赤毛の青年ととブロンドの少女
主役コンビの話が始まります。
広い草原の中、長く続く道を馬が人を載せてゆっくりと移動していた。馬は丈夫さと運搬能力を重視した大型馬で馬の左右と後ろには旅の荷物がぶら下げられていた。
馬には赤髪の青年とブロンド髪の少女の二人が乗っており、少女は青年の体に背を預けるようにして前方に座っていた。二人共、日差しと風除け用のフード付きマントを羽織っており、青年はフードの下、胸付近に刺繍の入った赤銅のシャツと黒いズボンを身に着けていた。
青年の腰の部分には護身のためか古びた鞘がぶら下がっていたが肝心の剣が刺さっておらず、馬にぶら下がっている荷物の中にも武器らしい物は見当たらなかった。鞘には焼け焦げたような跡も付いており、打撲武器として使用してもすぐに折れてしまいそうな印象があった。
少女の方は旅装束ゆえか地味な色合いの長袖長ズボンであったが、ウェーブかかった長いブロンド髪と夕日のように輝く赤い瞳をした容姿が目立っていた。精巧に作られた人形のような美しい顔立ちをした少女は退屈な旅路の苛立ちをぶつけるかのように後頭部で青年の胸部を何度か殴打した。
「文句があるなら口で言ってくれ。叩かれるとバランスが崩れる」
彼、リヒト・スタンレイは職場の同僚達から青二才、若輩、仮免者と称されていた。
リヒトが所属しているウォリックシャー大学は世界各地に分校を持つ、世界の知識の全てが集められた大学であり、世界に今広まっている文化、技術は全て大学から広まったと言われている伝統ある大学だ。
世界中の国々から入学希望者が多数存在しているが、入学出来るのはその中のほんの一部にも満たないほどの難関校となっている。
大学に入学するのも難しいが卒業することも難関とされている。都度出される大学からの課題を達成出来なかった生徒は例外なく退学とされていた。生徒として居続ける事も困難である大学を退学ではなく正式に卒業した者達は各国でそれぞれの専門分野のトップに付き、その後の人生を栄華と共に歩んでいた。
リヒトはウォリックシャー大学で本校講師という肩書で所属しているが、その肩書は現場の職員不足ゆえに穴埋め的として大学から与えられていた。それが事実であることは自分を未熟を理解しているリヒト本人が一番に分かっていた。
リヒトは自分自身を実力通りに評価しているが、リヒトの着ている赤銅色のシャツの胸部分に付いているウォリックシャー大学の校章であるリンゴに巻き付いた蛇の刺繍と大学講師であることを示す銀色の籠手の刺繍によって、世界屈指の最難関大学の講師としてリヒトに実力以上の評価を世間から受けさせることなっていた。
リヒトが今まで立ち寄った町々で受けてきた過剰な評価を思い出して、胃に痛みを感じているとリヒトの後方から粗暴な声がかかる。
「おい! 待ちなっ!!」
リヒトが振り返ると三人の男達が馬に乗って追いかけてきていた。男達の手には剣が握られており、衣服には血の跡が付いていた。
「野盗か」
身なりから真っ当な人間でないこと、自分に声をかける少し前に彼らなりの仕事をしてきたことをリヒトは察した。
「分かってるなら荷物と馬を置いていきな。命は助けてやる……よ」
恫喝をしていた野盗の目がリヒトの前に座る少女に向いたかと思うと野盗は一瞬呆けたようになって視線が少女に釘付けになった。
他の男達も同様で視線を少女から動かせずにいた。馬の小さな嘶きで我に返った野盗達は手にした剣をリヒトへと突き付ける。
「子供も置いていけ。出すところに出せば高値で売れそうだ」
「無駄だとは思うが言っておく。諦めて他を狙ってくれ」
「無駄だと思うなら言うなよな!」
野盗は剣を振りかぶるとリヒトの首筋めがけて振り下ろした。振り下ろしてきた剣に対してリヒトは片腕を掲げる。
野盗は馬鹿めっと思い、腕ごと叩き斬ろうとする。
しかし、剣はリヒトの腕に当たって止まった。首を切り落とす勢いで振り下ろされた一撃を片腕で受けたリヒトは微動だにしない。乗っている馬も一切の衝撃が伝わっていないかのように平然としていた。
剣を片腕で受け止めた様子に野盗の仲間達は驚いたが、一番驚いていたのは剣を振り下ろした当人だった。
剣を受け止める自体は服の下に金属製の防具を仕込んでいれば可能だ。
しかし、リヒトの腕に防具を付けている様子はない。
どれだけ薄い金属板を仕込んでいたとしても剣と金属がぶつかればその反動が腕に伝わるはずだが、剣を振り下ろした野盗の腕には何の反動もなかった。
どこへ行ってしまったのか、まるで衝撃を吸い取られてしまったかのような不気味な感覚に野盗の背筋が震えた。
未知に対する恐怖。長く生き死にを経験してきた野盗は自ずと身についた感覚に従ってリヒトから距離を取った。
「なんだ……今のは」
「怖かったなら引き下がれ。正常な判断だ」
「……っ。丸腰相手に逃げてるようじゃこの先やってけねぇんだよ!!」
野盗は感じた恐怖を消し飛ばすように声を張り上げると今度はリヒトに剣を突き出す。突き出された剣がリヒトに当たる寸前で一迅の風が吹く。
次の瞬間、剣の刃が粉々に砕け散った。驚愕する野盗の顔にリヒトはすかさず拳を叩き込んだ。野盗は馬から投げ出されて地面に転がり落ちる。
仲間がやられたことで残り二人の野盗が襲いかかってきたが、またも風が吹き、先程砕いた剣の刃を巻き上げて野盗達に襲いかかった。
野盗達は両手で顔を慌てて防御するが手綱を離してしまったことで先に倒れた仲間同様に馬の上から地面へと落ちてしまう。
馬達だけは傷ひとつ無く主達を捨てて走り抜けていき、かなり離れたところで足を止めたがリヒトがいる方向へ戻ってくる様子はなかった。
「余計なことはするな」
「私が怪我する可能性があったからでしょ」
リヒトの前に座る少女、メル・ラングールは言葉を発した。野盗の恫喝や攻撃に眉一つ動かさなかったメルは退屈そうに欠伸をする。
「この人達はどうするの?」
「どうもしない、放置だ」
「そうよね。関わってる暇はないもの」
リヒトは地面に倒れ込む野盗達を宣言通り放置して馬を進めた。
大学はありますが、
それはそれとして別に近代ではないし、
草原に野党が出没するくらいの治安。
文化が発達しているところはしているけれども地方はまだまだという世界です。