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28.ラインハルトさまとのセカンドダンス~王族の務め

 

 いつの間にか陛下たちのダンスが終わっていた。ラインハルトさまがこちらに来て、ブリュンヒルデを誘う。ブリュンヒルデは頬を染めてラインハルトさまの手を取った。



「すまないね、オリヴァー。ヒルダを頼むよ」


 ラインハルトさまは、そう言い残してダンスホールへ行ってしまった。ブリュンヒルデの手を取ったまま。

 いつの間にかジークとイザベラもダンスの輪の中にいる。

 次の曲が始まった。


「オリヴァーさま。捨てられた仔犬のようなお顔になってますわよ?」


 ヒルデガルドさまに揶揄(からか)われる。彼女のために飲み物を渡す。


「主人に置いていかれて寂しくて堪らないのです」


「あらあら」


 さっきお父上と踊っていたブリュンヒルデは、とても微笑ましかった。楽しそうだな、と見守っていられた。

 今、ラインハルトさまと踊るブリュンヒルデを見るのが辛い。辛いけど、目を逸らせない。


 金髪の絶世の美男子で王太子殿下のラインハルトさま。絵に描いたような正真正銘の王子さまだ。彼に手を差し出され、ブリュンヒルデは頬を染めていた。


 嬉しそうだった。


 そんなに嬉しそうな顔で、俺以外を見ないで欲しい。嫌だ。


 きっと俺はこれからも、ブリュンヒルデが誰かと踊る姿を見れば、こうして複雑な気持ちになるに違いない。


 苦しい。妬ましい。相手が憎らしい。


 ラインハルトさまを憎みたくない。でも今ブリュンヒルデと踊っているのがラインハルトさまだ。

 俺が子どもだったら、あの二人の間に割り込んで邪魔してやるのに。

 君が手を取る相手は俺だけでいいのに。


 俺以外の手をとるブリュンヒルデまで憎んでしまいそうだ。自分の中にこんな醜い嫉妬心があるなんて思わぬ発見だ。


 誰に対しても、こんな感情抱いたことなんてなかったのに。


「オリヴァーさま。あなたなら、ちょっと視線を巡らせれば幾らでも綺麗な“主人”が見繕えるのではなくて?」


 そう囁くヒルデガルドさま。

 解っている。周りには声を掛けて貰いたがっている淑女が沢山いるってことは。

 そして言外に、そんなに辛いならその片想いなんて捨ててしまえと唆されていることも。


「……ヒルデガルドさまが、俺に冷たい」


 俺は胸に手を当て泣いたフリをし、わざとおどけて答えた。いかにも辛くて堪りませんという顔も作りながら。


 俺は綺麗な“主人(こいびと)”が欲しいんじゃない。ブリュンヒルデが欲しいだけだ。彼女以外、いらない。おどけながらも紛れもない本音だ。


「あなたがこんなにロマンチストだったなんて、わたくし驚天動地な心地でしてよ」


 閉じた扇で口元を隠し、クスクスと笑いながらヒルデガルドさまが言う。


「もっと多情な方だと思っていたけど……どうやらちゃんと“待て”ができるようだし……認めざるを得ないわね」


 “マテ”?


 なにやら不思議な呪文を聞いた気がしたので、ヒルデガルドさまの顔を窺うと、わざとにっこりと微笑まれた。

 あぁ、うん。この微笑みを浮かべる女性は口を開いてくれない。母上然り、イザベラ然り。案の定、ヒルデガルドさま――未来の王妃殿下――は、俺の疑問に答えてくれなかった。



 一曲踊り終わったブリュンヒルデが、ラインハルトさまと共に戻ってきた。

 なんだかホッとした。

 戻ってきたブリュンヒルデは、笑顔でヒルデガルドさまとことばを交わす。ふたりで扇を使って内緒話しのように口元を隠すから何を言っているのか解らない。


「認可したの?」


 ラインハルトさまがヒルデガルドさまにそっと訊く。


「悔しいわ。ハルトの言ったとおりよ」


 扇を畳んで、ヒルデガルドさまは答えた。なんのこっちゃ。


「ヒルダ。これから公務だ。君は……」


 なんだかすまなそうにヒルデガルドさまの顔色を窺っているラインハルトさま。こんな表情、初めて見たぞ。


「大丈夫ですよ。いってらっしゃいませ。最後はわたくしのところにお戻りくださいね?」


「もちろん」


 婚約者の頬にひとつキスをして、ラインハルトさまはこの場を離れた。


「公務?」


 夜会に来てまで仕事に戻るってのか? 大変だな。そう思ったのだが、


「今日、デビュタントのお嬢さまたちと踊るのも、王族の男子の務めなのです。ほら」


 ヒルデガルドさまが扇で指し示す先を見遣れば、ラインハルトさまが白いドレス(デビュタントの証だ)のお嬢さんに話しかけている。その向こうではジークフリートが同じように、白いドレスのお嬢さんに話しかけている。

 そのまた向こうではヨハン王弟殿下も。


 なるほど。王族男子のお務めですか。それはそれで羨ましい気もするが、こうして相愛の婚約者がいる身では辛い気持ちもあるのだろう。だからこそ、わざわざ“公務”だと宣言してから行ったのか。

 ほんと、大変だよな王族って。


 国王陛下だけは、王族専用の椅子に腰かけて宰相閣下たちと会話中だ。あちらはあちらで本当に公務の話をしているのだろうなぁ。お疲れ様です。


「ラインハルトさまは、“これから公務”だって仰ってましたね。ブリュンヒルデとのダンスは公務じゃなかったんだな」


 ブリュンヒルデに果実水の入ったグラスを渡しながら俺がそう言うと


「当然でしょう? わたくしの大切な妹ですもの。片手間に踊るのならそもそもお断りよ」


 ヒルデガルドさまは笑って答えてくださったが、なんか怖い。

 っていうか、公務でのダンスを“片手間”と言い切る辺り、なんというか……肝が据わっていらっしゃる……。そして決定権はあなたにありましたか。


うん、決めた。これから先、いつか必ず来る未来で、ラインハルトさまは王位を継承する。

 俺の忠誠心は王家に、国王陛下にあるのは絶対だが、ラインハルトさまの代に限っては王妃殿下への忠誠の比重を重くしよう。ヒルデガルドさまには逆らわないことに今決めた。

 だって俺の本能がそうしろって言ってる。


「ブリュンヒルデ。少し休まないか?」


 俺としてはすぐにでも彼女と踊りたいけど、三曲続けてダンスなんて、疲れてしまうだろう。先ほど渡したグラスは、すでに飲み干している。


「ありがとうございます、オリヴァーさま。生き返りました」


 そう言いながら、(から)のグラスを通りかかるボーイに返し、もう一つ果実水のグラスを取る。そうとう喉が渇いているんだな。


「少し休憩しよう。おいで。庭園は涼しいよ」


 そう言ってブリュンヒルデをホール外に連れ出した。

 連れ出す前に保護者(ヒルデガルド)さまの顔色を窺ったら、特に止め立てする気は無いようだった。これは未来の王妃殿下のお許しが出たと判断した。


 本当の保護者であるクルーガー伯爵夫妻は、恐らくどこかの貴族に捕まっているのだろう。本来の社交をして娘の許に帰れないのだ。まぁ、このあと娘さんには俺がぴったり張り付いて、不埒者を寄せる気はないから、大丈夫ですよ、おとうさん!




 一番の不埒者はお前だ! というツッコミはいらないからね!


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