卒業の日(ラインハルトとジークフリート。ちょっとだけアーデルハイド)
「ジークフリート、卒業おめでとう。卒業生代表の答辞、見事だった。兄として鼻が高いと思いつつ見届けたよ。明日からのお前には楽しい公務が待っているぞぉ」
「うわぁ、ありがとう、兄上。やな言い方」
晴天に恵まれた本日、ジークフリート第二王子殿下は、王立貴族学園高等部の卒業式を済ませた。
卒業生である証の黒いロングガウンに、黒い特徴的な形の帽子を被り、現在は学園内の貴賓室で、兄であるラインハルト第一王子殿下とゆったりとお茶の時間を堪能している。
「どうだ? 無事に卒業した気持ちは」
「いろいろあったなー。……結局オリヴァーを側近にできなかったのが心残り、というか……痛い、かなぁ」
「あれがクルーガー家に婿入りするなら、我が国の経済の要に入り込んだことになる。大局的に見て、王家に損はないよ。オリヴァーの国に対する忠誠心は、お前も疑っていないだろ?」
「それは、そうだけど……結局、あいつは兄上の方に懐いていたんだなぁって思って……」
自分よりも背の高くなった黒髪の弟の、珍しくも不貞腐れたような表情に、兄はにこりと微笑んだ。
「フクザツ?」
「――」
「そんな顔するな。結局、ロイエンタールのふたごは、お前に多大な影響を受けているのだから」
「僕に?」
「そうだ。どちらも黒髪の伴侶を選んだ」
「――あ」
彼らの幼馴染みであるロイエンタール侯爵家の双子の兄妹。妹のイザベラはジークフリートの希望で幼い頃から彼の許嫁だったが、ちゃんと恋愛関係にある。
兄のオリヴァーは学園在学中、ブリュンヒルデ・フォン・クルーガー伯爵令嬢に心奪われ、彼女に求婚した。内密ではあるが両者は婚約関係にあると貴族院に届けられている。
「ふたりとも、幼い頃から一緒にすごした黒髪のだれかさんの影響を受けていたのは否めないだろう? ……互いの親友を伴侶に選んだ、ともいえるから、ふたごの絆は興味深いな」
「――あいつ、僕の臣下にはならないって宣言しました。臣下にはならないけど、……幼馴染みで親友だって」
弟は、自分の見事な黒髪に指で触れた。将来の片腕になるだろうと信じていた親友の離脱に、彼はなかなか納得できなかったようだ。
「そうだな。それがお前たちの絆なんだろう」
兄のことばに、弟はしばらく黙り込んだ。
「――うん、そうだな、総じて六年間楽しかったですよ」
お茶を一杯飲みほしたあと、彼は明るい声で兄に告げた。
「それは良かった。母上に感謝だな」
「?」
「この学園、お前も知ってるとおり、名誉総裁は国王陛下だ。創立のキッカケは王妃殿下の『学校があったらいいのに』の一言らしいぞ。それ迄は、各貴族が家ごとに家庭教師を雇って独自の教育をしていたとか」
「へぇ、知らなかった」
「独自教育だと家ごとに教育の質に差がでるだろ? それを憂いたおじい様に父上が『こういう制度はどうでしょう』と持ち掛けて、学園創立に相成った――っていうのが表向きの創立理由だけどな」
「表向き? 裏の理由は?」
「結局のところ、父上が母上の制服姿を見たくて、創立したって聞いたことある」
「マジで? そんな理由なの?」
「どうだろうな。本当のところはわからん」
弟の疑問ももっともだろう。
国家事業として設立された学園都市が、そんな理由で、なんて誰だって萎える。
「お前、アンネローゼ叔母上のことは、どのくらい憶えてる?」
「叔母上? テュルクの王妃の? 綺麗な金髪の、若い頃のお祖母様に瓜二つの方ってことくらいだけど」
「肖像画の記憶ってことか。
あの方、凄いぞ? そもそも学生会を立ち上げたのが叔母上だ。それまで学園側は学生に自治運営させるつもりはなかったらしいのに、むりやり権利をもぎ取ったとか。高等部の三年間、学生会会長を務めた。ま、それは私もヨハン叔父上もやったがな。卒業式の日を祭りにしたのもあの方だ。高等部学生会室、設備が整っているだろ? 初等部のそれと違うと思わなかったか? あれな、あの方が私財を投げ打って改造したものを後輩の為にってそのままになさったからだ」
「――そう言えばあのソファセット、王宮で使っているものと同じだ」
「うん」
「なんというか、行動力のある方だったんですね」
「だろ?」
手ずからお茶のお代わりをいれる弟。
本来、貴族の子弟は自分では何もできない。する必要がないからだ。だが、この学園に通い、自主自立を旨に教育を受け、自分のことは自分でできるようになった人間は多い。王子殿下である彼らもそれに準じている。
