ジークフリート殿下のある夏の日の思い出
妹のアーデルハイドからお茶会の招待状が届いたのは、高等部二年の夏休みのある日のことだった。
王女宮の庭園に、池に囲まれた四阿がある。ハイジはそこがお気に入りで、たまにお茶会と称して僕や兄、そしてヨハン叔父上を招いていた。今回の招待状も夏休みに入り暇を持て余した妹が寄越したのだろうと察し、招待時間より少し遅れて現場に行くと、不思議な光景に出会した。
そこにいたのは僕の親友、オリヴァー・フォン・ロイエンタール。なぜか王立学園の制服を着ている。夏休みなのに、ナゼ?
その隣に兄の友人クラウス・シェーンコップ。彼は今、近衛隊の一員だ。非番なのだろうか、いつもの制服姿ではなく、白いシャツとトラウザースにブーツというラフな格好だ。……王女宮にいるのに、その軽装はいかがなものか。
それはさておき。オリヴァーの便宜上の兄、ウォルフガング・ベルゲングリューンもいる。彼は王都守備隊の制服を着ている。もしかして、任務中なのでは? いいのか? ここに居て。
後輩、エミール・フォン・ファルケもいる。彼も王立学園の制服を着用している。お前といいオリヴァーといい、なぜ夏休みに制服を着ている?
彼らも妹に呼ばれたのか?
王女宮に男ばかり。しかも、肝心のアーデルハイドの姿はない。
「これは、どういった集まりなのかい?」
心底不思議に思い問いかけた。
訊けば、全員妹の招待状を持っている。ウォルフ先輩に至っては、今朝、緊急招集されたと苦笑いだ。
オリヴァーとエミールへの招待状には『学園制服を着用で』とドレスコードが指定されていた。
「王宮へ招かれて、どんな格好したらいいかわからなかったから、助かります」
とは、エミールのことばだ。
なるほど、学園の制服姿ならば、きちんと着用すればそれほど失礼ではない。
「僕も制服を着てくればよかったかな」
「いや、お前は自宅にいるのだから制服じゃなくてもいいだろ」
オリヴァーがすかさず答えてくれる。
「ところで、アーデルハイドは?」
妹の王女宮の庭に、王女殿下の招待だ。肝心の王女が不在なのは、なぜだ?
「俺が一番乗りだったらしい。案内されて来たが無人でな」
クラウス先輩の座る背には、彼のものらしい近衛の制服の上着がかかっている。誰もいなかったので、くつろいでいたな。
「俺が二番手。時間より少し前に来たはず。シェーンコップ先輩が、まるで我こそが四阿の主! みたいな顔でくつろいで茶を飲んでいたぞ」
と、オリヴァーがいう。
「俺とエミールは王女宮の門でかち合った。案内されて一緒に来たらクラウスとオリヴァーがいた」
「時間ぴったりに来たと思います」
ウォルフ先輩とエミールが顔を見合わせ、頷きながら言う。
「そして最後に僕か。招待したはずの人間が不在とは、なんたる不調法。申し訳ない、僕が代わりに謝る」
「いやぁ、でもこの雰囲気は、アレだな。な、オリヴァー。懐かしいな!」
「ははは。シェン先輩も懐が広いっすねぇ」
笑顔のクラウス先輩とげんなりとした表情のオリヴァー。
クラウス先輩が親しげにオリヴァーの肩を組む。
途端に、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
「ん?」
「……これは」
「いま、どこかから声が聞こえませんでしたか?」
エミールがキョロキョロと辺りを窺っている。
「どうやら我々は珍客として遇されているようですね」
辺りの気配を読んでいたらしいウォルフ先輩がニヤリと笑った。
「遇されている?」
放置されているようだが。
「つまり、こういうことですよ」
そう言いながら、クラウス先輩がオリヴァーの腕を引っ張った。急に腕をとられたオリヴァーは、上半身を先輩に預ける形になった。
途端に、どこからともなくうめき声が聞こえた。女性の声だった、と思う。
「あー、はいはい。シェン先輩がそこまで開き直っているなら、俺はもう、どうでもいいですよ」
頭を掻きながらオリヴァーは、体勢を戻し立ち上がった。そして、今まで座っていた椅子ではなく、クラウス・シェーンコップの膝の上に座った。
途端に悲鳴と呻ぎ声の二重唱が聞こえた。急な咳も聞こえる。
……なんだ、これ。
エミールが辺りを見回し不安そうな表情になる。
「ここ、監視されていますよね?」
「解るか、エミール」
「ですが、敵意は皆無です。なんとも、ケツの座りが悪い感じがします」
「お前の見立ては正しい」
ここに呼ばれたのは、それなりに見てくれの良い男たちだ。
妹の逆ハーレムという訳か?
