30.親友、ジークフリート
すげぇ。
ジークフリートがすげぇ。
なんと、奴はイザベラと二度踊ったあと、デビュタントのお嬢さん四人と次々に踊り、ラストダンスをまたイザベラと踊った。
彼の体力も凄いが、そのラストダンス、かなりアップテンポの曲で難しいのにイザベラと息もぴったり軽やかに踊った挙句、派手なリフトで妹を持ち上げ、その場の注目を集めた。
リフトによって広がったイザベラのドレスのスカートが羽のように広がり、そのスカートの裾に縫い付けられたカラーガラスが場内の照明を写し取ってキラキラと、それはもう美しく光り輝き、夢のように艶やかな光景だった。眼福。
そして曲が終わり大喝采の中、ホールの中央でイザベラの前に跪いて公開プロポーズをした。
曰く、幼い頃からの婚約者ではあるけれど、本当に君が好きだ。王家に嫁入りしてくれる君の決意を僕は忘れない。一生涯かけて君を愛し守ることを誓うよ。
堂々とした告白に心打たれた。
このふたりの婚姻は政略結婚などではないと、誰もが思ったことだろう。
それにしても、今季最初の夜会で公開プロポーズとは恐れ入る!
俺の人目を忍んだそれとは、だいぶスケールが違うなぁ。やっぱり人としての器はジークが上ってことかな。すげぇ。
「イザベラ……嬉しそう」
俺の隣でブリュンヒルデが呟いた。確かに、イザベラは嬉しそうだ。笑顔でジークに抱き着いている。はっきり宣言された方が判りやすく嬉しいだろう。特に王家の男の義務なんか聞いたあとだから、余計に俺はそう思う。
だが今の俺の関心はブリュンヒルデの心だ。
「君も……あぁやって、派手にみんなの前でプロポーズされたかった?」
俺が小声でそう訊けば、彼女は慌てたように首を振った。
「とんでもない! そんな恐ろしい目に合いたくないです! あぁいうのは、あのふたりのような方々にはお似合いですが、わたくしだったら、その場でお断りしてしまいます」
おぉぉう、聞いてよかった。
確かに派手なプロポーズは人を選ぶよな、うん。
ブリュンヒルデの性格的に、派手なものはアウトだろう。人目を忍んだ俺、グッジョブ! 偶然だけど、必然って奴だよね!
「オリヴァーさまは……派手なプロポーズを、したかったですか?」
恐る恐る上目遣いで訊ねるブリュンヒルデ。うん、可愛い。
「俺? 特に希望はないよ。強いていうなら、俺は好きな子の負担になりたくないってことくらいかな」
「そ、そうですか」
彼女がホッと息をはいて、肩から力が抜けたのが見て取れた。
「理想のプロポーズがあるなら教えて? 言ったでしょ? 君の願いならなんでもするって」
「み、耳元で囁かないでくださいませっ」
「反対の耳ならいい?」
「どっちの耳もだめです!」
「わかった、今日はもう言わない。またおいおい、ね」
「おいおいって、なんですか!」
「またのちほど、ということです」
「オリヴァーさま!」
「はい」
もう、こんな人だったかしら……
ブリュンヒルデの呟きを聞きつつ、その日はクルーガー伯爵夫妻が王宮を辞するまで、俺は嬉々として彼女に付き従っていた。
◇
後日、学生会室でジークとふたりきりになったとき、あの夜会が話題に上った。
ジークのラストダンスでのリフトにも驚いたけれど、なによりも公開プロポーズに驚いたと言った俺に、ジークは若干頬を染めながら言い訳のように言いだした。
「この国の乙女たちに、まことしやかに流れているジンクス、というか……とある過去に基づく事実、がある。僕はそれに倣っただけだ。詳細は王妃殿下から聞いたのだが、15年ほどまえの、僕の叔母上……父の妹姫の話だ。彼女がデビュタントのときに、同じように派手なダンスをして公開プロポーズをした者がいたと。叔母上はそいつと結婚し、今や隣国テュルクで王妃殿下だ。夫婦仲も良いとか。それ以来、デビュタントパーティでのダンス後に公開プロポーズされると幸せな結婚に繋がるんだとか……」
