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第1話 世界が救われた日

 

 我々の住む世界からはるか遠くの異世界で、魔法と呼ばれる技術が発見された。


 開発は進み、数十年も経てば魔法は人間の生活に必要不可欠な要素となった。至って普通の村人の中でも当たり前に使用でき、あって当然と呼べるものになったのである。

 

 しかし魔法が一般化した時代から、引き寄せられるかのように魔族と呼ばれる異形の種族が誕生し、世界は混乱に包まれていく。



 これはそんな魔族から世界を救ったとある勇者の物語。世界一偉大な男の物語である。



────────────



「とか!ドウダ勇者!!」


「……はるか遠くの……てなに?」


「そりゃあ、世界救った話ナンダから、別の世界から見た書き方すんだろ?」


 訂正しよう。ここは異世界ハルカルキア。

 読者諸君が想像するところの、剣と魔法のファンタジー世界である。

 そして現在、異世界ハルカルキアの中心国は祝福ムードに満ちている。なのだから()()が浮かれた声色で会話を弾ませているのも不自然ではない。

 

「アンタ妙な拘りがあるわよね……戦士のくせに」


「ハァ!?そういうテメェは魔法使いの癖にチビだろうがヨォ!!」


「魔法使いがチビじゃないってなんの思い込みよぉ!?」


 勇者と呼ばれる男を中心に、隣り合うように語っていた男は戦士カラガマ。見ての通り彼はお調子者のムードメーカーだ。そして彼と口論を始めた幼い容姿の少女は魔法使いミーナ。

 どちらも勇者という男とは親しい間柄、彼と戦いを共にした歴戦の仲間達である。


「喧嘩するほど仲が良いとは言うけど、祝いの場なんだからほどほどにね…」


「ガッはっはっ!相変わらずだな勇者。そういうお前はもっとはしゃいだっていいんだぜ?」


「そうよ()()()。今日の主役はアンタなんだから……もっとはしゃぎなさいよ!!お酒も飲みなさい!!ほらグイッと!!」


 魔法使いミーナの語る通り、今日という日は相当に特別な日、偉大な英雄によって()()()()()()()()なのであった。


 その英雄とは勿論この男、勇者ルクスである。


「わかってるよ…でも、なんだかまだ実感がなくてさ」


「…まぁ気持ちは分かるけどね!ルクスが勇者に選ばれた日からまだ1年も経ってないしねー」


「そうだよなァ。案外簡単に救えちまったもんだよなぁ世界!」


 この世界の危機について簡単な説明をしよう。

 ハルカルキアでは長らく、魔法の発展によって生まれた異種族、魔族との激しい戦争が続いており、すでに幾つもの国が魔族、そしてそれを納める()()によって滅ぼされていた。

 だが約1年前、この世界の主要国家ギルスメーデにて、創造神によるお告げが言い渡されたのである。


──名はルクス。世界を救う勇者を呼びよせよ。


「貧しい村出身だったのに、神のお告げで急にギルスメーデに呼び出されて、勇者として旅立って下さいって言われたからね……急にお城で王様と対面して…あの時が人生で1番緊張した瞬間だったよ」


