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OverDrivers  作者: jau
17/30

17話 閃く星の勇者

「楽なもんだったな。あとはこっそり、引き渡すだけだ」


 路地裏、建物への勝手口。

四方のうち、三方が壁に囲まれた袋小路で、男たちは軽口を叩きあう。


「まあ船に乗せられた分、時間はかかりましたけどね?

 ただそれを差し引いても美味い仕事っすね、バゼルの旦那」

「まあなあ。この田舎娘にそんな価値があるのか、さっぱりわかんねえけどな。

 ま、こういう仕事は詮索しないに限るぜ」

「いやはや、その通り! まあでも、中々の別嬪ではありましたけどねぇ?」


 言葉遣いからすると、中央に立つバゼルという男がそのリーダーであるようだ。

騎士のそれよりは軽い鎧に、斧、剣、その他数多くの武器を背負っているその男は、

他の野党さながらの雰囲気を与える粗暴な部下たちとは、一風違う雰囲気を纏っていた。

声を掛けた二人目の部下が、下卑た欲求を含めた目線で樽を見る様子を、彼は咎める。


「おいおい、いつもの()()はよしとけよ?

 出来る限り無傷で捕らえろって言われてんだ。()()()()()が下手くそなお前じゃ、どれだけ痛めつけるか分かったもんじゃねえ」

「だ、旦那ぁ、そんな、殺生な……」

「駄目だ。折角のいい仕事をフイにしてたまるかってんだ! ガスター、てめえはここで見張りやっとけ!

 ブルス、バーン、()()を中に入れとけ。他の奴にも手出させんなよ? 俺は休む」

「へい!」

「ぐうう……くそっ、つまらねえ」


 して、全員が満足した返事をしたわけではないものの、それぞれ与えられた仕事に就き始める。

ただ一人残されたガスターという男は、そうなってようやく、悪態をついた。

同情の余地についてはともかく。欲求も叶えられず、更に罰則のような目に合えばそうもなるか。

退屈そうに座り込む彼。そこから、ここに繋がる曲がり角、差し込んだ光に人影が映るのを見つける。


「……あん?」


 人影は、この路地に近づく形で動いていた。

折角座り込んだばかりというのに、そう言わんばかりに表情を歪ませながら、ガスターは立ち上がる。

もちろん、その侵入者を迎え撃つためのものだ。その実体が曲がり角から姿を現すまでは、そう時間はかからなかった。


「……ん」

「……あ?」


 それを認めた瞬間、彼は思わず脱力しそうになった。自分よりも遥かに小さな体格、可憐な姿。

曲がり角から現れたのは、まさしく少女と呼べる存在だったのだから。

脅威とは思えないその姿に、ガスターも緊張感が抜けていく。

その中で、あるいはそれが故か。彼の下卑た欲求が、再び顔を見せ始める。


(丁度いい……こいつで遊ぶかぁ!)

「お嬢ちゃん。どうしたんだぁ、こんなとこで……」


 声を掛けながら、彼は再び歩き出した。

口に出した言葉は、相手へ近づく時間稼ぎ以外の意味を持たない空虚なものだ。

下劣なその欲求を、叶えるためだけの。

それを迎える少女は、ただ真剣な表情で彼を睨んでいた。

手を伸ばせば届く、その寸前の距離まで近づいたとき。その口が開かれる。


「貴方の姿。覚えやすい外見で、助かっちゃった」

「……は?」


 かなりの体格差を前にして、少女は不敵に笑う。あるいは嘲るような言葉でもあった。

何もかもが予想だにしない光景に、一瞬、ガスターは思考を忘れる。

彼が面食らっているうちに、少女の表情が再び真剣に引き締まる。

ずっと強い威勢で、少女は再び声を投げかけた。

 

