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ダヴィッソンの傷跡

「目、痛いの?」


「眼鏡の効力の反動。軽い頭痛と目眩がな……長時間使うことは厳しいか」


「未熟者だねー」


「それは自覚してる」



 他の同僚であればこの程度の魔道具は容易に使いこなして反動など受けることはないだろうと、リヒトは自分の実力がまだまだであると実感する。



「リヒト君の用事は終わったでいい?」


「まだ聞き込みも一回出来ただけだ。情報が足りない。それに調査員の安否も確かめないと」


「……待ち合わせに来なかったってことはそういうコトでしょ?」



 普段よりも数段低いメルの声にリヒトは思わず息を飲んで彼女を見る。見つめ合ったメルの瞳は普段の赤ではなく黄色に輝いていた。メルが一度瞬きをすると普段通りの赤目に戻っていた。



「ほら、次は私の用事。美味しい食べ物を探してよ。楽しそうなモノでもいいよ」


「……分かった。でも調査半分、メルの用事半分でいこう。何もしないわけにはいかない」


「しょーがないな。それでいいよ。今回は聞き分けのいい子になってあげるから、さっさと行こう」



 メルはリヒトの手を引いて歩き始めた。向かう先の目星は決めていたようで通りにある雑貨屋だった。

 旅行客向けの雑貨ではなく、住民向けの雑貨屋という品揃えで食器などの日用品から文具、後は子供向けのオモチャやアクセサリーも少量ながら置かれていた。

 メルは店内のアクセサリー売り場へと直行すると楽しそうに声を上げて品物を手に取っていた。



「買うなら一つだけだぞ」



 メルに声掛けをした後でリヒトも店内を探索する。並べられている日用品にコレといった特色は無く、大量生産した商品を仕入れて売っているようだった。



「お客さん、他所から来たんだろ」



 店内を物色しているとリヒトは店主らしき男性に声をかけられた。



「分かりますか?」


「そりゃね。常連客の顔は全部覚えているし、たまに来るような客だとしてもあんな子供がいたら記憶には残っているさ」



 店主らしき男はメルの方に視線を送った。

 メルの外見は可愛いという表現よりも綺麗という表現が似合う。黙っていればどこかの貴族のご令嬢と紹介しても十二分に通用する高貴さもある。街中で佇んでいるだけで目立ってしまう。

 最初にリヒトが街中から感じた視線も主にメルに向けてのモノだった可能性が高かった。



「私はウォリックシャー大学で講師をしているリヒトと言います。この都市には周辺の地質調査に来ました」


「ウォリックシャー大学? 本当かい? その講師……先生ってことはあんた凄いんだな」


「下っ端新人ですよ。凄い凄い言われてるのは先輩達ですから」


「謙遜しなくていいさ。俺が商売出来ているのも子供の頃に大学の先生達が来て、勉強を教えに来てくれた上に学校を作ってくれたおかげだ。商売するようになって実感するが、タダで勉強を教えに来るなんて凄いぞ。都市によってはお金を出して呼びたいくらいだろう」


「出張で勉強を教える場合にお金は取りませんよ。なるべく多くの人に知識を与えるという大学の理念に基づいての行動ですから。ただ特定の都市にずっと居て欲しいという要望で定住する場合は施設建設用の費用などは頂いています」


「真似出来ない理念だね。俺は金が欲しいからよ」


「商売人として当然の事だと思いますよ」


「気遣って貰って悪いね。久しぶりの外からの客に少し機嫌が良くなっているみたいでな。いつもより口が回る」


「正直、助かります。道を歩いている人に話を聞こうとしてもなかなか難しいようなので」


「そりゃそうだろうな。全部、流行り病が原因さ。あの病気は人同士が話すと次々に感染していくって言われていた。もう病気は無くなったって頭では分かっていても、気持ちはそうはいかない。だからよほど親しい奴か、家族以外とは必要以上の会話はしないようになってるよ」