「あっはっはっー! アンタ旅立つ日に緊張しすぎてタンスの角に頭打って大怪我してたもんねー!!マヌケすぎてアタシの方が笑い死ぬかと思ったわよ!」


「そ、それは言わないでくれって言っただろ!!」


「わはは!なんだそれ!……いや、タンスの角に頭ってどうやったんだよ」


 ルクスは顔を真っ赤にして叫び。ミーナは満面の笑顔で笑い飛ばしたが、カラガマは奇天烈な思い出に思わず言葉を失う。


「……そんなアンタが…本当に魔王を倒しちゃったんだからわかんないもんよね。ホント、勇者の力って凄いわー」


「…そうだね」


 ルクスが勇者に選ばれてから1年。

 彼と、彼が選んだ3人の仲間たちは邪悪の魔王へ戦いを挑み、難なくその邪悪を打ち倒した。

 それによって世界中で暴れていた魔族も活気を失い、一夜にして世界が歓声に包まれた。


──勇者ルクスによって、世界は救われた。


「本当に…実感なんてないね。ボクが世界を救った英雄なんてさ」


「…たっく!魔王を倒しても焦ったい性格のままなのねアンタは。……そんなんじゃ()()()にも愛想尽かされるんじゃない?」


「い、イヤなこと言わないでよ!」


「ガッはっはっ! ミーナが言えたことじゃねぇなぁ!!」


「はぁ!?どういう意味じゃこのゴリラ戦士ィ!!」




「もう皆さん!周りの人達が怖がっていますよ!!」


 祝杯の場だと言うのに彼らは互いに互いを挑発しあう。彼らとっては普段通りとも言える光景だったが、ガヤガヤと言い合っている彼らに向けて叱りつけるように叫ぶ女が現れた。