「あの女の人はどこ!? ……どうするつもりなの!」

「なっ……てめぇッッ!? 黙らせてやるっ!!」


 その言葉でようやく、その少女の目的、そして明確な敵であることを理解するガスター。

明確な敵意を表す言葉と共に、その太い腕が振りかぶられる。

完全に子供である少女へ振り下ろされる、余りに暴力的な光景。だが、少女の表情に恐れは一片も浮かばない。

可憐な印象を与える、()()が身につけるタイトな手袋、膝上までの靴下。

その手足を包むように、光が、輝く精霊たちが姿を現す。


「おりゃあああああああッッッ!!!!!」


 そして。リリアは男の腕を迎撃するように、精霊たちを纏った拳を打ち上げた。

真っ向からぶつかり合う膂力、打撃音と共に、骨の折れる音が響く。


「げえっ!? ぎゃあああああああああッッッ!!!??」


 悲鳴を上げたのは、ガスターの方だった。

何が起きたのかも分からず、倒れてのたうち回るガスター。

ただ分かるのは、自慢の剛腕が折れ、激痛を発していることだけだ。

一方のリリアは、彼の背後に、建物内に入るための扉を見つける。

再びなんとか立ち上がる彼に、もう一度強い視線をぶつける。


「そこの奥ね!」

「く、クソガキがああああああッッ!!」


 もはや何も分からず、怒りのままにガスターはリリアへと突進する。

これが悪手であるのか、本当に力押しで征することが叶う相手であるのか、それさえも分からないままに。

リリアの脚部に纏わる精霊たちが、再び輝き出す。大きく屈んで、直後。

爆発的な衝撃を後に、踏み込んだ小さな彼女の体が、既にガスターの眼前まで到着していた。


「"ステラフェアー"ッッッ!!」


 その勢いのまま、精霊に包まれたリリアの膝が、その顔面へと突き刺さっていた。

自らの突進、その慣性すら敵に周り、強烈な膝蹴りをさらに重くする。

それもすぐ、慣性すらも均衡に耐えられなくなり。ガスターの巨大な体が、与えられた力のまま後方に弾け飛んだ。


「ぶうッッ、ギェバアアあああああ!!!!!!!」


 巨大な彼の体は、そのまま扉へと直撃し。

しかし扉すらもその勢いに耐えられずに、そのまま打ち破られてしまう。

大きく空いた、扉があったはずの空間。強引な鍵破りとなったそれを見つめて、リリアは頷いた。


「……よしっ!」


 だが見得を切ったそれに見合うほど、状況は落ち着いてはいない。

この爆音は、人間が異変を感じ取るのにあまりに十分すぎる。

内部に居たのであろう、おそらく、同じ組織の手のものであろう男たちが姿を表す。


「なんだ、てめえッ!? "ウィンドスピア"っ!!」

「うわっ!?」


 その出会い頭に、その一人から精霊術が放たれた。

飛び出した鋭い風の槍を、リリアは大きく身を捩ってなんとか回避する。

地を転がりながら、彼らの姿を見据えた。


「ガスター、何があった!? ……あのガキがやったのか!?」

「俺の術を避けやがった。油断すんじゃねえ、捕まえんぞ!」


 彼らは、リリアが先程見つけたメンバーではない。

それはつまり、彼女が見た人数以上に、彼らの仲間が居るということを示していた。

状況が分からないほど、リリアも愚鈍ではない。

明確な数的不利。それぞれへの腕っぷしであれば負ける気はしなかったが、

並の一般人ならともかく、今目の前に居るのは、精霊術に精通しているような明確な戦闘員だ。

思わず似合わない冷や汗が、頬を伝う。後ろ向きになる心、だが、引き下がる足を止めるだけの理由はあった。


(いつまでもここに居るとは限らない……今、助けなきゃ!)


