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OverDrivers  作者: jau


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22話 燃える星々-2 世界を救う者

「でやあああああああッッ!!」


 薄暗い廊下、それを照らす精霊の光と共に。先手を取るようにリリアは真っ先に踏み込む。

既に体制を立て直していた"鉄の悪魔"に、しかし彼女の意志は衰えない。

この一撃で勝負を決めんとするかのように、リリアは大きく剣を振りかぶる。

それを迎え撃つように、"鉄の悪魔"もまた、左腕から伸びる刀身を振るった。

手の代わりのように装着されたその刃は長く、そして細い。しかし、それはリリアの剛撃を受け止める。


「くうっ!? ……だああああああああぅっ!!!!」


 だが、そこからの逆転を許すこともなかった。

戦況は硬直することなく、リリアは昂ぶる闘志を乗せて更なる連撃を打ち込んでいく。

同一人物でないとはいえど、大事な故郷での狼藉もある。

騒動の象徴とも言える相手を前にして、リリアはより一層燃え上がっていた。

一撃が壁や床を砕く、凄まじい威力の剣戟をも捌いていく"鉄の悪魔"。だが何れも押し止めることは出来ていない。

異常とも言える劣勢に、しかし、特徴的な兜、あるいは頭部から覗く瞳に感情が浮かぶことはなかった。


「ぐううっ! 者共出会え! 曲者だっ!!」


 そして、リリアに庇われたドグマも大声を上げる。敵を討つための兵士を呼び寄せるためのものだ。

その声に加え、リリアの咆哮に剣戟による物音。

異変を感知したものたちの到着は、既に始まっていた。


「辺境伯っ!? おのれぇっ!」

「リリアちゃんっ……!」

「リリアっ!!」


 遅れていたか、あるいはリリアが先行したか。

先ほどまで一緒だったアーミィ、エリスもようやくこの場に姿を現す。

この廊下の出口となる双方、どちらも塞がれたような形だ。

そしてその双方から、曲者を捕らえんと衛兵達が迫る。

僅かに瞳を揺らす、"鉄の悪魔"。その思いは読み取れないが、リリアは手を止めはしない。


「せやああああっ!!」


 体に乗った勢いのままに体を回し、回転斬りを放つリリア。

それはこれまで受けていた剣を押し切ろうとする、より一層の力が込められたものだった。

あるいは目論見通りに、その一閃は"鉄の悪魔"の刃に受け止めることを許さなかった。だが。

その剣先に掛けられた力もまた、今までの応酬とは違っていた。


「……わっ!?」


 リリアがそれに気づいた時。既にその一撃は、刀身を滑らせるように受け流されていた。

勢いを殺されなかったリリアの一撃は、側面の壁、闘技場内部に向かう側に文字通り突き刺さる。

精霊の力を共にした剛撃だ。その一撃を外した隙は、相手に反撃に移らせるに十分だ。


(しまっ……)


 危機を悟ったリリアの瞳と、"鉄の悪魔"の視線が合う。

だがそれは勿論、止まる理由にはならなかった。

直後。回避のための行動すら許さず、リリアの腹部に鋼鉄の脚部が打ち込まれていた。


「げうッ、ううゔッ!!?」


 リリアの小さな体が"鉄の悪魔"の足と、先程自らが剣を打ち込んだ壁と挟まれる。

間一髪、腹部の周辺に姿を現した精霊たちがその盾となったが、

元々、生身であれば容易く貫くであろうほどに鋭い蹴撃だ。防ぎきれない明確なダメージに、リリアも声を漏らす。

それだけではない。リリアが背にする壁は、先の一撃で大きく傷付いた箇所だった。

それは遂に、限界を迎える。リリア越しに与えられた蹴撃に、遂に決壊してしまった。


「うっ、ぐうっ、あっ……!」


 吹き飛んでいく壁の瓦礫と共に、リリアの体も空中へと投げ出される。

だが蹴りの圧力からはようやく逃れられた、その矢先。

大穴が空き日の差し込むようになった通路で、"鉄の悪魔"が翼を広げる様子が見えた。


(……まだ来るっ!?)


