叫ぶ。

だがそれは悲壮感よりも、心配のほうが前にでた声色だ。

それに応えるように。斬られたその傷跡が灼けるように輝く。


「が……クソがあッッ!!」

「うおっ!?」


 治癒と同時に、バゼルは乱暴に大剣を振るって反撃する。

仕留めたと確信していた相手からの予期せぬ攻撃は、モースの裏を完全に掻いたものになった。

緊急回避として、後方に大きく飛び退いて彼はそれを避ける。

反撃にこそ成功しなかったが、状況は仕切り直されることになった。

その最中、背中越しにバゼルが叫ぶ。


「おい! 結局親玉の居場所ってのは分かったのか!?」

「え……うん! きっとエリスさんを止めれば、魔物の出現も止まるはず!」

「じゃあそこまで走って止めてこい! こいつは俺が足止めしといてやる!!」

「え……でもっ」


 それは一方的で乱暴な物言いだが、作戦の提案、それもある種献身的と言えるものだった。

闘技大会の王者たるモース、そしてエリスの力を纏うとなれば。言うまでもなく、恐るべき強敵である。

戦意さえあれば瞬時に再生する彼が時間稼ぎをするというのは、ある意味合理的ではあるだろう。

だが。まるで彼を使い捨てるかのような提案に躊躇いを見せるリリア、しかし。


「"灯籠一刀流奥義、『乱れ桜』"っ!」

「わ、えっ!? ……アカリさんっ!」


 突然身を縛る黒い霧が無数の破片に切り裂かれ、リリアは身体の自由を取り戻す。

その剣閃は、アカリのものだった。いつしか立ち上がっていた彼女は、ゆっくりとリリアの前に出る。


「話は、聞いていました……貴方が鍵のようですね、リリア」

「アカリさんっ、無理しないでっ! 怪我が……!」

「大したことはありません、この程度。今の剣を見たでしょう?」


 心配するリリアに、アカリは笑いかけて返す。

土埃と傷に塗れた身体、だが刀を握る手には、強い力と信念が込められていた。


「暗き夜に灯火を掲げることこそが、灯籠一刀流の極意。

 貴方の道は、私が照らします。さあ、行って!」

「……うん! 待っててっ!!」


 その思いを、それでようやく受け取って。リリアは二人への同意と共に、一息に走り出す。

その背中を、横目で見送って。アカリは改めて、バゼルの隣へと立った。


「はじめまして。私はアカリ、リリアの友達です」

「はっ! 友達のために命張るなんざ、ご立派なことで……

 ま、それはいいか。俺はバゼル、せいぜいよろしく頼むぜ」


 二人は、完全な初対面である。

だが交わしたのは、軽い挨拶だけだった。それ以上の余裕は、この場には無かった。


「誰もが、あの子の仲間になっていく、か。

 ヒーローってのは、やっぱりこういう存在なんだろうな」


 呟くように口にして、モースは再び距離を詰め始める。

それは皮肉や揶揄のつもりではない。本心から出たものであった。

リリアの邪魔をしなかったのは、あるいは。その気持ちからの行動だったかもしれない。

だが瞳に宿した敵意に、一分の濁りない。それはまるで、彼女を試しているかのようだった。


(さあ……超えられるか、リリア? オレたちの、苦しみを)


――


 大闘技場の全てが見渡せる高台に、彼女は居た。

本来、重役の言葉のために用意されたこの場所で、

"鉄の悪魔"の外装に身を包んだエリスは、闘技場の随所で巻き起こる戦いを見つめていた。

至る所で奮戦する騎士や衛兵達。だが、戦いに終わりが訪れることはない。

虚空に剣を振るうエリス。その先から現れた赤黒い身体となった精霊たちが、新たな魔物を形成していく。

それらが、戦士たちが力尽きるときまで続くからだ。


(兄さん……)


 そして何より。魔物の相手で手一杯である所を、モースが押し潰していく。

ただでさえ屈強な戦士であるモースに、彼女の力の加護が加われば。

もはや、この地に敵うものはいない。彼女は、そう信じていた。


 一欠片の、暗い思いと共に。


(……兄さん?)


 その最中。彼女の意識が、不意に違う方向へと向く。

足元から立ち上る、黒い霧。そこに向けているようだった。

僅かな間の後。彼女は呟く。


「……そう。わかったわ、兄さん。私がやる」


 何かを、兄であるモースと疎通していたようだった。

息を吐いて。そして一気に、エリスは背後へと振り返る。


「やっぱり。貴方なら、止めに来ると思ってた」


「はぁっ……はぁっ……」


 屋内へと繋がるその視線の先へ、彼女は声を掛ける。

どちらが外か分からないほどの輝きの中心に、彼女は立っていた。


「……エリスさんっ!!」


 乱れた呼吸、上下する肩。

疾走だけがそうさせたのではない。きっと、ここに至るまで無数の魔物を討ち倒したのだろう。

それでも真っ直ぐな力強い声が、エリスを貫く。

分かっている、最早言葉で説得できるような相手ではないと。

それでも。エリスはまず、刃よりも言葉を向けた。


「どうして、そんなに頑張るの?

 色んな人のために走って、戦って、色んなものを託されて……

 まだ小さな女の子の貴方には。いや、そうじゃなくても。重くて、辛いはずなのに」


 不意の問いかけに、リリアは少し黙り込む。余裕のあるような状況ではない。

だがこの場で彼女が語りかけてきた事が、意味のない事だとは思えなかった。

本心でそれを受け止めて。そして、口を開く。


「――、っ」


 そして言葉にしようとしたそれを、一度リリアは止める。

今までのように、生きる指針としているエレナの言葉で表そうとして、やめた。

先のエリス、そしてモースの言葉や態度から垣間見た程度ではあるが、それでも。

自分の言葉で。彼女に向き合わないといけないと思った。


「……みんな、みんな! 大事で、大切で、大好きだもの!」


 これまで口にした格言よりも、ずっとずっと、拙い言い回し。

だが、単純明快に他ならなかった。

だからこそ、それは切っ掛けに十分だった。


「……そう」


 エリスの足元から、黒い霧が立ち上る。

モースが纏っていたそれとは比較にならない規模のものだ。

それは敵意の高まりを、これ以上無くリリアに伝える。この会話の場、その終わりを。

ゆっくりと持ち上げられた、右腕から伸びる刃。その切っ先が、リリアへと向いた。


「じゃあ、教えてあげる。大事で、大切で、大好きなひと。

 それに砕かれた心が、どんなに悍ましくなるのかを」


 その言葉は、決別の意志の象徴だった。

対するリリアも、右手に握った直剣を構える。

黒い霧に対抗するように、黄金に輝く精霊達もその数を増して。

リリアの意志を強く表明するように、また強く輝いた。

 

「二人に、何があったのかはわかんない。だけど!

 大好きなのは……モースさんも、エリスさんもだよ! 

 だからこんな酷いこと、絶対に止めさせるからっ!!」


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