王族の権限をこんな風に行使するのは感心しない。妹には僕から注意するから今日は解散させようかと思ったが、クラウス先輩とウォルフガング先輩がニヤニヤしている。
「殿下。お耳を拝借」
そう言ってクラウス先輩が俺に手招きをする。
膝にオリヴァーを乗せたままのクラウス先輩に耳を寄せれば、内緒話のように囁かれた。
「こうやって、俺たちが無駄に接触して、仲睦まじい様子を鑑賞する会、のようですよ」
「はぁ?」
なんと。
男同士の恋愛模様を妄想する団体が居るらしい。
その筆頭が我が妹だという。
そういえば、いま王女宮には何人か彼女の友人が滞在していたはずだ。夏休みだから、ここでハメを外しているのか。
仮にも王女宮で、ハメを外せるって凄くないか?
なんとも頭の痛い状況に笑顔が引き攣る。
目があったオリヴァーも力なく笑う。
それを堂々と発表しないで、耳元で内緒話風にするクラウス先輩。僕の耳元に彼が口を寄せれば、確かに向こうの茂みから嬉しそうな女性の悲鳴が微かにした。
オリヴァーが立ち上がり、エミールと肩を組んで別方向を向かせる。
「あぁ……オリヴァーは、エミールに女子の裏側を見せたくないらしくて」
クラウス先輩が肩を竦めながら言う。
現実のさらに裏側の女子の素顔なんて、まだ見せたくないという、オリヴァーなりの思いやりのようで。
現実の女子の、更に裏側の事情……なるほど、僕も知りたくなかった。
「ウォルフ先輩も事情は察していると?」
「いぜん、オリヴァーから伺っていまして。まさか俺までターゲットにされているとは夢にも思っていませんでしたが」
「ウォルフ先輩はガタイはちいさいけど、ここにいる誰もよりも強いからなぁ」
「それって、どんな関係が?」
「その道の趣味嗜好は謎が多くて理解しきれん」
「いやいや、理解しきったら負けだと思うっすよ」
「なんの話ですか?」
「エミールにはあと一年……いや、卒業するまで知らなくてもいいこと」
「なぜ、僕は知らなくてもいいんですか?」
「お前は、汚れなく生きて欲しいというおにいさんの気持ちを解ってくれ」
「オリヴァー先輩は僕の兄ではないでしょう?」
「そうやって手を振り払うから喜ばれるんだけどね」
「え? 先輩、マゾ?」
「俺の話じゃないんだ」
池の向こう側の茂みが不自然に揺れている。感動なり動揺なりがあったらしい。
「先輩方は、特にご不快では?」
「いいや。可愛いもんだ」
「実害がないから問題ない」
その日、四阿に王女の姿は現れなかった。
ジークフリートは妹の不遜と無礼を、集められた男たちに謝りつつ、さて、どうしたものかと頭を悩ませた。
後で王女宮に滞在している彼女の友人が6人もいると聞き、少しだけ遠い目になった。
【前日譚】
夏季休暇に入る前、オリヴァーは愛しい乙女に予定を訊いた。
「ブリュンヒルデ、夏休みの予定は?(うちに招待してもいいかな)」
彼女はとてもいい笑顔でオリヴァーを見上げた。
「恐れ多くも王女殿下にご招待頂いて、王宮へ参ります! 『合宿』というものをするそうです!」
「がっしゅく?」
「はい。同士が集い、研鑽を重ね、日々の生活を共にしながら切磋琢磨する決起集会をそう呼ぶのだそうです(キリッ)」
「『どうしがつどい?』」
「はい! 今回は神と呼ばれる絵師さまが召喚されているそうで、とても楽しみなのです!」
「そう、……楽しんでおいで…(遠い目)」
「はいっ」
【おわり】
ラインハルト「私も参加したかったな」