 警鐘を鳴らすリリアの直感。半ば強引に、握った剣を構えていた。

その刹那、"鉄の悪魔"はリリアの眼前へと既に迫っていた。

自由を失ったリリアに止めを刺さんと、飛翔の勢いのままに左腕の剣を突き出して。

だが。尚も闘志を宿したリリアの目は、それを捉える。


「ーっ!!」


 して、その直感は正解となったか。

構えた剣を縦に振るうリリア。その剣先は、心臓を貫こうとした刃を再び捉えていた。

不安定な中空、だが精霊たちが与える力によって、それは有利な状況にあった"鉄の悪魔"の動きを逆に封じ。


「……はあああああっ!!!」


 そして尚も込めた力によって、"鉄の悪魔"の体ごと、逆に地面へと叩き落とした。

この方向は闘技場の内側、つまり観客席へとあたる場所だ。"鉄の悪魔"は、その中心へと落ちていく。


「うわあああっ、化物!?」

「きゃあああああああああああ!!」

 

 今は幕間ということもあり落ち着いていた場でもある。

騒ぎと共に現れたリリアたちに気づくのは早かったが故に、直接"鉄の悪魔"の下敷きになったものは居なかった。

だがその踏み込みを思えば、"鉄の悪魔"の刃は目と鼻の先と言って差し支えない。

その瞳は相変わらず、何かを感じ取ることのできない無表情である。

だが。リリアにとってその姿は故郷を襲った厄災そのもの。

その光景は、危機を脱した直後でありながら、再びリリアの心臓を大きく跳ねさせた。


「させないっ!!」


 精霊たちの助力を受けて着地したリリアは、間髪入れずに再び鉄の悪魔へと走り出していく。

悲鳴を上げて距離を取っていく人々を跳び越して、その勢いのまま、"鉄の悪魔"へと光刃を打ち込んだ。

敵の動きを封じるための、全力を込めた一撃。戦う理由のその原初にも被るこの光景が、彼女により一層の力を与えていた。


「はあああああああああっ!!!」


 強烈な切り下ろしが、更に溢れ出る精霊達によって更に力を増して行き、

やがてそれを受ける"鉄の悪魔"の片膝を付かせる。拮抗していた圧力を、押し切った証だった。

言うまでもない好機だ。リリアは一旦着地すると、その力をバネのように再利用して、再び飛び上がる。

その勢いを剣に集めるように体を回して、その構えは、彼女の得意技のものだ。


「"ステラドラ――"っ、えっ!?」


 が。リリアが渾身の一撃を放とうとした瞬間。視界の中心から隅へと、黒い影が急速に動く。

ついた膝を足がかりに、"鉄の悪魔"は飛び上がったリリアの足下を抜ける形で飛び出していた。

そしてそれは、リリアへの反撃のためのものではなかった。


「逃げたっ!?」


 勢いのまま翼を広げ、飛行へと移行する"鉄の悪魔"。

かの者はリリアへと振り返ることなく、そのまま飛び立っていく。

一瞬の隙をついて、彼女から距離を取る、あるいは逃亡することを選んだようだった。


「ちょっ、待ちなさいっ!!」


 一時撤退か、あるいは標的を変えたか。

いずれにせよリリアから離れるということは、逃げ出していた観客の方へと向かうという意味でもある。

どちらにしても許すわけにはいかない。即座に駆け出すリリアだが、飛び出した"鉄の悪魔"は速い。

距離は縮まるどころか離れる一方で、リリアの脳裏に、襲われれた故郷の光景が過る。


「ーっ!!」


 足は止めない。だが焦りだけが急激に強くなっていく。

人質か、あるいはそれ自体が目的か。

高度を僅かに下げた"鉄の悪魔"の様子からは、やはり彼らが標的であると伺えてしまった。

逃げていく観客たち、無論彼らもまた、逃げ切れるような速度ではない。"鉄の悪魔"のその刃が、構えられる。


「待っ……! えっ……!?」


 リリアの視線の先。同時に構えられた刃が、もう一つ。

下がっていく群衆の中、逆に留まることで突出する一つの人影のものだった。

美しい黒髪を靡かせる、少女だった。恐怖と悲鳴に包まれる観客と違い、その瞳には強い闘志が浮かんでいた。

そのまま彼女は、腰に下げた刀、その柄を強く握って。


「"灯籠一刀流奥義――『乱れ桜』"ッッ!!」


 "鉄の悪魔"と交差する彼女。

いつの間にか、鞘に収められていたはずの刃は振り切られていた。

時間が止まったかのような残心、その直後。鴉のそれのような"鉄の悪魔"の翼が、無数の羽の欠片となって散っていく。


「えっ……!? ……ああっ!」


 目で捉えることは出来なかったが、何が起きたのかは理解できた。

そして先程よりもずっと近づいて、その人物を目に入れて。リリアの声が、ずっと明るくなった。

抜刀したまま、墜落した"鉄の悪魔"の方へ振り向いて。力強く彼女は言い放つ。


「事情はわかりませんが……狼藉を働いた上に、戦いの最中に敵前逃亡など! 恥を知りなさいっ!」

「アカリさんっ!!」


 彼女の名を呼んで、リリアは彼女の元へと駆け寄る。

色んな、大きな感情の込められた声掛けだった。その一言でそれを理解して、アカリは微笑んで返す。


「リリア、貴方は……いや。事情を聞くのは、あとにしましょう。私も加勢します!」

「アカリさん、いいの!?」

「勿論! 私は軽い気持ちで友達だと言ったつもりはありません!

