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11.決意の日々

 

「ジーク! さっき返された抜き打ちテストの成績、なんだった?」


「…優…」


「俺も優だ! しかも、優(プラス)だ!」


「え?」


 よし! 一歩リードだ。

 ちなみにこの教授の評価はざっくりだ。上から「優」「良」「可」「不可」。不可を貰うと赤点。今までの俺なら「良」で満足していたんだがな。


 ジークフリートが不思議なものを見る目で俺を睨むが、それはスルーした。





 毎日が忙しくなった。

 今まで手抜きしていた講義をきちんと受けるようになった。真面目に受ければそれなりに面白く、テストでも良い点がとれるようになった。


 学生会の仕事も出来るだけ効率よく行われるよう、やり方を見直した。新方式を提案したらラインハルトさまに褒められた。


 俺のファンクラブミーティングにもきちんと対応するようにした。

 顔を出すのは週に一度。ちゃんと曜日も決めた。

 会長さんときちんと話した。会長さんは俺の一個上の高等部二年生。俺の不誠実な態度を謝罪した。そのうえで同時にお願いごともした。

 すべては今後の俺次第でいいから、と念押しして。


 卒業してしまった俺のブルーダーの兄も訪ねた。

 元騎士科の学生だった彼は、今は王都守備隊の一員として毎日を過ごしていた。彼にお願いして剣の稽古をつけて貰うようになった。

 どうしてわざわざ卒業した先輩を頼ったのかって? 勿論、俺の見栄の為だ! 

 学園内で稽古していたら、カッコ悪く叩きのめされてる姿をブリュンヒルデに見られるかもしれないからね!


 ……まぁ、初等部のブリュンヒルデが高等部の剣練習場に来るとは思わないけどさ。どっちかと言うと野郎どもに見られたくないって方が大きいかな……うん。

 俺、プライドだけは一人前だからね。イザベラも自尊心が高いとは思っていたけど、さすが双子だな。俺もだ! もしかしたら俺の方が無駄にプライド高いかもしれない。



 ◇




「オリヴァー。お前、その怪我、どこで負った?」


「え?」


 学生会室で資料を纏めていたら、突然ジークフリートに追求された。


「右手首。不自然に庇ってるじゃないか。僕にバレないと思っている?」


 あちゃー。

 うん、まぁ。ジークを胡麻化し続けるのも限界かなぁとは、思っていたけど。


「最近は、真面目に講義を受けているし、抜き打ちテストだって対応出来てる。そのうえ、右手首の怪我? 剣の特訓もしているってことだな? いったいどうしたんだ? 悪い物でも食べたのか?」


 おいおい。酷い言いようじゃないか。


「お前が言ったんだろ、ジーク。本気出せって」


「確かに言った。だがお前という人間は、僕が言った程度で動くような素直な人間じゃない。何があった? どういった心境の変化があった?」


「お前は俺のカウンセラーか? 言う訳ないだろ。なんでもほいほい正直に全部話せるほど子どもじゃあるまいし」


「……女だな」


 ぎくっ


「僕はお前という人間をよく知っている。それも幼少期からな。お前がメンドクサイから嫌だと駄々を捏ねて逃げようとした剣術の稽古、始めたのは王城に勤め始めた可愛いメイドが一言“こんなお小さいうちから剣のお稽古ですか? なんてご立派なんでしょう”と褒めたからだ。お前が女の賞賛抜きに動き出すなど、天地が引っくり返っても起きないはずだ」


 いやだわ、ジークフリート殿下ってば、おほほほほ。核心ついてくんじゃねぇよっ! 幼馴染みってのはなんて厄介なんだ!


「オリヴァー? 黙ってないでなんとか言え」


「なんとか」


「ふざけるなっ!」


「言えっていうから言ったのに……」


「オリヴァー! いい加減にしろっ!」


「それはお前だ、ジークフリート・フォン・ローリンゲン。冷静になりなさい」


「兄上……」


「ラインハルトさま……」


 俺たちの口喧嘩に割って入ったのはラインハルト学生会会長。この部屋では最高責任者だ。……ま、いずれこの国の最高責任者に、国王陛下に、なるお人だけどね。


「オリヴァーが真面目にやっているんだろ? 結構なことじゃないか。お前は何が不満なんだ? 親友が急に大人びて見えて、焦ったのか? それとも、いままで首位を確保していた自分の地位を脅かされそうで焦っているのか?」