「まじで?」
「まじだ。確認したが、今でも官僚や大臣クラスのおじさん連中の語り草だ」
知らんかった。両親にも訊いてみよう。15年くらいまえだと、ギリギリその現場に立ち会ってはいない、のかな。
しかし。
「“幸せな結婚に繋がる” なんて言われているのか?」
「ま、ジンクスというか……伝説? 根拠はあるが、誰もがそうとは限らない。どちらかというと、“叔母上の幸せな結婚にあやかって”ということだろうな」
「王女殿下は幸せでいらっしゃるのか?」
「あぁ。お前、テュルク国をどの程度知っている? 昔から王制だがハーレムが当たり前にあった国だ。一般人も妻を四人まで娶るのを法律で許可されている」
「なんと! 男の夢だな」
「だが、その四人、誰をも平等に遇しなければならない。大変だと思うぞ?」
なるほど。一人にネックレスを与えるなら、それが4倍か。ドレスを新調したらそれが4倍。確かに、ある程度の財力は必要だ。大変だろうなぁ。
「で、そんな国の国王に嫁いでおきながら、ハーレムを解散……というか、自分の夫には元々作らせなかったらしい。国王陛下も“アンネローゼがいれば充分”といって、ハーレム存続を望む連中を黙らせた。お陰で叔母上は一部から蛇蝎のように嫌われたが、女性層からの支持はとてつもなくあるらしい」
なるほど。
「どこの国でも、王族ってのは大変なんだな」
かの国に嫁いだ王女殿下がどんな人なのか、俺は知らない。
だが人種も習慣も違う国へ行くのだ。心細いこともあるだろう。熱烈にプロポーズされて望まれて嫁いで、そして幸せに暮らしているなら、なによりだ。
「すっかり、ひとごとの意見だな、オリヴァー」
ジークはそう言うと立ち上がり、俺の仕事している机の側で立ち止まった。片手は俺の座っている椅子の背に。もう片方の手は机に付け、上半身を折りたたむように顔を寄せ、声を潜めた。
「もう、すっかり俺の側近になる未来はないってこと?」
間近に迫ったジークの顔を見る。
見慣れたアイスブルーの瞳が少し悲しそうに見えるのは気のせいだろうか。
幼馴染みで同じ年で親友で。気心の知れた相手。
たぶん、恐らく。
俺がブリュンヒルデに恋をしなかったら。
彼女の存在に気が付かず、なにごとも起こらず『みんなのアイドル、オリヴァー』のままだったら。
なにも考えず、なにも思わず、流されるままに『第二王子殿下』の側近になっていただろう。
だが、俺はブリュンヒルデと出会った。
なにものにも染まらない、確固たる己を保持する鮮烈な黒の乙女。彼女と出会い、俺は変わった。俺は俺のやりたいことを見つけた。
「俺が忠誠心を捧げる男はこの世でただ一人。国王陛下だけだ。他の男なんてどうでもいいね」
「あぁ? 僕のこともどうでもいいと?」
「お前はこの世でただひとり。俺の大切な幼馴染みで親友だ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺はお前の臣下ではなく、対等な親友という立場でいたい。
王族のお前にそんな存在は不要かもしれない。
けれど、もし。
誰にも言えない悩みを抱えたら。誰にも相談できない問題があったなら。お前のために、損得勘定抜きで聞く心づもりはあるんだぜ?
俺がそう思いながら(そのまま伝えたりしないけど)口を開けば、ジークは一瞬、泣きそうに顔を歪めて……
「――ふん。お前ほど傲慢な男は見たことがない。……が、致し方ないな」
苦く微笑みながらそう呟いた。




