14.保健室で
俺の意識が戻ったのは、どうやら学園の保健室に運び込まれたあと。
どうにも目が開かないので、ここがどこなのか確認できないが、どことなく消毒薬の匂いがする。もしかして病院かしらん。傍にいる人たちの会話で、状況を判断するしかない。
人の気配がする。
さっきからジークの声が聞こえるから、学園内だとは思うのだが。
「では、無理に動かさない方がいいと?」
この声はクラウス兄上だ。俺のために呼び出されたのか。申し訳ない。
「はい。ここに寝かせて、一晩様子をみましょう。なに、学園とはいえ、最新設備が整っておりますゆえ、心配はいりませんよ」
この声は知らない。年取ったおじいちゃんの声? って感じだな。
「わざわざ愚弟のために、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
クラウス兄上に続いて、イザベラの声。どうやらおじいちゃんの声はお医者だったのかな。
人々の声。
扉が開き、閉まった音。おじいちゃん先生を見送ったってところかな。
「ここには看護婦も常駐しているから、お二人もどうぞ、お帰りください」
穏やかなジークの声。
うーん。だぁいぶよそ行きの声だぞぉ。
イザベラが居て、兄上の前だからカッコつけてるのかなぁ?
「しかし、殿下……」
「ジークさまこそ、お城にお帰りになっては? お仕事が溜まっていると伺っていますわ」
と、イザベラの声。そう、ジークはぼちぼち公務も始めているんだよな。俺に付き添う必要などないから、早く帰ればいいのに。ただでさえ忙しいんだから。
って、あれ? 剣術試合はその後、どうなったんだ?
ジーク、お前ここにいていいのか?
「あいつが目を開けるまで、側にいたいんだが……」
ジークがそう言ったら沈黙が訪れた。
……うん、皆俺に注目しているんだね! 俺の目覚めを待ってくれているんだね! 目ぇ、開けたいんだけどね、なぜか開かないんだよ。
「家でも毎日、夜遅くまで剣を振り回しているのは知っていたが、まさか剣術大会に参加するとは思ってもいなかった……」
「わたくし、ジーク様から伺ってはいたけど、本気だとは思っていませんでしたわ」
「僕もだ。ここまで本気でいたとは……」
兄上、イザベラ、ジークの呟きのあと、また沈黙。
気のせいか視線が痛い。
なんで目が開かないのかな。いや、目を開けない方がいいのかも。
「僕が思うに……たぶん、ブリュンヒルデ君が関係していると思う。彼女に拒絶されて、一時期、抜け殻みたいな時があって……」
「抜け殻?」
「あぁ! 学園へは辛うじて通っていましたけど、表情が抜け落ちて気持ち悪かった時期ですね」
……気持ち、悪かった? イザベラちゃん、正直だねぇ……お兄さまはへこむよ?
「もしかして、私とイザベラでオリヴァーをへこませたあとか! 家で一切の食事を取らなかった時期があったな。母上にえらく心配かけていたが」
あらら。兄上ってば。
「ちょうどそのときの前後に、僕も彼に、その、いろいろ意見してしまって……笑っているのに、全然笑ってなくて、こいつ大丈夫か? と思っていた矢先、急に積極的になって……講義もまじめに受けて、抜き打ちテストがあってもちゃんと対応するし、学生会の仕事も、もっと効率のいいフォーマットを作成してきて、それに切り替えたし……。なんだか、目に見えてイイコになろうとしているようで気持ち悪かったんだが……」
ジークも。みんなして気持ち悪いってなによ。泣いちゃおうかしら。ぐすん。
拗ねた気分になっていたら、ドアをノックする音が4回響いた。
そしてドアを開ける音。
「失礼します。オリヴァーは、目を覚ましましたか?」
この声は!
どうやら入室したのはシェン先ぱ……いやいや、シェーンコップ先輩だ。
「おう! “銃騎士”。元気そうだな」
「クラウス先輩、ご無沙汰しております」
あらら。兄上と顔見知りのご様子だね。
思えば俺と四つ違いの兄上はここの卒業生だ。高等部在学中にシェーンコップ先輩と知り合ってても可笑しくない。
「お前が愚弟を叩きのめしたのか」
「いえ、投げ飛ばされたのは俺の方です」
「え?」
「ウォルフガング先輩直伝のバリツにやられました」
「あぁ、あれを! お前、避けられなかったのか。お前が?」
「お恥ずかしいことですが、不意を突かれ見事にやられました」
へぇー、オリヴァーが? お前を?
なんて言ってる兄上。そうよっあんたの弟は凄いんだからね……って、さっきからちょいちょい思考が女言葉になってるな俺。おちゃらけてないとやってられん気分のせいか。
「オリヴァーはもともと“ウォルフ先輩に習ったことを銃騎士に通用するか試したい”と言ってました。奴は初めからあの投げを狙っていた節があります」
お、おぅ。ジーク、解説ありがとう。そういえば控室で聞いてたね、きみ。
「剣術試合に投げ、か。なんとまぁ、破天荒な真似を……オリヴァーらしいが」
兄上の呆れる顔が目に浮かびそう。
「騎士科の学生ならば、絶対やらなかったでしょう。だがオリヴァーは専科の学生だ。騎士としての常識がない。そんな彼の狙いは一つ。俺を倒したい。それだけで、あの真似ができるのだからたいしたものです」
シェン先輩……それ褒められたのか貶されたのか、微妙なところだな、おい。
「それ以上に、彼は動体視力がいい。俺の剣の一点のみを打ち抜いた。思い返せば剣を躱しながらも、俺の剣に負荷をかけ続けていた。ずっと同じ場所に、です。これはなかなかできることではない」
これは、褒められたよね? そうだよね?
男の中の男! みたいなシェン先輩に言われるとそれなりに嬉しいもんだね。
とはいえ男の誉め言葉なんて嬉しくもなんともないけどね!
「と、いうわけで、彼が目を覚ましたら伝えてください。騎士科に転科するように、と。この才を眠らせるのは惜しい」
え。あんたそれまだ言ってるの?
「あぁ……まぁ、伝えるだけは伝える。だが」
「えぇ、一度本人に断られました。“女子のいない世界はお断り”だと」
「え」
「オリヴァー……」
「……オリヴァー兄さまは、骨の髄まで女好きね」
なぜだろう。ここにいる四人がそれぞれ呆れ顔な気がする。
居た堪れない。目が開かなくてよかった。
「まぁ、彼の本音はどうあれ、俺は誘い続けますよ。では、失礼します」
「あ、先輩、試合の結果は」
と、ジークの声。俺もそれ知りたかったんだよね。
「俺が優勝しましたが」
おぉ! やっぱりね! シェン先輩、おめでとうございますっ!!
「あー、はい。おめでとうございます、お疲れさまでした」
「今回、優勝しましたが、一番エキサイトして楽しかったのはオリヴァーとやった準々決勝でした。彼にもそう伝えてください、またやろう、と。……あと、黒姫は狙っていない。お前の方が興味深いと」
ああん? 冗談じゃないっ! すべてまるっと全力でお断りだ!!