 事情がなんであれ、貴方の敵は私の敵ですっ!」


 そして僅かな問答で、アカリは自分の立場を明白にする。

リリアのそれと同じように、アカリの言葉にも多くの、強い思いが含まれていた。

感極まりそうな心をぐっと押し込んで。リリアは隣に並んで、それに応えた。


「ありがとう、アカリさん……! じゃあ、一緒にっ!」

「ええっ! お願いします、リリア!」


 地に落ちた"鉄の悪魔"が立ち上がり、二人へと振り返る。

あいも変わらず、その瞳から感情は読み取れない。だが変わらぬ敵意を表現するかのように、再び刃を構えていた。


――――


止まり木の傭兵たる暗殺者、ピアーズにハバキ。

ジストと隣り合わせに挟まれる中、牽制の視線を送りながら。リーンは指先に、わざとらしく力を込める。


(毒は……まだ回っている最中、か……)


 それは、自分の身体の状態を確認するためのものだった。

人生の中、何度も使ってきた自分の身体だからこそ分かる、毒に冒されたが故の違和感。

段々と強くなっていくそれを、感じ取っていた。その様子に、彼らを挟むピアーズが笑う。


「我が毒は、時が経てば更に体を蝕んでいく。お前達は終わりだ」

「何れにせよ、その体ではどうしようもあるまい。我が斬馬刀の錆、そして我が誉れとしてやろう!」


 既に勝ち誇った様子を見せる二人。

だがそれも間違いと言えない程に、ジストもリーンも状態は悪かった。

牽制の視線は外さないまま、リーンが背後のジストへと語りかける。


「おい」

「何だ?」

「担当交代だ、行けるか。大物の方が慣れていて、やりやすい」

「……いいだろう。俺も頑丈さだけが取り柄だ。毒使いには俺のほうが適任だろう」


 一言のうちに意図を交わし合って、二人は威圧の視線のまま、素早く立ち位置を入れ替える。

ジストがピアーズ、リーンがハバキの方へ立った形だ。言葉通り、相手を交代した形なのだろう。


「何のつもりだ?」

「ふん。何を企んでいるのか知らんが……」


 その二人の様子を嘲笑しながら、ピアーズとハバキは再び得物を構える。

ジスト達の取った作戦は気にも留めていないようだ。

狙いを正す様子もなく、刹那の呼吸の後、再び挟み込む形で飛び掛かる。


「死ねっ! "宵闇落とし"っ!!」

「潰してくれる! "剛牙"ッッ!」


 そしてジストには上方からの放たれた無数の黒棘が、

リーンには大上段に構えられた大刀の振り下ろしが迫る。

共に凄まじい勢いの攻撃だ。ただでさえ毒に身体を蝕まれる二人、それに止めを刺さんとする一撃だ。

だが、それを見過ごすわけもない、第三の戦力がこちらにはあった。


「うおおおおおおっ!!! "吹き荒べ"っっ!!」


 ジェネの号令によって突風と化した精霊たちが、

彼の伸ばした腕の先、ジストの直上へと撃ち出される。

それは彼を棘の雨から守る傘となって、その全てを吹き飛ばした。

苦い顔と共に、ピアーズの視線がジェネの方へと向く。


「ちいいっ、雑魚だと放っておけば、小賢しいっ!! お前から先にっ……!」

「させるかっ!!」

「ぐあっ!!?」


 そしてそれは、ジストが隙を突くに十分な隙だった。

集中を傾けたその瞬間、彼女の脇腹にジストの右足が打ち込まれていた。

大きく吹き飛ぶピアーズを目で追って、しかしジストが抱えるのは懸念だった。


(浅いっ! ここまで動かないかっ……!)