 恐怖、不安。それは確かにあった。まだ幼いと言える彼女には、それこそ重すぎるほどの。

それを打ち消すのは、強い意志、そしてこの場面においても。それを育てた、かの存在だった。


「"紡ぐもの皆、私の宝物"……」

「あん……?」


 立ち上がりながら、リリアはそれを口にする。

自分でも分かった。それを続けるほどに、心が奮い立っていくことを。

もう一度、決意の籠もった視線が男たちへと向けられる。

呼応して溢れていく精霊たちに包まれて、リリアは決心のように叫んだ。


「"零しはしない"ッッ!」 

「やる気かっ! やるぞ、お前らっ!」

「おおっ!」


 その様子から彼女の闘志を悟って、男たちは再び戦闘態勢に入る。

リリアもまた、極限まで集中を高めていく。何人の敵がいるかは、もうわからない。

出来るのはただ、隙を見せることなく、その全てを打ち倒すことだ。ただ意志だけが、それを支えていた。

そして再び先制打を与えるために、身を屈ませて力を込めたその時。

彼女の耳に不意打ちのように、声が届いた。


「流石に無謀だ」


 その言葉に頭が思考を始めるより、反射的に声を出すより、さらに先じて。

その一瞬、この場に「何か」が疾った。

まるで光、閃光のように視界を横切った何か、リリアが捉えられたのはそこまでだった。

遅れた反射的な声が、ようやく彼女から漏れる。


「え……?」


 まるで時が止まったかのように固まる光景。

直後、男たちがまるで糸の切れた操り人形のように脱力していく。

そして。いつの間に立っていたのか。新たな人影が、リリアの眼前に現れていた。


「……倣って言葉を借りるのなら。

 "君もまた我らの宝物。どうか自らを零すことなかれ"。

 初対面の相手に、かける言葉ではないだろうが」


 言葉からも、その様子からも。この光景は誰が成したのかを示していた。

振り返ったその顔と視線が合って、リリアは思わず息を飲む。

極めて端正な、美しく可憐な顔。その口から放たれる声も、愛らしい鳥のように美しい。

後ろで束ねられた、長い銀の頭髪もその印象をさらに強めた。

美術品のような印象さえ受けるその瞳は、しかし美しさだけではない、極めて強い意志を感じさせた。


「あなたは……?」

「リーン。アスタリトの騎士だ」


 リリアの問いかけに、かの戦士……リーンは自らの名を答える。

その口調はかなり平坦で、冷静なものだった。

あまり窮地に陥っていたリリアを労う、といった色は多くない。

それでもリリアはまず、感謝を口にした。


「あ、ありがとうございました! 私、リリアって言います」

「そうか。先の話を聞かせてもらった。

 君は奴らが、誰か女性を連れ込んでいるのを見たんだな」

「はいっ!」

「助かった。()は今、行方知れずの女性を探している。君の見た女性が、その本人であるかもしれない」

「本当に!? それじゃ、一緒に助けに行きましょ!」

「む……」


 目的が共通しているのを知り、リリアは迷うこと無く共闘を持ちかける。

窮地から脱した後でありながらの態度は、先の奮起が本心からのものであることを示しては居たが、

一見、完全に少女そのものである彼女からの申し出には、リーンも悩みを見せる。

その最中、最初にリリアが打ち倒した男……ガスターの姿が目に入った。

完全にノックアウトされているその姿を、改めてリーンは観察する。


(凄まじい力だ。何をしたのかまではわからないが……力だけなら、並の戦士の比じゃない。

 そんな規格外を辺境伯が放っておくとも思わないが、何者だ……?)


 その異常な傷跡から、リリアの攻撃の度合い、そして彼女の存在を推し量る。

詳細に見える距離ではなかった関係で、何が所以であるかわからないものの、

ともかく、それは判断の材料になったようだ。そのまま、リリアの方へ振り返る。


「……そうだな。では、協力しよう」

「はいっ!」


 その承諾に頷くリリア。その声色は、騒ぎの後だと言うのにかなり明るい。

それはリーンにも感じられるほどのもので、あるいは、それは疑念でもあった。


「妙に元気だな」

「だって、エレナの言葉に()()()()返してもらうこと、ほとんどなくて!

