23.和解?
あの後、大変だった。
何がって、俺の心の中が。俺の心の平安を取り戻すのにしばらく時間が必要だった!
ブリュンヒルデがなにを考えたのか、俺にはよく理解できたが、彼女は巧く擬態して、自身の考えを周りに悟らせなかった。
優しい聖母のような慈愛の瞳をエミールに向け、そっとハンカチを貸していた。ちくしょう。そのハンカチ、俺が欲しい。一番泣きたいのは俺! 泣いてなかったけど! 心の中では泣いていたんだからね!
女性の登場に、エミールの頭に上った血も落ち着いたらしい。ほどなくして泣き止んでくれた。
泣き止んだエミールとふたり、応接セットのソファに対面で座らされた。ジークにゆっくりちゃんと話し合えと厳命された。勿論、決闘は禁止事項だからねと念押しされて。
距離は離れているから会話は聞こえないと思うけど、ブリュンヒルデが慈愛の眼差しで見詰めているのが判る。
皆の衆! 騙されるな! あれは“慈愛”ではないっ! “萌え”という奴だからな!
◇
「取り乱して、すいませんでした」
冷静になったらしいエミールが頭を下げた。
「うん。つまり……始めっから俺を怒らせる気で、生意気な態度を取っていたってわけね?」
距離は離れているとはいえ、同じ学生会室の中にはジークをはじめとするメンバーが仕事をしている。声は潜めて、ぼそぼそと話し始めた俺たち。
「そうです」
「怒らせて、“こいつ生意気だな、表に出ろ、勝負だ!”ってのを、やりたかった?」
「……そうです」
単純というか単細胞というか。
忘れていたが、こいつ、“ファルケ”の一員だったわ。力を尊ぶ脳筋一族だった。なまじ顔が整って計算事も得意そうな雰囲気だから、そんな単純というか野蛮なこと考えていたなんて、思ってもいなかったよ。
話を聞くと。
もともと、去年の剣術試合で銃騎士クラウスを投げ飛ばすなんて、非常識なマネをした先輩を正々堂々勝負して叩きのめしたかったそうだ。
(ちなみに、初等部学生は剣術試合に参加資格がないが、見学はできた。エミールはあの勝負を見ていたらしい)
騎士科だから勝った、なんて言われない為に専科に進学した。(妙なところで公正でいようとする)
学生会に入会して、オリヴァー・フォン・ロイエンタールという人を観察した。(敵を知り、戦術を練るのは当然だと言った)
騎士科と違い、専科に居る以上、学年を超えての剣術授業は無い。(ま、それは仕方ないよね)
ならば、個人的に俺を挑発して勝負に持ち込もうとした。のらりくらりとする俺に、それは叶わなかった。(そんな野蛮な考え、俺には無いもん。そもそも出来るだけ男と関わりたくないし)
剣術試合で当たればいいかと思ったら、参加者名簿に名前がない。(すまんかった。でも元々参加意思はない。本当にすまん)
じゃぁ、大事にしているらしいブリュンヒルデを賭けて勝負だと持ち掛ければ話に乗ってくるに違いない。そう思ったらしい。
馬鹿じゃん。
なんで俺がそんな賭けに乗ると思ったのかな。流石脳筋。思考が勝負事一直線だ。
「彼女を物扱いするような勝負、気に入らねーし。そもそも俺、彼女に関しては、負けても引く気ないもん。俺を諦めさせるなら彼女本人にそう言わせる以外ないね」
「……黒姫のこと、本気、なんですね……」
「お前は? クラスでは随分、接触機会があって周りはみんなお前らを温かく見守っているそうじゃないか」
思えば、こいつのブルーダーの兄がラインハルトさま。
ブリュンヒルデのシュヴェスターの姉がヒルデガルドさま。
お二人は婚約者同士。そこでも接点があるんだ。ほんと、腹立つ野郎だ。
「僕は……黒姫のことは、別に……」
頬を染めて俯くエミール。
うん。これは少なからず想っているね! こうやってはにかんで俯く仕草、きっと、ブリュンヒルデは遠目に見てハァハァしてる。そのさまを見なくとも推測できる! 俺の方が彼女を理解しているからな!
……一歩リードのはずが、嬉しくないのは何故だろう。
「……今、週一で王都守備隊の鍛錬所に通っているんだけど……お前も一緒に行く? シェーンコップ先輩も来るかもよ?」
「え? クラウス先輩も?」
こいつ、目がキラキラしだした。さっきまでメソメソしていたのに。
「俺のブルーダーの先輩が王都守備隊にいてね。変わった格闘技を教えてくれるんだが、一緒に教わる?」
なんか、良い笑顔になったよこいつ。
「ぜひっ!」
こいつの背後にしっぽ振ってる犬の幻影まで見えてきた。
「そこでやろうぜ」
俺がそう言えば
「はいっ! よろしくお願いします!」
満面の笑みで良い子の返事だ。ほんと、単純な子だね……。ほんの小一時間前に“真剣勝負だ!”なんて言っていたのにねぇ。
「話しはついたか?」
そう言いながら、ジークが俺の隣に腰かけた。手には何か資料を持ってる。なんだろう。かなり色褪せて古い記録も混ざっているみたいだ。
「エミールは、本当は“銃騎士クラウス”先輩と戦いたかった。でも、彼とは学年的に試合できない。だから、クラウス先輩を投げ飛ばしたオリヴァーとやりたかった。そういうことだよな?」
あ。なるほどね。エミールも恥ずかしそうに頷いている。
「面白い記録があるんだけど。挑戦する?」
ジークフリート曰く。
専科で剣術大会に参加し、優勝した人が過去にいたらしい。15年ほど前の記録だが。
その人以降、専科からの出場者は俺だけ。優勝者に限ってはいない。
「先輩やオリヴァーとは勝負できないが、この記録に挑戦は出来るぞ?」
「記録に、挑戦……」
「おう! せっかくエントリーしてるんだもんな。専科での優勝者になれ! ついでに3年連続、なんてやっちゃって、新記録作っちゃえよ!」
俺が続けてそう言うと、学生会の他のメンバーも話しに加わってきた。
「そうだな! エミールならできるんじゃないか? あの銃騎士クラウス先輩も、2年連続では優勝できたけど、一年生の時は優勝を逃しているんだぜ」
「先輩が一年の時の優勝者って誰よ」
資料を捲っていたジークが答える。
「うーん……あぁ、ファルケの家門の騎士科の三年生だ……もしかして、エミールのお兄さん?」
「あぁ……五つ上の、兄ですね」
そうか、記録に挑戦っていいな……そんなことを呟くエミール。
「あの銃騎士クラウス先輩でも3年連続なんて、出来なかったんだな」
「うん。一年生と三年生では、やっぱり身体が出来てる三年生の方が有利だからな」
「トーナメントになると、体力勝負って面もあるしな」
「3年連続で優勝した、なんて剛の者は過去にいるんですか?」
「記録を見ると……いるぞ。留学生で、4年連続優勝者が」
は? なんで4年連続? 学園は3年で修了のはずなのだが……。
「創設期に、ひとり、いる。それも専科の学生だ」
「「「はい? 専科の学生?」」」
「それも、留学生だ。留年して4年、学園生を続けたらしい」
「「「「留学生?! 留年?!」」」」
なんとも、俺以上に破天荒な人が過去にはいたんだなぁ。留年したからって、まじで? アホじゃね?
どこの国の人かと訊いたが、ジークは教えてくれなかった。
留学生ってことだし、国家家機密事項なのかもしれん。
※拙作、『王女殿下のモラトリアム』に出て来るアノヒトが破天荒な人です。