 その思考を遮るように、直後、その背後から爆音が響く。

ハバキが大刀を振り下ろした、その衝撃だった。

一方でジストの方の様子を悟ってか、その口調は荒い。


「ピアーズ……ええい、軟弱者めっ!! 私が全て……!」

「そういう事は、まずは俺を倒してから言うんだな」

「……何っ!?」


 振り下ろされた刃、それを最低限の動きで躱していたリーンが言葉を遮る。

その右手には、連結され両刃と化した剣が握られている。

無論このまま、すぐに反撃へと移るために。ハバキが反応したときには、既にリーンはその刃を振り抜いていた。


「ぐうっ!?」

「……ちっ」


 その刃は、ハバキが身に着けた鎧にまでは届きはしたものの、

間一髪、反応して反らした彼の身体までは届かなかった。

露骨に悪態を付くリーン。彼もまた、結果がこうなった理由まで分かっているからだ。

万全であれば、その刃は致命の場所まで届いていたのだろう。

ともあれ、双方とも優位を築いたといえる状況。だがその直後、再びその頭上に、炎の柱が生み出される。

それも今度は一人ずつに向けた、三本。攻撃の密度、精度は確実に上がっていた。


「ちぃっ、鬱陶しい……!」

「くそっ! いい加減にしやがれっ!」


 反応して、再びジェネが腕を空へ伸ばす。それはこれまで通りの炎の柱の迎撃、だけに留まらなかった。

ジェネの視線は、宙に浮かぶ炎の柱、その先へと向けられる。

この術の使い手、その気配に向けてのものだった。


(しっかし、この精霊術、どうにも……)


 その最中。ジェネは抱き始めていた、あるいは引っかかっていた事を心に浮かべる。

内心とはいえ続く言葉を思い淀んだのは、それが彼の感性からすると、()()()()、と言えるものであったからだった。

だが、彼も精霊術についてはエキスパートである。直感的に浮かんだそれを、見逃すこともできなかった。


(この術……いや、今はいいっ!!)

「あぶり出してやるっ! そうすりゃ分かることだっ! "撃ち抜け"!!」


 しかし状況が故に、その迷いを振り切って。

ジェネは得意技たる、炎と風による無数の熱線の嵐を撃ち出す。

熱線はそれぞれの炎の柱を砕くものの他に、その一部が、深い森林の枝葉が覆い隠していた空へと伸びていく。

気配では捉えている、その敵を討つために。

そして。それに対する反応と言えるだろう、不可視となる場所その一点から、新たな声が響いた。


「……"吹き荒べ"ッ!」


 それはジェネの声ではない。だがジェネが使うそれと、同じ意味を成していた。

その号令に反応して、ジェネの熱線をかき消すように一本の竜巻が撃ち返される。

暴風と化した精霊たちが、視界を塞いでいた枝葉を吹き飛ばし。その正体が、ジェネの視界の中でも顕になった。


「……やっぱり、か……!」


 暗い森から見上げる逆光が故に、その身体には影が落ちていて視認はしずらい。

だが、シルエットだけでも十分だった。先の悪い予感が、当たったと確信するのには。

太い四肢に加えての、背中から伸びる巨大な翼。ジェネと、同じ風体。

だが彼の者が今、中空に居るという事は。その翼が正しく、役割を果たしているという証だった。


「何度も何度も、鬱陶しいと思ったが……なるほど、同族か。随分と若いようだが」


 龍人。それが相手の、精霊術の使い手の正体だった。

言葉や佇まいからすると、ジェネよりも一回り以上の齢だろうか。

ジェネを一瞥すると、彼は翼を羽ばたいて、急速に高度を下げていく。

その最中、手をジストらの方へと向ける。その仕草と気配に、気付いたジェネが叫んだ。


「下がれっ! 無詠唱ソウルブレスだっ!!」

「何っ!?」


 彼の警告に、間一髪跳び下がるジスト、そしてリーン。

直後、彼らの居た場所に一陣の鋭い風が奔る。

先程まで経っていた場所に、深々と入る傷跡。その威力を証明していた。

そして陣形を整えるように、その龍人の元にピアーズ、ハバキが寄っていく。


「これはどういう事だ、傭兵共……毒さえ仕込めば、後は容易いのではなかったか?」

「喧しいぞ、ツイストっ! 貴様は黙って見ていればいい!」

「これは我らの獲物だ! 要請した以上の手出しは無用!」

「莫迦共め。私の援護を受けてなお、この様でよくそんな事が言えるものだ」


 その中で交わされた言葉は、少なくとも、友好的といえる類のものではなかった。

だが一先ず、状況は睨み合いの場面まで戻った。駆け寄って、ジェネは二人の状態を確認する。


「おっさん、リーンさん、大丈夫か?」

「ああ。まだ、な」

「……」


 毒は、今も身体を冒している最中なのだろう。

片膝をついて少しでも体力を温存しようとしているその様子は、

細かく見る余裕はない今でさえ、分かるほどに悪化しているように見えた。

状況の悪さに、ジェネは歯を噛みしめる。その最中、上げた視線で。

ツイストと呼ばれた龍人と目があって、その鬱憤のままに叫んだ。


「てめえっ! なんで龍人がそっち側に加担してやがるっ!

