異次元の少子化対策
「パラレルワールド。ご存じですか?」
総理のその回答に、質問をした記者はまず我が耳を疑い、次に口を疑った。
今、私は何と質問した? 確か、総理にこう訊ねたんだ。あなたが掲げる異次元の少子化対策とはいったい――
「異次元の少子化対策。それはパラレルワールド、つまり並行世界から子供をさらい、我が国で育てる事です」
記者は目頭を揉んだ。だが、自分の目を疑ったわけではない。頭痛がしたのだ。そして、何かを疑ったと言うなら、それは自分の脳。つまり、これは夢なのではないかと。いや、やはり総理の頭を疑った。
「あの、総理……真面目に――」
と、言いかけ、記者が口を閉ざしたのは、総理がこちらの話を聞いていないと思ったからではない。閉口せざるを得なかったのだ。記者会見の場、その壇上、総理の隣に運ばれて来た物々しい装置を前にしては。
それは球の無い地球儀のようであった。
「こちらは小型版ではありますが問題なく、並行世界のニッポンと繋がっております。博士に作っていただいたもので異次元空間へと通じる穴を開け、一度そこを経由して……ま、お見せした方が早いでしょう。座標はすでに設定済み。向こうの世界の病院の新生児室と繋がっております。ははは、なんてことはない。マジシャンがシルクハットからウサギを取り出すようなものですよっと」
総理がそう言い、装置のスイッチを押すと記者会見場の電灯が三度ほど点滅。それに気を取られているうちに、装置の中に黒い靄が発生した。あれが異次元への入り口なのだろう。そして、総理は何のためらいもなくその黒い靄の中に頭から突っ込んだ。
確かに、総理の言った通りであった。あっという間。その腕の中には、なんとまぁ可愛らしい赤ちゃんが。
どよめく一同。すぐに記者の一人が椅子から立ち上がり、言った。
「で、ですが、それではあちらの国が困ると言いますか、誘拐。そ、その子のお母さんが悲しむのでは?」
「ふぅー……いいですか? 我が国の少子化問題というのは深刻であり――」
並行世界というのは我々の世界のスペア。そもそも向こうの国は崩壊寸前。我々も同じ轍を踏みたいのか? 代案を出せ代案を。増税するぞ。と、総理がくどくどと一方的に一時間近くに渡り同じようなことを繰り返し喋り続け、辟易した記者たちは、ある種の催眠状態に陥り黙りこくった。総理の言うことに反論しようという気が起きると頭痛がし、ともすれば博士とやらに頼んでそういった装置も開発してもらい、先程から使用しているのではという疑いもあったが、追及することは叶わず結果、並行世界からさらわれた子供たちは政府により創設された教育機関で育てられ、国の高齢者と若者、グラフ上では見事バランスを取り戻すことができたのだった。
が……。
「えー。並行世界、あちら側が対策をし出したので――」「装置の維持費が――」「子供たちにかかる費用の――」と、なんやかんや理由をつけ、相次ぐ増税に国民は疑問視、またある噂が蔓延し、ある時、記者会見場にて記者が総理に質問した。
「総理……あなたが実は並行世界から来た総理で、つまり入れ替わり、この国を疲弊させている向こう側からの刺客なのではという噂が国民の間でされているのですが……」
「まったく、くだらない噂ですね……まあ、いいでしょう。入れ替わられてなどいないと簡単に証明する方法がありますからね。
それがお望みなんでしょう? 私もこの計画を実行した後から知り、驚いたのですが並行世界の者は我々の体のある部分がないですからね」
そう言うと、総理は下唇を捲り、歯茎を見せた。そのピンク色の薄い皮膜の下ではイトミミズのように細く小さな触手が蠢いていた。
記者たちは安堵の息を漏らし、自分たちも下唇を捲り見せた。
記者会見場は和やかな雰囲気になった。
それから何年か経ったあと、総理に双子の兄弟がいると噂が流れたが特に問題にはならなかった。
恐らくあちら側の『異次元の少子化対策』が失敗し、国が崩壊したのだろうと思った程度。