 そしてその彼女もまた、勇者の仲間の1人である。


「ひ、王女様ぁ!?なんで王女様がここにぃ!?」


「なんだ!?アルカちゃんは王城にいるはずじゃねぇのかヨォ!?」


 現れたのは王女アルカ。この世界の中心国家ギルスメーデの王女にして、勇者と共に魔王を討伐した勇者一行の一員である。

 しかし彼女は本来は相当に身分の高い存在であるからして、今回の祝いに置いても王城内のみに行動を制限されていた。


「ふふ。やはり勇者一行として私だけ王城に引き篭もっているという訳にはいきませんよ。なんとか執事にお願いして、抜け出すことが出来ました」


「……はっはっ!そっか…アルカ様は結構無茶しますよね」


「へー。そういう割にはルクス、王女様みた途端に鼻の下伸ばしちゃって……いやらしいわ」


「い、いやらしい!?」


 王女を見て苦笑いながらにルクスは頬を紅潮させる。その内心は彼と最も親しいミーナでなくとも容易く察せられるものである。


「ガッはッはッ!言ってやるなってミーナ!愛しの王女さんにはいつもそうだろぉ?」


「い、愛しのとかやめてよ!?恥ずかしいからぁ!?」


 王女を目にして赤面し、友人からの言及に調子を狂わされる。そんな彼の様子を見れば、彼の抱く胸の内は容易に予想のつくものだった。


「ふふ。恥ずかしがらないで下さいルクス様。来月には私達……()()するんですから」


「えいや…それでも他人にどうこう言われるのは恥ずかしいっていうか……」


 世界は救われた。勇者ルクスの手によって、邪悪な魔王は打ち滅ぼされた。

 なのだから、彼はその報酬として主要国家ギルスメーデの王女と結婚する権利を与えられた。

 つまりは、事実上の国王へ就任する権利が与えられたのだ。


「……本当に分かんないものよね〜。あの泣き虫だったアンタが国王に…いや今も全然泣き虫みたいだけど」


「……そうだね。いや、だからだよ。本当になんの実感も沸かないんだ」


 彼は世界を救った。世界を暗闇で包んでいた脅威を打ち倒し、何もかもを解決した。そのはずだと言うのに、勇者ルクスは未だに世界を救った実感を持てずにいた。


「なんだか…そんなに凄いことを成し遂げたって気になれない。まだまだ道の途中かもだなんて思えるんだ」


「…そうですね。色々な魔族と戦ってきましたが、こう振り返ってみるとあっという間だったように感じます」


「…1年だけだけど……本当にいろいろあったわよね…」


「…まぁいろいろやったんだっけなぁ」


 勇者と王女、そして魔法使いと戦士は、共に過去の出来事を振り返った。

 真っ先に話を始めたのは戦士カラガマ。


「最初にルクスが「仲間になってくれ」てオレんとこに時は、正気かって思ったもんだな。オレァ元々はただのチンピラ、世界救おうなんて柄じゃなかったのによ」


「ほんと…ルクス、ビビりの不安症の癖にそういうところあるわよね」


「あはは、本当になんとなくだよ。カラガマが1番戦士っぽいって思っただけなんだよ」


「勇者の勘ですね!すごいですルクス様」


「……褒めるところでもないですよ、王女様」


 そうして各々の出会いから思い出す。

 既に過去となった記憶達、楽しく騒がしい記憶が、懐かしく感じてしまうことさえ物悲しい、良き思い出の数々だ。


「ミーナがさぁ」


「いやアンタもでしょ!」


「どっちもそんなもんだったろぉ?」


「はい。とてもとてもそう思います」


「姫様もしかして適当?」



「……そうかもね」


 そうして世界を救った当日だと言うのに、勇者ルクスの心内にはぽっかりと大きな穴が生まれていた。足りない、満たされない、そんなかんかくだろう。


「……寂しいな。もう、終わっちゃったんだもんね。これでみんなとの冒険も…おしまいなんだよね」


「………そうですね」


「ガッハッハ!これから先この国を引っ張って行こうって王達がそんなんじゃあ、不安なもんだなぁ!!どうよミーナ」


「……そうかもね」


「うぉ、お前もそっち側かよ……祝いの日なんだから騒ごうぜ?」


「アンタほど能天気って訳にも行かないでしょ? …というか勇者と王女様はいいとして、私達はこれからの仕事も探さないといけないって分かってるの?」


「…ぁ……忘れてたわ……」


「…ホントにアホなのねアンタ……」


 笑い飛ばして、笑い転げて、彼らの祭りは続いていく。酒樽を抱えてどれだけ飲んでいられるか競い合う中年達、酔って暴れ回る国民を諌める兵士達。そんな多くの人々に囲まれて、永遠に思えるほど壮大な祭りを続けて行った。

 ある意味では、魔王や魔族がいた世界よりも混沌とした騒がしくも愉快な夜が続いて行った。




   ◇




「…ちょっと飲みすぎじゃないの?ミーナ」


「うるふぁい…バキャルクス……のまないとやっでらんやいのよぉ」


「ぇえ、どうして。何か機嫌悪くなることあった?」


「うるしゃい……」


 数時間と時間が流れ、祭りは静かに終わりを迎えた。そんな中魔法使いのミーナは酒を飲み過ぎたことで意気消沈、身体中を赤く染め上げてしまった。


「とりあえずミーナがとってた宿まで運ぶよ……」


「…はぁ!?ヤドっててなにするにぃよアンら!?」


「え、そりゃ早くミーナに寝て貰おうと…」


「はっ!はやくわらしとねるぅ!?」


(か、会話にならない)


 すっかり脳の回らなくなったミーナを抱えてルクスは宿へと向かう。その道中で何人かの国民に勇者様と声を掛けられたが、ルクスにとってはもう慣れたことなのだ。


「本当に…もう1年だもんなぁ」


 ルクスは幼馴染であるミーナと共に村を出て、この大国家へとやってきた。世界を救う勇者として。そして今彼は世界を救った勇者として、その国の敷地を歩いている。それがその1年で、彼が成し遂げた事の結果なのだ。

 国民に声を掛けられるルクスの姿を見て、酔いから冷め始めたミーナは小言を漏らした。


「ほんと……デカくなったのよね、アンタは…」


「どうしたの改まって…それさっき散々話したじゃん…ぁ身長の話?」


「ちがうわよ!?いつまでもノびないアタシに皮肉イってんのぉ!!」


 1年前のその頃にはミーナとルクスはほとんど同じ程度の身長だったが、今ではこの2人には20cm以上の身長差が生まれている。流石勇者というべきか、驚異的な成長速度である。

