世界の滅亡
新作になります。
薄暗い地下室で僅かに灯るロウソクの火に照らされて複数の男女の影がうごめく。
誰かに聞かれるのを恐れているかのような細い声で人々が囁いていた。
人々が集まっている中心にはテーブルがあり、真っ黒に塗りつぶされた世界地図と世界各地の様子を移した写真が乱雑に並べられていた。写真は全て赤いバツ印が付いており、誰かに握りつぶされてくしゃくしゃになっている物もあった。
その場にいる人々は全員、薄汚れたローブを顔を隠すように身に纏っていた。身に纏っているローブはボロボロで穴が空いていたり、切り刻まれていたり、燃やされたのか、特殊な薬品でも掛かったのか一部変色していた。
ローブの隙間から覗き見える人々の身体には包帯が巻かれており、傷が塞がっていないために血がにじみ出ていた。
何かに追われて命からがら逃げてきた地下室へ逃げてきたのだいうのは一目瞭然だった。
「失敗した、救えなかった」
「叡智の限りを尽くした鉄の塔も世界を繋ぐ橋も無に還った」
「人々が分かりあう、知り合うための技術を利用された、悪用された」
「綺羅びやかに栄えていた大都市も豊かで美しい自然も等しく蹂躙された」
疲れ切った悲観、絶望がこもった言葉が人々の中で混ぜ合わさり、更に混沌へと落ちていく。逃げ込んできたこの地下室もいつまで無事なのか、いつまで地下室へ逃げ込んでいればいいのかという人々の考えている不安が地下室の空気に伝染し、地下室内の空気をより暗く重くしていく。
「みんな」
地下室内の重くなった空気を吹き飛ばすかのような明るい声が響いた。大きな声ではなかったが、今までささやき声だけが響いていた空間に普通の音量の声はとても大きく聞こえた。
地下室に居た人々が声の聞こえてきた方へ視線を送るといくつかある地下室の扉の前に五人、人間が立っていた。
五人は元々地下室にいた人々と同様にローブで顔を隠しているため、顔や体格について詳細に分からない。
声を発したであろう五人の中の一人が一歩前へと踏み出してもう一度呼びかけた。
「みんな、無事で良かったです」
「……教授」
誰が呼びかけたのか、安堵した声で教授と呼ばれた人物は地下室を力強い足音を立てながら人々が集まるロウソクの近くへ歩いてくる。
「私達が作り上げ、広め、守ろうとしていたモノは滅ぼされました」
教授の影はロウソクの火に近づき大きくなった。
「きっかけは何だったのか。
おそらくは些細な出来事なのでしょう。例えば新緑の葉からこぼれる朝露の一雫。それを私達が見ていなかったために起きた滅び」
数いる人影の中から悔しそうな息が漏れた。
「ですが全てが滅んではいない。我々がいます。
人類の知識を守る我々が。そして世界中の生命も全てが息絶えたわけではない。また始めましょう。
滅ばされた全てを記憶し、同じ滅びに対抗できる新しき世界を作るのです。
何度でも我々と世界中の全てで。あのモノ達が飽きるまで、我々があのモノ達と対等に渡り合えるようになるまで」
「……」
教授の言葉への反応は無く、多くが項垂れたままだった。
「今回、滅ぼされた全ては私達が今度こそはと知識と生命を注ぎ込んだモノでした。
それゆえに悔しさ、絶望は分かります。諦めたくなるのは気持ちを否定はしません。諦めたほうが楽です」
地下室内の空気が諦めという言葉に反応して重くなる。
「ですが、それは出来ない。少なくとも私は。私がこの地下室へ辿り着くまでに多くの仲間の生命が失われました。
私をここへ辿り着かせるために自ら犠牲になっていた仲間です。彼らは私に次の世界を託してくれた。私は多くの想いを背負ってここに居ます」
教授が地下室へ辿り着くまでした経験はこの場にいる全員が多少誤差はあれど似たような経験していた。誰もが自分一人だけの力で今、この地下室で生命を保ってているわけではなかった。
「共に多くの時間を、同じ目的へ向けて歩んできた仲間へ想いは世界を滅ぼされた程度では消えません。
みなさんもそうではないですか。
我々がいるかぎり、彼らの想いは受け継がれ生きていくのです」
地下室に響く教授の声に元々地下室に居た人々は気合を入れられて、今まで前かがみに丸めていた背をまっすぐに伸ばす。
「……そうだ。我々がいる。我々がいる限り、この世界は滅びを超えていけるのだ」
「各地の生き残りがどれくらいいるか調査を行うわ。生き残りは絶対にいるはずだもの」
「では僕の方は少しでも使用できる技術がないか調査をしよう」
「滅びの被害から世界の再建へのロードマップを複数パターン考えておく。慎重に勧めていかなくてはいけないからな」
活気づく地下室の声は決して外へ漏れることがなかったがそこで生まれた世界再生の兆しは地上を目指して登り始めていた。
いきなり世界が滅んでいますが、
既に何度か過去に世界は滅んでいるので気にしないで次の世界に期待していきましょうという一話。