 さっきの、レザリオがエレナに掛けてあげた言葉だよね!?」

「不思議な事を言う。アスタリトの騎士なら、誰だって諳んじられるものだ」

「え? ……あっ!」


 その理由を素直に答えたリリアに、更に続けた言葉には、その色が強く現れていた。

だからこそ、リリアも流石に勘付いた。言葉に、土地柄を出してしまったこと。

そして自分の立場を考えると、この発言が失言であったかもしれないことに。

だが幸か不幸か、状況はそこに踏み込む余裕を与えなかった。


「お、おいっ、どうした!? なんだテメェら!!」

「旦那が感づかれたのか……!? くそっ、ぶっ飛ばすぞ!!」


 入口の異変を知った者たちが、再び建物の内部から姿を表し始めていた。

それを一瞥して、リーンはため息をついて向き直る。


「……まあ、今はいい。まずはやるべきことをやるぞ。戦いは任せろ」

「えっ、大じょ……」


 彼女への疑念を、言葉にして取り下げて。

下げた鞘、その上下両方に伸びる柄に、それぞれの手で手を伸ばしていく。

そして一気に引き抜き、反対側の腕に回すように二刀一対の剣を構えて、そして。

リリアからの心配を聞くまでもなく、リーンは動き出した。


「……"エクスレア"ッ!」


 直後。リリアの眼前に居たはずのリーンの身体が消える。

いや。彼女がそれを認識した時には既に、その身体は室内に到達していた。

遅れて、何かが倒れる音に気づく。先に姿を見せていた二人の男だ。

まるでいきなり精魂が抜けたかのように、その場に崩れ落ちていた。

その傍らには、新たに金属片や木片が転がる。それは、彼らが構えていた得物の剣や槍の成れの果てだった。


「えっ?」


 呆けた声を上げるリリア。その目は、何も捉えることができなかった。

余りの早さが故なのか、特別な力によるものなのかも。

ただ一つ分かった事は、先の初対面の際にリーンが行った事、

それがもう一度繰り返されたというだけだった。その先で、振り返った顔と視線が合う。


「殺してはいない。後々、聞かなければならない事もある。

 ともかく先を急ぐぞ。ここからが、君の力を借りることになる」

「あ、うんっ!」


 ともかくその言葉で我に帰って、リリアも追って室内へと駆け出す。

彼女を待って、リーンもまた動き出す。室内の探索、その始まりだ。

が、その出鼻を挫かんとする凶刃が現れる。


「クソがっ、死にやがれ!」


 待ち構えていたのだろう。リリア達が走る横側、突然開いた扉から三叉槍を構えた男が飛び出す。

狙いは、先を走るリーンの方だ。

顔の影響下、華奢にも見えるその体に、暴力的な刃が迫る。


「遅い」


 だが、それが通ることもなかった。

走る体勢も崩すこと無く突き出された双剣、その片方が攻撃を完全に殺していた。

そして、先頭のリーンに攻撃して生まれた隙だ。

位置の関係から、腕に光を、精霊を纏ったリリアが横を突く形となっていた。


「なっ……!?」

「そこおっ!!」

「ぐ、ぎゃああああああっ!!!!」


 そのまま回避も許さず、リリアの拳が男の顔面を捉える。

余りに重い一撃だった。もはや耐えることもできず、男の身体は宙を舞う。

前方に伸びる通路の果て、扉に直撃して、ようやく止まった。

それが呼び鈴となって、また新たな男たちが姿を表す。


「な、何だぁっ!?」


 視界に飛び込む倒れた仲間、そして曲者の二人。

それは既に敵意よりも、混乱を生み出すほどのものに変わり始めていた。

迎え撃つように再び構えて、リーンがリリアに呟く。


「……なるほど。大立ち回りをするだけの実力はあったわけか。

 どうやら敵の数も少なくはない。君の力を信じるぞ」

「うん! 任せてっ!」 


――――

 早朝に到着し、降ろした荷物。それらは運ばれるどころか、だんだんとその数を増やすばかりで。

ドウマ商団長。ジストらと同じ船に乗っていた彼は、現状に眉をひそめていた。


「やれやれ、ようやく着いたと思えば検問の強化とは。うまく行かんものだな」


 不運続きの現状に、彼は自分の近況を振り返る。

そもそも今回、グローリアの英雄であるジストを内密に乗船させるという、異例も異例の出来事から始まっていた。

何の事情があるかまでは知らなかったが、おおよそまともな理由でないからこその密航だとは察しもつく。

せめて普通の仕事の範疇だけでも平和に終われば。そんな願いも、虚しく霧散していた。


「はぁ。こりゃ今日はリーブルで一泊するかな……ん?」  

「商団長ーッッ!!!!」


 それを告げる。騒然としている市場にも負けないような大声、ともすれば怒号が響き渡る。

思わず慄くドウマ。名前こそ出ていないが、それが自分を呼ぶ声なのは確実だった。

鬼気迫る雰囲気と共に駆け寄ってくる声の主、その存在感に間違いようはなかった。


「ひいいいいっ! どうしました、ええと……レイザ殿!」

「リリアを見ていないかっ!?」

「ご、ご息女様ですか!? いえ、こちらには」

「そうか……」

 