 そんな軽口はおいておいて、ミーナは親身な様子で語り出す。


「こうしてクニをミてると、やっぱりおもうわよ……立派になっちゃったわね、ルクス」


「僕は全然だよ。ミーナとカラガマと……アルカ様が居てくれたから…」


「ほんろっ!ウジウジしたセイカクはカわっててないわれぇー!」


 ミーナを含むパーティの皆んなは彼の手で選ばれ、彼に導かれて旅を共にした。そんな彼だから、彼女は共に旅に出たのだろう。


「うん…ありがとうミーナ」


「……ふん。いつまでもおぶってないで降ろしなさいよ!あたしこんな身長でもとっくに成人してるのよ!お酒なんてどうってことない!舐めるんじゃないわよ!!」


「え、歩けないんじゃっ……てか意味わかんないよぉ」


 感謝の言葉を聞いた瞬間に、それまでの泥酔っぷりが嘘のようにミーナはルクスの背中から飛び降りた。そんな彼女の行動に極めて理解が追いつかないルクス。


(……なんでありがとうで怒るのさ」


「あたしなんかに構ってないで!アルカ様のとこ行きなさいよ。どうせいつもみたいに……真夜中に待ち合わせでもしてるんでしょ!いやらしいわぁ」


「いや人聞き悪い言い方やめてよぉ!!」


「いーから、早く走る!レディは待たせるものじゃないのよ!」


「待たせてるのはミーナのせいだけどぉ!?」


 クスクスと笑うミーナに叫び返すとルクスは彼女に背を向けた。そうして勇者は夜道を走る、勇者であると同時に彼も人間だ。愛する女性との約束を無我には出来ない。


「ほんと…凄くなったわよアンタは……」


 走り去る勇者ルクスの背中を見て、魔法使いミーナは……彼の幼馴染ミーナは1人寂しく呟くのだった。




    ◇




 すっかり国から灯は消え、空には満点の星空が上がっているそんな時間に、勇者と王女は再び顔を合わせる。


「ぁ…勇者様!お待ちしておりました。……あの勇者様、少しお疲れですか?」


「……ぁ、はい。少し…」


 そこは王国から少し離れた草原の高台。魔族との争いが盛んだった頃に見張り塔として建設された塔の頂上である。

 王女と勇者はその塔で夜を過ごすことを約束していた訳だが、約束と言って現れた勇者は息を切らして疲れ切った様子だった。


「私は早めに席を外してしまいましたが、あの後も皆さん活気溢れていましたね……」


「あはは、言葉に気を遣わないで大丈夫ですよ。みんな思い切り子供みたいにはしゃいじゃって…カラガマは意外に早く宿に帰ったみたいだけど、ミーナは飲み過ぎて酔い潰れて……今も国民の何人かは酔っ払いながら飲み合いしてるでしょうね」


「…いえ、平和になった証ですもの。こんなに気軽に夜道を歩くなんて、魔王がいた頃には考えられませんでした」


「ぁ、いや本当は今もお城の外に出るのは禁止されてるんですよね?」


「はい!でも大丈夫です。勇者様と一緒にいるのが1番安全ですもの!」


「…そ、そうですか」


 満面の笑みで放たれたアルカの言葉に、はっとルクスは顔を赤らめた。彼にとって、その笑顔はどんな凶器よりも鋭く、自身の心臓へ突き刺さってしまうものだ。


「ふふ。さぁ夜空を眺めましょう勇者様!お好きな星を教えて下さると嬉しいです」


「…はい!」


 勇者と王女は、星が好きだった。

 そこが故郷でも、旅の行き場所でも、魔王が住処としていた黒曜大陸に置いても、星は平等に彼らの頭上で輝き続けた。

 勇者と王女の婚姻は、世界を救った勇者への報酬として与えられたものに違い無かったが、その間に生まれた愛情は、誰に勧められるでもなく、彼ら自身が死線を潜る中で培われたもの。

