馬鹿娘
今日、私は、娘と振袖を見に行った。娘は今年19になる。とてもお茶目で正直で馬鹿な娘である。
「いらっしゃいませ。」
「予約していた林です。」
「あぁ、林様ですか!お待ちしておりました!」
そんな、当たり前の、決まりきった、それこそセリフのような会話をしていたら
「私たちが来るのを待ってくれてたなんて、嬉しいね。」
とかなんとか、私に呟き出したのである。私は赤面して
「えぇ、そうね。」
とだけ返した。
必要事項の記入をしている時も、
「可愛い娘さんですね。」
と店員が私達に言ったら、
「そんな、いえいえ、私なんて。」
と、満更でもない顔で、本気で照れて答えている。自分の冷たさと彼女の馬鹿さに心底呆れた。頼むから、鏡をちゃんと見て来てくれ。
振袖の試着がはじまった。着付け師(営業マン)が娘に振袖を着せてゆき、好みの色や、帯を選んでいくシステムだった。私は娘の真ん前に座らせられ、その様子を見守った。
「ほんっとに白くて綺麗な肌してますねぇー!どんな着物でも似合いそうだわー!」
店員は大袈裟に喜んでいる様にしか見えなかったが、娘は嬉しそうに、はにかんでいる。
「まず、着物を決めましょう!何色がいいとかってありますか?」
「えっと、ピンクを基調とした花柄がいいです。」
「では、こちらと、こちらなんかどうでしょうか?」
などなど会話が進んでいくのだが、店員の売り込みがなんとも上手い。「こちらのほうがお似合いですよ。」なんていう古いやり口ではない。あえて似合わない色をあわせた後に、それより高い、似合う色や小物を勧めてくるのだ。そんな営業側の作戦に娘は気づくこともない。
「えー!確かに、こっちの方がかわいいー!」
と、大声をあげて喜び、高い品物を選んでいく。馬鹿だ。何も、わかっていない。世の中の冷たさも、社会の厳しさも。みんなが騙し合って、それが当たり前で生きているということも、彼女は気づかず生きている。
「ねぇー、ママー!これとこれどっちの方が似合うかなあ?」
「どっちだろうね、右手に持ってる方かなぁ。」
そう答えると、着付け師の顔が少し引きつった。
「んー。でもやっぱり左の方がかわいいから、こっちにする!」
娘はたぶん、高い方を選んだのだろう。着付け師の顔はさっきと同じ営業スマイルに戻っていた。
私はいつか、あなたに世の中の厳しさを教えないといけない。そのとき、あなたは、どんな表情をするのだろう。あなたのその純粋な笑顔を、濁っていない笑顔をもう少し長く見ていたいと思ってしまう。だから、まだ、教えられない。