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来訪者

 翌朝、リヒトは朝食を食べ終えた後で出かける準備をしていると宿の外からこちらを探るような人の気配を感じた。閉じていたカーテンの隙間から外の様子を伺うと同じ服装をした男性数人と女性が一人、宿の前で立ち止まって話をしていた。男女は腰に剣を備えて胸当てや小手など軽装ながら同じ武装をしていた。

 話をしていた女性がリヒトの視線に気付いたのか視線をリヒトがいる部屋の方へと向けてきたのでリヒトは寸前で窓際から離れる。



(同じ装備の男女……この都市の警備隊か。昨日は見かけなかったが)



 偶然、宿の前で立ち止まって会話をしていただけかもしれない可能性を考えていた時、宿に人が入ってくる音が聞こえた。

 ドアの方へ行き、様子を探ろうとしたところでメルがベッドから起き上がってきた。



「おはようー、リヒト君」


「おはよう、メル」


「何してるの?」


「何をしようか迷っているところだ。……もしかしたら予定していた墓地には行けないかもな」



 リヒトは数人の足音が階段を上がってきて自分達の部屋に向かっているのに気付いた。



「メル、ここに人が来るぞ」


「朝から誰?」


「誰だろうな。まあ誰だろうと見られてもいいように最低限の身だしなみを整えないとな」



 リヒトは荷物の中からブラシを取り出すと寝癖の付いたメルの髪を整えて濡らしたタオルで顔を拭く。

 身だしなみを整え終わった直後、部屋のドアが叩かれて凛とした若い女性の声が聞こえてきた。



「朝早くから申し訳ありません。起きていますか」


「はい、起きていますよ。どなたでしょうか」


「我々はダヴィッソンの警備隊です。お話を聞きたくてお尋ねしました」


「警備隊ですか。少々お待ち下さい」



 リヒトはブラシとタオルを適当な場所へ置き、メルの身だしなみをもう一度確認した後でドアを開けた。ドアの外には先程リヒトが見かけた若い女性と男性二人が立っていた。

 ブロンド髪の女性は凛とした声の雰囲気通りに整った綺麗な顔立ちをしており、目元がやや鋭いせいか真面目で思考が硬そうだという印象をリヒトは受けた。身長としては平均的よりやや小さく、ハナトより顔ひとつ分程度低いためにリヒトは女性を見下ろす形になっている。

 女性は自分が見られていることに気づき視線を反らした。

 何かやましいことがあるのかとリヒトが更に観察すると女性が身に着けている胸当てに背後にいる男性達の胸当てにはないマークが刻まれていることに気づいた。マークに気付き、改めて女性の全身を見てみると装備品の細かな装飾が他の警備隊員達とは異なっており、特に腰に差している剣については特別に作られた物のようで柄の部分や鞘の装飾は立派だった。



(ただの警備隊員ではないようだが……)


「あ、あの訪ねてきておいて言うことでないかもしれませんが、初対面でジロジロ見るのは失礼かと」


「これは失礼しました。それで御用はなんでしょうか」


「改めて朝早くから押しかけてしまい申し訳ありません。あなたがリヒト・スタンレイさんでしょうか」


「そうです」



 女性が部屋の中を覗くとメルと目が合う。静かにして座っていると人形と勘違いするほど可憐な容姿をしたメルを見て女性は驚いたような表情を一瞬浮かべるがすぐに気を取り直してメルに笑みを向けた。対するメルは初見の女性に対して物怖じせずに自信満々の笑顔を返した。

 ワンテンポ遅れて部屋を覗いてきた残りの男性達もメルを見て一瞬硬直する。



「あの子が気になりますか?」


「い、いえ、か、可愛らしかったのでつい」


「リヒト君! 今、褒められたよ、わたし!」


「そうだな。良かったじゃないか」



 可憐な見た目に反して元気の良い声を聞いて、再び驚いた女性は一瞬息を飲むがすぐに咳払いをして気を取り直した。



「実は大変申し訳無いのですが住民から通報がありました。見知らぬ男性が聞き込みをしている、不審な人物が街中を歩き回っていると」


「それは真っ当な通報ですね」


「ウォリックシャー大学の先生がこの街に入れているという情報は知っていたので、見知らぬ男性はあなたではと思いまして伺いました」


「私でしょうね。まさか一日、いえ、数時間の聞き込みで通報まで行くとは思いませんでした。それほど変な格好も聞き込み方もした覚えはないのですが」


「この都市の人は外から人に敏感なんです。数年前の流行病を持ち込んだのが、外から来た人だという噂もあったりなど……他の都市からの人が居にくい都市になってしまっています」