 大空の下で星を眺める行為こそ、2人の間に生まれたどこまでも純粋な愛の結晶なのだ。


「あ、勇者様キラーローズ座です!あっちにはガーロン座、ミリオンスライム座までクッキリと!」


「あはは。相変わらず星博士ですね。星座だけでも数百を超える種類ですが…その中には僕達が旅の中で倒した魔物の名前もたくさんあるので不思議です」


「大昔の伝承では魔物と人間が共存していた時代もあったそうです。一説によると魔族が現れたことで凶暴化しただけで、魔物もその頃は危険ではなかったとかんがえられていますね」


「……そうなんですか。結局、魔族のことは分からないままでしたからね。その伝承の真偽も確かめようがなさそうです……魔王も、言葉を話せるはずなのに、なんの受け答えもしないまま倒してしまいましたし」


 戦いの敵を思い返すたび、ルクスの脳を過るのは魔王との戦いだ。しかしそれは魔王が強大な力を持っていたからではなく、その魔王戦で抱き続けた違和感の姓に他ならない。


「…勇者様、魔王は邪悪な力を持った化身でした。ただ存在するだけで周囲の生物を腐敗させるような力を持っていたしたからね。なので…あまりお気になさらないで下さい」


「いや…元々魔族は幾つもの街や国を滅ぼしていた。だから、魔王を倒したことに後悔なんてないんだ。だけど……」



「…まるで……人間と戦ってるみたいだったから」


 何処から汲み取ってしまったのか、どうして感じ取ってしまったのか、言葉なく戦ったはずの魔王は人以上に人間らしく、邪悪な力を持った怪物というには極めて理性的な存在だった。

 そしてその力は強大ではあったが、勇者であるルクスには歯が立たず、その戦いは一瞬にして決着した。


──それではまるでただの人間との血統である。


「本当に…あれが魔王だったんですかね……」


「…分かりません。ですが、あれによって世界が蝕まれていたのは間違いありません。だから、大丈夫ですよ、ルクス様」


 王女は勇者の手を優しく握り、鼓舞するように囁く。


「あなたは…勇者ですよ!凄い人なんです絶対私が保証します」


「…ありが……いえ、勿体無い言葉です。王女様」


「ダーメ!言い直しです!」


「ぇ!?」


 感謝の言葉を述べた勇者を、王女はイタズラ好きの子供のように否定する。


「もうすぐ婚約です。私の事はそろそろ、()()()と呼び捨てにして頂かないと困ります!」


「ぁいや、王女様も僕のことは勇者様って言うじゃないですか!」


「王女特権です!なので勇者様は呼び捨てでないと困ります!」


(急にわがまま出してきたぁ)


 グイグイと体を詰め寄る王女に、ルクスはオドオドと慌てふためく。実のところ彼は幼馴染のミーナ以外の女性を呼び捨てにした経験などなく、女性経験も限りなく乏しい。

 世界を救った勇者になったからと言って、その根本は変わらないものだ。


「あ、ある……アルアルアル…アルカ………さま」


「さまを付けてはなりません!」


 高まる緊張。


「ぅ……うわ、ぅぅ…」


 緊張と緊張と緊張と緊張。


「ぁああ!!…()()()…!!」


 緊張はその一言で破られた。そしてそれに続くように、王女は不敵に笑って返答する。


「……ふふ、はい。アルカですよ………()()()さん」


「ぁ………」


「私は……さん、というところから始めさせて貰います」

 

 王女と勇者は見つめ合う。

 名前を呼び合い、胸の内を曝け出し、彼と彼女は分かり合う。そうしているとどうしてか、自然と2人は互いの掌を差し出して、互いの心臓部分へ押し当てていた。


「すごい…恥ずかしいです……恥ずかしいなコレ」


「はい。ルクスさんの鼓動が、直接掌へ伝わってきます。まるで…貴方と一心同体となって繋がっているようです」


 こな互いの鼓動を伝え合う行為は、この国ギルスメーデでは簡易的な性行為として扱われる事がある。育った地域の問題もあり、ルクスはそんなことを知る由もなかったが、王女に誘われるように自然と行動に移してしまったのだろう。

