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8.身から出た錆

『美しい自分は皆のもの、ファンクラブを持つ自分は皆のアイドル。そう言ったのは、オリヴァー自身よ? もうブリュンヒルデと個別で会わないで頂戴。アイドル自身に特別な存在なんて不要よ。だってそうでしょ? アイドルはみんなで共有する皆のモノなのだもの』


 そう言った妹。間違いは一切ない。


『兄としては、過去、イザベラの危機を救ってくれたブリュンヒルデ嬢に恩義を感じている。彼女の不利になるような存在は、例え我が弟であろうと近寄って貰いたくはないな。人類の半分は女性で、それら全てはお前の愛する対象だと以前言っていたではないか。お前はお前の幸せを追えばいい。今までのように。ブリュンヒルデ嬢を追うな』


 そう言ったのは実直な兄。……彼の言うことも間違っていない、と思う。


 正直、へこんだ。


 だが別に、俺はブリュンヒルデ嬢を女性として追っていた訳じゃない。ただ、彼女といると楽しかったから。それだけだ。だというのに、過去自分が言った言葉が、今の自分の行動を縛る。


 過去、妹は俺に忠告していた。


『そんなふわふわした、いい加減なことを言っていると、自分の言動を後悔する日が来ますわ』


 来た。たしかに、来た。イザベラは予言者か。



 本気で、へこんだ。





 ジークに相談した。


 というより、ここ数日心ここにあらずな状態の俺を心配したジークが俺を問いつめた、というのが正しい。

 放課後の学生会室にふたりきり。ここは、防音設備も整っていると聞いている。ジークの護衛にも席を外して貰った。


 俺がひとりの女生徒ばかり構うせいで、ファンクラブから不満の声があがり、それがアーデルハイド王女殿下の元に集まったこと。

 王女殿下直々の叱責を受ける形になってしまい、ブリュンヒルデ嬢に一方的な不名誉を背負わせてしまったこと。

 その流れで俺の誘いはお断りすると衆人環視の中で宣言されてしまったこと。

 イザベラも酷く怒っていて、もう個人的な誘いはするなと言われたこと。


 俺は、どうしたらいいんだろうと、素直に打ち明けた。


「そのことだがなぁ……ハイジは、その……」


「俺に惚れてる?」


「気が付いていたのか?」


 ぜんぜん。


「当たり前だろ。愛や美は俺の担当なんだぜ」


 嘘です。まったく気が付いていなかったです。


「……担当云々の真偽はともかく。初等部食堂でお前の誘いをきっぱり断ったブリュンヒルデ嬢なんだが……調べたところ、男子学生から喝采の的らしい。ナンパ野郎の誘いを断固拒否した、流石俺たちの黒姫! とな」


 ……ナンパ野郎? もしかして俺のこと?


 そう思いながらジークの顔を見れば、さも当然、といった表情を浮かべている。


「侯爵家の次男、顔良し、頭脳もまずまず、そして第二王子の側近候補。これがチャラチャラと女生徒を侍らせて派手にファンクラブを形成しているんだ。男子学生のヘイトの的だ、お前は」


 おぅ……もてない野郎どもの遠吠えか。侘しいねぇ。


「婚約者持ちだろうが、そうじゃなかろうが、女生徒の注目を一身に浴びていたお前が、いち女生徒に袖にされたんだ。喝采を叫ばれても仕方あるまい?」


 お、おぅ……仕方ない、な……。うん、袖にされたのは、真実だし、な。


 へこむ。


「そもそもだ、オリヴァー。お前、本気出した事ないだろう!」


 何故かジークが突然怒りだした。


「学問も、剣も! 全部、僕の顔色伺って、一歩引いて! 何故、本気を出さない? 何故、僕に譲る? お前のその態度はな、腹が立つんだよ! ムカつくんだよ! 片手間にやって、丁度いいと、そう思っているのか?! お前、僕を馬鹿にしているのか?!」


「ジーク! 馬鹿になんて……」


「もっと本気出せよ! ぶつかって来いっ! 僕はこれ以上手加減されるなんてまっぴらごめんだっ! お前のそういう態度が大嫌いだっ!」


 そう言って、ジークフリートは学生会室を飛び出して行った。



 学園のもてない男どもに続き、幼馴染であり親友のジークフリートにまで嫌われてしまったか……。いや、男に好かれても嬉しくないけど、ジークに嫌われるのは……、うん。へこむな。


 それもこれも、今までの俺の態度のせいか。

 ジークの言っていたことは真実だ。

 今まで全部、手を抜いて本気出したことなんて、皆無だ。王子殿下に不遜な真似はできないからと嘯いて、そこそこの成績で手を打って、それで満足していた。


 それもこれも。

 王子殿下がいたから、ではない。本気を出して負けたくなかったから、だ。

 手を抜いている風を装って、真剣勝負を避けていた。


 俺は、卑怯者だ。





「落ち込んでる?」


「……ラインハルトさま……」


 ラインハルト殿下がいつの間にか入室していた。気が付かなかった。殿下が俺の側に来て、先程までジークが座っていた椅子に腰かけた。


「一連の騒動は聞いたよ、オリヴァー。なんというか……うん、災難だったな」


 彼の王家特有のアイスブルーの瞳がきらりと光る。


「ジークは……解っていると思うけど、お前が好きだから、お前のその態度にイラついて……本気で嫌いだなんて言ったわけではないと、私は思うよ?」


 そんな風にラインハルトさまに慰められてしまった。

 俺の余りの落ち込みように、見ていられなくなった、らしい。


「あぁ、それと、ブリュンヒルデ嬢の不名誉の話だが……ハイジには、私からそれとなく話して、彼女の名誉回復する機会を設けさせるよ。それに、初等部の授業中での出来事だろう? あまり仰々しくはならないよ。安心したまえ」


 ラインハルト殿下のその言葉に、少しほっとした。彼はできないことは口にしない。彼がそうだと言うなら、きっとそうなるのだ。


「ただ、オリヴァー。お前の身から出た錆、な面が多大にあるようだから、少し身を慎みなさい。もしくは……何かひとつでいい、本気出して打ち込んで、ジークを納得させるんだな。そうすれば、あいつも機嫌を直すだろう」


 にやりと笑ったその顔は、幼い頃から馴染んだものだった。


 その後、なんだかんだと言いながら、学生会の仕事をさせられた。お前はやればできるのに勿体ない、などと煽てられながら。

 そうして、いつの間にか遁走したジークの分まで仕事をさせられていた。





 無性に、ブリュンヒルデ嬢の顔が見たくなった。

 もう何日会っていないのだろう。




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