 分かってんのか、精霊を暴走させて魔物にしてるような奴らなんだぞっ!」

「……ふん。その言い草からするに()()()()()の出か、貴様。

 あの古ぼけた価値観で、此度にも首を突っ込むとはな。精霊が友など、欠伸の出る戯言だ」


 彼の返答には、いくつもの、癇に障る言葉が含まれていて。

ジェネの表情が怒りでぎゅっと締まる。それを込めて、再び叫ぶ。

それは悪い予感の中にあった懸念、それを吹き飛ばすものでもあった。


「あいつらの事は知ったことじゃねえ!! てめえの考えはよくわかった、もういい!!

 同族だからって容赦しねえぞ!!」

「ふん。ヴァレーリの小僧が何を出来ると言うのだ」


 そのジェネの咆哮に、冷めた口調で嘲笑を返すツイスト。

視界の中で、その傍らのジスト達にも目をやる。そして、隣の二人にも告げた。


「……なるほど、英雄共の毒は回りつつあるようだな。

 あの小僧は、私がやろう。貴様らは今度こそ、英雄共を仕留めてみせろ」

「ふんっ! 偉そうに命令するなっ! 貴様こそ脚を掬われるなよっ」

「真に1対1ならば、負ける理由はない」


 彼の提言に、悪態を付きながらも賛同の意を示すピアーズ、ハバキ。

一方で迎え撃つジストらの視線も、ツイストの元へ集まっていた。


「なぜ龍人が……!?」

「……あの言い回しからするに、アスタリトに属していた者だろう。

 やはり一枚岩ではない、という事か。忌々しいが」

「……ジェネ。奴をやれるか?」


 龍人が敵であることの意味を、リーンは苦々しく口にする。

そして対抗するように、ジストが作戦を投げかける。


「ああ。だけど……おっさんたちも、やれるんだなっ!」


 その上で懸念となるのは、やはり二人の状態だ。

だがジェネの聞き方は、不安のそれではない。それは、信頼が故というよりも。


「勿論だ……きっと、リリアも戦っている! 俺達が引き下がるわけには行かないな!」

「そういう事だ。俺も、星の異名を戴く者。無様な真似をしては、合わせる顔もない」


 きっと、自分と同じように。

遠く離れた異国で、それでも尚、自分の信念のままに奔走することのできるリリア、あの子の事を思えば。

それだけで、闘志に溢れているはずだという確信があったが故だった。


「……ああ!!」


 状況は決して良くはない。だが昂ぶる気合と共に、ジェネは腕を前に向ける。

そして鏡合わせのように、ツイストも彼らへとその腕を向けていた。明確な、攻撃の意思。


「ごちゃごちゃと何を話している!」

「へへ、作戦会議だよっ! てめえらをぶっ飛ばすまでのなっ!」

「ほざけ、小僧!」


 切り結ぶかのような言葉を投げ合って、ジェネは意識を集中させる。

風と化した精霊たちが、その腕を包んでいく。そして視線の先のツイストもまた、同じ様子を見せていた。

それは、何か合図があった訳では無い。しかし同時に、その号令は上がった。


『"吹き荒べ"っ!!』


 腕どころか、辺り一帯を巻き込まんとするほどの太さの竜巻が、同時に相手の方へと伸びていく。

それはまるでこの地に限って、巨大な嵐が出来たかのように。辺り一帯を、暴風が包んでいった。


「ジェネっ、頼んだぞっ!!」

「ここまでだっ、英雄どもっ!!」


 そしてそれを合図にするように、ジストが、リーンが。そしてピアーズも、ハバキも一斉に飛び出す。

自らの勢力から吹き荒ぶ暴風を、追い風とするように。それぞれの相手とする元へと全速力で踏み込んでいく。

そしてその中心。誰よりもその風を受けられる翼を持つツイストが、風に乗って一点、ジェネへと飛び掛かった。


「死ねっ、小僧! "切り裂け"ッ!!」


 風の大爪を形成し迫るツイストを、強い気迫で迎え撃つジェネ。

彼の翼は大きさだけであれば、ツイストのそれを上回る。だが、それに意味が無いことは既知の通りだ。

風に乗り飛翔するその姿に、感じるものが無いわけがない。そこから沸き起こる劣等感も、不安も、無いはずがない。

だがこの瞬間、彼の気迫は折れる事はなかった。心に宿した少女の、リリアの言葉が支えていた。


『信じてっ!!』


 脳内で、内心で、彼女の言葉を再生する。

それが全ての不安をかき消して、無限の戦意を湧き起こす灯火だ。

彼の右腕に、炎と化した精霊たちが集まっていく。


「……俺は、リリアが信じた俺を信じるっっ! "爆ぜろ"ッッ!!」