お陰で給仕の為に人を用意せずに済む。
人払いをし、彼らだけで気兼ねせずいられる。
「お前、覚えてないか? 夜早く寝ないと首なしデュラハンが魂取りに来るって話」
「あぁ、覚えてる! 子ども心に恐ろしかった! ヨハン叔父上から聞かされて泣きながらベッドに入った」
「叔父上はアンネローゼ叔母上から聞かされていたんだ。それをそのまま私たちに伝授した」
「うぇぇぇぇそんなこと、引き継がないで欲しかった」
「あと、食べ物を残すと勿体ないオバケがくるとか」
「あ。覚えてる。それもヨハン叔父上が……って、それも元はアンネローゼ叔母上なの?」
「あの人たち、割と私たちにトラウマ残しているのだがな、元を正せば全部母上なのだよ」
「え゛」
「私たちの時は、母上は公務に忙しくてろくに構えなかったけど、代わりにローゼちゃんが育ててくれたわね、なんて母上が仰るのを聞いて、驚いたのなんのって!」
「えぇぇぇぇ?」
「そのローゼちゃんこと、アンネローゼ叔母上への教育、というか、叔母上の幼少期にやたら構い倒したのが我らが母上だったらしい。嫁入り前の王宮に通い詰めてな。その時に首なしデュラハンとかもったいないお化けとか教え込んだのだろうって。これは父上の侍従から聞いた話だ」
「母上ぇぇぇぇぇぇ」
「でも、まぁ、たとえ母上でも、あの予言だけは、外したようだが」
「あの予言?」
「あれだよ、ピンクブロンドの美少女に私たちが破滅させられるってやつ」
「あぁ……そう言えば……来なかったな。今の初等部にもそんな髪色の女子学生はいないし……ハイジが卒業するまであと二年、大丈夫そうだ」
「ハイジにそれとなく確認したんだが……あの子はどうやら、ピンクブロンドについて、母上から何も聞いていないらしい」
「そう、なのか? まぁ、知らないなら知らないで……ハイジは女子だから何も影響はないだろうし」
「そうだな」
用意された軽食は既に彼らの胃袋に収まった。兄弟でのんびりと会話を楽しむのも久しぶりだ。兄は今年、王太子に叙され、弟の卒業式のすぐあとに婚約者であるヒルデガルド・フォン・ビスマルク侯爵令嬢との挙式予定だ。
「次にあいつに会えるのはいつかなぁ」
「何を呆けている。半年後には学園創立20周年記念の式典がある。その時、お前はダンスパーティでイザベラ嬢のパートナーをするのだろう?」
「あ! そうか。ブリュンヒルデ君のパートナーは」
「当然、婚約者が務めるのが普通だな……嬉しそうな顔して」
「だって、この六年、ほぼ毎日顔突き合わせていたのに、明日からそれがなくなるって、不思議というか寂しいっていうか……」
「そうだな。だが別の出会いもあるさ」
「兄上も、二年前はこんな気持ちだった?」
「そうだな……今まで机を並べ仲良くしていた人間と立場が歴然と変わるからな……お前とオリヴァーのような関係の方が珍しいと言われるだろう」
「そう、か……そうですね……」
王族である彼らと肩を並べられる人間は、そうはいない。
出来るのは自分の伴侶ぐらいなものだ。
そして王族である彼らしか、その感情を正確に理解することはできないだろう。
「兄さまたち? いらっしゃる?」
ノックのあと、返事も待たずにドアを開けたのはアーデルハイド王女殿下。彼らの妹姫である。
「そろそろ中庭の特設ステージでの演目が始まりますわ。ジーク兄さまは卒業生ですもの。最前列でご覧になって。ハルト兄さまはこのまま、貴賓室の窓からお願いいたしますわ」
「今年もやるのか。MVPの発表」
「うふふ。今お話ししたら楽しみが半減でしてよ? さぁ、ジーク兄さま、行きますわよ!」
妹姫に背を押され、第二王子が退出した。
第一王子は窓際に場所を移す。三階にある貴賓室の窓から中庭を一望できる。
この中庭に特設ステージをしつらえ、在校生たちの手により、さまざまな催し物が行われる。卒業生はもとより卒業生の父兄や在校生、教師陣の目まで楽しませるそれは、近年では既に卒業した元学生たちも駆けつけ大盛り上がりだ。
正しく、人々が集う祭りになった。
それもこれも初代学生会会長を務めたアンネローゼ王女殿下の代に基盤が作られた。
来年度は創立20周年。まだ、たかだか20年しか歴史がない。
だが、この王立学園の卒業生は確かな実力を認められ、国の内外で活躍している。
これからも国の為に役立つ人材育成をしつつ、平穏無事に過ごしていけるよう、第一王子は願ってやまない。
【おわり】
まだあと一話 あるよ!