 商団長からの返答に、珍しく明確に気落ちする様子を見せるジスト。

その傍らにジェネの姿はない。表情に張り付いた緊張からは、言葉にせずともただならぬ事態を想起させた。


「ご息女様になにか?」

「突然すまなかった。町の中ではぐれてしまってから、どこにも見つからなくてな」

「それは大事です……! 団員にも探させましょう!」

「……」


 事情を聞いて、商団長も協力的な姿勢を見せる。だがそれに、ジストは二つ返事では返さない。

置き手紙、荒らされた様子のない部屋からして、リリアは自分の意志であの部屋を飛び出したと考えてよい状況にある。

そこへ、日常の仕事をこなす彼らの力を借りることに引け目があった。


「……いや、皆にも仕事があるだろう。そこまではしなくていい。

 船上で見ただろうが、並の暴徒程度に負ける子ではない」

「はぁ……」


 実際ジストの心持ちとしても、心配で7と、相談なしの勝手な行動に対する憤りで3という具合だ。

ただでさえ密航の手伝いをしてもらった商団に、これ以上迷惑を掛けられない。

そして、関わりすぎること自体もリスクと判断していた。ジストらの真の目的については、商団長も知らない。

グローリアのどこに敵が居るかわからない以上、彼らを深煎りさせることも危険であるという判断もあった。


「見かけたら戻るように声だけ掛けておいてくれ。仕事の邪魔をして済まなかった」


 話の締め、別れの言葉を置いて、ジストは再び市場の出口を目指す。

商団長と話して、少し自分が落ち着いたことを自覚した。自分を支配していた焦りについても。


(駄目だ。俺が冷静にならずにどうする)


 元はといえば確かに、リリアの独断こそがこの状況を引き起こしてはいる。

いくら溌剌で、我が強い面もある彼女とはいえ、自分勝手で我儘というわけではないのはもう知っている。

こうやって飛び出したのであれば、おそらく見過ごせない何かを見つけてしまったのだとは思っていた。

その行動力は、確かに彼女の長所の一つなのだ。だからこそ、自分は冷静であることが役割であると。

改めて息を吐くと、周囲を見回すジスト。焦りが故に行きの際には気づかなかったが、どうにも人、品の流れが滞っているようのが分かった。

そして、この場を覆う雰囲気も。


(妙に剣呑としている。何かあったのか……?)


 見れば出口は、おそらく公的な立場なのだろう、制服を身に着けた者達の姿が見えた。

その数も、一つの品に掛ける時間も、自分達が下船した時の比ではない。

ここまで見れば、ジストにもこの光景の意味が分かった。検問が強化されている。

行きの際に何もなかったのは、丁度今から始まったが故か。


「何か事件でもあったか……いや、待てよ?」


 その内容まではわからないが、しかしそれは、少なからず自分の行動が縛られるものだ。

苦い顔を浮かべるジストだったが、やがて、ただの障壁ではないことに気づく。

一つの思いつきと主に、荷物を運び、並ぶ者達の隣を抜けて進むジスト。

大きな荷物のない者のために設けられた道、門のようだ。

こちらはそこまでの行列はなく、ジストはすっとその出口までたどり着く。

そこで、衛兵であろう制服、もしくは鎧に身を包んだ者達から声が掛けられた。


「お待ちを! 辺境伯の令により、現在検問を実施しております。

 ご不便をお掛けして申し訳ないが、どうかご理解頂きたい」

「承知しました、デゼト商団の船員、レイザです。よろしく頼む」


 とはいえ、彼らの目的……行方不明者の捜索が故か。特に荷物のない者に対しての確認は簡素的だった。

ジストも唯一身につけていたナイフを差し出すと、丸腰となるほどの軽装だ。

男たちの手がが確認として、軽くジストの体を叩いていく。

無論、特別なものなど出てくることはない。だがその身体自体がある種、特別であった。


「こりゃあ……ずいぶんと鍛えておられますなぁ」

「はは、日々の仕事も厳しいもので。ところで、何があったのですか?」

「む……」


 雑談として出てきたそれに適当に返しながら、ジストは狙いの、その本題に入る。

その性分が故だろう、リリアはいつも騒動の中にいる。

ジストもそんな印象を持っていた。ならば、今回もその可能性はないか。そう考えてのものだった。

しかし、話題を振られた男の表情が僅かに曇る。

一瞬、墓穴を掘ったかと後悔するジスト。だが場に響いた新たな声が、その流れを断ち切った。


「それは私から話しましょう、商団員どの」

「ドグマ辺境伯! よろしいのですか?」 

「ああ、よい。我々の失態で、市井の方々へ迷惑を掛けているのは確かだからな」


 声と共に現れた、年嵩のいった男性へと目を向けるジスト。努めて無表情を維持する。

顔を合わせるのは初めてだった。だが、その名前は知っていたからだ。


(……ドグマ辺境伯。現国王アストラに公私共に深い信頼を受ける重臣であり、

 アスタリトの西端、その入口たる海岸周辺の地域を任される名君と聞いているが)


