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6.虚ろな高等部スタート

 王立貴族学園初等部の三年間を過ごした中で、三年生の時間が、一番濃く長く充実していたような気がする。

 初等部学生会会長を務めたジークにこき使われたのは勿論、黒髪の乙女こと、別名、鉄仮面の黒姫、ブリュンヒルデ・フォン・クルーガー伯爵令嬢と共に過ごした時間が楽し過ぎた。

 ちょっとでも彼女を笑わせたくて、歓心を惹きたくて。

 だが彼女は一筋縄ではいかないのだ。

 今までの俺の経験則が何一つ通用しない相手。それが黒姫。

 なるほど、“黒姫”だ。彼女は気高く難攻不落の城塞。にこりともしないと思えば、甘いお菓子を食べてふにゃと笑顔(ほんの一瞬、微かな)を見せる。あれを見たくて最新流行のお菓子を貢いでも


「これを頂く理由がないです」


 とすげなく断られてしまう。(このとき真顔。でも申し訳ないという感情は伝わる)


 ヒルデガルドさまの差し入れならすんなり受け取るくせにっ! その時こちらをチラリと見る『まだまだね』と言いたげなヒルデガルドさまの流し目が、こう言ってはなんだが、腹立たしい! 一緒に後ろでニヤニヤしているイザベラにも腹が立つ。


 ◇


 気が付けば、俺やジークフリートは初等部を卒業し、高等部に入学していた。

 高等部になると初等部とは校舎が違う。

 ブリュンヒルデ嬢と会う時間が格段に減った。


 ◇


 ある日の放課後。

 高等部学生会室で、俺はジークフリートとラインハルト殿下と共に地味な書類仕事を片付けていた。

 高等部学生会会長は、当然三年生のラインハルト第一王子殿下だ。


「どうした、オリヴァー。最近元気がないようにみえるぞ」


「オリヴァーは黒姫に会えないのが堪えているんですよ、兄上」


 幼馴染みとして育った俺に、このふたりは遠慮などしてくれない。部屋に三人だけになると、こうして軽口も叩かれる。


「違う。そんなんじゃない」


 とはいえ。

 たしかに高等部にあがってから毎日がつまらないし、楽しくない。


「オリヴァーが夢中な彼女、ブリュンヒルデ君、といったか? 絵が巧いんだって? ヒルダから話は聞いている。初等部棟の美術部室に行けば鑑賞できるのか?」


 ラインハルト殿下が純粋な好奇心に満ちた目で俺を見る。


「……もう彼女の領地へ送ってしまったので、今は見られません……」


 そう。あのやけに精密に描かれた王都の風景画。あれはしばらく飾られていたが、俺が譲ってくれと言った途端取り外され、彼女の領地に送られてしまった。


 あれも送ってしまっただろうか。

 あの日、初めて見たモノクロームの風景画。俺が心を鷲掴みにされた絵。なにか、彼女の絵が欲しい。彼女を想起させる、何か。

 今までのように会えなくなった最近は、もっぱら帰宅してからイザベラに彼女の様子を聞く日々だ。なんとも張りの無い、手ごたえが無い、腑抜けになったような心地の毎日が続く。


「やけに落ち込んでいるな」


 大きなため息をつく俺に、ラインハルト殿下が心配そうな声を掛けてくれる。


「彼女、俺が絵を欲しい、譲ってくれと言っても承知してくれないんです。 “これはヒトサマに見せる為に描いたものではないから”って言って。言い値で買うと言っても“売り物としての体を為していません、売れません”ってきいてくれないし……」


 書類仕事はとうに放棄し、机に突っ伏した。


「ふうん。正しくプロとしての言い分だな」


「こいつ、女子から拒絶されたことがないから、それも落ち込みに拍車をかけているわけで」


「ジーク。ラインハルト様に余計なことを言うな」


 我ながら、不貞腐れたような声を出している。

 何故、こんなにも何もかもがつまらないのだろう。


「確かに、高等部にきてからイザベラに会う機会が減ってしまったなぁ……オリヴァー、また美術館にでも行くか? イザベラとブリュンヒルデ君を誘ってくれ」


「自分で誘えよ。自分の婚約者だろう?」


「君が黒姫と会う為の口実じゃないか! 僕に感謝してくれて構わないんだよ?」


「どっちが口実なんだ?」


「お前たち、仕事しろ」


 会長のお言葉は絶大。あとは黙って仕事をした。


 ◇


 数日後の昼休み、ブリュンヒルデ嬢を誘う為に俺は初等部棟学生食堂を訪れた。果たして、そこにイザベラと共に昼食を取るブリュンヒルデ嬢の姿があった。


「やぁ! こんにちは!」


「……ごきげんよう」


「あら、兄さま。初等部棟では久しぶりね」


 ? 少し硬い雰囲気のふたりに違和感を覚えたが、それを抑え、ふたりに次の休日の提案をした。


「ブリュンヒルデ君を誘いに来たんだ。今度、テュルク国との同盟締結10周年記念に特別に王家の秘宝を展示する計画があるんだ! 目玉はお嫁入したアンネローゼ殿下がテュルク国王に贈呈された宝石の数々なんだとか。それはもう、逸品揃いだと聞いたぞ。一緒に見学に行かないか?」


 これは本当。ラインハルト殿下から教えて貰った、とっておきの情報だ。美しいものが好きなブリュンヒルデ嬢は行きたがるだろう。当然、イザベラが“わたくしが同伴しても構いませんわよね?”と言いだして、“勿論! ジークも誘って一緒に行こう”となる流れ、なのだが……。


 なんだ?


 イザベラの表情がおかしい。

 ブリュンヒルデ嬢はいつものとおりの無表情ではあるが、微かに眉間に皺が寄っている。これは、『不快』『苛立ち』。何かを押し隠す、『不愉快』を示す表情、だ。


 ブリュンヒルデ嬢は静かに椅子から立ち上がって頭を下げた。

 そして顔を上げ、まっすぐ俺を見た。


「申し訳ありません、オリヴァーさま。お誘い頂いたこと、大変ありがたく思いますが、よんどころない事情でお断り申し上げます。わたくしのような者にお声掛けして頂き、感謝の念に堪えません。ほかの皆様と、わたくしの分までお楽しみくださいませ」


 食堂の隅々にまで響き渡るような声ではっきりとそう言うと、食事トレーを持って配膳処に行ってしまった。

 まさか、断られるとは夢にも思っていなかった俺は、呆然としたまま、その背中を見送ってしまったのだった。




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