「……あなたは平気なんですか? 先程からずいぶんと私と話してますけど」


「商売人だからな。元々誰かと話をするのが好きだったというもあるが……おや?」



 店主の目線がリヒトが腰から下げている鞘に向いた。



「その鞘の剣はどうした? 落っことしたのか?」


「まあ、そんなところです」


「野盗がまったく出ないわけでもないし、剣とか武器が無いと不安だろ。どうにかしてやりたいが、都市内で武器を売っている店は無いからな」


「大丈夫です。数人の野盗程度なら素手で返り討ちに出来るくらいの護身術は身につけてますから」


「ウォリックシャー大学の先生っていうのは腕っぷしも強くなくちゃ駄目のかい?」


「そんなことありませんよ。私は調査のため旅することが多いので、必要に応じて身につけているだけです」


「そうかい。どっちにせよ。やっぱりすごいねぇ」



 店主にこれでもかと褒められたことでリヒトは若干恥ずかしさを感じた。恥ずかしさを紛らわすために店内を見渡すと店の隅に本が積み上がっていた。



「書籍も置いているんですか?」


「一応ね。買う奴なんてまずいないが、行商人に売れ残ったから置いていくって二束三文で押し付けられた」



 リヒトが本の山に近づいて表紙を読んでみると、本は小説ではなく医学や科学などの専門書であることが分かった。



「確かに小説ならともかくこの手の本は売れませんね」


「あんたなら内容分かるんじゃないか?」


「少しは理解出来ますが……」



 店主がこの先ずっと売れないであろう本を買ってくれないかとリヒトに目で訴えてくるがリヒトは本を元の場所に戻した。



「旅の途中ですので手荷物が増えるのは……すいません」


「いや、無理強いさせるつもりはないんだ。そのうち枕代わりにでもするさ。ちょうどいい厚さだしな」


「枕にしては硬すぎると思いますよ」


「だよなぁ」



 リヒトと店主が雑談をしているとメルが手に綺麗な青色の石が装飾されたペンダントを持って近づいてきた。



「リヒト君、コレにする」


「ペンダントならあるだろ」



 リヒトはメルの胸元付近に視線を送る。よく見るとメルの首には皮製の細いチェーンがかけられていて、胸元へと伸びていた。ペンダントであれば先端にあるはずの装飾品はメルの服の下に隠れていて見ることは出来ない。



「えっちぃ」


「そういう言葉はもっと成長してから言え」


「新しいのが欲しいの!」


「そんなこと言うなよ。大事にしないと。それに……ちょっと見せてくれ」



 リヒトはメルから渡されたネックレスを見てみると綺麗な石は自然の宝石ではなく人の手によって作られた模造宝石であることが分かった。量産品であり、ダヴィッソン以外でも買えそうな品物だった。



「別の場所でも買えそうだし……違うのにしないか?」


「嫌っ!」



 メルは断固拒否という態度をリヒトに示す。リヒトはここでメルの機嫌を損なうのは今後の活動に支障が出ると判断してネックレスを買うことにした。



「ご主人、コレを下さい」


「はい、ありがとうね。最近はネックレスとか装飾品も売れなくてね。在庫を持て余していたんだよ。特に子供向けみたいなのは」



 リヒトはネックレスの料金を店主に手渡しながら店の外に目を向ける。この街に来てから数時間しか経っていないため、単なる偶然かもしれないが気にはなっていたことをリヒトは店主に聞いてみた。



「店主さん、この都市には子供が少ないようですが……原因はやはり流行り病で?」



 リヒトの質問にお釣りを渡そうとしていた店主の動きが止まった。



「全員ってわけじゃないが……子供は体力が無かったんだろうね。大勢亡くなったよ」


「……街全体が寂しい雰囲気なのもそのせいですかね」


「だろうね。領主様も娘さんを亡くして塞ぎ込んでいるし……活気が戻ってくるのはいつになるか」


「領主様の娘さんもですか」


「いい娘でね。よくうちの店にも顔を出してくれていたよ」



 流行り病は収まってはいるが、被害の傷跡がこの街に深く刻み込まれていることをリヒトは感じ取った。

メルなりにおしゃれになりたいと思っています。

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