「兄上! 僕はっ」


「解っているよ、ジークフリート。この兄には全てお見通しだ。だから、少し落ち着きなさい。

 ……で、オリヴァー。この時期無理に剣の稽古をしているということは、剣術大会に参加しようとしている?」


「あ。バレバレですか?」


「お見通しだと言っただろう?」


 きゃー、ラインハルトさま。かっこいい~♪


「え? 本気なのか? あれは騎士科の学生がやるもので、専科のお前じゃ歯が立たないぞ?」


 と、ジーク。心配してるのが解るなぁ。


「うん。だから、参加してみる」


「「だから?」」


 兄弟殿下がふたりで声を揃えて訊いてくる。一見、似てない(兄、金髪。弟、黒髪だからね)けど、こんな時は息ぴったりなお二人だ。


「常日頃、身体鍛えてムッキムキの騎士科の学生を、専科の俺が倒したらカッコ良くない?」


 俺がそう言うと、殿下たちは兄弟揃って同じ色の瞳を真ん丸にして俺を見た。ジークに至っては口まで開けて馬鹿ヅラ晒してるぞ。


「オリヴァー! お前は、馬鹿かっ?! 無謀にもほどがあるっ」


 なに怒ってんだよ、ジーク。


「ジークがさっき言っただろ? 女性の賞賛があってこそ、俺という男は動くんだってね」


「賞賛があったのか? だって、お前の意中の彼女は……」


「いんやぁ、まだ。今はね。俺という人間が、まず、彼女に見合うような格を身に付けないと、なのよ」


 うん。今は言えないよな。


「だから、ま、今は修業中? 的な? 剣術試合は、手っ取り早く、野郎どもにも俺という人間がすげぇって認めさせる最短手段だからねぇ」


 男は単純だ。力を誇示されるのが一番理解しやすい。

 もてない野郎どもに嫌われようと、何と思われようと、本来俺は構わない。

 けれど、そんな嫌われ者の俺に口説かれて靡いたら“あんな腑抜け野郎に骨抜きにされる、その程度の女か”なんて、彼女の評価が下がってしまう。俺は、もうブリュンヒルデの評価が下がるような真似をしないと誓った。その為には、俺がすげぇ男だって、野郎どもにも認めさせなければならないんだ。


 ま、その第一歩がジークなんだけどな。ジークには悪いが、勉学面で俺の物差しになって貰う。

 初等部から常に一位独占のジークフリード第二王子殿下。完璧王子。彼の牙城を少しでも破れば頭脳面でも俺はすげぇと認められるって算段だ! 

 悪いな、ジーク。もう俺は手加減しない。真面目に勝負を挑んでいる!


「と、いうわけで、ジーク。俺は、そういう率直な物言いをするジークが大好きだよ」


「……はぁ?」


 俺の突発的「告白」に、目をまんまるにして驚くジーク。

 “してやったり”な気分になるね!


「前に“大嫌い”って言われたからお返し~♪ じゃぁな、今日は稽古の日なんだ。お先!」


 学生会室を飛び出し、向かうは守備隊の鍛錬場。実はこの学園都市のすぐ隣にあるから走って通える。むしろ、走り込みを兼ねて移動できる。


 と、その前に。

 こっそり忍び込むのは初等部棟の屋上。今日は天気のいい木曜日。ブリュンヒルデがいる可能性が高い。非常階段を音を立てずに駆け上がり、あの黒髪を探す。


 ――あぁ。いた。


 今日も簡易椅子に腰かけて、一望できる王都の風景を描いている。

 あの娘は変わらない。淡々と、自分のなすべきことを熟している。

 あの娘に見合う自分になるために。あの娘に告白できる俺になるために。週に一度くらい、こうしてこっそりその姿を拝むことを許して欲しい。


 うん、解ってる。自分がしてることがストーカー染みてるってことくらい。

 でもさ、人間、身体の栄養だけでなく、心に潤いがないとダメよ? ダメになっちゃうよ? 特に俺みたいな甘ったれなお坊ちゃまには、鞭だけじゃ効果は出ないんだからね! 飴が必要なんだからね! あの娘が飴くれるわけないって知っているから、こうしてこっそり覗いているんだからね!


 ……あぁ、今日もブリュンヒルデは可愛い。どうか、明日も明後日も、来週も、ずっとずっとブリュンヒルデに幸せな日常でありますように。


 ……よし。今週の参拝は終わり。


 俺は後ろ髪引かれつつ、非常階段を駆け下り、警備隊の鍛錬場へ向けて全力疾走した。



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