「流行り病の原因としては野生の動物か、他所の土地から持ち込まれた場合もありますのでその噂も間違いではないと思いますよ」


「ですが、噂です。事実かどうか不透明ですし、事実であったとして現在、他の都市から来ている人達が不快に思うような態度を取るべきではありません」



 女性はリヒトに毅然と言葉を返す。リヒトは女性をしっかりとした信念があり、心根が正しい人なのだろうと感じた。



「私を訪ねてこらえた理由についてお聞きしても良いですか?」


「門番からこの都市に来た理由を聞いてはいますが、警備隊として改めて先生の身の保証を取っておきたいのです。それが都市の人達を安心させる材料になりますので」



 リヒトはすぐに返事をせずに腕組をして今後の行動予定を考えた。

 本来であれば墓地へと行く予定だったが、都市の警備隊から情報を得られる機会を逃したくなかった。

 考えるべきは警備隊から情報得る、墓地へ行く、どちらを先に実施すると今後の吉となるのかだ。



(事を急いで関係を悪化させるのは、今後の調査や事態収拾に悪影響だな。不要な関係の歪みは起こしたくない)



 墓地を調査することは急ぎではあったが、それが原因で都市の人間との間に不和を生じることになった場合、行動に不都合が生じるとリヒトは判断した。


「承知しました。身の保証ということは私の素性などを話せばよいでしょうか」


「ありがとうございます。調書として保存しておきたいのでお手数ですが、警備隊の詰所まで来ていただけますでしょうか。でもそうなると……娘さんはどうしましょうか」



 女性の視線が再びメルへと向けられた。



「娘? あの娘、メルは私の娘ではありませんよ」


「!? そうでしたか。一緒に旅をしているようなのでてっきり……」



 女性はリヒトとメルに交互に視線を送って怪しむような仕草をする。

 これまでの旅の中で何度か同じような視線を向けられていたのでリヒトは慣れていた。



「ではどのような関係なのかという疑問を抱いていますね」


「い、いえ、そんなこと……すいません、疑問を抱いています」


「当然の事ですから、それほどお気にならさらず。メルは私がお世話になった先生の娘です。今回の旅には大学側から連れて行くようにと命を受けて一緒に行動しています。将来有望な子ですから、旅をさせて色々と体験して欲しいのでしょう」


「そうだったのですか」


「あなたは……えっと、お名前を伺っても?」


「これは失礼しました。名前を名乗らずにずっと話をしてしまって……」



 女性は一度大きく咳払いをして背筋を伸ばす。


「ラクシャ・アインホルンと言います。若輩ながら警備隊で隊長を務めさせていただいています」



 ラクシャと名乗った女性は頭を下げながら自己紹介をした。 


「隊長とは凄いですね。アインホルンさん」


「いえ、身内贔屓の結果ですから」


「身内贔屓?」


「隠していることでもありませんので、自己紹介の続きでお話します。私はここダヴィッソンの領主の養女なのです。そのために皆に持ち上げられてしまいまして」


「領主様の養女……そういえば資料に書いていましたね。亡くなられた実の娘と同い年の養女がいると」


「よくお調べで」


「調査地域の情報を事前に調べるのは基本でして。不快に思われたのでしたら申し訳ありません」


「いえ、そんなことは。先程も言いましたが、隠していることではありませんので」


「あまり立ち話をしていても仕方ないですね。警備隊の詰所へ向かいましょうか。少し待っていただけますか?」


「分かりました。それでは宿の前でお待ちしていますね」



 ラクシャ達が部屋の前から去っていくと、リヒトは扉を閉めて出かける準備を再開した。


「領主に近しい関係者に近づけたのは運がいいな。この伝手で領主にも会えれば調査が進むかもしれない」


「私はお留守番?」


「一緒に来てくれ。一人で居させるにはまだこの街での安全確認が出来てない」


「しょーがいないなぁ。寂しがり屋のリヒト君のためについていってあげる」



 メルは楽しそうに声を上げながらベッドから飛び降りた。



「お心遣い痛み入るよ」



 リヒト達は準備を整えると宿の前で待機していたラクシャ達と合流して警備隊の詰所へと向かった。

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