「ぬ、ぐうっ!!?」


 迎撃するように打ち出した炎の拳は、打ち合う形でツイストの攻撃と重なり、そして唱えたように爆ぜた。

それは風の大爪をかき消しただけに留まらず、宙に居たツイストの身体を大きく吹き飛ばす。

声を上げるツイスト。だが、彼もまた見せる敵意に陰りはなかった。

受け身を取って着地すると、敵意を乗せた視線が重なる。


「おのれ……力の差を思い知らせてくれる!」

「上等だっ! 精霊を無碍にする奴がどれだけ弱いか、てめえにこそ教えてやるよっ!」


――――


 "鉄の悪魔"は再び、刃を構える。

逃げる手段を失った今、敵対する相手は倒すしかない。それが分かっているのだろう。

相対するリリアもアカリも、その仕草の意味は分かっていた。刹那、"鉄の悪魔"は急速に距離を詰める。

無表情、無感情が故の不規則な間合いに加え、翼を失ってなお素早い踏み込みに、

リリアが反応できる前に、不意打ちのように、その懐へと刃が伸びていた。


「――っ……!」

「危ないっ!!」


 だが、隣のアカリはそれを捉えていた。

突き出された刃の向き先を変えるように、間一髪、アカリは刀を振り上げた。

狙いがずれ、リリアの頭上へと伸びる刃。状況をようやく捉えて、リリアの目元が引き締まる。

アカリが制したことで生まれた隙、それを攻撃のために使うことを即断して、剣を振り上げていた。


「せやあああっ!!!」


 外側に回り込むように、僅かに身をずらして。そのままリリアは精霊を纏った剣を振り下ろす。

狙いは、アカリに制されていた"鉄の悪魔"の刀身だった。本体に届くまで詰める間はない、そう判断してのものだった

その根本の部分の側面へ打ち込まれた光刃。その威力は言うまでもない。脆い側面では、耐えようもなかった。

もはや剣を引く間も、許されなかった。直後、"鉄の悪魔"の武器である刀身はへし折れていた。


「やったっ!」

「リリア、お見事っ!」


 故に拘束を外れ、大きく後方に身を引く"鉄の悪魔"。見る限り、唯一の武器も失った状態だ。

これまでの戦い、そして今相対する二人の実力を思えば、勝ちの目は殆ど残っていないと言えるだろう。

だが、リリアの緊張が緩むことはなかった。脳裏に、故郷で見た"鉄の悪魔"の光景が映る。


(まだ……! 魔物を出されちゃったら、全部めちゃくちゃになっちゃう……!)


 その光景は、今でも鮮明に思い出せた。

刃を折ったのは、魔物を発生させる際に刃を振るっていたのを覚えていたからだ。

だがそれも効果があるかは定かではない。制圧するための隙を伺っていた。

相変わらず、その佇まいからは心境を察することの出来ない、"鉄の悪魔"。

感情のない視線が、変わらず二人へと向けられていた、その最中だった。

不意に、その目が光る。


「っ!? な、何っ!!」

「何を……!?」


 その様子は、リリアもアカリも捉えていた。

しかし直後、"鉄の悪魔"は、その変化が些細に感じる程の急変を見せることになった。


「――――ッッ!!!!!」


 突然全身を強張らせるように身を伸ばして、震えだす"鉄の悪魔"。

そしてかの者を包むように、赤黒い精霊たちが姿を現し、渦のような奔流を形作っていく。

赤黒い精霊。それが表すものも忘れるはずもない。

もはや思考を挟む時間もなく、気がつけばリリアは、赤黒の精霊の渦へと突撃していた。


「させるかああああああああああっ!!!」


 溢れんばかりの精霊たちに身を包まれたまま、鉄の悪魔"へと手を伸ばす。

絶対に許さないと誓った光景、それを前に立ち止まることなどできなかった。


「……はっ!?」


 だが、かつての光景を再現するかのように。輝く精霊たちの姿は段々と、赤黒く染まって行く。

そして今回。リリアを包む精霊たちも、それに巻き込まれてしまった。

つまりそれは。リリアの身体もまた、赤黒い精霊に包まれていく。

その異変が彼女自身に届くのは、その直後だった。


「あッ、ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!?」


 リリアの悲鳴が、場内に響く。

果たして、如何なる効果を彼女に発揮したかはわからない。

いや、受けた本人でさえ、その理由を理解できてはいなかった。


(なにこれ、やだッ、やだッ……!!)