 そうして見つめ合う内に両者の思いは極限まで膨らんで行った。相手を愛する言葉を口にせずには居られないほどにだ。


「好きだ。アルカ…改めて……僕と一緒になってほしい。この国の王女として、この国で一緒に長生きして欲しい……」


「…はい。貴方と一緒ならいつまでも生きていられると思います。どんなことがあっても乗り越えて行けると思えます」


 互いの体を抱きしめ合う。

 そして互いの瞳を覗き合う内に、ルクスはアルカの顎に手を添えて、唇を奪おうとした。しかし彼は煙が噴き出るほどに顔を紅潮させ、すんでのところで体を突き放した。


「…や、やっぱり恥ずかしい…です。また、婚姻の儀の時にでもっ!」


「ふふ。始めてお会いした時から、変わりませんねルクスさん。分かりました……その時を楽しみにしていますよ……」


 どこか怒っているようにも見える、不思議な笑顔でアルカは言葉を返す。

 ルクスはその行動に踏み出せない自分の意気地の無さを呪う。しかし同時に彼はその時の彼女が見せた蒼天の星空のような晴れやかな笑顔に心奪われてしまった。

 その時、この夜、この時間が、永遠と続いて仕舞えばいいと思えるほどに。王女アルカと勇者ルクスは身に余るほどの幸福感に包まれていた。



──だがその数分後、彼らの幸福は音を立てて砕け散ることになる。


『………ギッ…………ギィボォッ……』


「ぇ……?なに、この音」


「…?ルクスさん、どうかしましたか?」


 勇者ルクスの耳に、それまで聞いたことがないような、異質な音が入り込んできた。塔の上からサッと周囲を見渡すが、見える範囲には音の原因どころか音を立てる生き物も存在しない。

 そして不思議な事に、彼の側にいたアルカに至ってはその音を知覚することも出来ていない。


「なら僕の幻聴…?でも、こんな音幻聴でも聞いたことは……」


『ギググッッ……ギギガァァ……!』


(なんなんだ…何かの……呻き声?)


 ルクスが聞いたその音は、物体が発した騒音というには不可解で、それでいて生物のモノと呼ぶには不自然過ぎる音だった。彼は数え切れないほどの魔族や魔物との戦いを経験してきたが、それはどんな生物の鳴き声にも似つかわしくない。

 ただひたすらに不気味な、理解の及ばない気配を放っていた。


(なんなんだ……本当になんなんだ……ぁ!?」


──ピキッ!


「あら、なんでしょう。この…ガラスが割れたような音は……?」


 彼が頭を混乱させる中で、呻き声とは違う、水晶に亀裂が入ったような気音が周囲に響き渡る。その音に関してはアルカも聞き取れたようでキョトンとした顔で首を傾げた。

 そしてさらに……


「る、ルクス様。空を見て下さい!」


「ぁ、あれは………!」


 アルカが夜空を指差す。彼女が指し示すその先には満天の星空が広がっていたが、その空には本来ではあるはずのない巨大な菫色の歪みがあり、それによって破れた鏡のように亀裂が入っていたのだ。


 それまで目にしたことのない異様な夜空の異変に、数分前の幸福感は何処へやら、勇者と王女は共に言葉を失ってしまった。


(これは……一体)


《ギィィッ……ガボボボォォ!!》



 それは世界が救われた日。

 勇者ルクスと3人の仲間によって、魔王が打ち倒された日。


 そんな幸福に満ちた祝いの時は、その異様な空の異変によって妨げられた。

 

 しかしこれは異変の始まりに過ぎない。

 真に彼らを脅かし…()()()()()へと誘うは、この異変の向こう側にいる存在……




 歪みの向こうから現れる……

 ……【理不尽の権化】なのだから……



 1週間に1話程度のペースで、短く5話くらいで完結させる予定のお話です。

 あまり長くやると胸糞でしかない物語ですし、ほとんどバッドエンドな物語なので苦手な方は朗読をお勧めしません。

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