 思い起こした内容に、彼の悪名はない。だからこそジストは警戒する。

立場を偽らなければならない今、名君と称される相手と渡り合うことは簡単ではない。

眼の前のドクマの顔を見ても、表情からその本心は読み取れない。

その緊張を知ってか知らずか、少し沈んだ、しかし友好的な口調でドグマは話し出す。


「実は港で行方知れずの方が出ましてな。誘拐の可能性も含め、調査中というわけです」

「なるほど。それで検問の強化と」

「ええ。町も我々の仲間が捜索のため駆け回ってます。早く無事に見つかればよいのですが」 


 雑談のような雰囲気はそのままに、ジストは貰った情報を噛み砕いていく。

この場では一般人である自分だ。色々と端折られているのは分かった。

だがこの対応の規模からして、おそらくその行方不明者が重要人物であることも察していた。

やがて特に反応もなく、男たちがジストから離れる。


「はい、以上です。ご協力に感謝いたします」

「先も申し上げたように、町中も慌ただしい状況にあります。どうかお気をつけて」

「こちらこそ辺境伯自らのご対応、痛み入ります。ご武運を。それでは」


 検問を通り、再び町内へと足を踏み入れたジスト。

再び、先に聞いた行方不明者について考える。重要人物が誘拐された、おそらくそういう話なのだろうと。


「……人攫いか。リリアがもし見つけたなら、見過ごすことはないだろうな」


 そして騒動の中心にいつも居る、リリアに思いを馳せる。

あの部屋に居たはずの彼女が目撃するとなれば、それはかなり可能性の低い偶然だと言える。

これほど大きな捜索が行われているのだ。まともな目撃情報もないのだろう。

それを偶然、リリアが見つけること。仮定としては、余りに細い線と言えた。

だが。


(……どうにも、関わっていそうな気しかしないな)


 彼女は、そういう星の元に生きている。

普段こういう言い回しは殆どしないジストだが、ことこれに関しては直感がそう告げていた。

それは、これまでの彼女を見てきた故の予感でもあり。

もし本当に関わったのであれば、リリアであれば必ず戦うという確信でもあった。


――


「……」


 去っていったジストの背中。

慌ただしい関所で、ドグマは静かにそれを見つめていた。

先と同じように、その表情からは感情が漏れないように。


「辺境伯、いかがしましたか?」

「いや。なんでもない」


 それを気にした部下からの言葉を、しかし誤魔化して、ドグマはようやく振り返る。

言葉にしなかったそれは、しかし、ジストの警戒が間違いでなかったことの証だった。


(隠しているつもりだったのだろうが。

 あの覇気。おおよそ、ただの水夫だとも思えんが……)