 滅茶苦茶になった思考の中、嫌悪感と恐怖と、触感に依らない痛みのような感覚に包まれて。

自分の身体の中に、そうしたものが奔る感覚でいっぱいになって。

もはやまともな思考すら、維持できなくなって、意識が勝手に手放されようとした、その瞬間。

  

「リリアーっっ!!!!」


 突如全身に、確かな衝撃を感じるリリア。耳に飛び込んだ名を呼ぶ声は、アカリの物だ。

赤黒い精霊たちに囚われた彼女を救わんと、自らもその中に飛び込んでいたのだ。

横から浚うような咆哮から突入した彼女は、勢いのままに彼女を抱き、そのまま渦の外の方向へと飛び出す。


「ア、アカリさんっ……」

「リリア、しっかりっ!!このおっ、リリアから離れなさいっ!!」


 そのまま彼女に纏う赤黒い精霊を手で払い除けながら、声をかけ続けるアカリ。

返ってきたリリアの声の細さも、彼女の焦りに拍車をかけた。

上げた悲鳴からも今の様子からも、リリアが弱っていることは確かだ。

切羽詰まった状況の中、彼女の救命のために思考を回す。回す。


「はっ!?」


 いや。それはむしろ、傾け過ぎてしまっていた。

アカリは気付けなかった。いつしか、赤黒い精霊の渦が収まっていることも。

そして背後に。翼、刃など欠けた部分をいつしか再生していた、"鉄の悪魔"が立っていることも。


「っ、 ぐあっ!?」


 間髪入れずに振り下ろされた刃。

咄嗟に鞘ごと構えて受け止めるアカリだったが、体勢にしても精神にしても、

全く受けの準備など整っていない。再生した"鉄の悪魔"によって、簡単に刀は弾き飛ばされてしまった。


「はっ……」


 そして。無防備になった二人に向け、再びその刃は振り上げられた。

再生した刃が、二人へ向け振り下ろされる。もう動く間など、残されては居なかった。

凶刃が、迫る。


「……させないわっ!! "レギオン・チェーン"っ!」


 それは、間一髪。

"鉄の悪魔"の側面から。アーミィが腕から伸ばした鎖が、それを止めていた。

荒い呼吸は、それだけ急いでここに来たということだろう。だが、それだけではない。

"鉄の悪魔"の視線が向いて、アーミィの身体がビクりと跳ねる。


「ひいッ! で、でも……! 