「まあ、よい。我らは我らの仕事を続けるぞ」

「はっ!」


――――


 古来。人と龍人が手を結んだという、精霊戦争の歴史。

それは現代まで続く、アスタリトの精霊術の源流であり、この国と龍人の大きな繋がりの始まり。


「ちくしょーっ……! 全然役に立たねえじゃねえか、龍人って立場っ……!」


 路地裏の壁に、器用に体と翼を収めて悪態をつくジェネ。

その視線の先には、やけに盛り上がっているこの町の市民達、そして治安維持を仕事とする騎士達の姿があった。

それは率直に言えば、タイミングが悪かったとしか言いようが無かった。


「グローリアじゃ貧乏くじ引かされて、アスタリトじゃ追いかけ回されて……なんだってんだよ!」


リリアの捜索のために、ジェネは市井の人々に声を掛けて回っていた。

それはグローリアとは違い、アスタリトは歴史上、龍人とは友好的という背景が故でもある。

だが、盲点が一つ。歴史的に友好的とはいえ、そもそも龍人が訪れること自体がかなり稀なのは、グローリアと変わりはなかった。


「おっ、居たぞーっ! 待ってくれよ、龍人の兄ちゃーんっ!!」

「止まってくれーっ! 我々は手荒な真似をするつもりはないんだーっ!」

「であああっっ! 今そんな時間ねえんだってーのっ!」


 その巨大な体を発見され、ジェネは再び駆け出す。目的はもちろん、逃げるためだ。

友好的な文化的背景を持ち、しかし姿を見ることは殆どない龍人。

結果的に彼は、日常に退屈していた人々からの興味を一手に集めてしまった。

さらに間の悪いことに。現在は知っての通り、行方不明者の捜索のため町自体の緊張が高まっている状態だ。

存在だけで話題を起こしてしまう彼は、警備、捜索を行う騎士たちからも追われる立場となってしまった。

それはあくまで、一先ず場を収めるための確保が目的であるのは、彼が口に出す通りでジェネもわかっている。

だが一番の問題はそこではない。

リリアを一刻も早く見つけなければならない今、行動を拘束されることこそが、最も避けるべきものだ。

どちらにしても、ジェネは捕まるわけにはいかなかった。


「はあっ、はあっ……!」

「おーいっ」

「次は何っ……!」


 一旦巻くために、曲がり角を進んでいくジェネ。

日当たりの良くなった通りにでたところで、彼にまた違う方から声が掛けられる。

そちらに視界を向けるジェネ。逞しい体つきの男が、笑いかけているの目に入った。

若い顔つきで、年齢としてはジェネと似たような具合だろうか。

軒先の立ちテーブルに体を預け、パンを頬張る彼は、その隣の扉を親指で指して続ける。


「隠れな、龍人さん!」

「なっ……ちっ、しょうがねえ! ありがとよ!」


 彼を信じるか、否か。

しかし自分の体力も勘定して、ジェネはその家へ飛び込む。

それに合わせて、男がその扉を閉める。

直後、ジェネを追ってきた者達だろう、扉越しに外が騒がしくなっているのが聞こえた。


「おお、モース! ここらで龍人見なかったか?」

「龍人? いや、見てないっすよ。

 なんか騒がしいと思ったら、だれか追いかけ回してんですかい?」

「いやー、龍人なんて珍しくって、つい盛り上がっちゃって……」

「まったくみんな、龍人だってんなら旅人だろうし。嫌がってるなら追いかけ回したりしちゃだめっすよ!」

「そ、そりゃあ、そうか……」 

「まあ、毎日暇なのはわかりますけど、いまは取っててくださいよ。

 明日、オレが熱く楽しませてやりますから!」


 扉越しの会話からして。男は、既にジェネの側に立って話しているようだった。

それでようやく、飛び込んだ後にも続けていた警戒を解いていく。

ともかく渡りに船とも言える施しに、ジェネはようやく息を吐いた。

しばらくして。辺りが静かになった後、扉が小さく開く。

外への露出部分を少なくするためだろう、滑りこませるように大きな体を入れて、男は再びジェネに笑った。


「大変だったなぁ、龍人さん」

「いや、マジでありがとうよ……ようやく休めたぜ……」 


 ともかく救い手となった彼に、ジェネは再び感謝を重ねる。

対して男は、少し表情を曇らせる。彼に対しての申し訳なさ、それを浮かべたものだった。


「自己紹介がまだだったな。オレはモース。みんなの代わりに謝らせてくれ。

 みーんな暇しててな。悪気はないんだけど、迷惑掛けてすまなかった」

「ジェネだ。助けてくれたんだ、あんたには感謝しかねえよ」


 名乗り合って、彼からの謝罪を受け取るジェネ。

言い回しからして、彼がこの町の人々を愛しているのも察した。

故にジェネも、それ以上の追及は口に出さなかった。


「……そうだっ! 俺、人を探してんだ!

 こんぐらいの背で、あんま長くねえ茶色の髪の毛で、青い感じの服の人間の女の子なんだが、見てねえか!?」


 場が落ち着いたところで、ジェネは当初の目的にようやく立ち返る。

何なら追われていた時以上に焦りを全面に出すジェネに、一瞬面食らうモース。

しかしすぐに、その質問に答えていく。


「女の子? いやー……オレはこの辺りに住んでる子なら大体顔覚えてんだけど、他所の子っぽい子は見かけてねえなぁ」

「そ、そうか……すまねえ。俺、その子を探してんだ。ありがとよ。ほんとに助かった」


 しかし手がかりを得ることが出来ず、ジェネは意気消沈する。

ともかく時間が惜しいとして、ジェネは再びの感謝と共に立ち上がる。

その様子を、何かを考えるようにして、しばらく静かに眺めていたモース。

しかしジェネがドアに手を掛けたタイミングで、不意にその顔を上げた。


「よし! オレもその子を探すのに付き合うぜ!