 リリアだって、こんなに頑張ってるんだものっ! 私が相手よっ!」


 身体を震わせる恐怖。しかしそれを拭い去らんと咆哮するアーミィ。

精一杯の敵意を込めて、震える瞳をかの者へと向ける。


 だが。異変が起きたのは、その時だった。


「……へ?」


 敵意以外、その心境を窺い知ることのできない、"鉄の悪魔"。

しかしこの瞬間、明確な敵であるアーミィに対して、まるでその機能を停止したように止まっていた。

その所以は、無論知る由もない。そしてこの瞬間。起こった異変が、もう一つ。


――


「……あれ?」


 再び、自分を意識できるようになった事に気づくリリア。

周囲を見渡せば、光一つ差さない深淵の闇が広がるばかり。だというのに、自分の身体だけは鮮明に見えた。

そして。先ほど混濁していたはずの意識は、なぜか妙に鮮明だった。


「これって……夢っ!? 早く起きなきゃ!?」


 だからこそ。この場が、現実でないことに気づく。

自分が昏倒した状況についても、鮮明に覚えていた。どう考えても今、意識を失っている場合では無いことも。


「ど、どうしたらいいんだろっ!?」


 だが、明晰夢を見た記憶など殆どない。

夢だと分かっていても、その世界から離脱する方法など知る由もない。

ただ焦りだけが募っていくリリア。


「……リリア」

「へっ!?」


 その世界に突如、声が響く。自らを呼ぶ声だ。

聞こえたのは、すぐ真後ろからだった。その方へ振り向くリリア。

いつから現れたのだろうか、その主はすぐ側に立っていた。

聞こえた声の通り、大人の女性だ。知っている人物ではない。

だが、その雰囲気はどこか、自分に似ているような気がした。思わず、リリアは問いかける。


「……お母さん?」

「……ちがうよ」


 微笑んで、しかしリリアの問いかけを否定する彼女。

会ったことも無い、人柄すらも分からない母。

否定されて、しかしリリアはどこか、安心も感じていた。

そのまま彼女は、言葉を繋いでいく、しかし。


「会うのはこれで二回目かな。前は赤ちゃんだったから、きっと覚えてないよね」

「へ……?」

「あなたが、あなたで在れなくなろうとした時の事。今回も、きっとそうだよね。

 でもこんな時ぐらいでしか、あなたの助けになれないから。

 ……私こそ、助けられたようなものなのに」

「え? え? ど、どういう事?」


 続く言葉は、全くリリアには理解できないものだった。

大量の疑問符を浮かべるしかないリリアに、彼女は再び微笑む。


「あなたにあげられるもの、これぐらいしかないから。

 せっかく会えたんだし、教えてあげる。

 ……世界を救う、とっても格好いい英雄。その人の技の、ひとつ」

「え……えと、あのっ! 一体どういう、わあっ!?」


 困惑するしかない中、次の言葉を待つことも出来ず。リリアの視界は、急にホワイトアウトしていく。

その話は、終始、もはや噛み合ってもいないとさえ言えるものだった。

答えも得られずに、ただ歯がゆさだけを感じるリリア。だがそこに、再び声だけが残る。


「……()()()のこと、好きになってくれてありがとう。

 どうか。あなたは、幸せになってね」


 それはリリアに、困惑だけでない思いを残した。

視界が、開ける。


――


 静止していた"鉄の悪魔"。

しかし今、その瞳に映る敵意が戻る。時間にして、ほんの数秒だったろうか。


 「ひっ、ひいいっ!」


 改めてそれを受けて怯えるアーミィ。

拘束を解除せんと、"鉄の悪魔"が屈んだ、その瞬間。


――結果として。その数秒は、結末を大きく変えることとなった。


「……うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 咆哮と共に、リリアは覚醒していた。

その全身を再び、輝く精霊たちが包む……いや。

リリアの身体そのものが、精霊たちのように輝いていた。


『リリアっ!?』


 彼女の様子に驚いた二人が声を出した時には既に、リリアは"鉄の悪魔"の眼前に迫っていた。

"鉄の悪魔"は、ようやくそこで反応を返す。だが、もう対応するには遅かった。

より一層強く輝いたリリアの右腕が、"鉄の悪魔"の胸元へと伸びる。そしてその体躯を、掴み上げていた。


「……――!」


 ここに来てようやく感情……焦りのような動作を見せ、もがく"鉄の悪魔"。

だが掴み上げられた右腕を通して、輝く精霊たちが体内に送られているかのように、

身体は同じように輝きを放ちながら、その動きすらも拘束されていく。

もはや刃も振るえなかった。リリアの瞳が、その顔を捉える。いつも宿っている強い意志が、今、輝きを放っていた。

そして。左手を添えた右手が、より一層輝いて。


「"ステラブレイク"ッッッッ!!!!」


 右手からの一際大きな発光、あるいは閃光と共に。

リリアの右手、そして体内に送り込まれた精霊たち、その全てが炸裂したかのような爆発が、"鉄の悪魔"に叩き込まれた。

その衝撃のままに右手から離れ、大きく弾け飛んでいく"鉄の悪魔"。

今度は受け身も取ることなく、着地点を転がり。そして倒れたまま、立ち上がることはなかった。


「リリアーっ!!」

「よ、よかったぁっ……だ、大丈夫、なんですよねっ!?」


 直ぐ様彼女の側へと駆け寄るアーミィ、そしてアカリ。

彼女らに声を掛けられながら、リリアはしばし、呆然としていた。


「……」


 リリアの身体の発光が、収まっていく。

先の、夢の内容を思い出していた。謎だらけの理解不能な内容、しかし、本当に鮮明に覚えていて。

だが技についての指導が確かにあった訳では無い。まるで直感のように、リリアは先の技を完成させていた。


「……え?」


 そこでリリアは自分の瞳から、涙が流れていることに気づく。

その理由もわからない。そうさせる、この胸に宿る感情が何であるのかも。

だが何故だか、この思いは、大事にしたいと思って。

リリアは熱くなる胸を、ぎゅっと抱いた。


「リリア、大丈夫……ん?」


 そんな彼女を案じつつ、倒れた"鉄の悪魔"へ目をやるアーミィ。

リリアの技による凄まじい衝撃故か、その頭部を守っていた装甲が今、彼女の視線の先で割れた。

そして、その内部が顕になる。


「……えっ?」


 呆けたような声を出す、アーミィ。

正しくは、そんな声しか出すことが出来なかった。"鉄の悪魔"、その、正体に。

そして感情と共に、叫ぶ。


「……レオナっっ!!!」


 それは、救わんとしていた従者の名だった。

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