 結構顔効くし、オレが居りゃあ騎士にも警備員にも止められねえしよ!」

「なっ!? いや、そこまでやってもらうのは悪いよ、流石によ……!」


 彼の申し出を、しかし申し訳なさが上回り、ジェネも流石にすぐには受け取れない。

対するモースの表情は活気に満ちていた。慈愛というよりは、自らの意思、それが出ているように。

その理由を、彼は口にしていく。


「オレの直感だけどよ。妹とかじゃねえか、その子?」

「! ……いや、妹じゃねえ……けど、確かにそれぐらい、大事に思ってる」


 答えたジェネの、妙な言い回し。それはかつてリリアに語ったように、肉親としての妹も居るからだろう。

彼の親愛の方向性は、確かにそう呼ぶに相応しいものだ。モースが笑みを深める。

 

「……オレ、妹が居てさ。オレが出稼ぎでこの町にいる間、故郷で村のみんなに面倒見てもらってる。

 お前がその子の事心配するの見てたら、どうにも他人事だと思えなくなっちまってな。協力させてくれよ!」

 

 あるいはその理由の説明ともなる身の上も含めて、改めて協力を申し出るモース。

その感情があったからこそ、ジェネの気持ちが分かったのだろう。

ジェネも、それを痛感する。やがてそれが決心になるまで、そう時間はかからなかった。


「……わかった! 何もかもありがとよ、モース!」

「へへっ、そうこなくっちゃ!」


 それを受け入れたジェネに、モースは寧ろ嬉しそうな様子を見せる。

それは、あるいは親愛という感情、その肯定でもあるからだった。

頷いて、今度はモースが先頭となり、家のドアを開ける。

直後、集まった視線を感じるジェネ。しかしそれもモースの目配せの後には、すぐに薄らいでいった。


「善は急げだ、まずは警備のおっちゃんたちにでも話を……うおっ!?」

「んがっ!?」


 しかし。そこから更なる行動に繋げようとした彼らを、不意に大気に響いた爆音が遮った。

二人の大きな身体が、思わず地に伏せる。ようやく顔を上げたジェネは、間髪入れずに驚愕することなった。


「な、……なんだありゃ!?」


 地上から伸びる、黒雲のような黒い霧のようなもの。それが一方向から立ち上り、青い空を侵していた。

直後、彼の肌、それも触感ではない第六感が反応する。

知識にない、あまりに異質な感覚。だが直感で分かった。

あれは、精霊たちが成しているものであると。


「精霊術……!? いやでも、この気は……!? お、おいモースっ」


 積み上げてきた知識に繋がらないそれに混乱したまま、ジェネは隣のモースを覗き見る。

先の様子からすると、不気味な程に静まり返っていた彼。

その理由は、彼の方を見てすぐに分かった。モースの様子もまた、急変していた。

ジェネに対して見せていた朗らかな様子、余裕。そういったものはすべて消えて。

それが何かを知っているかのように、慄いたような表情で、その瞳が揺れていた。


「エリス……!」


 口からこぼれたように、しかし強い思いを持って出た、誰かの名前。

それは、すぐ前に初対面だった身からすれば、その所以など分かるはずもないものだ。

だが。同じ思いを肯定した、その後であるからか。

ジェネもまた直感的に、それが誰なのかを、そしてこれがどういう事なのかを理解した。

そして、今度は逆にジェネの方が、彼に明るく語りかける。


「……妹さんの術、って事なんだな。よし! 行こうぜ、あそこに!」

「なっ!? ジェネっ、お前だって探す人がいるだろ!?」

「モース、お前には助けられた恩があるからな。

 それにな……俺の探してる奴って、いっつもああいう大事起きてるとこに居るんだ!」


 そしてこれもまた、先程の逆になるようにジェネがその理由を話す。

付け加えたそれも無論。冗談でも、口実でもない。

ジストと同様、何かしらの事件があるところにリリアが居るという認識。

いや、彼女であれば何かしらの事件を見過ごすことはしない、そのために飛び出したのだという信頼だ。

本心の言葉に、モースも改めて頷いて答えた。


「そうか……じゃあ。まさしく協力といこうぜ、ジェネ!」

「おっしゃ! 急ぐぜ!!」


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